中原中也は主に昭和期に活躍した夭折の詩人です。激しさと繊細さを兼ね備えた魂の詩は今でも多くの人の心を捉え続けています。中也がどのように人生を送っていたのか、どのような人たちが携わっていたのか、魅力に迫る手がかりになる本を紹介します。
中原中也は主に昭和初期に活躍した詩人です。1907年に山口県に生まれ、1937年に結核性脳膜炎で亡くなるまで、わずか30年の人生の間に、数多くの人の心を揺さぶるような詩を発表しています。代表作である「汚れつちまつた悲しみに」の詩は、長年多くの人の胸に響いています。
中也の人生は、短いながらも、非常に激しいものでした。山口から広島、金沢を経て16歳の頃に京都の立命館中学に転入し、この時にはすでに女郎遊びを経験。3歳年上の小劇団の女優長谷川泰子と同棲を始めます。そしてこの泰子との出会いが、中也の一生を貫いていくものになるのです。
しかし泰子との同棲は、長く続きません。翌年には中也の親友の元へと泰子は去っていきます。その親友とは、今では批評家として有名な小林秀雄です。愛するものと親友からの裏切りに、中也の心は大きく揺さぶられます。長谷川泰子への想いは、詩作にも現われていくことになります。
中也はその後別の女性と結婚し、男の子が生まれて溺愛しますが、その男の子が2歳の若さで死んでしまいます。中也は発狂したようになりながらも子供への想いを込めた詩を書き、その翌年には中也も亡くなってしまいます。
30年の人生の中で中也が魂をかけて残してきた詩を、人生を、深く知るための5冊を紹介します。
中原中也の詩をとことん読むならこの1冊。第一詩集『山羊の歌』や、没後に刊行された第二詩集『在りし日の歌』はもちろんのこと、その他の雑誌などに掲載された作品や未発表の詩、中学校時代の歌集『末黒野』までも収録されています。幅広く作品が網羅されている、初心者にも上級者にもおすすめの1冊です。
- 著者
- 中原 中也
- 出版日
中也の詩の魅力は、自身の内側から沸き起こってくる感情が、激しいまま、かつ、繊細で印象的に表出されている点にあるといえるでしょう。友への想い、家族への想い、そして泰子への想い、そしてそこからあぶり出される孤独が、ひしひしと伝わってきます。
また独特の言葉選びも心に残ります。
「汚れつちまつた悲しみに」
「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」
「足 足 足 足 足 足 足」
中也の詩は韻を踏んであるものが多く、詩を読んでいると、まるで音楽を聞いているかのような心地よさがあります。中也の魂の調べを味わうことのできる1冊です。
『俘虜記』や『野火』、『レイテ戦記』などの作者として知られる大岡昇平は、20歳の頃に中原中也と知り合い、二人は文学に関して議論を戦わせる友人同士でした。そんな大岡が様々な角度から、中也とはどのような人物だったのか、中也の不幸はどうして起きてしまったのか、深く追求する評伝です。
- 著者
- 大岡 昇平
- 出版日
- 1989-02-06
中也は「孤高」の詩人とされながらも、一方で多くの芸術界隈の人との交遊もありました。大岡もその内の一人で、中也との白熱した論議などは、若き大岡に強い影響を与えました。
大岡は本書において、中也が辿った人生を実証的に探求し、詩を客観的に分析しようと試みていますが、ところどころに大岡の主観的な部分が現われてきます。今は亡き親友への深い友情が、隠しきれないほどに度々顔を出すのです。たとえば大岡が中也の故郷山口を訪れる場面では、早くも「絶望」を感じている子ども時代の中也へと想いを馳せる、大岡の真摯さを受け取ることができるでしょう。他の誰にも書くことができない、唯一無二の文章です。
本書は、中原中也の「名言」を日記や友人たちとの会話、口癖などから見つけ出し、そのエピソードから中也に迫ろうという、初心者におすすめの1冊です。友人について、母について、恋人について、なにげない日常について、芸術について、亡き息子について……。章ごとに中也の新たな一面が見えてきます。
- 著者
- 彩図社文芸部
- 出版日
- 2010-11-25
掲載されている「名言」の一つに「フーン」というものがあります。この言葉はなんと、恋人長谷川泰子が中也と別れる際に「行くわね、小林(秀雄)のところへ」と告げた際の、中也の返答なのです。一見そっけないこの短い言葉の裏にある心境は、推し量ることが容易ではありません。
夭折した息子に関しての言葉がまとめられている「文也の章」では、それまでの孤独を吹き飛ばすような存在となった愛息子文也への深い愛情が伝わってきます。その分だけ文也の死がもたらす再びの孤独に、読者も胸が締め付けられる思いがすることでしょう。
「新潮日本文学アルバム」のシリーズは、作家たちの写真や直筆原稿などを見ることができる人気のシリーズです。本書では中原中也が神童と呼ばれた頃の写真や成績表から、死の直前の母への手紙まで、幅広く貴重な資料を見ることができます。
- 著者
- 出版日
「中原中也」と聞いて、どのような姿を思い浮かべるでしょうか。黒い帽子に黒い服、目がパッチリしてカメラ目線の中也の写真が有名なので、この姿を思い出す人も多いのではないでしょうか。実は中也は他にも色々な表情を見せています。流し目の中也、少しはにかんだ中也、幼少時のあどけない中也……。どの写真でも共通するのは、何かを見据えているその鋭い目力です。
直筆の原稿や手紙なども多く掲載されています。長谷川泰子宛の手紙では、他の男性との間にできた男の子茂樹(命名は中也)の体調を気遣う様子が窺え、中也の優しさが胸に染みます。力強くも流れるような中也の文字には、生に向かって立ち向かいつつも、世の無常をも流れ生きている中也の人生そのものが投影されているようです。
中原中也が生涯をかけて愛し、一時同棲した女性長谷川泰子からの直接のインタビューをまとめた本があります。中也に関する文献を読んでいると、泰子に関するイメージは天真爛漫や潔癖症など評価は様々です。そうした中で本作では泰子が、これまた波乱万丈な人生の中で何を考えてきたのかを知ることができる貴重な1冊となっているのです。
- 著者
- ["長谷川 泰子", "田中 淑恵"]
- 出版日
- 2006-03-24
広島に生を受けた泰子は、母親の自殺未遂や家族との不和を切り抜けながら、女優を目指していきます。そうした中で出会ったのが中也でした。「思想」が合う二人の同棲生活はしかし、中也の奔放さもあり長く続かず、泰子は小林秀雄の元へと去っていきます。しかしそこで中也と泰子の縁が切れたわけではありません。
二人は時々会ったり文通したり、言い合いになることもありながらも関係を続けていくのです。泰子が父無し子を産んだ際には、名付け親となって面倒をみたりして、常に気をかけていました。中也が死ぬまで二人の関係は続くのですが、お互いがお互いのことを考え続けているのがわかります。
泰子は中也のことを「酵母」のような人だと記しています。重要ななにかを育てる源泉、思想の里としての中也に泰子は惹かれていたのでしょう。
中原中也は孤高の作家として捉えられることが多く、確かにそういった一面があるのは間違いありません。しかし中也について知れば知るほど、自由奔放な言動が多いながらも、熱い魂や繊細な心に人々が惹かれていったことがわかります。今でも数多くの人々の心に強く訴え続ける中也の詩。あなたも一緒に、中也の愛と激情の渦の中へと巻き込まれてみませんか?