向田邦子のおすすめエッセイランキングベスト5!女性に響く作品に迫る

更新:2021.12.17

その精力的な執筆活動とともに、丁寧に紡ぐ日常生活が注目されていた向田邦子。情景豊かに描かれた数々の彼女のエッセイは、それを証明するかのような珠玉の作品が勢揃い。今回はその中でも特に女性の心に響くおすすめの5作品を厳選してご紹介します!

ブックカルテ リンク

時を経てもなお、憧れと共感を呼ぶ向田邦子の生き方とその作品

向田邦子は28歳のとき初めてテレビドラマの台本を手がけたのをきっかけに、テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家として活躍しました。1929年(昭和4年)に東京都世田谷で一家の長女として生まれた彼女は、若い頃から自立心を発揮し、当時では珍しいキャリアウーマンとして歩みを進めていきます。

まず脚本家として、その後に独自の世界観を持ったエッセイストとして評価され、初めて発表した小説で直木賞受賞……と着々とキャリアを積み上げていった向田邦子ですが、その人生は決して順調なばかりではありませんでした。

45歳のとき、患った乳癌の手術を受け、はじめて死を意識させられます。術後の後遺症で右手が利かなくなっていましたが、都市情報誌『銀座百点』から原稿執筆の依頼を受けます。はじめ彼女は原稿を引き受けるかどうか迷いますが、最終的に承諾。それが人気作品『父の詫び状』の生まれるきっかけでした。『父の詫び状』のあとがきには、その時の思いと決意が記されています。

「考えた末に、書かせて戴くことにした。テレビの仕事を休んでいたので閑はある。ゆっくり書けば左手で書けないことはない。こういう時にどんなものが書けるか、自分をためしてみたかった。テレビドラマは、五百本書いても千本書いてもその場で綿菓子のように消えてしまう。気張って言えば、誰に宛てるともつかない、のんきな遺言状を書いて置こうかな、という気持もどこかにあった」
(『父の詫び状』より引用)

1980年、初めて発表した小説集『思い出トランプ』のうち、『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で直木賞を受賞します。しかしその1年後、取材旅行中に飛行機事故で急逝、帰らぬ人となります。僅か51歳という若さでした。

没後、彼女の残した手紙などの遺品から、秘密の恋愛をしていたことも明らかになりました。しかし著者は生前そのような苦しみをそのまま表に出すことはせず、常に凛とした態度で、作品と、そして自分自身の人生と向き合っていたのです。

彼女がのちに良き友人となる黒柳徹子と初めて会った時交わしたのが、「人生あざなえる縄のごとし」という言葉だったことは有名な話です。人生は幸せという縄と不幸せという縄で編まれたようなもの。つまり、幸せと不幸せが交互にやって来る人生という世の常を縄になぞらえたのでした。

このエピソードにも現れている通り、彼女の内に秘めた強さや脆さが垣間見える言葉の数々に、時を経ても年代を問わず多くの読者が惹きつけられているのでしょう。

今回はそんな彼女の傑作揃いの作品の中から、特に女性の心に響く珠玉の5作品を厳選。読み進めるうちに思わず「そうそう!」と頷いてしまうような、共感を覚える作品たちとなっています。

何気ない日常の、たとえようもない美しさ。向田邦子の代表作

向田邦子ファンの間でも「最も好きな作品」に挙げられることの多い『父の詫び状』。著者最初のエッセイ集です。本作に散りばめられているのは、何気ない日常の中に隠れている美しい時間の断片たち。

著者のユーモアのある視点から描かれる日常は、昭和初期の生活を実際に知らなくともどこか懐かしさを覚えるような、不思議な満足感を読者に残します。

 

著者
向田 邦子
出版日
2005-08-03


『父の詫び状』は元は都市情報誌『銀座百点』に約2年間に渡り掲載された連載随筆。読者に大変好評だったため、連載終了後間も無く出版されました。

題名からも読み取れるように、このエッセイは著者の明治生まれの父を中心に繰り広げられます。子供時代の記憶なのにもかかわらず、出来事ひとつひとつの細部まで生き生きと描かれており、読者はきっと感銘を受けることでしょう。

癇癪持ちで気が短く、何かにつけては口うるさく家族にあたる「頑固な父親」の典型とも言える父。一度怒らせると大変なことになるので、向田邦子をはじめとする家族は父の気に障らないよう常に用心しています。

こう書くと家族の生活は辛いものだったのかと想像してしまいがちですが、著者のウィットに富んだ文体からはむしろ逆の印象を受けます。

24編のうち2番目に収録されている「身体髮膚」ではいつも厳格な父のお茶目な一面が描かれていて、読んでいるこちらも思わずフッと微笑んでしまうほど。夢の中で著者を助けようと奮闘したという父に向かい、渋々頭を下げお礼を言う著者、その横で必死に笑いをこらえる弟の様子がまるで眼に浮かぶようです。

一方、著者の母は父と正反対に穏やかで几帳面な性格。どうしてこんなに性格の違う人間が一緒になったのかと著者は子供心に思っていました。そんな母は父の気を悪くしまいと緊張して気を配るあまり、いつも最後に思わぬ失敗をしでかしてしまうという始末。そんな対照的な両親の間に流れていた愛情に、著者は随分と後になって気がつきます。

「思い出はあまりに完璧なものより、多少間が抜けた人間臭い方がなつかしい。」
(『父への詫び状』から引用)

この味わい深い一文は、私たち誰しもが共感できるものではないでしょうか。

向田邦子が人生での様々な場面を丁寧に切り取る

目次から独特の感性が光る言葉が並び、読者の好奇心を掻き立てる本作。他作品に比べても、著者の周りへ向けた鋭く且つ温かな眼差しがより感じられるエッセイ集と言えるでしょう。

著者が日常で出会った人々や、遭遇した出来事が鮮やかなタッチで描かれており、人生はこんなに様々な色で彩られていたのだと改めて気づかせてくれるエピソードばかり。

 

著者
向田 邦子
出版日
2015-12-04


中でも引き込まれるのは、著者の祖父の思い出が描かれた「七色とんがらし」、皆の心の中に共通する微妙な感情を代弁してくれるような「なんだ・こりゃ」、一見しただけでは分からない、その人に潜む感情を見事に言い当てた「普通の人」など。

どれも著者の鋭い観察眼ゆえに生まれた賜物ですが、心に残るのはむしろ、温かな読後感。著者が愛情を持って登場する人々を見つめていたことが分かります。例えば、「七色とんがらし」の祖父について語り始めるこの一文。

「小さなしあわせ、と言ってしまうと大袈裟になるのだが、人から見ると何でもない、ちょっとしたことで、ふっと気持がなごむことがある。」
(『無名仮名人名簿』より引用)

頑固だが気の弱い祖父が唯一こだわっていた、七色とんがらし。自分専用の容れ物を持ち、いつもとんがらしをおみおつけが真っ赤になるまでかけ、顔を真っ赤にしながらも飲み干していた祖父。それを体に毒だと言って毎度とがめていた、祖父と正反対の気性を持つ祖母。

この夫婦の描写は、著者の第一エッセイ「父の詫び状」に出てくる両親についての描写と重なります。著者は言葉や態度には現れない、夫婦の間に秘かに流れる愛情を感じ、それを表現したかったのでしょうか。

若い頃は分からなかった祖父の気持ちが、歳を重ねるうち、解きほぐされるように自然と理解できた著者。七色とんがらしは、お酒の飲めなかった祖父にとって、戦争の記憶も含めた辛い過去を一時忘れるための唯一の手段だったのです。

本書の著者の語り口はまさに、口にした瞬間は辛さを感じないけれど、後からじわじわ効いてくる七色とんがらしのよう。折に触れて読み返したくなる、人生のスパイスのような一冊です。

読者の心を代弁するかのような語り口が魅力のエッセイ集

本書は向田邦子が突然の飛行機事故でこの世を去った年に刊行されました。他作品と同様、本書でも著者の鋭い観察眼が光ります。読み進めるうちに、まるで著者が読者の気持ちを汲み取り、文章にして代弁してくれているかのような不思議な錯覚に陥る稀有な作品集です。

 

著者
向田 邦子
出版日
2014-07-10


まず取り上げたいのは、前半に収録されている「浮気」。著者は日常で自身が経験する小さな「浮気」の数々について記し、ひとつエピソードを書き終えるたび「大きい本ものの浮気」について思いを巡らせます。

向田邦子は近頃通っている美容院が思わぬ休みということで、久しぶりに訪れる古い美容院へ。長い間留守にしていた家に久しぶりに帰ったような、懐かしい安心感がありました。しかし一方で、新しい美容院で自分を担当してくれている方に申し訳ないなという、 一縷の後ろめたい気持ちがあるのも否めません。この誰もが抱く感情を解釈し、下記のような文章にしたためる豊かな感性に、ハッとする読者も多いはず。

「長い間浮気していた夫が、二号さんのところから本妻のところへもどったときはこんなものかな、と考えながら目をつぶっている」
(『霊長類ヒト科動物図鑑』より引用)

そして極め付けは最後の一節。

「人生到るところ浮気ありという気がする。女が、デパートで、買うつもりもあまりない洋服を試着してみるのも一種の浮気である。インスタント・ラーメンや洗剤の銘柄を替えるのも浮気である。(中略)こういう小さな浮気をすることで、女は自分でも気がつかない毎日の暮しの憂さばらしをしている。ミニサイズの浮気である。このおかげで大きい本ものの浮気をしないで済む数は案外に多いのではないだろうか」
(『霊長類ヒト科動物図鑑』より引用)

何気ない文章ですが、女性の立場に立った語り口にドキリとする読者も多いでしょう。直接的ではなく、やわらかな文体という力を借り、当時の男性支配的な社会に対する抵抗を唱ったのではとも取れるような、静かな強さが魅力的です。

また、違う角度からの解釈もできます。没後残った遺品から、秘密の恋愛をしていたことが判った著者。1つエピソードを締めくくるとき、浮気をする人間の気持が少し判るのもこんなとき……と記している向田邦子。実は秘めた恋愛をしている著者が、それに対する罪の意識を間接的なかたちで表現したかったのではないでしょうか。

一方本書の後半に収められている「ヒコーキ」は、飛行機が苦手な読者には共感を覚える内容となっていますが、それ以上に不慮の飛行機事故で逝ってしまった著者を想い、心が締め付けられるよう。

「このところ出たり入ったりが多く、一週間に一度は飛行機のお世話になっていながら、まだ気を許してはいない。散らかった部屋や抽斗のなかを片づけてから乗ろうかと思うのだが、いやいやあまり綺麗にすると、万一のことがあったとき、『やっぱりムシが知らせたんだね』などと言われそうで、ここは縁起をかついでそのままにしておこうと、わざと汚いままで旅行に出たりしている」
(『霊長類ヒト科動物図鑑』より引用)

特にこの箇所は著者の気持ちが手に取るように伝わってきて、一度本をそっと閉じて著者の冥福を祈りたくなります。「ヒコーキ」が収められていることで、他のエッセイ集とは趣を異にした読後感を与える本作ですが、変わらぬ向田邦子節は健在。著者の世界に浸りたい愛読者の方も、また著者の作品に触れるのは初めてという方にもおすすめしたい、不朽の名作です。

あなたの暮らしを豊かにするヒントがきっと見つかる!向田邦子流生活の愉しみ

暮らしを豊かにするヒントが満載のこの本は、2003年出版のフォトエッセイ集。妹の向田和子との共著となっており、文章とともに数々の写真も楽しめる一冊です。

全5章のうち始めの3章は料理、器選び、服装やインテリアへのこだわりについて描かれ、後半は著者が旅した場所をたどる4章と、著者の人となりを語る5章で構成されています。

 

著者
["向田 邦子", "向田 和子"]
出版日
2003-06-25


無類の美食家としても知られた向田邦子。美味しいもの好きが高じて、昭和53年には妹の和子と東京、赤坂に小料理店「ままや」を開くほどでした(1998年に閉店)。テレビドラマの仕事で脚本を担当するときも、登場人物がどんな食生活を送っているのかを指針に執筆にかかっていたといいます。

本書には美味しいものへの探究心が垣間見られる著者のレシピが掲載。どこの家庭にもある基本的な調味料を使い、思い立ったらすぐ試せるような肩肘の張らないものばかりです。同じ材料を使い回して作る献立などは、向田邦子が忙しい執筆活動の中で試行錯誤して生まれた賜物。毎日買い物に行けない多忙な生活を送る読者も、きっと参考にできる工夫が詰まっています。

器選びや服装、インテリアを紹介する章ではこだわりが随所に表れており、著者をひとりの人間として身近に感じられます。特にそのファッションセンスは評判で、ハイブランドの服から手作りの服までお洒落に着こなしていたそう。自分の好みをしっかり理解して選ばれた物の数々は、自分をしっかり持つことの大切さを読者に伝えてくれるようです。

旅好きの作家としても知られた向田邦子は、国外問わず様々な場所を訪れ、そこで出会った印象深い瞬間を写真に残しました。まだ見ない新しいものに出合いたいと、好んで観光地化されていない場所へ足を運んでいたといいます。

最後の章には、親友だった植田いつ子、母親の向田せい、向田和子が語る「素顔の向田邦子」を収録。近しい関係の者のみが知る著者の人物像が浮かび上がります。

今もなお色褪せず人々を魅了し続ける、向田邦子のスタイルと暮らし。その魅力を存分に味わえる、世代を超えて楽しめる一冊。何度読み返しても、その度にきっと新たな発見があることでしょう。

向田邦子の世界に浸りたいときに!著者最後のエッセイ集。

次にご紹介するのは著者最後のエッセイ集となった「夜中の薔薇」。少し日常から離れ、向田邦子の世界に浸って一息つきたいときにぴったり!人生のエッセンスを一雫まで掬い上げるような巧みな表現力で、著者の半生が鮮やかに綴られています。

本のタイトルにもなっている「夜中の薔薇」は第1章の3編目に収録。短い1編ですが、著者の人間味を感じられる心温まる作品です。

 

著者
向田 邦子
出版日
2016-02-13


中でも女性の共感を呼ぶと思われるのは、3章のはじめに収録された「手袋をさがす」です。気に入った手袋がなかったのでとうとう買わずに一冬を過ごしたというエピソードを通し、自分はどう生きるべきかという著者の若い苦悩が繊細に表現されています。

22歳の著者が抱えていた揺れ動く思いがダイレクトに伝わってくるようで、読んでいるうちに思わず引き込まれ、時間を忘れてしまいそう。読み進めていくうち、自分と重なる著者の感情が次々と描かれているのに驚くと同時に、まるで自分の気持ちを代弁してくれているかのように感じる読者もいることでしょう。

手袋をきっかけに当時の上司からある忠告を受け、自己反省も兼ねて自分自身を率直に見つめた結果、著者が出した答えは「反省するのをやめる」ということでした。これをきっかけに著者は自分の欠点を直さず、むしろ「精神の分母」として生きてゆこうと決心します。

「しかし、生れ変りでもしない限り、精神の整形手術は無理なのではないでしょうか。私は、それこそ我ながら一番イヤなところですが、自己愛とうぬぼれの強さから、自身の欠点を直すのがいやさに、ここを精神の分母にしてやれと、居直りました」
(『夜中の薔薇』より引用)

著者は、あの時もらった折角の忠告は結果裏目に出てしまったと記しています。しかしそれが機となり向田邦子という人物や彼女の作品が出来上がっていったわけですから、読者の立場からは有難い事の流れと言えます。

「でもたったひとつ私の財産といえるのは、いまだに『手袋をさがしている』ということなのです」
(『夜中の薔薇』より引用)

という一文にも表れているように、決して驕ることなく自分を客観視していた著者が唯一自己肯定したのは、現状に飽き足らず常に良いもの、面白いものを求めて進もうとする自身の精神でした。

他にも著者の海外での体験や、食にまつわる数々のエピソード、「男性鑑賞法」に至るまで様々な随筆が収録されています。第1章の後半に収録の「焦げ癖」では、不注意で作った鍋の焦げを通し彼女の人生、人間観が静かに語られており、「手袋をさがす」と同様、時代を超えて読者の共感を呼ぶ名作と言えるでしょう。

どれから読み始めても、その作品をきっかけに向田邦子の世界にはまってしまう読者は多いはず。丁寧な語り口、具体的な情景描写、そして何より、日常で出会う人々や出来事に対する著者の愛情にも似て取れる想いが、読者の心をそっと撫でてくれるようです。当時の世間体に惑わされることなく、凛とした生き方を貫いた向田邦子。その精神に触れる豊かな読書の旅を始めてみませんか?

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る