山岸凉子のおすすめ漫画5選!恐ろしいほどの心理描写に注目

更新:2021.12.17

恐ろしいまでに繊細でリアルな心理描写で作品を描く漫画家、山岸凉子。少女漫画界に革新をもたらした24年組の1人でもある彼女の魅力溢れる作品を厳選して5作品ご紹介します。

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巧みな心理描写を誇る漫画家、山岸凉子

山岸凉子は1947年生まれ、北海道出身。短大の美術科を卒業し、1969年、りぼんにて、『レフトアンドライト』で漫画家としてデビューします。昭和24年頃の生まれということで、1970年代の少女漫画界に新しい風を吹き込み、革新をもたらした女性漫画家たち、通称「24年組」(昭和24年ごろに生まれた漫画家)のひとりです。

ヴィクトリア朝の美術の象徴的存在であるオーブリー・ヴィンセント・ビアズリー(モノクロの鋭いペン画で鬼才と評された人物)の絵が好みで、山岸凉子自身も細い線の独特なタッチの絵が印象的。他にも、霊感モチーフなど、作品に様々なモチーフを取り込むことが多いのも山岸作品の特徴です。

また、ギリシャ神話をテーマにしたアニメ映画『アリオン』に登場するオリンポスの神々の衣装や一部キャラクターデザインを手がけたこともあるほど、ギリシャ神話に造詣が深く、他にも伝奇的、歴史的要素を含んだ作品を数多くてがけています。

彼女は作品のクオリティを上げるため、常に取材は徹底的に行っているそう。どの作品もハイクオリティであるのは、漫画に対する徹底したこだわりからきているのでしょう。

怖い漫画、で有名な山岸凉子ですが、グロテスクでもなく、スプラッター的恐怖でもなく、残虐性が高いわけでもない。なのに怖い。それは人間の深層心理や、そこに潜む闇、狂気と言ったものを描きだす技術の高さゆえであり、読む者に冷たい恐怖を感じさせます。

少女漫画作品も、リアルな絵ではないものの、卓越した心理描写によって作品にリアリティを持たせることができるのが、山岸凉子の魅力でしょう。

少女漫画のヒロイン像を変えた作品『アラベスク』

本作は、1971年からりぼんに連載され、第2部からは花と夢に雑誌を移して執筆されました。1970年代以降の少女漫画のヒロイン像に大きな影響を与えた作品です。

 

著者
山岸凉子
出版日
2010-03-23


ヒロインのノンナ・ペトロワは、身長168㎝の長身のバレエダンサー。大柄な体格でダイナミックな踊りが魅力の彼女ですが、その分優雅さが足りない演技をする劣等生です。ソビエトの金の星と言われているユーリ・ミロノフに秘めたる才能を見出され、共に高みを目指すこととなった彼女に様々な試練が訪れます。

ヒロインのノンナは内気で、いつも自信がない少女ですが、バレエの舞台に立つと一変、プリマへと姿を変えます。周囲はその実力を認めているのに主役なんて……と気おくれしている始末。

この気弱さが当時は斬新な設定でした。連載が始まった頃、バレエ漫画は他にもすでに世に出ていましたが、一貫して少女漫画のヒロインは、決して恵まれていない環境でも明るく快活で、努力で意地悪なライバルにも立ち向かってゆくような少女像が多かったのです。そして夢も恋も勝ち取ってゆくようなストーリーが定番でしたが、山岸凉子はこの作品でそのイメージを覆し、革新的なキャラクター像と展開で後の作品にも影響を与えました。

そして、人物像がメインとなって背景はあまり重視されていない作品も多かった中、バレエの細かいポイント、物語の舞台が共産主義体制下のソビエト連邦であること、時代や社会情勢のまで細やかなに描いている点も新しく、斬新な作品として人気を博した魅力と言えます。

もちろん、少女漫画に重要な恋愛要素もばっちり。ノンナとミロノフの恋の行方はドキドキすること必至です。少女が大人へと成長してゆく様子、恋の行方、美しく華麗なバレエ、そして繊細な心理描写、最後まで目が離せません。

少女漫画に革新をもたらした作品、ぜひ楽しんでみてください。

美しくも残酷なバレエの裏側を描く『舞姫 テレプシコーラ』

2007年に手塚治虫文化賞の漫画大賞を獲得した日本人が主人公で、バレエが題材の作品。大人気となった『アラベスク』の山岸凉子が、観客から見た華やかなバレエ界の、シビアな裏側や少年少女たちの現実をありありと描きます。

 

著者
山岸 凉子
出版日


ヒロインは小学5年生の女の子、六花。プロバレリーナを目指す姉と比較されて卑屈になりがちですが、ぱっと人目を惹きつける存在感があり、感受性も豊かで役に入り込むのがうまいダンサーです。そして常識にとらわれない振付のセンスと独創的な発想から、振付家としての才能を見出され、様々な苦痛やコンプレックスと向き合いながら成長してゆきます。

優雅で華麗な美しいダンスで人々を魅了するバレエダンサーたちの陰には、過酷で時に残酷で、様々な痛みを伴った壮絶な裏が存在しているというリアルが描かれています。

それなりに裕福な家庭で、当たり前のようにバレエを続けているヒロイン姉妹と対照的に描かれる、貧しい家庭で育ちながらもバレエに向き合う少女とのコントラストはこの上なく現実的で辛くなるほど。こういった要素が作品のリアリティにつながっていて、読者を引きつける魅力なのでしょう。

長い期間をかけて張った伏線をラストに向けて回収していくところも見所。この伏線の巧みさがさすが山岸凉子といったレベルの高さを感じさせます。この作品でバレエに詳しくなれるのではないかと思うほど、バレエに関する解説もとても丁寧で、知識がなくても問題なく楽しむことができるのもポイント。

残酷で美しい世界を鮮やかに描き出すストーリーを、楽しんでみてください。

遺跡発掘に生涯をかけた考古学者の物語『ツタンカーメン』

20世紀に至るまで発見されることのなかったツタンカーメン王の墓を発掘した実在の考古学者、ハワード・カーターを主人公とした、エジプトの遺跡発掘に生涯をかける考古学者の物語です。

 

著者
山岸 凉子
出版日
2002-06-01


エジプトでの遺跡発掘に情熱を注ぎ、探求を行っていたハワード・カーター。しかしほとんどの遺跡や墓は、すでに盗掘されて中の財宝もミイラも盗まれてしまったものばかり。そんな折、未盗掘の可能性の高いツタンカーメンの墓の存在を知り、彼は生涯をかけてその発掘に挑みます。

カーという不思議な少年に導かれるようにハワード・カーターはツタンカーメンの墓を探し続けます。実はこのカーは、古代エジプトの王、ファラオが少年の体を借りて現れていたのです。ほとんどの遺跡発掘に携わる人間たちが私利私欲のために発掘を続ける中、知的探求心のための無欲で純粋な発掘を行うハワード・カーターだからこそ、ファラオに選ばれ、導かれたのでしょう。

何度も壁にぶち当たり、発掘が不可能になりかけてもハワード・カーターは諦めませんでした。その思いの強さが作品を通して伝わってきます。熱い。そしてかっこいい。彼の物語は、まさに汗と涙の結晶のよう。紳士的な人物像がより作品を引き立てています。

史実とフィクションをMIXさせて描き上げられたストーリーは決して派手ではありませんが、いつの間にか読者を引き込んでしまう不思議な魅力があります。読んでいくうちに、ハワード・カーターと一緒になってツタンカーメン王の墓を探している気分になっていることでしょう。彼と共に、知的探求心を満たしてみませんか?

山岸凉子の人気短編集『天人唐草―自選作品集』

山岸凉子の短編作品が収録された1冊。中でもタイトルになっている天人唐草は山岸凉子の代表的作品です。一見少女漫画とは思えないリアルな人間の怖さを感じさせるストーリーが収録されています。

 

著者
山岸 凉子
出版日


どれも人気の短編なのですが、いくつかある中から表題作「天人唐草」をご紹介します。

ヒロインの響子は明るく快活な少女でしたが、厳格で男尊女卑的考えを持つ父親に、理想の女性像を押し付けられて育ちます。抑圧的な性格の大人になってしまった響子は、社会にでた矢先、植え付けられてきた価値観が通じないことに困惑。そんな折他界した母の代わりに父の世話をしに家に帰り、価値観の通じない他者と関わらずに済む生活に安堵してしまいます。しかし、それも長くは続かず……。

何をしても自分本位に叱ってばかりの父親のしつけから響子はうまく生きてゆけなくなってしまいますが、この作品は親から受けたひどい教育、響子はかわいそうだ、というストーリーではありません。自分自身を変えてゆくチャンスが目の前に何度も現れるのに、それでも楽な方へ逃げ、殻に閉じこもり、努力をしなかった響子の辿る人生を描いた、ある意味教訓的ともとれる内容になっています。

子どものころは親の絶対は絶対だったのかもしれません。でも、大人になってからも響子は自分の殻にとじこもり、逃げ続けます。そんな風に生きる響子を待っているのは一体どんな結末だと思いますか?

結局、自分の人生に責任を持てるのは自分しかいません。辛いことがあろうとも、たとえ親のせいであろうとも、自らの意思で立ち向かわなければ何も変わることはない。響子という女性を通して、そういったことを感じさせると同時に、響子の末路にじわっと恐怖が湧いてくること必至です。

これが少女漫画として描かれているところが、山岸凉子の斬新で革新的な部分とも言えます。リアルで生々しいまでの現実で起きうる問題は、大人になって読むとより一層恐怖を感じるかもしれませんね。人間の狂気を見せつけられる恐怖を味わってみてください。

切なすぎるほどの真っ直ぐな愛『日出処の天子』

1980年代「LaLa」に連載され、講談社漫画賞少女部門を受賞した人気作。一見ぶっ飛んだとも思える斬新な設定とストーリーでセンセーショナルな作品となりました。戦後マンガ史に残る傑作と評されています。

 

著者
山岸 凉子
出版日
2011-11-18


主人公の厩戸王子(聖徳太子)と蘇我毛人(蘇我蝦夷)を中心にストーリーは展開します。この厩戸の少年期から、摂政になるまでの物語です。

この作品の斬新なところは、厩戸が超能力者で同性愛者であるという設定。一見ぶっ飛んだ設定のように感じるかもしれませんが、実際に聖徳太子に関する文献に、超能力を持っているとしか思えないような逸話が残されているのです。そのリアリティさは、読み始めればあっという間に読者を引き込む力があります。

天女と見まごう美しさをもった少年厩戸に、毛人は目を奪われます。自らのもつ特殊な力から母親に愛されず、いつも孤独な厩戸に毛人は心を痛め、そしていつの間にか二人は惹かれあうように。しかし、男同士であるふたりに立ちはだかる大きな壁……。

さすが山岸凉子、繊細な心理描写と画力の高さで、登場人物の感情がひしひしと伝わってきます。厩戸の微妙な表情の変化は緻密で非常に細かく描かれ、ほんの少しでもずれようものならそれは別の表情にかわってしまうというほど。

まるで子どものように純粋で真っ直ぐな厩戸の不器用な愛に、胸を打たれること必至。なまめかしいまでに繊細に描かれた厩戸の気持ちは、紙の向こうの世界とは思えないほどにリアルです。

愛してくれなかった母親の影響か、厩戸が女性を嫌悪するシーンが多く見られますが、男でありながら天女のように美しい彼が毛人への恋心に悩まされる姿は、少女そのもの。女性への嫌悪は、本当は母に愛されたかった、毛人と当たり前のように結ばれたかったという思いによるものなのかもしれません。

斬新でいて基本に忠実な切ない少女漫画でもあるという、稀有な作品。ぜひ一度お手に取ってみてください。

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