川原泉おすすめ漫画6選!『笑う大天使』など傑作多数!

更新:2021.12.17

2006年に上野樹里主演で映画化された代表作『笑う大天使』をはじめ、一風変わった少女漫画を描くことで有名な作者。哲学的であり、文学的であり、実は何にも考えてなさそうなのんきさ。彼女が描く風変わりで笑えて少しほろりとする、そんなおすすめの痛快少女漫画をご紹介!

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川原泉は哲学する漫画家!愛称は「カーラ教授」

 

1960年9月24日、鹿児島県指宿市に生まれ。鹿児島大学在学中にはじめて描いた漫画『ジュリエット白書』を白泉社の少女漫画誌「花とゆめ」に投稿したところ、「HMCトップ賞」を受賞します。

同じ頃、地元女子校の教員採用試験を受けましたが不採用となり、漫画家を職業とすることになりました。1983年に『たじろぎの因数分解』でデビュー。その後は白泉社を中心に漫画執筆を続けています。

執筆活動は鹿児島県の実家で行っていましたが、1985年『ゲートボール殺人事件』執筆時から上京。現在もなお人気が高い『美貌の果実』や『笑う大天使』、『中国の壺』などを精力的に執筆します。

1996年に鹿児島県に帰郷。再び故郷での執筆をはじめます。

故郷での第1作はエッセイ漫画『小人たちが騒ぐので』。その次に描いた『ブレーメンⅡ』が2005年に星雲賞コミック部門およびセンス・オブ・ジェンダー賞特別賞を受賞しました。その後も『レナード現象には理由がある』からはじまる「~がある」シリーズを描くなど、活動は続いています。

川原泉が紡ぎ出すのは、お気楽のんきな登場人物が哲学的な命題に取り組んだり、かわしたりの「思想の八艘飛び(はっそうとび)」ストーリー。意表を突く設定、常に読者の予想外へと方向性を示す展開、哲学的かつ詩的な台詞、それらを生み出す深い思索から、彼女は読者から「カーラ教授」と呼ばれ、親しまれています。

学園コメディ、スポーツもの、SF、ファンタジーなどさまざまなジャンルで独特の作品世界を描き出す彼女ですが、デビューから一貫してギャグ漫画を描き続けています。1作だけシリアス漫画『Intorlerance…あるいは暮林助教授の逆説』を描いていますが、描いてみて「シリアスとは何だか訳のわからないもの」と言い、それ以降はシリアス漫画を描いていません。

好きな食べものは紀文の「魚河岸あげ」。あまりに好きすぎて作品なかでもたびたび「魚河岸あげ」の名を出していたために、紀文のWebサイトには「マンガで伝わる魚河岸あげの魅力」というページが設けられ、彼女の漫画が掲載されています。こだわりと意表のギャグ漫画家である彼女らしいエピソードと言えましょう。

 

川原泉デビュー30周年、白泉社40周年を記念して!

 

『川原泉傑作集ワタシの川原泉I』は1983年にデビューした彼女の筆歴30年を、そして1973年に創立した白泉社の40周年を記念して発刊されたベストセレクションです。

白泉社の特設サイトで読者投票を募り、また書店員アンケートなども加味して厳選された人気作品が、長編短編合わせて7作収録されています。「傑作集」の名に恥じぬ傑作揃いです。

 

著者
川原泉
出版日
2013-11-05

 

白泉社創立10周年の年にデビューし、以来30年の間に長編、短編、読切、連載すべて合わせて51作の漫画を白泉社発行の雑誌で発表しています。そのなかから、読者投票および全国の書店員アンケートによって選び出された作品7作が、『川原泉傑作集ワタシの川原泉I』には収められています。

連載作からは、小規模ワイナリーの娘と酒販メーカー社長と、ふたりを見守るぶどうの精の物語『美貌の果実』、3作描かれた「食欲魔人」シリーズの第1作『空の食欲魔人』、ジクムント・フロイト没後100年の年に描かれた『フロイト1/2』の3作が選ばれました。

読切短編からは、とても貧しいけれど成績優秀で途方もないのんき者の雪村霙が森の主を蹴飛ばしてしまい亀の姿になってしまう『森には真理が落ちている』、生き別れになっていた兄と妹の来し方行く末そして結びつきを描いた『夢だっていいじゃない』、剣道部の硬派男子が月夜にカーテンをドレスのように着てひらひらと踊る『月夜のドレス』、さらに単行本初掲載の『COCOMじゃないし』が選ばれています。

『COCOMじゃないし』は2ページの短い作品ですが、特に異色作で、発表媒体が雑誌ではありません。2008年に描かれた作品なのですが、それまでに作品中などでたびたび「紀文の魚河岸あげが好き」と発言していた川原に、何と紀文から彼女に執筆依頼され、紀文の報道資料に掲載された作品なのです。もちろん魚河岸あげについて描かれています。

『COCOMじゃないし』は報道資料だけではなく、紀文のWebサイトにも掲載されていますが、本のかたちで収録しているのは『川原泉傑作集ワタシの川原泉I』だけです。何とも彼女らしい経緯と内容の作品です。

「川原泉を読みたいけれど、どれから読めばいいのか」と悩んでいる人がいたら、迷わずおすすめしたい作品集です。作品の読者たちが支持した作品が集められ、また単行本初収録であり異色の媒体で発表された短編まで収められているのですから、これ一冊で川原泉を堪能できること間違いなしです。

 

甲子園まで何マイル?遠足気分で出発だ!

 

『甲子園の空に笑え!』のはじまりの舞台は九州の片田舎にある豆の木村。私立豆の木高校に大学を出たばかりの広岡真理子が新任教師として赴任してきます。田舎で無名の豆の木高校はそれゆえ貧乏で、クラブ活動も少人数になりがち。野球部も新入部員がゼロでした。

でも、ぎりぎり9人いる!足りない監督は若い先生に頼もう!かくして広岡真理子監督と豆の木高校野球部の躍進がはじまります。

 

著者
川原 泉
出版日

 

初期の傑作『甲子園の空に笑え!』。部員9名限りの弱小野球部が甲子園出場を目標に力の限りを尽くす!という物語ではありません。いわゆるスポ根ものとはまったく逆ベクトルの漫画です。あんまり頑張りません。

そもそも豆の木高校野球部には新入部員がまったくおらず、しかも監督がいません。外部の専門家を雇えるほど学校は裕福ではなく、かと言って先生方にお願いしようにも年老いた先生ばかりで、運動部の監督など頼めそうにもありません。では、新任の生物の先生はどうか、と野球部の面々が話す同じ頃、校長室では新任教師の広岡真理子が校長と話していました。

「お若いんですから、運動系のクラブの監督なんかをしてみては…?」(『甲子園の空に笑え!』から引用)

かつてのスポ根物語を想起しつつ広岡は快諾しますが、任されることになったのは野球部でした。

こうして広岡は野球部の監督になるのですが、野球部の面々は素人目にも判るほどの下手さ。広岡自身も素人ながら本などで勉強しながら指導して、野球部はのんびりながら少しずつ上手になっていきます。

かくして、豆の木高校野球部は県予選に出場し、運よく勝ち抜いて運よく甲子園大会に出場しますが、果たして運よく優勝したりするのでしょうか……!

そう、豆の木高校の面々は運がいいのです。彼らはとても素朴で、素直で、甲子園に行くのがはじめての県外旅行だったりします。広岡が運転するマイクロバスでの旅行にワクワクし、旅館のごはんはおいしくて、「1年中絶好調」です。

広岡だけは都会の強豪校の監督がいけ好かなくて闘争心を芽生えさせますが、選手たちは至ってほんわか。ただ一生懸命野球をします。勝つとか負けるとか、あまり考えないのです。愉しく野球をするのです。

これが川原漫画に共通の「お気楽なのんき者」の人物たちです。あくどいことを企てることもなく、偉くなろうという欲もなく、細かいことは気にしない。心にわだかまりのない人たちです。彼らはただ正直に、自分のやるべきことをやっていくだけなのです。

勝ち進むに従って闘争心や勝ち負けに心労を重ねる広岡ですが、決勝戦に臨む朝にはそれがきれいになくなります。栄冠とか優勝とか、そんなものに輝かなくていいのだと。ただ「行っといで」と選手たちをベンチから送り出します。そして選手たちもにこやかにグラウンドに出て行くのです。

「…あー

今日も

運がいいといいね

楽しいといいね

幸せだといいね」(『甲子園の空に笑え!』から引用)

これこそが川原漫画の真骨頂です。名誉も功名も精神論も要らない、ただ、愉しくあれ、と彼女は登場人物をとおして読者に語りかけるのです。人生の価値は賞罰でも貧富でも計れないと、あるがままに愉しむのが貴重と、決して難しくない表現で伝えてきます。

欲を排し、精一杯の野球をした豆の木高校野球部は果たして真紅の大優勝旗を勝ち得るのでしょうか。

 

川原泉の代表作!大天使様のもとに、毛色の違う羊が3匹。

 

良家の子女が集う名門女子校・聖ミカエル学園に転入することになった司城史緒は、実力で合格した元の進学校に未練たらたら。成り上がり者の社長の娘である斎木和音、金持ちにはなったが庶民感覚を捨てきれない家庭の娘の更科柚子も聖ミカエル学園の生徒ですが、登校時はいつも憂鬱。

いつしか、お嬢さまになりきれない3人が出会って意気投合。そして学園から浮きながらも愉しく過ごしているところに、怪しげな神父が赴任。何やら黒い陰謀が見え隠れして……。

 

著者
川原 泉
出版日
1987-11-25

 

『笑う大天使』は、まさに代表作です。彼女初の長期連載となった本作は、1987年に『花とゆめ』誌上に発表されました。全3巻のうち、本編は第2巻まで。第3巻は史緒、和音、柚子のそれぞれを主人公に据えた続編が各1本ずつ収録されています。

『笑う大天使』に登場する「聖ミカエル学園」は、川原作品にたびたび登場する学校です。幼稚園から短大まで一貫した教育システムを備え、「よき妻よき母」となるための教育を行っている、筋金入りのお嬢さま学校です。通っている生徒たちは清らかで品がよく「大天使の乙女たち」と呼ばれていますが、どんなところにもアウトサイダーは存在するものです。

彼女の作品の中心人物になるような少女は、「大天使の乙女」ではあっても大抵アウトサイダーです。『笑う大天使』の主人公、史緒、和音、柚子の3人も、もちろんそうです。それぞれが自分がお嬢さまなどではないことを自覚し、学校や他の生徒に馴染めずにいます。でも、それを周囲に悟られないように猫を被っています。

だから最初はお互いが「大天使の乙女」として馴染めない「毛色の違う羊」であることを知らず、それぞれに憂鬱な学校生活を送っていました。しかし史緒が転入してきて起こした或る事件をきっかけにお互いの事情を知ることになります。

史緒は自習の時間に教室を抜け出していなくなります。学級委員の柚子と連れ立った和音が探しに出たところ、日頃の食事に満足できない史緒は学校の裏の林でアジのひらきを焼いていたのです。

「アジのひらきにぼんのうしてどこが悪い!」(『笑う大天使』第1巻から引用)

開き直る史緒に共感する和音と柚子。ここに奇妙な連帯が生まれます。

どこにもいるアウトサイダー。少数ではあるが確実に存在するサイレントマイノリティ。それらに当たる彼女たちはいつも憂鬱でしたが、ここに唯一無二の友を得て、学園生活も色を変えます。読者が笑いながらもほっとして彼女たちに共感する場面です。

お嬢さまになりきれない3人がお嬢さまのなかでそれなりに生活していく姿を見るうちに、読者は彼女たちに親近感を得て共感を覚え、そしてどんどん好きになっていくでしょう。幾つかの挿話を挟んでそのように物語を運んでいく作者のストーリーテリングの妙と愛されるキャラクターづくりの巧みさが、ここに伺えます。

やがて周囲から浮いた3人は或ることをきっかけに不思議な、そしてダイナミックな力を得て、力を何かに役立てようと考えます。そんなときに彼女たちの周囲でうごめく陰謀。名門女子高校生連続誘拐事件が発生します。

「周囲で」事件は起こるのですが、彼女たちは標的ではありません。生粋のお嬢さまを狙った事件に対峙した、お嬢さまになりきれない3人は、どのような活躍を見せるのでしょうか。

どこにでもいる庶民の少女たちがたった3人で黒い組織に立ち向かいます。彼女たちのどんな強大な力にも屈しない大胆な活躍を、ぜひその目でお確かめください。

事件が収束した後は、3人のそれぞれの物語が語られます。第3巻に収録されているのは斎木和音の『空色の革命』、更科柚子の『オペラ座の怪人』、司城史緒の『夢だっていいじゃない』。彼女たちの行く末を見守ってください。

 

壺の中には、代々見守る中国の人が住む

 

『中国の壺』は表題通り、中国の壺を中心とした物語です。壺を持っているのは主人公の安曇志姫という高校生。10年前に亡くなった実の父から受け継ぎました。代々伝わる中国製の壺の中には、安曇家の子孫を見守ってくれる趙飛竜という1300年前の中国人が住んでいます。

志姫は実母の再婚で仁科家に住み、広い庭の掃除など手伝ったりしていましたが、或る日アメリカ帰りのエリートの義兄が女装で深夜徘徊しているのを目撃し……。

 

著者
川原 泉
出版日

 

唐の時代の中国からはるばる渡ってきた壺と、その中に住む人と、壺の持ち主の物語『中国の壺』。ペルシアから伝わるアラベスク模様の当時としては洒落た壺は、志姫の先祖である、遣唐使の安曇羽鳥が唐に渡った折りに買ったものです。その頃の唐の兵部尚書(軍務大臣)が、いま壺に住んでいる趙飛竜なのです。

趙飛竜は或ることで安曇羽鳥を死なせてしまい、その行いを恥じて「穴があったら入りたい」と願いました。それを聞いた神仙界の翁竜なる竜が「穴ならあるじゃないか、それそこに」と、とおりすがりに飛竜の願いを聞き入れ、彼を壺の中に入れてしまったのです。

そして壺ごと日本に渡ってきた飛竜は現在、安曇羽鳥の子孫である志姫を見守っています。飛竜の姿はバイオリズムが飛竜自身とまったく同じ者にしか見えません。それは志姫と義兄の巧だけです。

志姫は実母にこき使われても義父に不当な評価をされても、文句を言いません。ストレスから起こる巧の奇行も責めることなく、それが治まるように自分の睡眠時間を削って協力します。悲愴感こそ漂わせないものの、あまりに健気です。

人使いが荒い実母に対しては「母ちゃん1人じゃこの家をカバーするのは無理なんだ」とかばい、巧に対しては「バイオリズムが同じ者同士だから助け合わにゃ」と手助けをし、自分の仕事振りを知らず「少しは手伝いを」と小言を言う義父に対しても「忙しいんだよ、父さんは」と決して責めません。人を悪く言わない志姫です。

志姫には「見守る『だけ』の人」などと思われている飛竜ですが、志姫が頑張っていることはよく判っています。父や母がそれを知らずに志姫を不当に扱うことに腹を立てますが、志姫は言います。

「いいんだ。飛竜がちゃんと見てくれてるからな」(『中国の壺』から引用)

志姫の信頼と、飄々としていても胸の奥にある義心が飛竜を黙っておかせません。物理的な接触はできないものの、飛竜は父にあれこれ働きかけて志姫の働きを理解させ、謝罪に至らせます。飛竜はただ見守る「だけ」の人ではなかったのです。

物語前半のこのエピソードを見ても、安曇家の者、特に志姫と飛竜の結びつきの強さが判ります。物語後半には壺と飛竜の存在の危機が訪れますが、ここでも志姫は巧ととも飛竜のために働き、飛竜のことを心配し、飛竜がいることをよろこびます。自らの損得や体裁や、そんなものとは無関係に真摯に自分のことに関わる志姫を見て、飛竜は思うのでした。

「自ら望んだ運命なのだ……と」(『中国の壺』から引用)

自分は望んで1300年の時を越えて国境を越えて、今ここにいるのだと、そんな風に考えるのです。壺の中に住まう不思議な存在と、不思議な存在を何の不思議もなく受け容れてしまう安曇家の子孫の、素敵な絆の物語がここにあります。

中国から渡り異国の地で1300年の時を過ごした飛竜。1300年という悠久の時間にはさまざまなことがあったに違いありません。いいことばかりではなかったでしょう。その経験をしてなお、自らがいまここにあるのは自らが望んだ運命であると笑うことができる彼と、彼をそうさせる志姫への愛しみ。最終ページまで読み終えたとき、読者は愛というにはあまりにも大きな慈しみを感じることでしょう。

川原泉中期の円熟味を堪能できる漫画『中国の壺』。楽しく読んで読後感をしみじみと味わうのにぴったりの作品です。

 

よかったねよかったね女の子でよかったね

 

1991年7月15日、日本プロ野球実行委員会協約特別委員会は野球協約第83条のうち2つの条文を削除。これにより女子にも平等にプロ野球選手への道が開かれました。そして日本プロ野球セ・リーグに7番めの球団スイート・メイプルスが誕生します。

監督として、かつての豆の木高校野球部監督を務めていた広岡真理子が招聘されました。スイート・メイプルスは日本プロ野球界初の女性だけの球団として、ペナントレースに参加します。

 

著者
川原 泉
出版日

 

女性だけの球団スイート・メイプルスの活躍を描く『メイプル戦記』。『花とゆめ』での執筆12年間の集大成といえる作品です。単行本全3巻で日本初の女性球団が挑むペナントレース開幕から終了までを描きます。

野球チームということで、スイート・メイプルスには個性豊かな女性キャラクターが大勢集まります。美脚の元ディスコクイーン、女子野球部などないはずの聖ミカエル学園出身のバッテリー、宗教オタクの外国人ピッチャー、男性顔負けの外国人パワーヒッター、豆の木高校野球部で活躍した相本家の4つ子たち、プロ野球選手の夫と喧嘩をして家出してきた妻、そして高校野球で甲子園大会に出場したことがあるが現在は女性として生きる速球投手……。一癖も二癖もある面々です。

しかも監督は『甲子園の空に笑え!』で豆の木高校を率いた広岡真理子です。このメンバーで何も起こらない訳がありません。

こうしたキャラクター同士が共演する妙味で愉しませる一方、野球漫画のかたちを取りながら『メイプル戦記』は或る問題を描き出します。世の中のミソジニー、すなわち女性蔑視の傾向です。

たとえばオープン戦ではメイプルスの相手チームはスターティングメンバーに2軍クラスの選手ばかりを選んできますし、ペナントレースでも開幕直後は女ばかりの球団相手に「本気出して戦うまでもない」などと言われます。

しかし、メイプルスは設立以降練習をこなしてきて実力がありますから、ときには従来からの球団を苦戦させ、負かしてしまうこともあります。試合が一巡すると、どの球団もメイプルスを女の球団だからと舐めてはかからないようになります。男性と女性が対等に戦うようになるのです。

これは球団対球団という大きな単位での構図ですが、ストーリーの中でプロ野球選手仁科雅樹とその妻であるメイプルスの仁科紘子も、同様の構図でいがみ合っていました。女なんかにプロ野球選手が務まる訳がないと高を括る雅樹と負けられないと精進を重ねる紘子。紘子は負けたくないという敵愾心でペナントレースを戦い続けますが、最終的にはピッチャーの雅樹は強打者である紘子に対して全力で投球することになります。その後、紘子が言うのです。

「対等のプレーヤーとして、対等の人間として、真剣にボールを投げてくれてありがとう」(『メイプル戦記』第3巻から引用)

これは『メイプル戦記』が描かれた1991年~1995年頃の「理想」だったのでしょう。男女雇用機会均等法はすでにあったとは言え、まだまだ女性の地位が低い時代でした。職場でのお茶出しは女性がやるのが当たり前、お使いは「女の子に行かせます」……そんな時代です。

女性は活躍の場を自ら切り拓いて実力を示し、「男性社会」を構成するものたちに認めさせなければなりませんでした。対等であるために。

また、1990年代前半の作品としてはまだめずらしく、トランスジェンダーが登場する物語でもあります。

高校球児として甲子園に行きながらバッテリーを組んでいたキャッチャーに恋心を感じた投手は高校卒業後、女性として生き、女性としてメイプルスに入団するのです。瑠璃子と源氏名を名乗るその選手を、メイプルスの選手たちは女性として扱い、「彼女」の恋路を応援するさまは、やはり理想の社会像です。

『メイプル戦記』はそういった新しい時代を迎えるための、女性たちへのエールであり、また閉塞した時代に息が詰まっている人たちの清涼剤となる痛快な物語です。

『甲子園の空に笑え!』で少年たちが懸命にグラウンドを駆けまわって試合を戦ったように、『メイプル戦記』ではそれぞれの物語を背負った女性たちが全力で野球を通して戦います。その姿は、連載時から何年経っても読者の胸を打ちます。

みなさんが生きる時代は女性とそれ以外の人たちが対等な時代でしょうか。それを夢見た時代を懸命に駆け抜けた女性たちの物語を、ぜひ記憶にとどめてください。

 

川原泉の歴史漫画!指輪次第の時間旅行、いつ行っていつ戻る?

 

仁希と友理は幼馴染み。小さい頃に助けた精霊・ノームからお礼として指輪を貰います。それは「ソロモンの指輪」の改訂版で、いつの時代のどこの国の言葉でも理解できる上にタイムスリップ機能までついています。

しかしその機能は完全にランダムで、いつどこで発動するのか、どの時代に飛ばされるのか、いつ戻って来られるのか、着けている本人にさえ判りません。

或る日指輪は突然光り出し、仁希と友理は恐竜が闊歩する原始の森に……。

 

著者
川原 泉
出版日

 

『バビロンまで何マイル?』という、イギリスの童唄から題材を得た表題のこの作品は、1990年~1991年に「花とゆめ」に連載された作品です。

連載の途中で『メイプル戦記』の連載がはじまったために物語が中断してしまい、コミックス版は第1巻が出たきりで中途で終わっていましたが、1997年に刊行された文庫版では結末まで描かれています。

物語前半は導入部として原始時代での冒険が、後半はルネサンス期のイタリアで、軍人であり政治家だった実在の人物のチェーザレ・ボルジアに関わる冒険が描かれています。専攻は日本史であるものの歴史好きの作者のマニア心が出た濃い内容の作品です。

前半の原始時代編は、仁希と友理それぞれのキャラクターと指輪の能力を読者が学ぶための前章、物語の中心は後半のイタリア編です。ルネサンス期、イタリア半島がまだ1つの国家ではなかった時代に仁希と友理は指輪の能力で飛ばされてしまうのです。

降り立った場所は教会。一心に祈りを捧げる女性がいます。そこはサン・ピエトロ大寺院、バチカンです。そして祈りを捧げていた女性はルクレツィア。小国が割拠するイタリア半島を統一せんと影に日向に活躍していたヴァレンティーノ公爵チェーザレ・ボルジアの妹です。仁希と友理は激動のイタリアに降り立ったのでした。

権謀術数張り巡らせて、妹ルクレツィアを政治の道具として使うチェーザレ。それを悲しみながらも2回めの政略結婚の相手アルフォンソ・ダラゴーナを思い遣るルクレツィア。ナポリ公国を背負ってローマにやってきたナポリの王子アルフォンソ。歴史をかたちづくる人物たちの間で生活することになった仁希と友理は、兄にチェスの駒のように利用される気の毒なルクレツィアを助けようと、ときに寄り添います。

複雑な国家情勢。複雑な人物関係。複雑な時代。その中で仁希と友理は突然やってくることになった別の時代の異国で手助けしてくれたルクレツィアを悲劇から守らねばと心に決めます。東奔西走右往左往。しかしボルジア家の兄妹は、実は「ただならぬ」関係にあり、悲劇が悲劇を呼ぶのでした。

流転する時代の中で特別な能力を持つ指輪をつけたふたりがいかに駆けまわっても、歴史の動きは止められません。時代の外からやってきた者はその目撃者にはなれても、時代の創造主や担い手にはなれません。それはまた、ふたりを通してルネサンス期のイタリアを見る読者も、同様なのです。

時代と権力と兄に利用されるルクレツィアを救いたくても、平然と凶行に及ぶチェーザレを阻みたくても、漫画の外にいる読者には何もできません。こうして読者は仁希と友理のもどかしさややりきれなさを追体験することになります。他所の時代に迷い込んだ不安や、もとの時代にはいつ帰れるのかといった焦燥が、ふたりとともに体感できるかもしれません。

ボルジア家は後世の史書が記すとおりの末路を迎えます。仁希と友理は悲劇を止められないまま時代の終焉の僅か手前で、指輪によってもといた世界へと戻されてしまいます。

やるせない、寂寞とした読後感は、しかし不思議と厭な感じがしません。川原漫画にある独特でしみじみとした読後感が『バビロンまで何マイル?』にもあります。ヨーロッパ史を扱った、彼女の作品ではややめずらしいタイプの作品です。

 

ギャグ漫画で一見、馬鹿馬鹿しいように見えますが、その実、視点や台詞は哲学的で、たくさんの智識がそこここに溢れています。物語は諧謔と哀愁によって織り成され、それはまるで人生のよう。笑えて感心できてしみじみとする、他に類似したものがない漫画。それが川原泉漫画です。力の抜けた人生を、彼女の漫画で体感してください。

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