『ガラスの仮面』で知られる美内すずえ。既刊数49巻を超える大作は、連載開始から40年以上を経ても読者を惹きつけてやみません。独特の世界観から生み出された他の作品も一度は読んでみたくなるものばかり。中でも一押しの5作品をご紹介します。
1967年、当時16歳・現役高校生の時に漫画家としてデビューを果たした美内すずえ。同じく1951年生まれの漫画家であるあだち充や新谷かおるなどのデビューが1970年や1972年であったことからもまさに早咲きの作家でした。
その後、1976年に連載を開始した『ガラスの仮面』が少女漫画界に与えた影響は大きく、アニメ、ノベライズ、テレビドラマ化、コラボレーション商品など今のコミックブームにつながるエポックメイキング作品の1つとなったのは周知の通りです。
産み出された作品も『ガラスの仮面』だけでなく国内外や歴史、SFものなど多岐に渡り、短編・長編作品を問わず、独自の世界観に裏打ちされたものばかりです。その中でも、ちみつなプロットで描き出された美内すずえサーガとも言うべき5作品をご紹介します。
私生児として生まれたがゆえに、母親にも周囲にも疎んじられ、つらい境遇の中育ったヒロインの亜紀子。そんな中母親にいまわの際に明かされた、双子として生まれたという出生の秘密を知り、そのかたわれである妹の元を訪ねてみるものの、とりつく島もない邪険な扱いを受けることに。これまでの自分の悲しい人生と比べてみても余りに大きなその幸福度の違いに憎しみをおぼえた亜紀子は、ついに妹を殺してその人生を自分のものとする、という行動に踏み切るものの……。
- 著者
- 美内 すずえ
- 出版日
苦労続きの自分にはない恵まれた人生をラクラクと手に入れているような他人に対する嫉妬心が全くない、と言い切れる人間は少ないハズ。ましてそれがより自分の身近にいる人間であれば、その人には容易に手に入るのに自分には手が届かないことへのジレンマはより一層募ってしまうものかもしれません。
同じようなシチュエーションの作品は映画『太陽がいっぱい』、そのリメイク版『リプリー』、コミックでも『妖子』や『伯爵令嬢』などいくつか存在しますが、この『孔雀色のカナリア』が他と大きく異なるのは、初出が月刊セブンティーン1973年12月号という早い時期に、まだ年端もいかない女子高生が、己の欲望のために犯罪に手を染める、というプロットを描き出して見せたという点でしょう。
一見荒唐無稽に思えるプロットも丹念なヒロインの心理描写を積み重ねてあることで、読み進めていくうちにどんどん犯罪者である亜紀子に感情移入していってしまい、結末を知るのが怖いような悲しいような気分にさせられます。
「クシュリナーダ・・・!わたしはなんなの・・・?いったい誰なの?」(『アマテラス』から引用)
幼き日から次々と身の回りに不思議なことが起こり続けてきた少女・千倉沙耶。16歳の誕生日の祝いの席で、自分をクシュリナーダと呼ぶ不思議な美貌のギリシア人・ジュリアスと出会ったことから彼女の運命の糸車はどんどん加速しながら回転していき、自分がムー帝国王三番目の雄神・スサノオの妃である女神クシュリナーダであることを知り……。
- 著者
- 美内 すずえ
- 出版日
- 2009-08-26
はるか昔に存在したと言われて久しい「ムー帝国」が海底深く沈む前に帝国王がその子供たちに遺した「神殿が再びこの世に現れるとき、神の民という名の国に神軍の兵士が結集し、記憶とともに神の力をよみがえらせる」という言葉。その予言通り、神の民の国ヤマトでかつて日本神話の中の櫛名田姫としてその夫スサノオと共に戦ったクシュリナーダとしての記憶をよみがえらせたのがヒロインの千倉沙耶です。
ストーリーは次から次へと彼女の身にふりかかる困難を謎の美青年ジュリアスと切りぬけながら展開していくのですが、ついこの間まで平凡な女子高生だったにも関わらず、あくまでも前向きに立ち向かっていく沙耶の姿からは、作者がこの作品に込めた信じる強さや自分の運命や使命といったものが感じとれます。
一見難解なスピリチュアル用語や馴染みが薄いかもしれない古代文明などが登場しますが、作品中で詳しく説明されているので、今までなんとなくわかった気でいた言葉の本当の意味がわかるチャンスかも。
精神世界や輪廻などを美内すずえが意欲的に描いた『アマテラス』、そうした世界に触れたことのない人にも一度は読んでもらいたい作品です。
大好きだった母を亡くしたヒロインの亜希子。そのショックの中、母が生前うなされた時によくつぶやいていた言葉とその死の直前に母が青ざめて眺めていた黒百合をヒントに母の不審死の真相があるのではと思い至り、調査を始めます。
そんな彼女が辿りついた母の故郷で知ったのは、自分の一族ことごとくが凄惨な早死を遂げているという事実でした。そしてその理由は代々一族を苦しめてきた「呪い」にあると知るのですが、その身にも刻一刻と呪いの魔の手は伸びてきており……。
- 著者
- 美内 すずえ
- 出版日
自分が何か過ちを犯して報いを受ける、というわけでもないのに理不尽にふりかかる呪いの火の粉に敢然と立ち向かう亜希子。大好きだった母親を亡くしたショックからの行動とはいえ、美内すずえの他の作品にも共通する芯の強さをひしひしと感じさせてくれます。
またそんな亜希子が事件の解決のために向かうのは、山深い田舎で、うさんくさい親族やあやしげな因習、人々の欲望など、まるで横溝正史の描く世界そのもの。途中途中の描写には子供の頃ゾワッとした、という想い出のある人も多いのでは。
これでもか、これでもか、という怖さがありつつも、亜希子を助ける男性陣の活躍も相まって、読後感も悪くはなく、少女マンガホラーの正統派ともいうべき作品に仕上がっています。
まるで現代の神隠しに遭ったかのように目の前から消え、その後変わり果てた姿となって発見された親友。非業の死の真相を暴くべく、神隠しの舞台となったデパート・帝国堂へと潜入したヒロインのつばさが見たものは、デパートと、それとつながる地下鉄の駅に巣食う魔物たちでした。
人形に姿をやつし、1000年もの時を超えて生き続ける妖鬼妃一門と、その一門と代々死闘を繰り広げてきた九曜家の唯一の末裔である九曜久秀と共に戦うつばさの運命は……。
- 著者
- 美内 すずえ
- 出版日
初出はなんと1981年。今でこそタイムリープやタイムスリップなど時空を自在に移る設定もすんなり受け入れられて不思議はない時代ですが1981年当時にすでにそうした概念をとりいれた作品を、しかも少女向けに描いていた美内すずえの先見の明やストーリーテラーぶりに驚かされます。
またこの作品の恐ろしさの真骨頂は舞台が都会の中のデパートや地下鉄といった誰でも常に接しているような日常の中にあるところではないでしょうか。どこにでもある風景に狂気が潜んでいる、怖さはジワジワくるものがありますよね。
1976年から40周年を経ても続く一大グランドロマン大作『ガラスの仮面』。数奇な運命に翻弄されつつもひたむきに幻の傑作といわれる舞台「紅天女」を演じることを目指すヒロイン北島マヤと宿命のライバル姫川亜弓がお互いの力を尽くして成長していくストーリーは、時代を経てもまったく色あせることがありません。
最後の最後に月影千草の後継者として「紅天女」を演じるのは果たしてマヤか、それとも亜弓なのか……。
- 著者
- 美内 すずえ
- 出版日
- 1976-04-20
『ガラスの仮面』ファンの最も知りたいことといえば、もちろん北島マヤは念願かなって紅天女を演じることができるのか、ということです。しかし『ガラスの仮面』が演劇マンガであり、また一人の少女の成長の記録である、という側面から考えると、北島マヤは果たして「紫のバラの人」こと速水真澄が結ばれるのかどうか、ということも重要なポイントです。
長年マヤをそっと支え続け、大人の余裕と魅力はあるものの、結ばれるにはあまりに障害が多い真澄と、同じ俳優としてずっと自分を励ましそばにいてくれた桜小路優。ある意味太陽と月のような二人の男性の内、マヤが選ぶのは最終的にはどちらになるのでしょうか。
これまでずっと何事にもひたむきに、そして血のにじむような努力を重ねてきたマヤ。40年という長い間支持され続ける理由は、そのマヤの姿に心うたれるものがあるからに違いありません。果たしてそのマヤの女優として、そして一人の女性としての運命の行きつく先がどうなっていくのか、今後の展開が待ちきれませんね。
SF、ホラー、その他どんな作品においても流されない独自の世界観を作り上げてきた美内すずえ。その魅力は決して『ガラスの仮面』だけではありません。昔読んだ記憶がある、という人も、そうでない人もぜひ一度その美内すずえサーガに触れてみませんか。