向田邦子のおすすめ書籍5冊!直木賞作家はエッセイも面白い!

更新:2021.12.17

テレビドラマの脚本で一世を風靡し、今なお熱烈なファンを持つ向田邦子。彼女の作品の中から選び抜いた5冊をご紹介していきます。

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向田邦子のおすすめ書籍5冊!脚本からエッセイまで、多くの共感を集める直木賞作家とは?

向田邦子は1929年、東京に生まれました。父親が転勤続きの勤め人だったため、小さい頃は各地を転々として育ちました。

社長秘書や映画雑誌の編集者などで社会人経験を積んだあと、フリーライターとして独立。1962年、ラジオドラマの脚本を書き、脚本家の道を歩み始めます。以後、じわじわと人気脚本家になってゆきました。1974年には、連続テレビドラマの代表作となった「寺内貫太郎一家」が始まり、名声は確固たるものになりました。時まさにテレビドラマの黄金期、倉本聰、山田太一、そして向田邦子が「シナリオライター御三家」と呼ばれることもあったといいます。

70年代後半からエッセイや小説にも手を伸ばし、1980年には『思い出トランプ』収録の短編で直木賞を受賞します。しかしますます充実の時を迎えようとしていた1981年、51歳で台湾での飛行機事故で亡くなりました。

向田邦子最後の作品集『男どき女どき』

1作目は、向田邦子の最後の短編集『男どき女どき』です。タイトルは、世阿弥の風姿花伝から取られたもの。物事がよく回る男どき、うまくいかない女どき。いい時も悪い時も作品の中に閉じ込める、向田らしいタイトルといえるかもしれません。

ここでは最初の作品「鮒」をご紹介します。ある家族の家に、一匹の鮒(ふな)が入ったバケツが突然置かれています。妻も息子も意味がわからないと騒ぎますが、夫は、これは自分が捨てた愛人が飼っていた鮒だと悟ります。息子の願いで鮒を飼うことになりますが、自分と愛人のあれこれを見ていた鮒だと思うと、夫は落ち着きません。

著者
向田 邦子
出版日
1985-05-28

休日、夫は息子を連れて元愛人の家の近所まで行きますが、どうやらもう住んでいない様子。行きつけだった喫茶店に行くと、マスターは夫に気づいて挨拶しかけますが、息子を見てやめます。ここらへんの人間関係の細部が本当に抜群に巧いのです。

「『元気なのかなあ』
金を払いながら、塩村がたずねた。
あの人は、という主語が抜けているが、その辺は主人にも通じたらしい。
『まあ元気にやってるんじゃないかね』」(「鮒」より引用)

男同士の探るような、気を使い合いながらの会話。捨てたのに未練たっぷりな夫。リアルです。そして息子と家に帰ってみると、鮒は腹を出して浮いていて……結末は、本でどうぞ。

向田作品は「鮒」のように、日常に生きる人間たちの揺れやすい心理を、美化せず、貶めもせず、どこまでも冷静に的確に描きます。嫉妬も未練も暗い喜びもなにげない幸福も、普通に生きる日本人の感情が、全部そこに入っています。

滲み出るエロス、揺れる女心を描きつくす向田邦子『隣りの女』

2作目は亡くなる直前、脂が乗り切っていた頃の短編集『隣の女』。今回は表題作をご紹介しましょう。

28歳の主婦サチ子は、夫と二人暮らし。ある時、アパートの隣の部屋から、男女の声がしてくるのに気づきます。隣の部屋に住んでいるのはスナックのママ峰子。男が谷川岳へ向かう列車の駅名を暗誦しているのを盗み聞き、その意味に気づいて、サチ子は身体が熱くなるのを感じます。

著者
向田 邦子
出版日
2010-11-10

衝動に突き上げられるように、サチ子は谷川岳の男と一度きりの関係を持ちます。それで終わりのはずが、男がサチ子の財布にお金を入れていたのを知って、サチ子は激情にかられてニューヨークまで男を追っていきます。一方、谷川岳に登ってきますという書き置きだけで家出されたサチ子の夫は、峰子のスナックを訪ねますが……。さて、結末はどうなるでしょうか。

向田邦子は、エロスの作家でもあります。本人は生涯独身でしたが、恋の激情や、それが世間の常識や倫理を簡単にぶち破るものであることを誰より理解していました。女性から圧倒的な支持を得ていたのは、薄っぺらい建前をいっさい言わなかったからでしょう。そして人生は恋だけで出来ているわけではないことも、誰より知っていました。

この短編の結末を読むと、読者は「あ……」と思うでしょう。まるで狂言回しの役目だけを負わされているかのようだった隣の部屋の峰子にも、女としての人生があるんだと気づくからです。これはサチ子だけの話ではなく、峰子の物語でもあったのだと。短い文字数のうちに、こんな複雑なニュアンスを持つ話を、くどくなくさらっと書ける向田。多くの先輩作家たちが、巧すぎると唸ったのも無理はありません。

蘇る、向田邦子節『きんぎょの夢』

3冊目は、向田のドラマをノベライズした『きんぎょの夢』をご紹介しましょう。原作はなんと1971年のテレビドラマ。古いです。

砂子はおでん屋の女将。父親が死んだあと妹たちを育てるために水商売の道に入り、それに馴染んできた自分にさびしさを感じ、婚期を逃しそうなことに少々焦っています。このへんの婚期の感覚はいかにも昭和らしいといえます。

著者
向田 邦子
出版日

そんな彼女も恋をしています。相手は編集者の殿村。しかし殿村には評判の悪妻がいて、別れてから正式な関係となろうということで二人は清いまま。そこに、夫の浮気をかぎつけた噂の悪妻が乗り込んできます。あまりの高飛車さにこれまでどこか控えめな態度だった砂子も、これなら奪っちゃってもいいやという気持ちになるのです。しかし……。

どんなに相手が悪妻だろうと、男を無理やり奪っても幸せにはなれないと向田邦子は言っているようです。向田は女の激情や怖さを存分に描ける作家であると同時に、前向きで潔い女性像を描ける作家でもあったのです。

向田邦子の出世作、大ヒットドラマの小説版『寺内貫太郎一家』

4冊目は、いよいよ向田の脚本家としての出世作『寺内貫太郎一家』です。1974年に放送が始まり、全部で69話、加えてスペシャル版も何本か作られたというロングシリーズで、舞台化もされています。

寺内貫太郎は、東京の下町に店を構える石屋の主人。とにかく短気で無理解で直情的な親父さんです。口より先に手が出て、長男とはいつも掴み合いの大喧嘩。しかし縁のある人間はけっして見捨てない、愛情深い人間でもあるのです。この貫太郎と、なぜか貫太郎に惚れ込んでいる出来た妻を中心に、息子や娘や従業員やたくさんの人間たちがひょいひょいと気軽に寺内家の居間に上がり込み、大騒ぎしながら日常を送っていく物語です。

著者
向田 邦子
出版日

そう、これこそ昭和のホームドラマです。そしてもしかしたら昭和最後の正統派ホームドラマではないか、と思います。向田邦子はこれ以降、人間のもっとリアルな心理を追求するようになり、倉本聰や山田太一もこの頃から一筋縄ではいかないドラマを書き始めるからです。どんな殴り合いも口論も嫉妬も裏切りも、日常という大団円におさまってゆく昭和の幸福なドラマは、『寺内貫太郎一家』で終わったのかもしれません。

それにしても、向田邦子の父親をモデルにしたという貫太郎の怒りっぽさは強烈です。とにかくまず怒る、反対する、長男が出てきたら数分後には殴ってるという、いま放送したら抗議殺到のキャラクターでしょう。

でも彼がとりあえずダメだと怒鳴ることで、取り上げられる問題の本質が見えてくるのです。貫太郎がいるから、彼に立ち向かうキャラクターが輝きます。愛ある悪役であり、なるほど、親父というのはこういう機能を持つのかと感心してしまうことでしょう。そしてもちろん、負けるところはきれいに負けてみせ、ぶすっとする貫太郎のまわりでみんなが笑いさざめくのです。

向田邦子が夢見たのかもしれない、荒っぽくも楽しい家庭の物語。読みながら幸せな気分になれること請け合いです。

直木賞受賞作を含む、絶品短編集『思い出トランプ』

向田邦子が1980年に直木賞を受賞したことはすでに書きましたが、それは3つの、ごく短い、ショートショートと言ってもいい長さの短編に贈られたものでした。これはかなり珍しいことです。その3作品を含む13編を収録したのが本作『思い出トランプ』です。思い出トランプという作品はなく、13編という数から全体をトランプに例えたもの。タイトルの巧さにも感心させられます。

著者
向田 邦子
出版日

ここでは冒頭にある「かわうそ」を紹介してみましょう。これは読んでいて寒気が止まらないほど、恐ろしい小説です。中年男の宅次の妻厚子。宅次は厚子を、夏蜜柑のような女、明るくて屈託がなくていたずら好き、どこまでも陽性の女だと愛してきました。

しかし、ある時脳溢血で倒れ、寝たまま妻のことを思い出しているうち、自分が時々厚子に恐ろしさを感じてきたことを思い出すのです。宅次の父の葬式の時も、近所の火事の時も、涙を流したり隣に知らせたりしながら、どこか厚子は楽しくて仕方なさそうだった、と。そして二人の長女は急性肺炎で死んでいるのですが、この時も厚子は子どもをすぐ病院に連れて行かなかったとわかり、宅次は背筋が寒くなります。きっと厚子はその時も、なんとなく自分の楽しみに従っただけなんだろうと……。

かわうそは、食べるためでなくただ獲物を取る楽しみのために魚を殺し、それを目の前に並べる性質を持つそうです。厚子はそれじゃないかと考え至る宅次。それなのに同時に、どこまでも悪意のない、無邪気な人間でもあるのです。思い詰めた宅次はとうとう衝動的に包丁を持ち、厚子に近づくのですが……。結末はぜひ本でどうぞ。

そこらへんの悪女なんか目じゃないほど、このごく短い物語に出てくる厚子は怖いです。一人の人間の中に、得体の知れない重層的なもの、それも目を向けてはいけないようなものが詰まっている恐ろしさ。しかも厚子は、そこらへんにいそうな女性でもあるのです。向田の透徹した人間観察眼は、とうとうこんな深くて底知れないところまで行ってしまいました。これは直木賞審査員も賞をあげてしまうだろうと、思わずうなずきたくなります。

他の12編についても、一筋縄ではいかない人間の暗部が多くを語り過ぎない文章で書かれていきます。向田の凄さと奥深さを知りたいなら、避けては通れない1冊といえるでしょう。

向田邦子は実生活でも非常に魅力的な人で、彼女のエッセイにも多くのファンがいます。ここでは5作品をあげましたが、その他の本もぜひどうぞ。どれを読んでも外れはありません!

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