人見知りだが、本への情熱は人一倍の女店主
鎌倉の片隅でひっそりと営業している古本屋の女店主が、店にやってくる客たちが持ってくる古書の謎と秘密を解き明かす、三上延のライトミステリ小説「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ。
主人公の五浦大輔は、大学を卒業したが就職を決めた会社が、就職直前に倒産してしまい、どこへ就職すればいいのか分からない日々が続いていました。そんな中、母の恵理から祖母の遺品である、夏目漱石のサイン入りの全集を渡され、このサインが本物かどうかを調べにビブリア古書堂へ行ってほしいと頼まれます。そして、店番を務めていた篠川文香から、店主である姉の篠川栞子が事故にあって入院していると話を聞き、その入院先に行って彼女と出会うところから、物語は始まっていくのです。
このシリーズの特徴は、各話の題名とそのストーリーの中で登場する古書です。太宰治の『走れメロス』、江戸川乱歩の『少年探偵団』、手塚治虫の『ブラック・ジャック』……いずれも、実在した著名な作家たちが生み出した名作で、本に詳しい人はもちろん、そうでない人もピンとくるものが次々と出てくることは間違いないでしょう。そして一方、古書堂の店主の栞子は初対面の人間とは口もきけない人見知りで、接客業を営む人間としては心配ですが、古書の知識と情熱は人一倍と言っていいほどです。
「古い本には、人の秘密が詰まっています」(『ビブリア古書堂の事件手帖』より引用)
と、ひとたび本が絡む話となると、別人のように活き活きとした喋り方に変わり、相手が誰であろうと本に関わる知識の全てをこれでもかと語り出します。そして、大輔の他にも店を訪れる客たちによって、いわくつきとして登場するその古書にまつわる謎と秘密を、まるで全てを知っているかのように解き明かす栞子の姿に、皆さんも目が離せなくなること間違いありません。
極度の人見知りだけど、本への情熱ならば誰にも負けない古書堂の女店主。そんな彼女の活躍を描いた「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ、皆さんも興味がありましたら、是非とも第1巻「栞子さんと奇妙な客人たち」から栞子の案内で本の世界へ旅立ってみてください。
神様にだって、お願いしたい事はある
実在する日本の神様に顎で使われる形とながらも、お人好しの性分から神様の「お願い事」を聞こうとする青年の物語を描いた、浅葉なつの「神様の御用人」シリーズ。
主人公の萩原良彦は、生き甲斐としていた野球をある理由で諦めざるを得なくなり、おまけに就職先まで失い、路頭に迷っていました。そんな中、不思議な老人から亡き祖父の遺品である一冊の本を託され、さらにそこへ現れた狐の姿の方位神の黄金から、神様の「お願い事」を聞く“御用人”としての役目を言い渡されてしまいます。
しかし、その良彦が御用人として行く先々で出会う八百万の神様たちは、皆人間味溢れるキャラクターで、彼らからの「お願い事」というのが、意外にも拍子抜けさせられるものばかりなのです。
「あのボート部を即刻この川より撤退させよ!」(大神霊龍王※『神様の御用人』1巻より引用)
「浮気癖のある夫を、改心させてちょうだい!」(須勢理毘売※『神様の御用人』2巻より引用)
「私、この手で菓子を作ってみたいのです!」(田道間守命※『神様の御用人』3巻より引用)
いかがでしょうか。これらは神様にしては、本当に人間がするものと同じ、つまり人間っぽいものばかりですよね。そして、一般的なイメージとしての神様は、人間の祈りや願いを聞き、人間に力を貸す存在として語られています。しかし、神様にも人間に頼みたい、聞いてほしい事があるとしたらどうでしょう。それこそがこのシリーズの見所であり、なんだかんだ言い、そして振り回されながらも、良彦はお人好しの性分でそのお願い事を聞いてあげようと奔走していくのです。
そんな主人公と神様を描いた物語だからこそ、「神様の御用人」シリーズは、ひとたび読めば皆さんの心を温かくしてくれること間違いないでしょう。
浅草の和菓子屋を巡る、甘く優しい物語
浅草の下町にある和菓子屋を舞台にした、似鳥航一の「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」シリーズ。
浅草の一角にひっそりと佇む老舗和菓子屋「栗丸堂」。親が急逝したため、その栗丸堂を若くして四代目の店主として継ぐことになった主人公の栗田仁は、和菓子職人としての腕は一級ですが、店主としての切り盛りは未熟でした。そんな彼を心配した近所の喫茶店のマスターは、葵というどこか不思議な雰囲気の女性を紹介します。和菓子のことについて豊富な知識と、さらに和菓子のことになると一歩も引かないほどの情熱を持ち合わせた彼女の登場に、最初は良い感情を持たなかった栗田ですが、マスターの説得も受けてしぶしぶ彼女を栗丸堂に迎え入れることになります。
このシリーズの見所は、ストーリーに登場する和菓子の数々です。豆大福、どら焼き、雷おこし、桜饅頭、桜餅、あんみつ……いずれも事細かに美味しそうに描写されて、読んでいるだけで喉が思わずゴクリと鳴って、今すぐに和菓子屋へ行って食べたくなるほどになるのは間違い無くなるでしょう。しかも、それらの和菓子が、栗丸堂やその他の登場人物たちに様々な影響をもたらし、引き起こされる数々の珍騒動にも目が離せません。
和菓子と下町浅草の人々を巡る物語「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」シリーズ。皆さんもこの甘く優しい物語を読んで、それから和菓子の味を確かめに行ってみませんか?