文芸

木内昇のおすすめ文庫本5選!『漂砂のうたう』で直木賞受賞

更新:2020.12.2 作成:2017.4.26

丁寧な言葉選びで、人間について深く描く木内昇。今回はそんな木内の文庫本おすすめ5選をご紹介します。

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人間性について客観的に描く木内昇

木内昇は1967年生まれの小説家です。出版社勤務後、独立。『新選組 幕末の青嵐』の嵐にて作家デビューしました。彼女の書く物語は時代もの・歴史ものが多いです。

登場人物の人間性を深く掘り下げることで、切なさや葛藤を描いています。その手法は、登場人物の様々な視点から、ある1人の人物像を浮かびあがらせるというものです。ゆえに、『新選組 幕末の青嵐』は主人公が1人ではありません。そのことに最初は面食らう方は多いと思いますが、それが引き込まれる要素であることは間違いないでしょう。

疾走!隊士たちの心の葛藤を描いた傑作

『新撰組 幕末の青嵐』は、新選組が組織され、活躍し、近藤勇・土方歳三・沖田総司などといった名だたる隊士たちが死していくまでを描いたものです。

本作の特徴は、小説の中での視点が次々と変わることです。その視点とは、新選組で活躍した隊士たちの視点です。そうすることで読者は隊士に乗り移っているかのような気分で読むことが出来るでしょう。
著者
木内 昇
出版日
2009-12-16
隊士たちの様々な視点によって、彼らの新選組での葛藤や人物評、考え方を客観的に捉えることが出来ます。そのため単なる歴史上の人物としてではなく、現代に生きる私たちと同じような、1人の人間としてその人物をとらえることが出来るでしょう。

「もし土方に、『自分のやりたいことがはっきりわからない』などと胸の内を打ち明けたら、なんと言って笑われるだろう。」(『新選組 幕末の青嵐』より引用)

これは新選組総長であった山南敬助の視点ですが、一方でこのような視点もあります。

「自分の行くべき方向を他人になぞ委ねているから、こうして落胆するのだ。常識や格式でがんじがらめになっているから、真だと思っていたものが偽だったときに、いちいち自分を見失うのだ。そうやっていつまでも自分の核があやふやだから、世の権威にばかり依存するのだ。」(『新選組 幕末の青嵐』より引用)

これは新選組副長であった土方歳三の、山南敬助に対する視点です。どちらの視点も、現代に生きる私たちにも共感できるものがあり、その人となりがよく分かります。時代は違いますが、人の葛藤は変わらないものなのかなと思わせてくれます。

次々と変わる隊士たちの視点のおかげで疾走感を持って、共感しながら読むことが出来るでしょう。歴史ものにあまり興味がない方でも是非手に取ってもらいたい一冊です。

善悪とは本当に存在するのか?行先の見えない隊士たちの葛藤

この小説も新選組を題材にしています。内容は近藤勇、土方歳三、沖田総司といった有名隊士たちが主人公ではなく、その周りの隊士たちの葛藤を描いています。また、『新選組 幕末の青嵐』と同じように、この小説も主人公は1人ではありません。

ご存知の方もいると思いますが、新選組は次第に2つの派閥に分かれていき、最後には完全に新選組から離れていく者が出てきます。それは伊東甲子太郎を筆頭とした勤王派です。一方近藤勇らは勤王佐幕派でした。

勤王派とは天皇に忠義を尽くす考え方です。一方勤王佐幕派とは、天皇に忠義を尽くしながら、幕府を補佐していくという考え方です。幕府を束ねる征夷大将軍は朝廷の命により決まるため、幕府に忠義を尽くすということは、天皇にも忠義を尽くすことになります。
著者
木内 昇
出版日
2005-06-11
この小説では、時代の変化がとても速く、力のある者にすがりつくことでしか生きていけない、その残酷さがありありと表現されています。特にそれがよく表れているのは、阿部十郎からの視点です。

「局を抜ければ楽になるだろうか、とふと考えた。反発も否定も、全部忘れてやり直す。けれど真っ新になったとき、自分になにが残るのかと考えると、途端に不安になった。」
(『地虫鳴く-新選組裏表録-』より引用)

のちに伊東は近藤らによって暗殺されてしまうのですが、時代の変化が激しかった江戸末期においては、近藤派・伊東派のどちらが善でどちらが悪と断言することは決して出来ません。

「善悪も、正誤も、軸すら世にはない。」
(『地虫鳴く-新選組裏表録-』より引用)

これは2人目の主人公、尾形俊太郎の視点です。現代に生きる私たちにはその苦しみは知りようもありません。私たちはこのような歴史の上に立たされて生きていると実感できる物語です。

毎日代わり映えしなくても、それがすごいこと!

『浮世女房洒落日記』は江戸時代の庶民の日常を日記で記したものです。日記の筆者は、亭主の辰三と共に小間物屋を営むお葛。小間物屋とは、現在で言うメイク道具やスキンケア用品を扱うお店です。

小間物屋には、お葛・辰三の他に、辰吉とお延という2人の子供、そして清さんという奉公人がいます。隣家には富弥太さん・お甲さん夫婦、その一人娘のさえちゃん。近所には扇子屋で大店の女房のお恒さん。そして大家さんの女房のお佳さん、と日記の中の主な登場人物はこのような感じです。
著者
木内 昇
出版日
2011-11-22
この本の表紙や題名を見ると、少し読みづらい印象があるかもしれませんが、全くそんなことはありません。飽きずにサクサク読めてしまいます。その理由は、お葛の書く日記の内容が、現代に生きる私たちでも共感出来るからです。

お葛はいわゆる肝っ玉母さん。ぐうたらで喧嘩っ早くて見栄っ張りで仕事をしない亭主に日々怒りを感じながら暮らしています。辰吉が悪さをすると尻を叩いてこっぴどく叱ります。

しかし若い女性らしい部分も持っていて、町火消の力強く引き締まった体を見ることには目がありません。どこかで火事が起こると、火事の様子を見るより町火消したちを見ること目当てで駆けつけてしまいます。

また、隣家の娘のさえちゃんと清さんの仲を取り持とうと、2人の気持ちを探ったり、さえちゃんの恋敵を追い払ったりしようと画策します。

一見単なる庶民の日常ですが、普通の生活のありがたみだったり、人間の面白味やうま味だったりが感じられて、読んだ後にはなんだかホッとする内容です。歴史ものを読むに抵抗を感じる人、日々の生活に忙殺されている人にぜひ読んでもらいたい本です。

本当の幸せとは何か?すれ違うそれぞれの想い

『櫛挽道守』は、櫛職人・吾助の長女である登瀬を主人公に進んでいきます。吾助の職人の腕は別格で、登瀬は小さなころからずっとそんな父の櫛を挽く姿を見て育ってきました。そして、自分も父のような櫛職人になりたいと思うようになっていました。

しかし世は江戸時代末期。男が家業を継ぎ、女が家事や子育てをするのが当たり前の時代です。登瀬は母の松枝や妹の喜和から非難を受けるようになります。そして突然、末の弟の直助が事故死してしまうのです。
著者
木内 昇
出版日
2016-11-18
弟の直助の死により、さらに家族内に生まれたすれ違い。一方登瀬は、かつて直助と交流のあった源次という青年と知り合います。直助は草紙に物語を書き、それを源次と一緒になって売っていたというのです。なぜ直助がそんなことをしていたのか。登瀬は、直助の書いた草紙を買い取って集め、その理由を探ろうとします。

家族内のすれ違いから逃げるようにして喜和が嫁いでいき、登瀬が櫛職人になって数年経った頃、江戸からある男・実幸がやってきて、吾助に弟子入りします。実幸の櫛挽きの腕は、天性のものがありました。やがて実幸は、登瀬の夫として婿入りすることに。

しかし登瀬はどうしても実幸との夫婦像を想像出来ないでいました。吾助が代々作ってきた櫛だけでは実入りが少ない、庶民の目を引く塗櫛も作った方が潤うという実幸の提案を受け入れずにいたのです。さらには櫛に自身の名前の焼き印を入れるようになった実幸。実幸の目的とは一体何なのか、どうして自分と婚姻したのか、登瀬は図りかねていました。

一方、何年かぶりに実家へと帰ってきた喜和はまるで亡霊のようでした。夫を支え、子を産み、家庭を守っていくのが女の幸せだと思っていた喜和。しかし嫁ぎ先の舅による厳しいしつけに遭い、居場所を無くしていたのです。

なぜ直助は物語を書いていたのか。そして、人の幸せとは何なのか。性別による幸せの違いの壁は超えられないのか。

性別の壁を少しでも超えようとすることは、いつの時代になっても人が考えなければならない命題なのだと気づかされます。この本を読んで、明確には答えが出ないかもしれませんが、考えるきっかけにはなると思います。ぜひ幅広い世代の方に読んでもらいたい一冊です。

名もなき「男」たちの運命とは?

この小説は、明治時代初期に生きた「ある男」について描いたものです。その男について、7つのエピソードでそれぞれ違う人物について書かれています。

一人は金工、一人は警察官、一人は細工物職人......と実に様々で、作中ではその人物の名前さえ明らかにされません。ただ「男」とだけ表現されて物語は進んでいきます。この「男」という表現は、読後思い返してみると、3人称なだけに実に不思議な面白味を持っていることに気づくと思います。
著者
木内 昇
出版日
2015-10-07
時代は明治時代初期。廃藩置県が行われ、新しい政治を作っていこうとする動きが盛んな激動の時代です。庶民に苦渋を強いる制度に反発する形で、7人の男たちは、知らず知らずのうちにその政治開拓の波の中に巻き込まれていくことに。そして、上から抑えつけられるという不条理に遭います。

平穏無事な生活を願いながらも、自らの保身や、自分の職業に対する誇り、自身の欲望に翻弄される男たち。現代を生きる私たちは、政治に翻弄されるようなことはほとんど無いでしょう。それ故に、政治に反発せざるを得なかった男たちを描いた様子は、その時代の理不尽さ・不条理さをひしひしと感じられます。

名もなき男たちを描いた物語ですが、そんな男たち・人間たちの行動や言動によって現在があるのだと感じさせてくれます。「歴史上の人物」と称される人は、歴史を変えた偉人のように伝えられていますが、それは客観的に見て、表だった行動を行った人々のことを言うのでしょう。

7人の男たちのその後の運命はどうなるのか。読後、なぜ主人公の名前を出さず、「男」という表現に留めたのか。その理由が分かると思います。