酒井駒子は、絵本ストーリーはもちろん、挿絵も手掛けています。デビュー2作目の『よるくま』以降は、黒地の下地とガッシュを使用したかすれた独特の画風を築いていきました。夢と現実の間のような絵は、不思議なストーリーとの相乗効果を生み出しています。
1966年に兵庫県で生まれた酒井駒子は、東京芸術大学美術学部油絵科卒業後、様々な職業を経験します。さらにパリに留学をした後に、中学時代からの夢であった絵本作家への道を進みます。海外の作品の翻訳や挿絵も手掛け、国内外で高い評価をされる絵本作家となりました。
酒井駒子は、デビュー後2作目までは子供向けの絵本を描いていましたが、それ以降は挿絵に使用する材料を変え、画風とともに物語の内容も変化していきました。
静かに心の底に広がるようなストーリー、定まらない子供の心の内面を描いた物語や大人と子供との距離を感じる作品が多くあります。
ベッドに入った男の子は、寝ているかどうか様子を見に来たママに、先日のうんと夜遅くにやってきた「かわいいこ」について話しはじめました。
その「かわいいこ」は真っ黒で、胸だけ白く光るよるくまという子グマでした。よるくまは、夜中に目を覚ました時に、お母さんがいなくなっていたので探しにきていたようです。
男の子とよるくまは、よるくまのお母さんを探しにあちこち歩き回りますが、だんだん心細くなってきたよるくまはとうとう泣き出してしまい、辺りも真っ暗になってしまいます。その時、夜空に流れ星がすっと流れ……。
- 著者
- 酒井 駒子
- 出版日
くまのお母さんは、雲の上で釣りをしていたのでした。さっきまで泣いていたよるくまが、一体どうなってしまうのかと心配しながら読み進めていた時に、ほっとする場面ではないでしょうか。
よるくまのお母さんが言う「あぁおまえはなんてあたたかいんだろう。このままだっこしてかえろう。」という台詞は、子供のぬくもりを感じる母親としての嬉しさも表しているようですね。
夜ふと目が覚めた時に、近くに大人がいなかった時に感じる子供の心細さ、親が近くにいてくれることの安心感、子を持つ親の気持ちを一つのストーリーとして描かれた、酒井駒子の名作絵本です。
100年以上も前にロンドンの作家、マージェリィ・W・ビアンコによって書かれた『ビロードのうさぎ』は世界中で翻訳されました。日本では酒井駒子が翻訳をし、挿絵も手掛けています。
クリスマスプレゼントとして男の子の元にやってきたビロードのうさぎ。初めは可愛がられていましたが、次々にやってくるクリスマスプレゼントによって、男の子はビロードのうさぎに見向きもしなくなってしまいます。
- 著者
- マージェリィ・W. ビアンコ
- 出版日
男の子に忘れられてしまったビロードのうさぎは、おもちゃ箱の中で、値段の高いおもちゃや機械じかけのおもちゃたちにバカにされます。彼らは「じぶんこそ ほんものだ」などと言い、布切れでできたビロードのうさぎを下に見ていたのです。
しかし、ウマのおもちゃだけはビロードのうさぎにやさしく接してくれます。
ビロードのうさぎに「ほんもの」ってどんなことかを問いかけられたおもちゃのウマは、「……ただ あそぶだけでなく こころからだいじにおもわれた おもちゃは ほんとうのものになる。」と答え、「子供部屋ではときどきまほうがおこるものだ」と言葉を結ぶのです。
ある日、男の子の家に住むお手伝いさんが男の子の部屋を片付けました。そのとき彼が大切にしていた犬のぬいぐるみがどこかへ行ってしまいます。その代わりに、ビロードのうさぎと一緒に寝ることになった男の子は、だんだんビロードのうさぎに愛着がわき、庭などでも一緒に遊ぶようになります。
庭で遊んでいる中、ビロードのうさぎは、生きたうさぎから「ほんものではない」とバカにされました。そうは言われるものの、ビロードのうさぎは男の子と一緒に過ごす時間があることで幸せを感じていました。
そんなある日、男の子が病気にかかり、部屋のものをすべて処分することになります。今まで男の子と過ごしたビロードのうさぎは、胸が潰れそうな気持ちになり、ほんものの涙がこぼれ落ちました。その涙から妖精が現れ、ビロードのうさぎに魔法をかけるのです……。
この物語は、おもちゃを大切にすることを教えてくれます。大人にとっては、おもちゃで遊んでいた幼児期と重ね合わせて懐かしくなるだけでなく、大勢の中で生きていく自分という存在についても、考えさせられる絵本ではないでしょうか。
こちらは酒井駒子の短編3つの物語が収録された絵本です。どのお話も、大人が知らない子供だけの時間を題材にしたストーリーになっています。
表題作の「金曜日の砂糖ちゃん」は、草原で眠る女の子と周りに集まる鳥や昆虫を題材にした物語。「あたたかい 気持ちのよい 午後です。」という冒頭の語りかけは、大人でもとろけるように眠くなる昼下がりに、誰にも邪魔されずに野原で寝ている砂糖ちゃんの姿が描かれています。
- 著者
- 酒井 駒子
- 出版日
2つ目の「草のオルガン」は、大人が入らないような草むらに入っていく男の子と昆虫、カラスの静かなひと時の物語です。
子供の頃、立ち入り禁止の場所に入って大人から注意されたことはありませんか?その場所は子供にとっては特別で、大人にはガラクタにしか見えないものが輝いて見えることもありますよね。
1つ目の「金曜日の砂糖ちゃん」、2つ目の「草のオルガン」は、子供だけの世界から大人によって現実の世界へと戻されるお話ですが、3つ目の「夜と夜のあいだに」の結末だけは異なります。
「夜と夜のあいだに」は、大人が寝静まってからお母さんのキャミソールを引っ張り出し、触ってはいけない鏡台で髪をとかす女の子が主人公。もしかしたら、小さい頃に同じようなことをしていた記憶はあるのではないでしょうか?
そんな小さい子らしい、ある意味かわいい行動で始まる物語ですが、最後は少女が鳥かごを開ける絵と家の扉を開ける絵があり、「それきりもどってこないのでした。」と読者を不安にさせるような文章が書かれています。出て行ったのは果たして鳥なのか女の子なのか、彼らはどうなってしまったのでしょうか。
ぜひ、酒井駒子の独特の挿絵とともにラストを想像していただきたい物語です。
酒井駒子の『BとIとRとD』は、小さい頃の自分の姿を思い出させてくれるような8章からなる物語で、ストーリーは、□ちゃんという女の子を中心に展開していきます。
図書館で「シィ―」とする□ちゃんの姿や、母親に指しゃぶりを止めるよう言葉で脅されてしまう□ちゃん。もしかしたら子供の頃の自分と重なる□ちゃんの姿もあるかもしれません。
- 著者
- 酒井 駒子
- 出版日
酒井駒子が描く『BとIとRとD』は、小さな女の子を主人公にしていますが、文章にはルビが使用されておらず、大人向けの絵本と感じることでしょう。
子供の世界と大人の世界にリンクする小さな自分。時には背伸びをしてみたかったり、なんとなく不安な気持ちになったり……。酒井駒子の絵は、そういう子供の微妙な表情も上手く表現しています。
この本は装丁にもこだわっており、著者のイラストが好きな方にはコレクション本としてもおすすめですよ。
「一緒に死のう。」
夏のある日、お母さんからそう言われた亜澄は、逃げた先の公園の木の陰から自分の住むアパートをじっと見ていますが、お母さんが追いかけてくる気配がないと感じると、駄菓子屋で飼われている猫のマルに会いに行きます。マルの背中には、丸い模様があり撫でると願いがかなうと言われていました。
マルに会い行っただけだったのに、駄菓子屋のおじさんから突然マルを預かることになる亜澄ですが……。
- 著者
- ["岩瀬 成子", "酒井 駒子"]
- 出版日
- 2016-09-15
酒井駒子が描く女の子と猫のマルの挿絵は、どこか寂しそうではかなげな雰囲気を感じます。ほとんど鳴かないマルと亜澄の物語は、静かに息をするように進んでいくのです。
日中、1人で過ごす亜澄の耳には、母親が一緒に父親の元から連れ出さなかった弟の声が時々聞こえてきます。彼女のお母さんが言った「一緒に死のう。」という言葉と相まって、弟も生きているのかどうか、読んでいると心配になり、どんどん読み進めたくなる物語です。
彼女が「変なおじさん」と呼び、マルを預けた駄菓子屋のおじさんは帰って来るのか?小学3年生の亜澄を取り巻く大人たちの人間模様も伏線として織り込まれています。
また物語の中には大人がたくさん出てきますが、マルを預かることを条件に駄菓子をたくさんもらった亜澄が子供らしい行動を取る可愛い一面もあり、展開が気になる物語の中で時々ほっとさせてくれるでしょう。
ジュニア向けの小説として岩瀬成子がストーリーを書き、酒井が挿絵を担当した絵本ですが、大人でも読んでいるうちにどっぷりとはまってしまう物語となっているのでおすすめですよ。
酒井駒子の初期の作品から大人向けの本、そして成長とともに何度も振り返って読んでいただきたい本などを紹介しましたが、いかがだったでしょうか?『よるくま』には続編もあります。また、このほかにもお母さんと子供が主人公になっている作品、華憐な少女が描かれて作品などもあります。また、独特の世界観を感じる挿絵はコレクションとしてもおすすめです。