井上ひさしのおすすめ代表作5選!『ひょっこりひょうたん島』の生みの親

更新:2017.4.7 作成:2017.4.7

NHKの連続人形劇『ひょっこりひょうたん島』は、多くの方がご存知ですよね。その脚本家のうちの1人井上ひさしは、小説家としても数多くの文学賞を受賞しています。滑稽でつい吹き出してしまいそうな井上ひさしの小説を5作、ご紹介します。

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悲劇を喜劇に仕立て上げる作家、井上ひさし

「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」というテーマ曲でおなじみの『ひょっこりひょうたん島』は、1964年に開始されたNHK連続人形劇です。多くの方が知っていて、そして実際に子供のころに大好きだったという方も少なくないのではないでしょうか。

この『ひょっこりひょうたん島』の生みの親というのが、戯曲家、脚本家、作家として知られる井上ひさしです。大学時代に書いた戯曲で既に芸術祭脚本奨励賞を受賞し、放送作家をしながら大学を卒業。演劇の脚本も執筆するなど売れっ子作家になった後、書き下ろし作品『ブンとフン』で小説家デビューを果たしました。

井上ひさしは1934年に山形県で生まれ、余り幸せとは言えない幼少期を送っています。文学青年だった父はひさしが5歳の時に病死、その後に母が同居を始めた男性に虐待を受けるという辛い幼年時代ながら、父の蔵書を読み漁りその頃から「神童」と呼ばれていたそうです。その義父もお金を持ち逃げし、結局井上ひさしはカトリック系の孤児院に預けられ、高校時代までそこで過ごしました。

過酷な幼年時代、青春時代を送った井上ひさしの心には、暗い影の部分があったはずです。けれどひさしの作品は楽しく滑稽で、多くの人々を笑わせてくれます。そういえば『ひょっこりひょうたん島』に出てくる子供たちに親は登場しません。「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」という歌詞の如く、悲劇を滑稽な喜劇に仕立て上げた作品が多いのです。そんな井上ひさしの作品を5作、ご紹介します。

「人に笑われたい」男の悲しくも滑稽な末路『手鎖心中』

直木賞受賞作であり、井上ひさしの代表作の一つでもある『手鎖心中』。この作品を出したとき、井上ひさしは既に有名な戯曲作家でした。小説としては1970年に出した『ブンとフン』『モッキンポット師の後始末』に続く作品で、初めての時代小説です。

舞台は町人文化が盛んだった江戸時代。主人公は材木問屋の若旦那で、絵草子(江戸時代における絵入りの小説)の作者を夢見ています。ところがこの主人公、売れっ子になりたいという気持ちだけは強いのですが、才能が全くありません。特に書くことが好きなわけではなく、人に笑われたい、その一心なのです。

そんな若旦那は何とかして自分の絵草子を世に広めたくて必死にもがきます。しかしそれが何とも的外れな上に、かなり過激です。そのハチャメチャぶりを軽快なテンポで綴った文章は、まるで落語の小話のようですね。江戸という全く異なる時代をとても緻密に、そして面白く、鮮やかに描き出しています。

著者
井上 ひさし
出版日
2009-05-08

道楽若旦那のダメっぷりは誰が見ても明らかなのですが、その愚かさの中に執念深い真剣さがあり、周囲は放っておけなくなります。純真すぎてとんでもない無茶苦茶するから関わらない方がいいんだけど、悪いやつじゃないし、なんか突き放せない、そういう人たまに居ますよね。主人公はその骨頂といえるかもしれません。

有名な作品の割に思ったより短かったという感想も多いのですが、それだけに凝縮された面白さがあります。井上ひさしの長編小説を読みはじめるのに抵抗がある方は、まずはこの作品から読んでみてはいかがでしょうか。

東北の村が日本から独立宣言。ハチャメチャストーリー『吉里吉里人』

井上ひさしの長編小説は、特に長いものが多いのですが、『吉里吉里人』もなかなかのボリュームです。1973年から1974年ちょっと間をあけて1978年から1980年に連載され、単行本として刊行されたのは連載開始から11年経った1981年。読売文学賞や星雲賞、日本SF大賞を受賞した井上ひさしの人気作です。

『吉里吉里人』は「きりきりじん」と読みます。物語は売れない小説家の主人公古橋と、その担当編集者の佐藤が東北行の夜行列車で取材地に向かうところから始まります。ところが突然列車は停止、車内の様子も何だかおかしいのです。そこに現れた猟銃を持った少年。強盗かと思いきや、後から入ってきた男たちと共に主人公らを「不法入国者」呼ばわりしています。

その列車は東北地方のある村に突入します。そこで、その村がその日から「吉里吉里国」として日本から独立する宣言をしたため、入国にパスポートが必要だといわれるのです。あまりに荒唐無稽な話に、古橋はこの話をルポとして書けば必ず売れると踏んで、巻き込まれたのを幸いに取材してやろうと目論みます。

著者
井上 ひさし
出版日
1985-09-27

ところがこの「吉里吉里国」、独立にはかなり真剣に準備を重ねてきていて、食糧やエネルギーも自給自足できているのです。それだけではなく世界と対等に渡り合うような高度な技術も持っています。日本国にできないことを、この小さな東北の村が出来てしまっているのです。日本国は、鎮圧を図りながらも翻弄されていきます。

日本という国が抱える問題を描き出していながら、吉里吉里人たちの素朴な東北弁が愛らしく、展開はハチャメチャ極まりなく、話もちょくちょくわき道にそれるという、井上ひさしのユーモラスな魅力が詰まっています。現実の国政に対する皮肉とも取れますが、ドタバタ喜劇を観ているようで少しも嫌みがなく、単純に面白おかしく小説を読みたい、という方にもおすすめの1冊です。

愚直な偉人、伊能忠敬に密着取材したかのような『四千万歩の男』

日本史上はじめて国土の地図を完成させた伊能忠敬という人物を、歴史の教科書で見たことがあるという方も多いと思います。特に地図に興味のある方には、なじみ深い歴史上の偉人と言えるでしょう。江戸時代に徒歩で日本中を歩いて測量するという地道ながら大変な偉業を成し遂げたこの人物をモデルにした小説、それが井上ひさしの『四千万歩の男』です。

伊能忠敬の測量は出発から地図の完成まで17年を要しました。そんな伊能に対抗するかの如く、その人生を描くこの小説もまた大変な大長編で、1冊600ページ以上全5巻という大作です。この小説をかくのもどれだけ根気が要ったことでしょう。

著者
井上 ひさし
出版日
1992-11-04

井上ひさしは昔から地図好きではあったものの、若い頃はその地味な大事業は「愚直」としか映らず、あまり興味をもてなかったそうです。伊能は50歳で隠居するまでは名家の旦那であり、徒歩による測量を始めたのは56歳。今でいう定年退職後の人生において、歴史に残る大事業を成し遂げました。

井上ひさしは40を過ぎて飛行機に乗っているとき、この移動距離の4倍以上を伊能は歩いたのであり、またそれが第二の人生で成し遂げられたことに気づくことで、改めて伊能を「人生の達人」と感じたのだそうです。

伊能忠敬という人物は、歴史小説の主人公としては地味に思われます。戦国武将のような勇ましさも、激しい合戦もありません。ですがその地味で平凡で日常を、密着するように緻密に描写し続けています。それは愚直な伊能忠敬という偉人への、作家・井上ひさしの敬意でもあり挑戦でもあったのではないでしょうか。

戦中戦後の庶民の生活を鮮やかに描き出す『東京セブンローズ』

井上ひさしの時代小説は、他の時代小説家と違う切り口で書き進められていると言われますが、それは戦時中を舞台にした作品にも当てはまります。『東京セブンローズ』は、太平洋戦争が始まる直前から戦後までの庶民の生活を描いた物語です。

この作品は途中中断していた期間も含め15年かけて雑誌連載されたものを、加筆修正して発行された単行本です。ページ数は約800ページの大長編。団扇屋の主人が、昭和20年の4月25日からほぼ毎日書き続けた日記、という形で物語はすすめられています。それほど古い本でないのにも関わらず、本書は旧字体で書かれています。

井上ひさしの作品らしく、その生活の描写は密着取材したかのような細やかさで、空襲で失われる命に対しても、淡々とありのまま、しかしとても丁寧な記述です。戦前戦中戦後の庶民の日常を、日記を通して覗き見たような臨場感があります。

著者
井上 ひさし
出版日
2002-04-10

現代人からしたら正気を失う程の悲惨さなのですが、不思議と悲壮感や絶望感は強くありません。むしろ明るささえ感じます。それは開き直りとか受け入れるとかいう単純なものではなく、日記で日々言葉を紡ぐことが、主人公自身が狂気に陥らないための手段でであったことを表現したのかもしれません。

文庫本だと上下巻に分かれているのですが、上巻の半ばくらいで終戦を迎えます。この本のタイトル『東京セブンローズ』にかかわる話は下巻の途中から出てくるのですが、終戦後における日本語ローマ字化の危機に立ち向かう女性たちのことなのです。本編に入るまでがかなり長いのですが、それはそれで読みごたえがありました。

井上ひさしは非常に日本語を大事にした作家です。『東京セブンローズ』において、旧字体の日記という形式をとったのも、時代と共に変わりゆく言葉を感じ、失われつつある当時の日本語を忠実に再現したかったのからではないでしょうか。

母を亡くした子供達へ、父が送る小さなお話『イソップ株式会社』

時代小説や長編小説が多い井上ひさしの著作の中で、『イソップ株式会社』は子供でも読める「小さなお話」が沢山詰まった作品です。一つ一つのお話が短いですし、文章はわかりやすく丁寧なので、本を読みなれていない小学生や中学生でも、1話ずつ無理なく読み進められるでしょう。

中学生と小学生の姉弟は、夏休みを東北にある祖母の村で過ごしています。母親は数年前に死去。そんな二人に、出版社を経営する父親から毎日小さなお話が送られてくるのです。父親は売れない童話作家で、自分の書いた童話だけでは食べていけないことから、亡き妻と二人で童話出版社を立ち上げ、妻を亡くした今でも3人の社員と共に会社を切り盛りしてきたのでした。

著者
井上 ひさし
出版日

自然豊かな田舎の風景、祖母、父や父の会社の人など、登場人物は皆温かく、中学生と小学生の姉弟を優しく見守ってくれています。父は一日ひとつ必ず童話を作って聞かせるという、母との結婚前からの約束を律儀に守ることを、自身の心の拠り所ともしているようです。

父の童話は出来のいいものも悪い物もあるのですが、その童話を巡る父と子供たちの想い、子供たちの成長がハートフルに描かれていて、ほっこりしますね。図書館では児童書の棚に配架されていることも多いようですが、大人が読んでも十分楽しめる井上ひさしの作品です。

日本語を大切にし、難しいことは易しく、悲惨な出来事は滑稽に、馬鹿馬鹿しいことは大真面目に書くという姿勢を貫いた作家だといえます。辛い気持ちを笑い飛ばしたい、というときに手に取ってみてください。「泣くのはいやだ笑っちゃおう」の如く、悲劇を喜劇として笑い転げ、今日を乗り切る元気をもらえることでしょう。