女子中高生を中心に絶大な人気を誇った小説家、氷室冴子。集英社コバルト文庫の看板作家として活躍し、正本ノン、久美沙織、田中雅美と合わせて「コバルト四天王」と呼ばれていました。今回はそんな彼女のオススメ5作品をご紹介!
氷室冴子は1957年生まれ、1980年代から90年代にかけて活躍した小説家です。当時女子中高生を中心に絶大な人気を誇りました。
藤女子大学文学部国文科在学中の1977年、大学3年生の時に応募した「小説ジュニア青春小説新人賞」で佳作を受賞。受賞作の『さようならアルルカン』で小説家デビューを飾ります。
その後『白い少女たち』、『クララ白書』を発表。漫画『ライジング!』の原作執筆などを手がけ、小説家としての地位を築いたのは『雑居時代』の発表以後。また、「なんて素敵にジャパネスク」シリーズが少女小説ブームに一役買い、集英社コバルト文庫の看板作家として名を馳せます。
氷室冴子の作品は、小気味いいテンポの文章とダイナミックなストーリー展開が魅力。何気なく読み始めたら、知らないうちに引き込まれていたという読者も多いでしょう。
精力的に執筆活動を続けていた氷室冴子でしたが、90年代後半からは体調を崩しがちに。2008年に肺がんで此の世を去ってしまいます。2000年代は、漫画賞の選考委員などを務めていましたが、作家活動はほとんど見られませんでした。
氷室冴子の生み出した作品たちの魅力は決して色褪せることなく、今なお多くの読者に読み継がれています。今回はそんな魅力がひしひしと伝わってくる、とっておきの5作品を厳選しました。
東京の大学に進学した主人公、杜崎拓が地元の高知県で過ごした高校時代を追想するシーンから物語は始まります。
対するヒロインは、高校2年の夏に東京から転校してきた武藤里伽子。てっきり高知の大学に進んだものだと思っていた彼女が東京の大学に進学したことを聞き、拓は高校時代に思いを馳せます。
- 著者
- 氷室 冴子
- 出版日
夏のある日、武藤里伽子は両親の離婚が理由で東京から転校してきました。彼女は都会育ちで、他の女子とは一風変わった洗練された空気をまとっています。拓の親友、松野豊はそんな彼女に恋をしてしまうのです。
親友の気持ちを知っている手前、距離を保って里伽子と接する拓でしたが、心の底では複雑な気持ちを抱えていたのでした。そんな中、ハワイへの修学旅行をきっかけに、拓と里伽子との間に微妙な変化が……。
過去にスタジオジブリでアニメ化されたことがあるため、この作品を知った人も多いかもしれません。その原作である本作はおよそ2年にわたり「月刊アニメージュ」に連載されていました。
拓と里伽子の不器用さ、若さゆえに自分の気持ちに気付きながらも素直になれないところなど、もどかしさと切なさが込み上げてくる場面が満載。
表現力に定評のある氷室冴子ですが、特に本作ではそれがフルに発揮されています。情景描写が美しく、拓が部屋の窓を開けて波の音を聴く場面などは、まるで実際に潮風が感じられるような爽やかさです。
青春時代への懐かしさで胸いっぱいになりながら、続編まで一気に読みたくなってしまうことでしょう。
本作は古典『とりかえばや物語』を元に、氷室冴子がアレンジを加えて描いたコメディタッチの小説。平安時代を舞台に繰り広げられる一風変わったストーリーが、繊細な描写で豊かに表現されています。
- 著者
- 氷室 冴子
- 出版日
- 2012-08-31
物語の舞台は平安時代。名門大納言家には、綺羅君と綺羅姫という、生まれた日が1日違いの姉弟がいました。彼らにはある秘密があったのです。なんと、綺羅君は実は女の子で、器量が良く評判の綺羅姫は男の子なのでした。
綺羅君は女の子であるにも関わらず、元気一杯で快活だったため、幼い頃から男の子の服を着せられていました。反対に綺羅姫は元々男の子でしたが、内気で大人しい性格。性別と正反対の行いをする2人を見かねた家中は、幼い頃に2人の性別をとりかえて育てることに。彼らは周囲の人々に性別を偽って成長し、大人になりました。
そんな中、綺羅君(中身は姫)には右大臣家の三女との縁談が、同時に綺羅姫(中身は若君)には女性の官職につく話が持ち上がり、宮廷中を巻き込んだドタバタ劇に発展するのです。
人間模様を主に描いた作品ですがドロドロとした修羅場はありません。主人公たちが一生懸命で好感が持てますし、全体的にすっきりと明るい作風に仕上がっており、純粋に読書を楽しみたい時に最適です。
ダイナミックなストーリー展開を楽しむだけでなく、平安時代当時のしきたりや社会の在り様も勉強になる、深みのある作品です。
氷室冴子作品といえば間違いなく代表作の一つに挙げられるのが本作。
13、14歳でお嫁に行くのが当たり前だった平安時代。16歳で未婚の瑠璃姫は、当時では既に出遅れていました。しかし、初恋の吉野君との思い出を大切に持っていたい姫は、そんな世間体にはお構いなしなのです。
本作は平安時代の宮中が舞台で、元気いっぱいのラブコメディをお楽しみできます。
- 著者
- 氷室 冴子
- 出版日
結婚適齢期の瑠璃姫を何とか結婚させようと焦る父の企みで、姫はあやうく権少将との縁談をまとめられそうになります。それを救ってくれたのは、幼馴染の高彬でした。それをきっかけに、高彬は瑠璃姫への想いを打ち明けますが……。
本作の魅力は何といっても主人公・瑠璃姫の存在でしょう。「平安時代における現代っ娘」な彼女の元気一杯でお茶目な姿が作品全体に現れており、とても微笑ましいのです。
瑠璃姫のような姫も実際いたのかも、と読者に思わせてしまうほど、生き生きとした人物描写と作画。一見ハチャメチャな物語のようでいて、しっかりと時代背景も描かれています。
瑠璃姫に魅了されながら楽しく読むうち、いつの間にか歴史の勉強もできているという、お得感満載の名作です。
本作は氷室冴子の半自伝的小説ともいわれる、子供時代の懐かしい日々を描いた連作短篇集。
10歳の主人公チヅルが暮らすのは、昭和40年代の北海道。その毎日は平凡なようですが、実は小さな騒動が起こって大忙し。勝気でお茶目なチヅルと周りの人々の交流の日々が、13の短篇に美しく散りばめられています。
- 著者
- 氷室 冴子
- 出版日
- 1994-03-01
4年生の新しい担任としてやってきた角田先生に対する、チヅルの観察眼が光る「角田牛乳」や、その角田先生の代理で来た先生に目の敵にされてしまう、「カルピスとゲソ揚げ」といった短篇が続きます。
ひとつひとつの出来事は小さいけれど、チヅルは幼いなりの心で精一杯感じ、考えて進んでいきます。その姿に読者は小さかった自分を重ね、彼女と一緒に心で笑ったり泣いたりしながらページをめくるでしょう。
後に氷室冴子は自らのエッセイの中で、この『いもうと物語』を書いた理由を、自分の子供時代の全てを癒し祝福してあげたいという気持ちだったと記しています。
読者が本書を読んで温かい気持ちになれるのは、自分の子供時代も共に祝福されているような、そんな思いを抱けるからかもしれません。日常の些細な出来事を丁寧に紡ぎあげた、繊細なレースのような美しさが全体に溢れています。
巻末に収められた歌手の中島みゆきによる解説も必見。側に置いておき何度も読み返したい珠玉の作品です。
利根はある日、耳慣れない声の主に起こされます。目を覚ますとそこは古びた館。彼女を揺り起こしたのは舞踏靴を履いた踊り子でした……。
物語は利根の一人称で語られます。その親友に語りかけるような距離感を感じさせない口調に、読者はまるで彼女と一緒に不思議の世界に迷い込んだような錯覚をおぼえるでしょう。
- 著者
- 氷室 冴子
- 出版日
利根を揺り起こした「湖の国の舞姫」と名乗る踊り子の他には、「ソーンフィールドの奥方」と呼ばれるご婦人や、「暁の国の王女」という姫君が彼女を取り囲んでいました。
3人は、利根が彼女たちを呼び寄せたのだと言いますが、利根には呼び集めたことどころか、なぜ自分がその場所にいるのかすら全く覚えがありません。これは夢に違いないと自分に言い聞かせる利根。そこに3人が慕う「王妃さま」まで現れて……。
いきなり別世界にトリップし、戸惑いながらも無くした記憶を取り戻しつつ、心の成長を遂げていく利根。多感な時期の少女の気持ちが痛いくらいリアルに描かれています。
利根と同じ年頃の少年少女はもちろん、本作を初めて読む大人の読者も、読み終わる頃には彼女と共に一回り大きくなった自分を発見するでしょう。
氷室冴子の魅力の一つは、ファンタジーやコメディを含む全ての作品において、その根底に「人間らしさ」が感じられる点。本作はそんな魅力を最大限に味わうことのできる、不朽の名作です。
今も色褪せないその作風に、根強いファンの多い氷室冴子。その魅力を色濃くお伝えできる5作品を厳選してお届けしました。5作品それぞれを見ても分かるように、青春の爽やかさや元気あふれるコメディー、キラキラとしたファンタジーの世界観の中にも、人生を歩んで行く上で大切なヒントが随所に隠されています。直接的ではなく曲線を描くようにゆるやかに、でもしっかりと読者の心と人生に影響を与えていく氷室作品。これからのあなたの人生を根底から支える一端となってくれるに違いありません。