繊細な人物描写で、読めば読むほどに引き込まれていく有島武郎作品をご紹介します。明治、大正時代を生きた作家ではありますが、難しすぎる作品はあまりないので読み進めていくにつれてどんどん有島作品に魅了されるかもしれません。
有島武郎は明治、大正時代に活躍した、東京出身の作家です。札幌農学校に進学していた事や、ハーバード大学に在学していた経験もあり、北海道を舞台とした作品や英単語を織り交ぜた作品も出しています。アメリカの大学で学んだ後は、西洋文学や西洋哲学にも影響を受けたと言われており、帰国後に文芸誌の「白樺」で作家として活躍するように。
繊細な人物描写、想像だけで感じさせる事のできる風景、季節の表現力はその当時大きなセンセーショナルを巻き起こしたと言われているほど。妻のいた有島でしたが、妻が27歳の時、肺結核で病死し、その後は独身者として生活。それからも話題作を出し続けていた有島ですが徐々に物書きが進まなくなり、その後農場を作ります。
そのような生活を送っていた際に波多野秋子という人妻と知り合います。お互い恋におちますが、秋子の夫に知られ、苦しむように。そして二人は梅雨時期の軽井沢で心中し、有島は生涯を終えるのです。
有島武郎の代表作です。とても有名な作品であり、1954年に映画化もされている『或る女』。有島の短編小説に読み慣れてきたら、必ず読んでいただきたいおすすめ作品です。
主人公は、25歳の中流家庭に生まれた、葉子という女性。彼女はとても美しく才もあり、人を魅了する言葉も知っており、様々な男性を翻弄して生きていました。10代で親の反対を押切り、木部という男と一緒になるのですが、わずか1ヶ月も経たぬ間に2人の関係には溝ができ、そのまま別れてしまうのです。
その後アメリカで事業を行う木村という男に嫁ぐため、アメリカに向かう船に乗船する事に。葉子は木村を愛してはいないが、親族達の喜びもあり、決意しアメリカへ、しかしその船の事務長を務める倉地という男に出会い、情熱的な恋に焦がれます。
- 著者
- 有島 武郎
- 出版日
- 1995-05-16
この作品の見所は葉子が倉地と出会い、どんどん恋にのめり込み、我も忘れていく葉子の心の変化でしょう。今まで男を手玉に取って優位な恋愛を楽しんでいた葉子が、歳を重ねていく焦燥感や、美しくなっていく妹達への嫉妬、全く晴れない人を疑う気持ち、物語は佳境に入っていくうちに小悪魔では済まされない事態に。
有島武郎は葉子を通して、世の中の女性なら誰しもが持ちうる感情を細やかに記しています。もちろん、共感する事ができないような行動も言動もあるのですが、これは誰しもが感じた事がある、と考えてしまう節が作品の随所に散りばめられているのです。この作品の題である『或る女』、それはどんな女性にも起こりうるかもしれない警告として有島は書きたかったのかもしれません。
女性の影の部分、暗い部分を他人事だと思わせない、それがこの作品の最大の魅力といえるでしょうね。葉子がどんな結末を迎えるのか、読み始めは生い立ちや過去の経験が記されていますが、中盤以降はぐっと読みやすくなりますので是非ご覧ください。
この作品は子供をメインとした作品集です。幼少期に読まれた方もいるみたいなので、他の作品より読みやすいかもしれませんね。長編小説は作品をどんどん奥深く掘り下げてくれるので、それも楽しく読めるのですが、短編では簡潔な作品が多く、有島武郎の純文学を手軽に読みたい方にオススメですよ。
1作目の「一房の葡萄」では、港町に通う小学生の「僕」が主人公。港町であるため、日本人より外国人ばかりが通っている学校に通っている僕。そこにジムという少年も通っています。絵を書く事が好きな僕は自分の持っている絵の具ではなく、ジムの絵の具の美しさを段々と羨むようになるのです。
しかし、いくらジムと同じ絵の具が欲しいといってもそれを両親にねだるようなことはできません。裕福な外国人の持っている物に惹かれる僕、港町で外国の生徒がほとんどでありこのような羨む気持ちが多々あったように感じられます。僕のジムが持つ絵の具に対する思いと行動が見所です。
- 著者
- 有島 武郎
- 出版日
- 1988-12-16
誰しも子供の時、他の子が持っているものが羨ましくてしょうがない、そんな時があったのではないでしょうか?この作品では子供の純粋に羨む気持ちと行動が話の軸となっています。そして、作品に登場する先生も重要な役割を担っているといえるでしょう。子供時代にこのような先生と出会えていたら、と思わず感じてしまいました。
子供の純粋な気持ちや行動を、細かく描いている作品なので大人が読んでも沢山の気づきがあるといってもいいでしょう。自分の子供時代と照らし合わせて読んでみるのも楽しいですし、子供時代をすっかり忘れてしまった大人に懐かしさを感じさせてくれる場面もあります。
有島作品は宗教に沿った作品や大人の繊細な描写を記している作品も多いので、まずはこの作品集を読んでみてから他の作品にトライしてみてはいかがでしょうか?
ここでは「生れ出づる悩み」をご紹介しましょう。『或る女』と同じくらいに読者によく読まれた作品だと言われています。
主人公は作家。彼の目線から語られる、絵を描く事を志す青年の話が主軸です。ある日、学生の青年が、知り合いでもない主人公に自分の絵の感想を聞きに、突然訪問に来ます。彼の絵は、技法がままならない状態ではあるが伸び伸びとした描き方。それに驚きつつも、賞賛はしませんでした。
また絵を描いて持ってくると約束した青年。しかし、そのまま青年の消息はとだえます。
それから10年後、青年から手紙が届きます。青年は北海道で家族と住んでおり、漁師をしていたのです。主人公は北海道で彼と再び再会。青年と彼は1日お互いに話し合い、そのまま別れます。
そこから主人公が彼の話を作品として語り始めます。絵を描く事を志していたにも関わらず、漁師として日々の生活を支える青年。そこには本当に絵を描きたい気持ちと、才能に対する自信のなさ、一緒に過ごす家族への思いが記されていくのです。これは主人公の憶測での創作作品、しかし青年の現実を映し出しているようにしか思えません。
- 著者
- 有島 武郎
- 出版日
自分が本当にしたい事があったとしても、そこまでの自信がない、生活の不安、家族に対する後ろめたさ、これは本当に好きな事をする一歩を踏み出す時、皆が抱える問題ではないでしょうか?
この作品を読んだ後は、夢に対する誰しもがもつ悩みに共感できるし、もしかしたらあなたの背中を押すきっかけにもなるかもしれません。夢に悩む方、やりたいことで迷っている事がある方に是非読んでいただきたい作品です。
「カインの末裔」は、小作人の仁右衛門という男が主人公です。妻と子供、馬1匹とともに仕事ができる地へやってきます。とても貧しい彼らが、小作人として働く場所は集落のようになっており、団体行動や規則もあるような地。しかし、仁右衛門は自分が良しとする仕事しかせず、協調性もない、他人に暴力を振るう、とんでもない人物。彼がその結果、何を感じ何を失わなければならなかったのか、是非、読み進めてみてください。
「クララの出家」では、18歳のクララという少女が主人公です。美しい髪をもつ、令嬢として育ったクララ。華やかにみえる世界でのクララの心情や情景描写はとても美しく、別世界のような気持ちにさせてくれます。彼女が出家するまでの1日が悲しさと美しさとともに描かれている作品。一人の少女の決断は今ある場所に対する思いを私達に教えてくれているように感じます。美しい作品なので、女性にオススメしたいですね。
- 著者
- 有島 武郎
- 出版日
タイトルで「自分の居場所を去る2人」と書きましたが、この2人は国も違えば性別も違う、去ることになるその結末すらも全く異なります。
境遇も性別も違う2人ですが、自分がいた場所を去った後の事は描かれていません。そこに有島武郎作品の奥深さを感じます。彼らが去った後、その後の人生はどうなったのか?そこを想像してみたくなる作品でした。どちらも短編小説ですが、短いストーリーであるからこそ、その先が想像したくなる作品になっているのかもしれませんね。
仁右衛門とクララ、2人の家族に対する思い、彼ら自身のこれからの将来の胸の内、そんな点を読み比べてみても、新たな発見があるかもしれません。是非、読み比べてみて楽しんで頂ければ、と思います。
有島武郎、島崎藤村、フランスの作家であるジッドによって描かれている3作品を収録しています。この中での有島作品は、人本来の弱さを感じるものでした。
作品名は「骨」。不良とされ、学校を退学、家にも帰れない青年が主人公。彼には「おんつぁん」という尊敬している男がいます。いつも問題を起こし、追い出される青年が慕う、おんつぁん。おんつぁんが何をするにも、青年は一緒にいることを望みます。おんつぁんがする仕事を手伝うだけではなく、彼が行く場所にはどこまでも追いかけていこうとするのです。
問題児であるような青年ではありますが、時折純粋な顔をみせたり、切なそうな瞬間もある青年。彼には大切にしている物が1つあるのです。それは、自分の母の遺骨で……。
- 著者
- ["有島 武郎", "ジッド", "島崎 藤村"]
- 出版日
有島武郎は、世間に馴染めない人、少し風変わりな人など、個性的な人物を主人公として描くことも多いです。この作品もその中の1つ。青年は不良だとして退学させられたり、就いた職を辞めたり、とにかく波乱万丈な生活を送っているようにみえました。
しかし、なかなか憎めない青年なのです。破天荒であっても彼の人としての思いやりや弱さ、純粋さが読み進めていくにつれて、どんどん伝わってくる作品なのです。
人は心の中に大きさに関わらず、「弱さ」をもっています。青年は愛の記憶の弱さ、それを形として身につけているように感じます。もしかすると、それを支えとして生きているのかもしれません。心の中に余韻を作ってくれる、そんな短編小説になっています。
有島武郎の繊細な描写は読んでいてとても引き込まれるものばかりだといえるでしょう。必ず心に残る有島作品が1作は出てくるはずです。純文学に触れるきっかけがなかった方は有島作品からトライしてみてはいかがでしょうか?