松浦寿輝のおすすめ作品5選!『花腐し』で芥川賞受賞!

更新:2021.12.18

『花腐し』で芥川賞を受賞した作家の松浦寿輝。今回は小説、評論、詩とさまざまな分野で活躍する彼の小説をご紹介します。

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松浦寿輝とは

松浦寿輝は『花腐し』で芥川賞を受賞した作家です。彼の経歴を簡単に紹介したいと思います。まず、東京大学の教養学部教養学科フランス分科を卒業後、博士の学位を取り、東京大学の名誉教授などをつとめました。

松浦寿輝は小説でも有名ですが、他にも詩、評論、そしてフーコー、デリダ関連の本の翻訳、出版もしています。特に、評論では『折口信夫論』で三島由紀夫賞を、『明治の表象空間』で毎日芸術賞特別賞を受賞するなど、多方面で活躍をしている作家です。

小説の話をすると、『花腐し』や『もののたはむれ』では幻想的な文体が特徴的です。また、『名誉と恍惚』では漢詩について書かれていたりと、教養の深さもうかがえます。一方で児童文学のような小説『川の光』も書いており、小説の中でも様々なテーマ、作風で執筆をしていることが分かるでしょう。

現実と虚構の奇妙な交差『花腐し』

『花腐し』は芥川賞受賞作品です。

主人公栩谷はかつて同棲していた女が死んでからというもの、仕事もうまくいかず惨めな生活を送る日々を過ごしていました。あるとき、仕事で立ち退き交渉に行くとそこでは麻薬が栽培されており、その腐った臭いに主人公は現実と虚構の間をさまよっていきます。

著者
松浦 寿輝
出版日
2005-06-15

「柔らかで重い魚の屍骸のようなものに胸から腹から足の方までのしかかられていて、そこから伸びた両手が栩谷の顔の上を滑り髪の中に入ってきて、十本の指が絡みつくようにして頭をしっかり抱えこんでしまったので(以下略)」
(『花腐し』より引用)

「柔らかで重い魚の屍骸」との表現がなんとも生々しく感じられます。そこから畳みかけていくように続いていく部分が、更に感覚に迫ってくるような感じがしませんか。さすが芥川賞を受賞した作品です。

そして、なんと言っても松浦寿輝の小説の特徴は、「離れていく」ことです。『花腐し』では臭いをかいでから、今現在自分自身に起こっていることがすでに超現実的で、日頃の実感を離れていきます。その離れた位置から、物事がどう展開していくのか、それが一つの注目すべきところではないでしょうか。

アニメ化もされた名作『川の光』

『川の光』は昔、読売新聞夕刊で連載され、アニメ化もなされた作品です。

今作品で登場するのはなんとクマネズミの一家。内容は次のような感じです。長らく川のそばの巣穴で平和に過ごしてきたクマネズミたち。しかし、そんな平和な住処に危機が訪れます。人間が川を側溝にしようとするのです。

危機に瀕した一家は巣を出て、人間の手から逃れるべく川の上流へと向かうことを決意。そうしてクマネズミたちの冒険が始まります。

著者
松浦 寿輝
出版日

『花腐し』とは打って変わってかわいらしいお話。文体は柔らかく、小学校の国語の教科書で読んだ小説のような感じで、読んでいて気持ちがいいと思います。芥川賞作家の作品はちょっと取っつきにくい、という人はまずこれから読んでみるといいかもしれません。

この作品は表現がすごく魅力的だと思います。川の様子や、日の光、さらには落ちていたペットボトルで遊んだところと、どれを取ってもありありとイメージができるほどで、使われているオノマトペも面白いです。

ちなみにこれはシリーズになっていて、『川の光2』、『川の光 外伝』と計3冊あります。これだけの量を書いていることから、松浦寿輝のこの作品に対する愛着がうかがえるでしょう。

疲れたときに、懐かしい気分に浸りたいときに、そして子供へのプレゼントとしてもぴったりの1冊です。

レベルの高さに衝撃のデビュー作『もののたはむれ』

『もののたはむれ』は松浦寿輝のデビュー作です。14の作品が集まった短編集ですが、初期に書かれたとは思えないような完成度の高さとなっています。

著者
松浦 寿輝
出版日
2005-06-10

ここでは「雨蕭蕭」という短編をご紹介します。空は暗く、雨が降るある日のこと。雨に困った男は古い映画館に入って雨が止むのを待つことにします。しかし、入って映画を見るのはいいものの、なぜか映っているのは雨が降る情景。

男はそんなスクリーンをみながら物思いに耽り、その後映画館から出ると急に、もうさっき入った映画館には二度とたどり着けないといった確信が芽生えます。そして、今日あったことは実は全て存在すらしていなかったのではないかと、妙な気分に支配されてしまうのです。

将棋がテーマになっている「千日手」もなんだかんだとしているうちに、自分の存在までもがふわっとしたような、そんなふうに思えてきます。松浦寿輝の作品は、いつのまにか意識が自分自身から一歩引いた場所に行ってしまう雰囲気があるのです。

見たり、聞いたり、触れたり、そうやって感じていた周りのことがふとした瞬間にあやしくなって、そのことに気を取られていると自分自身までが存在としてあやしくなってくる。そこに、この小説のシュールで幻想的な魅力があると思います。

松浦寿輝渾身の長編『名誉と恍惚』

『名誉と恍惚』は日中戦争当時の中国を舞台にした長編小説です。

主人公は外国人が居住する地区で活動する日本人警察官。あるとき、知り合いの骨董品店の主人を通し、陸軍参謀本部の少佐と、中国の秘密結社「青幇」を牛耳る頭目との面会を手引きしてしまいます。

その後、主人公は途端に仕事場から追放され、犯罪の汚名を着せられてしまうのです。そして逃亡生活を余儀なくされることとなり、波乱の生活が始まります。

著者
松浦 寿輝
出版日
2017-03-03

文章はリズミカルで、またエンターテインメント的な要素もあり、長編でありながら非常に読みやすくなっています。特に、魔都と呼称され、金、権力、政治的工作、麻薬に売春といったさまざまな黒い部分がごった混ぜになった上海を緻密に描きこんでいることろは必読でしょう。

日中戦争に突入していくというところで、人々はどのように日々の生活を送り、生きていたのか。そして、名前を捨て、過去を捨て去った主人公はどのようにして生き延びていったのか。この長い物語の中で、その一つ一つが明らかになっていきます。松浦寿輝渾身の一冊に引き込まれていくこと間違いなしです。

三島由紀夫が生きていたら……『不可能』

『不可能』は8つの連作短編からなる小説集です。

この作品は設定が独特で、1970年に市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を果たした三島由紀夫がもしも、あの時死にきれずに生き延びていたら。というもので、三島の晩年が綴られています。

著者
松浦 寿輝
出版日
2011-06-22

「地下」では過去とくらべて精神的、肉体的にもすっかり衰えてしまったなどと書かれていますが、衰えてしまった身体とは裏腹に長時間自分の顔を眺めてしまうという、確かに三島らしい癖も見られるのです。

また、作中で三島は自信がいかに凡庸であるかに悩んでいます。その部分を少しご紹介してみましょう。ちなみに作中では三島の名前は使われず、本名である「平岡」の名前が使われています。

「ぬけぬけと生き延びてそんなことにぼんやり想いをめぐらせている俺は、しかしもはや天才でもなく、俗物でもない、ただの老人だと平岡は思った。普通の老人。しかし普通というのも薄気味悪いものだ。」
(『不可能』より引用)

わずか16歳にして『花ざかりの森』を書き上げると早熟の鬼才と言われ、45歳の若さでこの世から去った三島由紀夫。そんな普通とはかけ離れた三島が、この作品のなかではことごとく「普通」という範疇に捕らえられてしまいます。

現実には決して起こることのなかったことですが、このギャップがむしろ現実味を出しているのではないでしょうか。三島ファンの方はこれを読んで三島の老後を想像してみると面白いと思います。

様々な分野で活躍しており、小説のテーマも幅広い松浦寿輝。彼の作品の中でお気に入りの一冊を見つけてみてはいかがでしょうか。

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