太宰治の代表作のひとつ『人間失格』、大胆と申しますかストレートなタイトルを付けたものです。名作であるのは間違いないのですが、読むタイミングや人によっては後を引く内容です。
トーンの重い内容であるにもかかわらず、今なお高い人気を集めているのはなぜでしょうか。登場人物の心情やシチュエーションに、少なからず共感するものがあるためと考えられます。
1948年7月雑誌『展望』に掲載、『走れメロス』や『斜陽』と並ぶ太宰治の代表作であり、完結を見た最後の作品でもあります。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1988-05-16
太宰治の巧みな文章表現は多くの人が認めるところです。同世代の作家も認める文才には恵まれましたが、薬物中毒や自殺未遂など日常の生活では不器用な生き方しかできませんでした。第1回芥川賞の候補となりますが、これら生活面が問題視され落選しています。
「生涯にわたって挫折感や罪の意識つきまとわれ悩んだ人間であった。」(『超時間文学論』から引用)
本作『人間失格』はとくに、太宰の不器用な生き方が色濃く反映しているとされています。
1948年6月、つまり本作が発行されるひと月前に太宰はこの世を去っています。このため、『人間失格』は遺書または自伝だという考察がされましたが、真相は定かではありません。
「恥の多い生涯を送って来ました。」で始まる冒頭、主人公大庭葉蔵の「第一の手記」です。ここから、「第二の手記」「第三の手記」と大庭の自白がつづられていいきます。
「第一の手記」
大庭葉蔵の幼少期、自分は人とは違うという感覚を抱き、人を恐れていること。本心を悟られないように「道化」を演じることを決めた経緯が書かれています。
「第二の手記」
中学・旧制高校時代。ここでは人への恐れを紛らわせるため、酒やたばこ、左翼思想に身を染めたこと、人妻と関係を持ち心中未遂を起こすも、大庭一人が生き残った事件について書かれています。
「第三の手記」
最後の手記に書かれているのは、放校処分後の破滅的な女性関係。再び繰り返される自殺未遂や薬物中毒、運ばれた病院で至ったある確信です。
第一から第三の手記で描かれている大庭葉蔵のキャラクターは、薬物中毒や本人だけが生き残った自殺未遂など、太宰を彷彿させるものがあります。遺書または自伝ではないかと考察されたのも頷けます。
また、長い間「思いの丈をぶつけた作品」が定説でしたが、遺族が発見した資料により、推敲をかさね内容を十分に吟味した作であることが明らかになりました。公開された草稿資料は、200字詰めで157枚にもおよびます。
海外においても翻訳され親しまれている作品ですが、刺激的な内容のため、少年虐待を表現していると解釈される傾向もあります。国内においても、青少年に読ませるのはいかがなものかという見解があることも確かです。
賛否両論はありますが、本という世界だけにとどまらず、映画やコミック、テレビアニメにラジオドラマとさまざまな媒体に広がりを見せ、数多くの人に愛されている作品です。
共感するものとは何でしょうか。もちろん、薬物中毒や迷惑をかけるということではありません。心配をかけないために元気を演じることや、嫌なこと辛いことを紛らわせるために趣味や好きなことに没頭することは、実際にあることです。
経験のある心理や行動が作品の中でも描かれている、ここが共感を呼ぶポイントでしょう。太宰治の巧みな文章表現と共感は、作品が長きにわたり愛される理由の一つです。
共感できる?できない?未読の方はぜひ一度手に取っていただきたい一冊です。