貧しい生まれの灰谷健次郎は、高校を卒業後教師に就き、17年間の教師生活を営みますが度重なる不幸により教師を辞め、小説家に転向します。彼の書く小説は主に児童向けの小説が多く、厳しい環境の中でも優しく生きようとする作風が特徴です。
1934年に兵庫県神戸市の貧しい家庭で生まれた灰谷健次郎は、働きながらも高校を卒業し、17年間の教師生活を送りました。しかしながら兄の死、母親の死を理由に教師生活にピリオドを打ち、小説家としての道を歩み始めます。
教師という職に就いていた事もあり、子供達へのメッセージと見て取れる表現が多いですが、時代時代にある問題、例えば公害や家族間の問題等を取り入れ、その中からあるテーマを生み出すような作風が特徴です。
表現方法に横槍を入れられる事も多々あり、名作として名高い『兎の眼』にも表現の規制がかけられました。初版にある文章も現在の版では削除されている部分があります。また子供への扱い方による認識の違いで、新潮文庫から当時発表していた小説を全て引き上げる、という事もありました。
そんな過激?な行動もある灰谷健次郎ですが、常に根底にあるのは子供への優しさと理解でした。教師を辞めて小説で学校の物語を作るという事は、「理想への逃げ」と捉えられても仕方無いかも知れません。
しかしそれは間違いで、灰谷は時代により様々な問題に直面する子供達に勇気を与える為に小説を書いているんだと、作品を通して思わずにはいられません。そんな灰谷健次郎の作品を5作品紹介します。
少年はいつも動物園にいました。飼育員の亀山はその子の事を気に掛けますが、声を掛けようとする時に限って、決まって姿を現しません。月日が経ち、動物園でラジオの公開録音が行われることになりました。子供の質問に回答する亀山の前にあの子が現れて……。
- 著者
- 灰谷 健次郎
- 出版日
灰谷健次郎らしい優しい小説です。40ページ程で児童向けなので、すぐに読めてしまいます。
少年はなぜ動物園に毎日のように来るようになったのか、そんな少年を見て飼育員の亀山は何を思うのか。色々なきっかけはあれど、子供の心に純粋に立ち向かう大人はとても優しいです。
少年はある日亀山に自分の秘密を打ち明けます。自分の名前は「けんちゃん」、そして両親のことだったり、学校のことだったり……。
本作は当時の日本の情景を映し出しており、傷ついた少年を救おうとする大人にスポットが当てられている作品です。亀山は少年を自分の小さい頃によく似ていると話し、少年のかたくなな心をほぐそうと、じっと少年に寄り添い見守っていきます。
学校の先生には「俺の小さいころにそっくりなんです!」と叫ぶように訴える亀山ですが、少年は亀山の子供時代だけではなく、少年の親にも似ていることが判明していくのでした。
最終的には動物園の飼育係まで任されてしまう少年ですが、最後の章、亀山は少年に何を約束するのか、そして少年はそんな亀山に対してどんな行動を取るのか、短いながらもしっかりとした少年の成長物語になっています。
この本は灰谷健次郎の名作児童文学が収録された短編集です。その中でも表題作「海に涙はいらない」を中心に紹介していきましょう。
海の街で生まれた主人公の章太は、おじいさんのトクじじいに海の事を教わりながら成長していきます。そんなある日、章太の前に少女が現れるのです。一体どこからやってきたのだろう……自然と触れ合うことが少なくなっていく日本で、主人公は何を考えるのでしょうか。
- 著者
- 灰谷 健次郎
- 出版日
主人公の章太は小学生です。一般的な家庭ながらも海の街で生まれ、付き合いのあるおじいさん、トクじじいに教わり、素潜りや船の扱いにとても長けていました。
厳格な家庭に生まれ、優秀な兄と比べられることもあり、おとなしい性格の章太でしたが、ある日の少女との出会いで一変します。その子に惹かれていく章太の行動や成長、変化に感動するでしょう。
少女はなぜこの街に引っ越してきたのか。この部分にも、灰谷健次郎の子供へのメッセージが詰められています。真相に近づくにつれ、おとなしいだけだった性格の章太がどんどんと優しい部分を表に出すようになっていくのです。
別の章では、兄は大変優秀な生徒でしたが高校で教師を殴る事件が起こります。なぜあの兄が……殴った理由については後々語られますが、その時代背景に影響された学校と兄の行動と共に、読者は考えさせられるのです。謹慎になった兄、そして章太は街でどんなことに遭遇するのか、海はどんなことがあっても、この二人を見守り続けています。
海の街には色々な事件がひっそりと起こりますが、章太の周りでも……「海になみだはいらない」というタイトル、最後まで読んで頂ければきっと分かるはずです。児童向け小説と言って軽く見てはいけませんね。
主人公倫太郎の成長を追った物語です。何かにつけて迷惑をかける少年、倫太郎。しかし持ち前のその判断力や行動は、周囲の大人たちさえ驚かせてしまう才能でした。舞台は保育園から始まり、やがて成長し青年になっていく……灰谷健次郎のライフワーク小説です。
- 著者
- 灰谷 健次郎
- 出版日
幼年期の倫太郎は、大人が手を焼いてしまうくらいのやんちゃ坊主。しかしそのやんちゃぶりには必ず理由があり、その理由が分かると大人の方が感心してしまう、そんな純粋でずる賢く、優しい主人公です。
特に幼年期の不正乗車をして貯金?したお金で消しゴムを買った話。この時の母親とのやり取りは倫太郎という人物の輪郭をハッキリさせる出来事でした。
友人は青ポン、フランケン、リエ等たくさん出てきますが、成長していく中で一人一人が動き出すシーンも見応えがあります。
特に少年編のリエが不登校になってしまう場面は印象深いです。倫太郎が幼年期での出来事をリエにぽつぽつと話すシーン、高圧的な先生の対処、解決する為に自分たちは何が出来るかと考える、素晴らしい構成となっています。
倫太郎だけではなく、その周囲の子供も大人も成長していく、その姿を見る為に読んでいただければ幸いです。
ちなみに幼年編→少年編→成長編→あすなろ編と物語は続きますが、灰谷健次郎自身が病で倒れ、帰らぬ人になってしまったため、途中までの物語は「最終話」と題され出版されました。
大衆料理屋を経営しているふうちゃんの両親。心身症になった父親を元気付けようと、沖縄の風習にある飾り物の風車をプレゼントしました。しかし、常連のロクさんはそれを片手に泣いていて……それをきっかけに、ふうちゃんは沖縄のことを学んでいきます。
- 著者
- 灰谷 健次郎
- 出版日
沖縄から神戸に移り住んだ家族は、神戸に「てだのふあ」と言う大衆料理屋を経営します。「てだのふあ」とは、太陽の子という意味。常連のロクさんが名付けた名前です。
沖縄出身のギッチョンチョンやギンちゃんはふうちゃんの兄弟のような存在。けれど、ふうちゃんはいわゆる神戸党で、沖縄のことはほとんど知らないのでした。灰谷健次郎の小説の特徴である「人間の優しさ」をテーマにすると共に、もう一つの特徴である「社会的差別」を何気なく、しかし力強く込めています。
戦争で何があったのか、若いギッチョンチョンやギンさん、そしてふうちゃんは知りません。ロクさんやお父さんは戦争で何を体験したのか……というのが主題になっています。
そしてふうちゃんのボーイフレンド?であるキヨシ少年は当初はギッチョンチョンの好意を仇で返すような人間でしたが、この子も戦争の後遺症をひきずっている悲しい過去を持つ人間でした。
戦争を知らない若い世代がその傷をどう乗り越えていくのか、言葉にすると重いテーマですが、この小説はどこまでも優しく温かく描かれています。
新米教師の小谷先生が配属になった小学校には、隣にごみ処理場があり、臨時職員の家族はその処理場の中の長屋に住んでいる……臨時職員の子供たちは教師からも嫌われ、他の子供たちからもいじめられます。環境を変える為奮闘する、文句無しの作品です。
- 著者
- 灰谷 健次郎
- 出版日
- 1998-03-20
灰谷健次郎といえば!といえる程の傑作小説です。ごみ処理場の長屋に住む子供、そして隣接する小学校。はっきりと公害をテーマにしている小説ですが、その中にある新米教師小谷先生の奮闘は勇気付けられます。
医者の娘であり、将来を約束されたような環境にある小谷先生が劣悪な環境に身を置き、いじめの対象となる子供に触れあう場面や、知的障害のあるみな子という女の子を引き取る勇気ある行動には、胸を打たれることでしょう。
ハエを集めるのが趣味な鉄三という少年もこの小説の一つのキーパーソンです。終盤、臨時職員関係者は更に劣悪な環境を叩きつけられ、ごみ処理場の従業員と闘うことになります。しかし周囲を巻き込む起爆剤となるのも、彼のそのひたむきさからくるものでした。
「教員ヤクザ」などと言われている変わった教師、足立先生。足立先生がごみ処理場の移転、臨時職員の待遇改善の為にハンストを行います。その晩子供達に自分の過去を話す場面も涙無しに見られません。
保守的な教師、いわゆる正社員のごみ処理場関係者、子供を守る為に動く教師、ごみ処理場の臨時職員……様々な人間が自分の正しさの為に動くその様子を、どうか見ていただきたいです。
灰谷健次郎の小説を5冊紹介させて頂きました。どれもおすすめですがその中でも『兎の眼』、『太陽の子』は人間のやさしさに心を動かされます。この2作品はベストセラーになっており、手に入りやすいと思うので、ぜひ読んでみてください!