日本を代表する怪奇・幻想小説の第一人者である井上雅彦。ホラーやミステリー等に造詣が深く、不気味で時にマニアックな作風は多くの読者に支持されています。異形の者やモンスターがはびこる世界へ足を踏み入れてみませんか。
井上雅彦は幼少の頃より『ヒッチコック劇場』『ウルトラQ』『悪魔くん』等に興味を持ち、ホラーやSF、ミステリーに囲まれて育ちました。その後、中学時代に読んだ星新一作品に刺激され、自らもショートショートを書くように。そして都立板橋高等学校を卒業後、明治大学商学部へ進学。学生時代は、懸賞小説への応募に明け暮れる生活を送っていたそうです。
1983年「よけいなものが」で星新一ショートショート・コンクール優秀賞を受賞し、これをきっかけに作家としてデビューを果たしました。また、1998年には井上雅彦が監修した『異形コレクション』が日本SF大賞特別賞を受賞。その後は雑誌「ショートショートランド」を中心に活動し、様々な作品を発表します。「ヤング・ヴァン・ヘルシング」シリーズや幻想短編集・エッセイの他、『深川霊感三人娘』という時代物や、ドラマ「世にも奇妙な物語」のノベライズも手掛けるなど、その執筆ジャンルは多岐にわたります。
ホラーを描くうえで「現実を<異化>すること」を特に重要視しており、これはわかりやすく言うと「腐乱死体をとびきり美味しそうに描いてみる」という手法だとか。(集英社「プロに聞く!ジャンプホラー小説大賞特別企画!!ホラー作家になるためのQ&A」第4回より)
また、五感の表現も大事だと語り、肉体的な恐怖の表現にもこだわりを持っているようです。
星新一ショートショート・コンクール優秀賞受賞作品「よけいなものが」を収録する、怪奇・幻想短編集。全23編と非常に多くの作品が掲載されており、ボリュームも満点です。小説はどれも妖怪・怪獣・幽霊・怪人など異形の存在が登場し、古典ホラー作品へのオマージュやH・P・ラヴクラフトのクトゥルー神話を髣髴とさせるものも。
- 著者
- 井上 雅彦
- 出版日
収録されている小説は、脱皮を繰り返す異形の女性の物語「脱ぎ捨てる場所」、屍食鬼(グール)の奇妙な晩餐会「エイプリル・グール」、何気ない男女の会話が突然奇妙に変貌する「よけいなものが」、離島の村で毎年行われる謎の奇祭「潮招く祭」など。不気味なものやグロテスクなものが多いですが、どれもどこかノスタルジックで懐かしさを感じさせます。
特に井上雅彦のデビュー作である「よけいなものが」は、たった3ページしかない非常に短い物語であるにも関わらず、「やられた!」と感じる不思議な魅力が。思わずもう一度読み返してしまうこと必至です。短い話の中で読者を混乱に巻き込む、まさにショートショートの真骨頂ともいえる手法が光ります。
少し後味の悪いラストを迎える物語もあれば、敢えてラストを明言せず余韻を残しているストーリーもあり、それが読後に哀切や寂寥感となって襲ってきます。怪奇や幻想だけでなく、SF・怪獣もの・ヒーローものの要素も随所に登場し、それらが好きな方は思わずニヤリとしてしまうかも。
サーカスを題材にした井上雅彦の長編ミステリー小説。そのほとんどが怪奇や幻想小説である著者の作品の中で、唯一の推理ものとも呼ばれています。密室殺人を軸に据え、嵐の孤島や個性的な名探偵の登場など、ミステリーの定番的なネタが満載です。
- 著者
- 井上 雅彦
- 出版日
サーカス団員の養老院(老人施設)である「天幕荘」が今回の舞台。空中ブランコ乗りだったマリエが、密室で転落したいとなって発見されます。しかも、死体のそばには血でできた馬の足跡が壁へと消えており……それを皮切りに、次々と起こる連続殺人。運命に導かれて天幕荘にやって来たライターの真野博史、そして泥棒にして名探偵の磨理邑雅人。やがて「刺青男」という謎の人物の存在が浮かび上がり、事件はさらなる局面を迎えます。
元はその超人的な技で、観客を魅了していたサーカス団員たち。果たして、彼らの前に密室は通用するのか?というアプローチが本作の面白いところ。しかしストーリーが進むにつれて、彼らはまるでショーのように、一人また一人と殺害されることに。
サーカスという怪しげでほのかに胡散臭さが漂う舞台設定が、密室殺人という不安定な状況と奇妙にマッチしており、何とも言えないエキセントリックな雰囲気を醸し出しています。「超絶マジカル・ミステリ」と銘打たれるとおり、井上雅彦の珠玉の本格推理長編小説です。
井上雅彦がその怪奇趣味を存分に活かした、ショートショート集。3部構成で、全部で40の作品を掲載。元ネタになったのは、名作ホラー映画をはじめ、テレビドラマ「怪奇大作戦」や「X-ファイル」など。井上雅彦らしく、今作も異形や怪人、モンスター等に溢れた作品に仕上がっています。
- 著者
- 井上 雅彦
- 出版日
- 2004-12-18
第1部「マインドシアター」には、吸血鬼がテーマの「喉の柔らかい肉」や、映画『エルム街の悪夢』をモチーフにした「悪夢街の男」など18編を収録。
第2部「異形の夢十夜」には、ジョン・カーペンターの映画をテーマにした10編のストーリー。ちなみに、第2部のタイトルは夏目漱石の『夢十夜』になぞらえられています。
そして第3部「ハラァ博士の恐怖」は、切り裂きジャックがテーマの「ジャックに似た人」や、シャム双生児がテーマの「双生」など、ホラー映画『エラー博士の恐怖』をモチーフとした11編の物語となっています。
全編を通して、映画へのオマージュや井上雅彦なりのアレンジが多数施されており、作者の怪奇への並々ならぬ愛情を感じることができます。それと同時に、その造詣の深さと知識の膨大さに改めて驚かされることでしょう。かなりマニアックな部分もあるため、元ネタを知っていればより一層楽しめるはず。この短編集を読んだ後は、元ネタとなったホラー映画も見てみたくなる……それこそが井上雅彦の真の狙いなのかも知れません。
単行本には未収録となっていた小説を、井上雅彦自らが選りすぐった傑作短編集。テーマとなっているのは、古城や博物館、人形などゴシックなものが中心。その中には、サンタクロースや赤ずきんなどお馴染みのキャラクターたちの姿もあり、儚くも美しい耽美な世界を堪能することができる作品となっています。
- 著者
- 井上 雅彦
- 出版日
- 2009-11-10
雪国の別荘地で迷う恋人たちが、一軒の館に辿り着く「白い雪姫」、アマゾン流域で事故に紛れて友人を殺した主人公が怪奇に出会う「クリープ・ショウ」、華族の末裔である主人公のドールハウスに訪れる奇妙な客を描く「化身遊戯」など、収録作品は全部で13編。どの物語も、レトロなホラー映画を思い起こさせます。
背表紙や帯など全て黒を基調とした装丁で統一し、視覚からゴシックを演出しているのも見どころ。また、読者の予想を裏切るストーリー展開は健在で、1編1編が短めなこともあり、一気に読み進めることができるはずです。作中の台詞には、ホラー映画からの引用も散りばめられています。
ここまで井上雅彦の怪奇やホラーにまつわる作品を紹介してきましたが、今作はそれらとは一線を画しているかもしれません。少年と夜の怪物たちの戦いを題材にした本作は、ファンタジー色の強い冒険活劇であり、元は児童向け書籍として発表されました。しかし、どこか昭和のテイストも残されており、大人が読んでも十分に楽しめる作品になっています。
- 著者
- ["井上 雅彦", "小島 文美"]
- 出版日
- 2011-03-17
有名な吸血鬼画家である母親のミラルカと、息子のレイは2人暮らし。ある日、ミラルカが殺人事件の容疑者となり姿を消してしまいます。殺人現場に落ちていたミラルカの絵の切れ端。そして、レイの元に残された一冊の画集。レイは母親を救うため、戦いの舞台となる「夜のヨーロッパ」へと赴くことに。異国情緒溢れるモンスターホラーが幕を開けます。
本作が名を連ねる「講談社ミステリーランド」は「かつて子どもだったあなたと少年少女のために」をコンセプトとし、講談社の児童向けシリーズとして刊行されました。全ての作品がハードカバーで特製BOX入りという豪華なデザインも特徴です。この『夜の欧羅巴』も、ファンタジー要素を多めに、怪物たちとのバトルものとして子どもたちに馴染みやすい作品となっています。
『夜の欧羅巴』とは、レイの母親ミラルカの画集のタイトル。それが重要な鍵となって物語に関わってきます。また、レイの通う商店街がヨーロッパの各都市と繋がっていたり、伝説的な怪物たちが敵として登場したりと、大人がドキドキワクワクできる要素もふんだんに盛り込まれており、親子で楽しむことができるミステリー小説です。
この作品を読んだ少年少女たちが、怪奇やミステリー好きの大人になってくれたら、井上雅彦としてはそれ以上に嬉しいことはないに違いありません。
小さい頃、怖いもの見たさでつい見てしまったホラー映画。それはいくつになっても脳裏に焼き付いていますが、井上雅彦作品にも同じ感覚を覚えます。一冊でも読めば、その「異化」された現実に魅了されること間違いなしの作品が揃っています。