草食系男子で何が悪い!? 「闘わない強さ」を学べるマンガ

更新:2016.2.20 作成:2016.2.20

「草食系男子」という言葉は、もともとは恋愛に奥手な男性を意味していましたが、今ではより広い意味で使われています。ウィキペディアによれば2006年に登場し、2008年頃から広く知られたようです。草食系男子の中心を当時の25歳とすると、1981~83年生まれが該当し、筆者(1983年生)はまさにドンピシャの世代と言えるでしょう。 ところで、草食系男子と、筆者を含む彼らが少年時代に接したマンガには深い繋がりがあるように思えます。ここでは仮説として、その繋がりを探ってみましょう。

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自らの闘いが生んだ憎しみに苦しめられる主人公

2012年および2014年に実写映画化されて人気が再燃した和月伸宏『るろうに剣心』の原作は、1994年(筆者11歳)に連載が開始されました。明治11年、東京。流浪人(るろうに)として放浪していた剣心は、いかにも「草食系男子」的な主人公として登場します。

剣心はかつて幕末に、江戸幕府を打倒する維新志士として、暗殺を主に行う「人斬り抜刀斎」として暗躍していた過去を持ちます。しかし、ある出来事をきっかけに歴史の表舞台から消え、人斬りの日々と決別しました。その後の剣心は「不殺(ころさず)」の誓いを立て、その目にとまる人々を救うためにのみ、その力を振るいます。ところが、剣心を襲うのは「その目にとまる現在」ではなく「人斬りの過去」でした。

剣心の性格や彼を囲む登場人物達の明るさで緩和されていますが、本作品は極めて「暗い物語」です。とりわけ最終章にあたる、剣心への個人的な復讐心を持つ雪代縁(ゆきしろ えにし)との戦いでは、少年マンガとしては異例ともいえる絶望的な展開が数多くあります。

「不殺」の誓いを立ててなお、「人斬りの過去」に苦しめられる『るろうに剣心』からは、「闘うことの終わりなき恐ろしさ」を学べるでしょう。
著者
和月 伸宏
出版日
2012-07-27

やさしい暗殺者

『るろうに剣心』と同年の1994年に連載開始された隠れた人気マンガに、かずはじめ『MIND ASSASSIN(マインド・アサシン)』があります。

本作の設定では、第二次世界大戦においてナチスドイツの科学力により「人間の精神を破壊する超能力者」が生み出され、暗殺を行っていました。そして現代、その子孫である奥森かずいは開業医として生活しています。ところが医師として患者と接する中で、暴力・虐待・犯罪といった患者と関わる事件を知ってしまい、不本意ながらも受け継いだ超能力を使って社会悪と戦っていきます。

本作の特徴は、その能力の使い方にあります。上記のように「勧善懲悪」的に悪者の精神にダメージを与えることもあれば、被害者の記憶を消すことでその精神を救うために使われることもあります。

そして本作の悲しさは、『るろうに剣心』的な自身の能力との葛藤に加え、他者のために消し去っていく負の記憶を主人公だけが持ち続けていかなければならないことにあります。主人公がその苦しさに耐えることができるのは、もう1人の主要登場人物である虎弥太(こやた)に象徴される「やさしさ」にあります。

その「やさしさ」は「草食系男子」と通じるものがあるかもしれません。
著者
かず はじめ
出版日

戦わずして勝つ

1996年に連載開始された、中国の神話を題材にしたマンガである藤崎竜『封神演義』の太公望は、戦う少年マンガとしては異色の主人公です。

その戦闘能力は高くなく、強くなるために修行をするわけでもありません。また与えられた使命に対して真面目に取り組んでいるようには見えず「できるだけ頑張らない」「いかに楽をするか」というために知恵を絞ります。

しかし主人公はその知略により、次々と目的を達成していきます。「根性論」「ガンバリズム」とは無縁なそのキャラクターは「草食系男子」的と言えるでしょう。
著者
藤崎 竜
出版日
2015-11-18
太公望のような主人公は、少なくとも『北斗の拳』(1983年連載開始)、『ドラゴンボール』(1984年連載開始)、『聖闘士星矢(セイントセイヤ)』(1985年連載開始)、『幽遊白書』(1990年連載開始)などの、戦うための強さを目指す「マッチョ」的な主人公像とは、明らかに異なるように思えます。

その一方で、既に紹介した作品の他、1995年前後には『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年放送開始)、『シャーマンキング』(1998年連載開始)といった「闘いたがらない主人公」を置いた作品群が集中しています。

このことが、約10年後の「草食系男子」の登場と本当に関係しているかどうかは、この記事を読んでいる方の判断に委ねましょう。

憎しみの連鎖、再び

そして現在もまた「闘わない強さ」を描こうとしているマンガがあります。宮本武蔵を題材にした作品である井上雄彦『バガボンド』(1998年連載開始)です。

第1巻からしばらくは、武蔵は「闘いたがらない主人公」とは全く異なる、むしろ1980年代の「マッチョ的」な主人公として「天下無双」を目指します。あるいは同時期に連載開始された『ONE PIECE』(1997年連載開始)の「海賊王」を目指すルフィや、『NARUTO』(1999年連載開始)の「火影」を目指すナルトのような「無邪気さ」と通じるものがあるかもしれません。

しかし、宍戸梅軒(ししど ばいけん)との戦いの後から、物語は大きく転換します。(単にストーリーの転換だけでなく、そこから作画を全て毛筆にするという作者の挑戦は、結果的に京都東本願寺の親鸞750回忌を記念した屏風絵を作成するに至りました)

武蔵はその後、かつて敗れた吉岡道場の吉岡兄弟を倒すことで、自分が強くなり過ぎたことを自覚します。さらに、その門下生全員をたった1人で斬り殺す「70人斬り」を果たしますが、そこで見えた風景は「天下無双」の眺めではなく、「殺し合いの螺旋」であり「断ち切れない憎しみの連鎖」でした。これは剣心が「人斬り抜刀斎」として歩んだ道と重ねることもできるでしょう。

その後、武蔵は「闘う強さを誇示する自分」と、「殺し合いの螺旋に身を置かない本当の天下無双」を目指す自分との葛藤を経て、ある農村にたどり着き「人を殺す剣」とはまったく異なる「命を生み出す農業」に触れることになります。
『バガボンド』は現在も連載(休載)中です。果たして「憎しみの連鎖」を断ち切る答えは見つかるのでしょうか。

なお、実は最終話は2008年に『井上雄彦 最後の漫画展』として展覧会の形ですでに描かれています。これは図録『いのうの』(満月篇)として井上雄彦ショッピングサイト「Flower(http://www.flow-er.co.jp)」から購入可能です。

いかがでしたか? 「駆逐してやる!」と闘い続けることが、必ずしも最善の解決方法とは限りません。むしろ問題をより大きくしてしまうこともあり得ます。あえて闘いを避けることも、強さの1つではないでしょうか.