デザインの神の異名を持つブルーノ・ムナーリ。彼の作品を一度手にして、不思議な世界観にあっという間に魅せられたというファンも多いのではないでしょうか。芸術に対する信念を持っていたムナーリの名言とともに、おすすめの絵本を紹介します。
ブルーノ・ムナーリ(1907-1998)は数多くの絵本を世に送り出していますが、絵本作家としてだけでなく教育者・美術家・そしてデザイナーという様々な顔を持っていました。
イタリア出身の彼は、元々デザイナーとして雑誌編集の仕事についていましたが、息子のために作った仕掛け絵本を皮切りに、数多くの絵本を企画・製作しています。彼の作る作品は「絵本というのはこういうものだ」という常識をくつがえす稀有な絵本が多く、デザイン性も非常に高いものばかりです。
日本とのかかわりも深いブルーノ・ムナーリ。親交があった作曲家・武満徹は、ムナーリにプレゼントされたオブジェにひらめきを得て「ムナーリ・バイ・ムナーリ」の作曲も行っています。柔軟な発想を持った子どもたちだけでなく、デザインに興味のある大人も満足させる、ムナーリの作品を紹介します。
絵本の中に霧を表現するとしたら、どうしますか?この絵本では、たちこめる霧をトレーシングペーパーで表現しています。半透明のトレーシングペーパーに描かれた鳥や、その向こう側に立つ信号機などは、重なると本物の霧の中に存在しているかのようにボヤけていて、本当に霧の中を歩いている気分になれるのです。
サーカスの会場に到着すると、突然カラフルな紙に仕掛けのついたページが始まります。ところどころに切り抜かれて穴が開いているページは、計算しつくされた色合いで構成されていて、ページをめくっていくごとに切り抜かれた部分は違う表情を見せてくれます。
- 著者
- ブルーノ ムナーリ
- 出版日
「芸術作品を理解するときの最大の障害は、わかりたいという<欲求>である」(『きりのなかのサーカス』からの引用)
ムナーリのこの言葉は、子どものような純粋な心に向けられたものではないでしょうか。白昼夢のような雰囲気が心をくすぐるこの絵本は、感受性豊かな子どもの心を刺激することでしょう。
サーカスが終わると、また霧の中を行き、帰っていくところが表現されています。同じようにトレーシングペーパーで霧が表現されていますが、行きとは違う落ち着いた雰囲気に包まれていて、穏やかな気持ちで絵本を読み終えることができる不思議な作品です。
『たんじょうびのおくりもの』は、息子に贈る誕生日プレゼントを持って、家路を急ぐお父さんに起きたハプニングが描かれた仕掛け絵本です。家まであと10キロのところで、なんと車が故障してしまいます。お父さんの乗る乗り物は、なぜか次々と故障してしまうのです。
最初に登場する乗り物は大きな車で、ゴールの家までの距離が10キロという表示もあります。乗り物が小さくなっていくにつれ、家までの距離も短くなっていく。細部まで練りに練って描かれていて、乗り物も可愛らしく描かれています。
- 著者
- ブルーノ ムナーリ
- 出版日
ムナーリが初めて息子にプレゼントしたこの絵本は、ムナーリの息子に対する愛にあふれています。表紙に描かれたプレゼントは手垢にまみれていますが、読み進めるうちに、包みを開けたくてたまらない気持ちにさせられるから不思議です。
ムナーリの遺した言葉に「保存されるべきはモノではない」という名言があります。この絵本の中身のように、乗り物はどんどん小さくなって価値の低いものに変わっていくのに、プレゼントに対する期待は反比例して膨らんでいく……そんな素晴らしい構成自体が、ムナーリ独自の手法として世界中の人に紹介されるべきではないでしょうか。
『闇の夜に』のなかには、言葉は多く出てきません。登場するのは三種類の材質の紙で彩られた美しい風景です。内容は第一部から三部までに分けて構成されています。第一部は夜の街。暗い夜の街を行くと、闇夜にぽっかりと浮かぶ幻想的な月と猫が読み手を導いてくれます。
第二部では時間がすすみ、半透明のトレーシングペーパーで描かれた夜明けの草原に舞台は変わっていきます。朝の澄んだ空気を感じられる材質の紙と、ページをめくる指に触れる手触りが変化し、読み手はいつのまにか本の中に引き込まれていくことでしょう。この本は五感を刺激するアート作品ともいえます。
- 著者
- ブルーノ・ムナーリ
- 出版日
- 2005-07-20
夜の街をぬけ、早朝の草原を行き、次にたどり着くのは洞窟でした。第三部の洞窟は、どこか謎めいていて、どんどん奥に進みたくなることでしょう。
街・草原・洞窟。この三つの場所は、温度も土も、においさえも違う場所です。そんな当たり前のことを、絵本の紙質を使って思い出させてくれるこの一冊は、触れるものすべてをアートに変えると言われたムナーリらしい作品といえるでしょう。
『Bruno Munari's ABC』は、全編英語の言葉遊び絵本です。アルファベットのAからZまで、可愛らしいイラストと短い文章で表現されています。Aなら「an Ant on an Apple」、Cなら「a Crow on a Cup」など、日本で言うダジャレのような言葉がギッシリ詰まっていて、ついつい笑ってしまうかもしれません。
ストーリー性があるわけではなく、子ども向けの英語の教育番組のようなイメージのこの絵本は、子どもが英語に興味を持つきっかけ作りにもおすすめです。
- 著者
- Bruno Munari
- 出版日
- 2006-03-16
ムナーリは生前「芸術を覚えることは自転車の乗り方を覚えるのと同じだ」という言葉を遺しています。その言葉の通り、『Bruno Munari's ABC』には多くの言葉やストーリーは登場せず、ただただ目を喜ばせるイラストと、気持ちを盛り上げる短い文章が紡がれています。多くの余計な言葉より、繰り返し現れるアーティスティックな絵画と短文が、クリエイティブな発想を育てるということではないでしょうか。
リンゴの上を登るアリや、本の中を縦横無尽に飛び回るハエまでもかわいらしく見えてくる、ムナーリの魅力を余すところなく味わえる一冊です。
ハーバード大学で教鞭をとっていたこともあるムナーリが「そうぞう力」とは何かをわかりやすく解説している本がこの『ファンタジア』。創造力と想像力の違いから、進化し続ける人間とそうでない人間の違いまで、押しつけがましくなく優しく解説してくれる本であり、デザインに興味がない人にとっても、学びとなる一冊です。
- 著者
- ブルーノ ムナーリ
- 出版日
『ファンタジア』には、生涯進化し続けたムナーリの「生み出す力」の秘密が凝縮されています。「知識こそが自己表現の手段を完全に操る力を与える」(『ファンタジア』からの引用)という彼の言葉は、無知が自由な発想を生み出すという考えを真っ向から否定するものです。
想像力を培うために必要なことが知識である、と断言するムナーリは、知識を反復するだけの人間ではなく、謙虚に学ぶ姿勢を忘れない人間こそがクリエイティブなシーンで活躍すると示唆しています。
最後は難しい話になってしまいましたが、ムナーリの作品は、学びの多いものばかりでしたね。ムナーリの本は本棚にただおいてあるだけでも、センスが良くなったような気分にさせられるから不思議です。彼の作品の多くが『スイミー』の訳を手がけたことで有名な、谷川俊太郎の訳により多く出版されていて、柔らかな語り口も特徴的です。ムナーリの魔法のようなデザインを肌で感じる体験をぜひ、今回紹介した本で楽しんでみてはいかがでしょうか。