円地文子のおすすめ代表作5選!『源氏物語』の名訳も手掛ける

更新:2021.12.19

円地文子は戦前から劇作家として活躍していました。のちに小説家に転身しますが、その古典的な教養の深さから歌舞伎の脚本を執筆や、『源氏物語』の完訳を成し遂げるなど活躍の幅は多岐に渡ります。

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豊かな教養とシビアな眼で女心を描く円地文子

円地文子は、1905年に国学者上田萬年の次女として生まれました。小さなころから祖母が聞かせてくれた江戸の洒落話やデカダンな艶笑噺(えんしょうばなし)を好む早熟な少女だったようです。

女学校を4年次で退学すると、父が用意した家庭教師から古典や国学、英語やフランス語を徹底的に学びます。

その後劇作家としてデビューし成功を収めますが、生来体が弱く、たびたび病魔に悩まされました。小説家に転身後はなかなか評価されず、戦後生活のために少女小説などを書いていた時期もあるようです。1960年代から人気が出始め、主な新聞すべてに連載を持つという押しも押されぬ売れっ子作家となりました。

私生活はあまり順風満帆とは言えなかったようです。結核菌による乳房の切除、子宮ガンによる全摘出など、健康の面では苦労が続きました。

平安期から江戸まで彼女の持つ豊富な古典のボキャブラリーと、トルストイズムの香りは美しく混ざり合い、どこか厭世の感があります。絶版になっているものも多いのですが、古本屋さんなどでも見つけられる円地文子の代表作をご紹介いたします。

登るもつらい、下るも悲しい女坂

『女坂』は戦時中に発行された作品。舞台は明治初期で、日本に家父長制度が強く色濃く根付いていた時代です。

著者
円地 文子
出版日
1961-04-18

物語は主人公の倫が夫の妾を探すという、現代の我々からすると驚くようなシーンから始まります。

地方官の大書記官として社会的な地位を得た白川行友は家の内外関係なく、芸者や女中にいたるまで数々の女に手をつけ囲っています。

嫉妬や様々の感情を殺し、家を取り仕切っている倫の情熱はいつのまにか冷やされ、その冷めた視線は包丁のように鋭く、次々と家庭内に起こる問題をさばいていきました。

中でも老齢になった倫が、自身の孫が女中を孕ませた問題を処理するために、女坂をゆっくりと登る最中に見つけた慎ましい家の灯りにこれまでを思うところと、自分が死んだら品川の海に流してくれと言葉を託すシーンには女性として胸が締めつけられるようでした。これは円地文子の母方の親類をモデルにしているそうで、遺言のシーンなどは実際にあったことだそうですが、『源氏物語』などの古典や故事も巧みに織り交ぜられ大変に読み応えのある作品となっております。

明治に生きた女の辛さや、母として家を守るということの重みが、円地文子らしい教養深い美しい日本語で綴られています。

円地文子自身の半生を模した渾身の私小説

『朱を奪うもの』この題は論語に元を取ります。朱を奪う紫…古代中国で正式な色とされていた朱。ところが時代が下るにつれて中間色の紫が高貴とされ始めたことを揶揄する故事で「偽物が本物の立場を脅かしたり、似てはいるが全く違うもの」などという意味で使われています。

主人公のモデルは円地文子自身とされ『傷ある翼』『虹と修羅』と合わせて三部作の自伝的小説とされています。多少のフィクションは加えられているものの、大筋では事実らしいのですがその壮絶さに驚かされました。

著者
円地 文子
出版日
2009-10-09

主人公は小さな頃から祖母が語る古今の創話を寝物語にしていました。祖母がほがらかに話す江戸末期のエログロナンセンスの物語の数々は知らず知らずのうちに彼女の心をじわじわと支配していきました。それは時おり、色々な形で現れる自身への破壊的衝動に繋がるように思われ、切なさを覚えます。左翼的な思想に影響をうけたり、家を出るため好きになれない人と結婚したり、2度の病魔に襲われたり……。

戦前から戦後を通し生きた人々の生き様が懇切丁寧に描かれ、女性として生きていくこと、心の移り変わりを隅々まで描写した円地文子の代表作です。

戦時中の陰惨な雰囲気と屈折したナルシシズムが合いまった傑作

『ひもじい月日』は第6回女流文学賞受賞作品です。

主人公は決して幸せな家庭とは呼べない家庭を、忍耐を重ね守り続けていました。それも子供のため……とはいいつつも、本心は自身の背中にある痣によるためでした。彼女はそのため自らを醜いと感じ、不条理な仕打ちを甘んじて受けているのです。戦中戦後という、非常事態をなんとか切り抜いた女の人生や心情を丹念に描いた作品です。

著者
円地 文子
出版日
1997-01-10

男性への冷たさや諦め、封建的な家庭への批評的精神、女性としての自分への傍観……教養深い円地文子らしからぬタイトルに、最初は首をかしげましたが、読み進めるうちにその秀逸さに膝をうちました。この題しかないような、現実のひもじさに胸を打たれることでしょう。

円地文子の持つ、家庭というものへの厳しい視線がいかんなく発揮された作品です。

日本を代表する古典文学を、現代の天才女性作家が完訳

日本が誇る『源氏物語』の完訳はその時代の天才が担ってきました。現代語訳としては与謝野晶子、谷崎潤一郎に続きます。ですがその二者の日本語は現在では古典の域に達しており、小説としてスラスラと読むのが難しいかもしれません。

その点、円地『源氏物語』はとても読みやすく、和歌の解説も最小限に留められているので、『源氏物語』の世界にどっぷりと浸かれることができました。また、つけたされたエピソードにも円地文子節が光り、絵巻のような美しさで物語を彩ります。

著者
紫式部
出版日
2008-08-28

円地は、この作品を執筆している間にも弱視になってしまったりと困難がありましたが、約10年の歳月を費やしついに完訳を成し遂げました。中世の天才女性作家が生涯をかけた作品を現代の天才女性作家が受け継いだ大作です。

白洲正子と円地文子、2人の知性が絡み合う対談集。

『古典夜話』は白洲正子との対談集です。式亭三馬の『浮世風呂』に出てくる女国学者けり子・かも子に自身をなぞらえた前書きなど、古典に通じた2人の作家の雑談の応酬は、かなりレベルの高いものとなっており教養の高さがうかがい知れます。

著者
["円地 文子", "白洲 正子"]
出版日
2013-11-28

能や歌舞伎、『源氏物語』から近松門左衛門など広い時代やジャンルを縦横無尽にかけめぐる2人は知的でユーモラスです。少女のころから慣れ親しんだ古典の世界を、その類稀なる表現力や文書で後の世まで伝えた業績は、皆が知るところでしょう。2人の魅力を再確認できるだけでなく、その背景にある物語などを実際に自分でも学んで見たくなること請け合いです。

解説はなんと人間国宝の歌舞伎役者、坂東玉三郎がつとめているんです。対談をまとめたものなので読みやすく、状況を選ばず最初の1ページ目から最後まで楽しめる一冊でした。

円地文子の文章は美しく整然としていて、どこか悲しさを覚えます。

それは彼女自身が抱えていた病気などの辛さや悲しみ、小さなころから慣れ親しんだ退廃美によるものなのかもしれません。また、作品に描かれている女としての苦悩は、私たちも共感できるものが多いと思います。そんな円地文子の世界を、味わってみてはいかがでしょうか。

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