青山文平のおすすめ作品5選!読みやすい、美しい文体が魅力

更新:2021.12.19

時代小説も読んでみたいけれど堅い文章や大長編を読む自信はない、という方におすすめなのが、青山文平の小説です。読みやすい文体、流れるような展開、その中に見える人間の生き方と苦悩。江戸中期という時代にこだわった青山文平の作品を5冊ご紹介します。

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江戸時代中期にこだわり続けた作家、青山文平

青山文平は1948年、神奈川県出身の小説家です。18年経済関係の出版社に勤務した後、44歳の時に影山雄作名義で発表した『俺たちの水晶宮』で第18回中央公論新人賞をしていますが、その後約10年小説執筆から離れていました。再び筆を執って青山文平の名で発表した『白樫の樹の下で』で第18回松本清張賞を受賞。『白樫の樹の下で』は江戸時代中期を舞台とした物語ですが、作者はその後も、同時代を生きた武士たちの姿を描き続けています。

戦国の合戦でもなく、幕末の動乱でもない、江戸時代の中でも最も平和な時代に生きる武士。命を懸けた戦いや磨き上げた剣術を活かす場所もなく、ただ生きるために必死になるのではなく、自らの生き方を模索しなければならない男たち。青山文平はそうした男たちの苦悩を描くために、江戸時代中期の時代にこだわり続けています。

江戸時代の武士の生活についてかなり詳細な描写がされているため、普段聞き慣れない言葉がたくさん出てくるのですが、それでも出版社勤務の経験も活きてか非常に読みやすく、美しく言葉が紡がれています。その独特な世界に浸れる作品を5作、ご紹介します。

江戸時代の男女を描く短編集『つまをめとらば』

『つまをめとらば』は、表題の作品を含む6編による短編集です。いずれも、18世紀後半における男女の関係がテーマになっています。といっても単純なラブストーリーではありません。太平の世になって人生における指針を失った男たちが、芯が強く奔放な女たちに翻弄される姿が描かれているのです。

最初の作品「ひともうらやむ」では、誰もが羨む美女が相応と思える武家の男に嫁いだものの悲しい結末に終わります。「つゆかせぎ」では美しい妻に死なれた地味な主人公の心情を描き、表題の「つまをめとらば」では繊細な男心を描くなど、どの作品でも男性はちょっと情けない印象を受けるのです。

著者
青山 文平
出版日
2015-07-08

一方どの作品でも、女はどこかどっしりとしていて自信に満ちています。武家の男たちは、戦乱の世では命を懸けて戦っているという自負もあり自信もあったのですが、戦のない世の中で男たちは自分を見失っていました。まるで現代の男女を見るようです。作者の描きたかった人間の姿が、そこにあったのでしょうね。

「藩札」をテーマにした経済小説『鬼はもとより』

江戸中期の時代を通して現代にも通じる問題を描き出すのが非常にうまい作家、それが青山文平です。『鬼はもとより』は、「藩札」をテーマに江戸時代の経済問題、それを立て直そうとする男たちの姿を描いています。

「藩札」とは各藩内でのみ使える通貨で、当時幕府から各藩での藩札発行は認められていました。主人公抄一郎は、表向きは江戸で万年青(おもと)という植物売りをしていると見せて、実は藩札の知恵袋と言われコンサルタント的な仕事をしています。

抄一郎は浪人になる前は、地方の小藩で藩札掛をしていました。元々御馬廻りだったということで、まあまあのエリートだったのだと思います。藩の財政を立て直すために抄一郎を含む藩札掛らは懸命に藩札の仕組みを学び、一度は見事に立て直したのです。

著者
青山 文平
出版日
2014-09-10

しかし数年後飢饉により、再び財政悪化。藩の家老は多額の藩札刷増しを命じますが、それでは藩の経済は滅茶苦茶になってしまう。そう思った抄一郎は藩札の版木を抱えて脱藩し、江戸にやってきました。結局故郷である小藩は改易してしまいます。

合戦による立身出世が叶わない平和な時代で、武士たちは経済問題の中で全く別の戦いをしなければならなくなりました。武力や忠誠心だけでは生きていけないのです。表向きは別の仕事を装いながら、刀ではなく知識と知恵を武器にして生きる主人公。そこに生まれる葛藤をも描きつつ、江戸時代の経済小説として見事に完成された1冊です。

仕事とは何か、人生とは何かを問う『励み場』

「名子」という言葉をご存知でしょうか。ある程度日本史に詳しい方でないと、聞いたこともないのではないかと思います。『励み場』という小説は、この「名子」をテーマにしたものです。「名子」とは士農工商では農民にあたるのですが、荘園領主や名主のように田んぼを給付されず、本百姓に隷属する身分として扱われていました。

ただ最初から百姓だった者たちばかりではなく、戦国の世が終わった際に、領主が大名の家臣となら土地をもらい名主となったために、その名主の名子となってしまっただけで、元々は領主の家臣であり武士であったのです。

著者
青山文平
出版日
2016-08-31

そんな「名子」が、本当の武家になる方法がありました。それが本書のタイトルでもある「励み場」です。身分に関係なく、仕事に励んで力をつければ報われる場所という意味。江戸時代では勘定所という仕事場が、幕府の中で数少ない「励み場」とされていました。ここで励めば、百姓の身分から旗本にまで出世する夢も叶うかもしれないのです。

しかしただ武士になりたい、という一心で仕事に励む主人公は、なかなか思うように出世できません。いつまでも「名子」の身分に縛られ、苦悩する誠実で善良な主人公とその妻。しかししだいに、身分にとらわれない新しい生き方を見つけていく様が、丁寧に描かれています。

仕事とは何か、働くとはどういうことか。家族を想うとはどういうことで、生きていくためのアイデンティティはどこにあるのか。そんな深いメッセージ性のある小説です。

太平の世にみる武士の生き方『約定』

江戸時代中期の武士にとって、刀はもはや合戦のための武器ではなく、自害の道具とされることの方が多くなっていました。そんな中でも、武家としての生き方に縛られるづける武士たち。『約定』にはそんな武士たちの苦悩を描いた短編小説が6編収められています。

表題にもなっている「約定」は、果し合い姿で切腹した1人の侍の謎を解くうちに、その侍が抱えていた苦悩が明らかになっていく様を描いた作品です。他の作品も、物語にある謎の部分が見えてくるにつれ、登場人物が生き方に悩みもがいてきた様子がうっすらと見えてきます。

著者
青山 文平
出版日
2014-08-22

それぞれの物語において、時代は同じなのに立場は異なる主人公が登場し、しかしその主人公らが抱える苦悩に共通点があるのです。心理描写が長々とあるわけでもなく、表現としては淡々としています。どの小説も短編ながら設定が細部まで丁寧に記されており、ストーリーが単純というより無駄を省いた印象です。

それでも読者は、そのシンプルに描かれた事象の中に、登場人物たちの豊かな心情を見ることができるのです。作者の力量を感じる1冊ですね。

「かけおち」事件を巡り、苦悩する武士の姿『かけおちる』

主人公阿部重秀は、四万石の小藩・柳原藩で殖産振興を先導して行っていました。殖産振興というのは、鮭の産卵場を設け増産を図り、藩の新たな財源にしようという大事業です。しかし阿部重秀は、その仕事を最後に政治から身を引く覚悟をしていました。

それには阿部重秀自身にかかわる、ある事情があったのです。22年前、主人公は妻に駆け落ちされ、妻と姦夫を成敗した過去がありました。そこに彼が人目につくようになってはならないと考える理由が秘められています。

著者
青山 文平
出版日
2015-03-10

重秀の一人娘、理津は昔やはり駆け落ちをして男と逃げ連れ帰られた経緯があるのですが、それを承知で娘婿に来てくれた長英という義理の息子がいて、その息子は江戸で剣術の道を志し、頭角を現しています。この鮭の事業のアイデアも元々長英のものでもありました。

この『かけおちる』には、単なる男女の「駆け落ちる」の意味もありながら、また別の意味も含んでいます。それは物語を読むに従い、だんだん明らかになっていくのです。武士という身分のアイデンティティに悩む男の姿、その周囲の女の姿。その時代で、その環境で、どう生きるか、という人生の根本を問う1冊です。

青山文平は、時代小説でありながら時代小説っぽくなく、それでいてその背景には非常に緻密な設定が見られ、作者の並々ならぬ知識量を感じさせます。多くの時代小説には合戦や下剋上など男たちの熱いドラマがありますが、出てくる武士たちは皆、行き場を失った武士魂を持て余しつつ、平和の世の中で生きていくためのアイデンティティを探しもがくという、全く別の戦いを強いられています。それは、現代にも通じる悩みのように思えますね。短編も多いので、大長編時代小説はちょっと苦手、という方にもおすすめです。

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