みなさんは最相葉月を知っていますか?彼女の文章は儚げなのに芯のある独特な世界観を漂わせています。今回はそんな彼女の魅力ある文章をたっぷり堪能できるおすすめ本5冊を集めました。
最相葉月は1963年11月26日生まれのノンフィクションライター、編集者です。ノンフィクションライターとしてはスポーツ・教育・科学技術と人間の関係性・音楽などについて主に執筆。人間の絶対音感の不思議に迫った『絶対音感』が小学館ノンフィクション大賞を受賞し、その名が知られるようになりました。編集者としては震災などに関する雑誌づくりに携わり、書く立場としてもつくる立場としても広く活躍しています。
最相葉月の名をこの世に知らしめるきっかけとなった『絶対音感』。日常のありとあらゆる音を音階として捉えることのできる能力である「絶対音感」の謎を解き明かしたノンフィクションです。
- 著者
- 最相 葉月
- 出版日
- 2006-04-25
まず特筆すべきなのが本書の検証データの徹底性。絶対音感の独特な世界観の解明のために音楽家だけでなく神経科学の専門家や脳科学の専門家にも取材やアンケートを繰り返して、その膨大な回答やエピソードを説得力と共に集約しています。音楽を深く追求している人以外はあまり馴染みのない絶対音感を音楽と科学の双方から徹底アプローチしているので、本書が400ページ以上ある大作なのも納得です。
また本書では一般人に意外性を持たせる絶対音感の一面にも踏み込んでいます。それは絶対音感を持つものが背負わなければいけない苦しみ。絶対音感があるからこその苦悩を、世界で活躍するヴァイオリニストである五嶋みどりのエピソードを用いて掘り下げています。「選ばれし者が持つ天才的な能力」と神聖化されていた絶対音感の能力の幻想をしっかりと正してくれるのです。
絶対音感の世界を思う存分楽しませてくれる一冊。絶対音感というインパクトのある言葉を軸に人間の能力の真髄に徹底的に迫っています。読後は言葉にできない興奮が体の底から湧き上がることでしょう。一度は必ず読んでおきたい超大作ノンフィクションです。
『れるられる』は6つの動詞——生む・生まれる、支える・支えられる、狂う・狂わされる、絶つ・絶たれる、聞く・聞かされる、愛する・愛される——を軸に書かれた短篇集的エッセイです。どのテーマも味わい深く、最相葉月の魅力が詰め込まれた一冊となっています。
- 著者
- 最相 葉月
- 出版日
- 2015-01-16
最初の動詞「生む・生まれる」は体外受精・妊娠中に胎児の障害の有無を検査する出生前診断について書かれたもの。最相葉月の実体験を交えながら、専門家や知人にインタビューした内容や、リサーチの結果をまとめています。出生前診断について述べられている部分では胎児の障害が分かって生むか生まないかの選択を迫られる女性について「選択などするつもりのなかった妊婦が選択を迫られる。技術はなんと横暴なのだろうか。」といった、ふと胸をつくこんな言葉も綴られています。
最相葉月が本書で紡ぎ出す言葉の数々はまるで高いところから落とされるたくさんの水滴のよう。確かに存在するのに全てを正面から手に収めることはできない。それでも、ときどき自分の心の奥深くにしっかりと染み渡る一滴をつかむことが出来るのです。
バラバラに思える6種類の動詞は実は「最相葉月のれるられるの風景」というひとつのテーマのもと連続的に描かれています。日常の断片を作者が器用にそして絶妙な形に切り取って静かに語るこの作品。とっておきの6つの風景は、あなたに豊かな読書の時間を与えてくれることでしょう。
『なんといふ空』は映画『ココニイルコト』(長澤雅彦監督、真中瞳・堺雅人主演)の原作となった作品を含む最相葉月のエッセイ集。2017年現在発売されているのは新たにエッセイとノンフィクション執筆の後日談を加え増補版として発売された復刊本です。
- 著者
- 最相 葉月
- 出版日
『ココニイルコト』の原作となったのは『わが心の町 大阪君のこと』という作品。1200文字程度の短いエッセイがゆるやかな雰囲気が漂う大阪弁で書かれています。最相葉月特有のどこか切なくさりげない温もりのある文章の雰囲気が、映像化されると更に違った魅力を帯びているのを感じることが出来るでしょう。
どの作品もサラリと書かれているのに、どこかずっしりと心の奥を突いてきます。読んでも読んでも水のように掴めない核心部分。それでもその「なにか」に触れたくてページをめくり続ける事でその幻を追いかけてしまう……それが最相葉月の文章の魅力です。勢いと危なっかしさが混在した彼女の初期の文章にも注目。最相葉月本人も「今はもう書けない、愛しい本」と語っています。
ショートエッセイ集なので、好きなところから読んでみるのも良いでしょう。何度も繰り返して読む作品があれば、一度読んだだけで心から離れないそんな作品もあると思います。最相葉月の幻の一冊をあなただけの方法でお楽しみください。
『未来への周遊券』は最相葉月とSF作家であり薬学研究者である瀬名秀明が科学や未来について記した往復書簡形式のエッセイです。2008年〜2009年に渡って産経新聞でやりとりされたものをまとめた内容になっており書簡の数は実に76通。1つのテーマで見開きのページに二人の往復書簡が掲載されている、読み応えたっぷりの一冊です。
- 著者
- ["最相 葉月", "瀬名 秀明"]
- 出版日
- 2010-02-22
「科学」をテーマにどんどん話が広がっていく様子を楽しめるのが本書の魅力。科学技術について、未来という言葉の定義について、科学の発展を支える人々の信念について、二人の思考の連鎖反応はとどまるところを知りません。二人とも科学について語っても語っても語りきれない知識と興奮を溜め込んでいて、それを外の世界へアウトプットするよろこびを楽しんでいるかのようなのです。
印象的なのが星新一についてのエピソード。父親に「今見えている星は現在そこにはなく、距離によっては10年前、100年前の姿なんだよ」と語った少年に父親がこんな風に答えます。
「なるほど、見る場合はそうかもしれないな。しかし考える場合はどうだ。いま地球のことを考えている。次に遠い星のことを考える。これにはなんら時間を要しない。人間の思考は光より速いということになるぞ。」(『未来への周遊券』より引用)
その少年が後に星新一となった、こんなエピソードが二人の対話をどんどん盛り上げています。
「今の生活をいかに便利にするか」という考え方が幅を利かせている中で、この本は「自分たちの命が果てた後の未来をいかに豊かにするか」に焦点を当てた一冊だと思います。二人の科学や未来を語るそのやり取りからは高揚感がひしひしと伝わってきます。未来を考えることとはどういうことなのか、この本を読めば分かるかもしれません。
『セラピスト』は最相葉月が心の治療の在り方について記したノンフィクションです。作者自らカウンセリングを受け、精神科医との対話を重ねて、人の心が回復していく様子を活き活きと描いています。
- 著者
- 最相 葉月
- 出版日
- 2014-01-31
本書は最相葉月がカウンセリングを受ける場面から始まります。カウンセリングを行ったのは中井久夫。もともと海外で行われていた描画治療に枠を縁取りするという「枠付け法」を考案した医師で、1960年代から治療に絵画を取り入れてきました。そんな医師を目の前にして最相葉月はどんな心の闇を絵に託すのか——実際に描いた絵の数々と比べながらその時の緊張感を読者も体感する事が出来ます。
そんな冒頭から始まる本書は今まで閉ざされていたカウンセリングの世界を思う存分伝えてくれる一冊です。箱庭療法を通して出会った盲目のクライアント・伊藤のエピソード、精神科医の巨星である河合隼雄と中井久夫との豊かな対話。どれをとっても開けてはいけない箱の中を覗いているような、そんなリアルなカウンセリングの世界が広がっています。
最相葉月の心が回復していく様子も鮮明に記録されています。心に関するノンフィクションでありながら、日記のような一面も。「心の風邪」である「うつ病」がごく当たり前に存在する現代社会。そんな社会に生きる私たちにとっては一読に値する作品だと思います。心の在り方について考え直すきっかけを与えてくれる大切な一冊になるでしょう。
今回は最相葉月の世界観が思い切り楽しめる5冊をご紹介しました。お読みいただき、ありがとうございます。