島尾敏雄のおすすめの作品5選!狂気と戦争を描いた戦後派文学作家

更新:2017.5.3 作成:2017.5.3

太平洋戦争で特攻隊隊長を経験した島尾敏雄は自身の体験にもとづいた私小説『出発は遂に訪れず』『死の棘』などで知られる第二次戦後派作家です。戦争の記憶とそれにまつわる人の狂気が重厚な文体で描かれた5作品をご紹介します。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena

戦後に活躍した私小説作家・島尾敏雄

島尾敏雄は1917年に神奈川県横浜市で生まれ、太平洋戦争を経験した作家です。彼は学生時代から仲間と同人誌を発行するなどして創作活動を行っていましたが、1943年に九州帝国大学を卒業して海軍予備学生となった後、第一期魚雷艇学生となりました。

訓練を終えて特攻の志願が認められた後の1944年10月、彼は第十八震洋特攻隊の指揮官となり、奄美群島加計呂麻島に赴任して出撃待機の日々を過ごします。1945年8月13日に出撃命令を受けますが、発進の号令を受けずして迎えた15日、彼は唐突に日本の敗戦を知ることとなりました。終戦後は神戸に移って執筆活動を再開し、1986年に69歳で逝去する間際まで数多くの小説を書き続けました。特攻隊での体験を描いた『出発は遂に訪れず』や妻であり作家の島尾ミホとの関係をテーマとした『死の棘』などの私小説が特に高い評価を得、今も広く読み続けられています。

自らの体験が戦争と人の狂気を克明に描かせた、島尾敏雄文学の数々。文学誌に寄せられた短編や紀行文を含めると実に多くの作品を残した作家ですが、今回は最初に読んでほしい代表作5作品をご紹介します。

狂気の果てを見つめる夫婦の物語『死の棘』

1960年に初版が刊行され、1961年に芸術選奨を受賞。後の1978年には読売文学賞と日本文学大賞を受賞し、1990年に小栗康の監督で映画化を果たした島尾敏雄の代表作です。また映画版『死の棘』はカンヌ国際映画祭で審査員グランプリを獲得したことでも話題となりました。

本書は島尾敏雄とその妻・ミホの結婚生活における問題を赤裸々に書き記した私小説です。島尾敏雄は戦時中に赴任していた奄美群島の加計呂麻島で教員として働いていたミホと知り合い、戦後1946年に結婚。2人の子供をもうけて幸せな家庭生活を営みましたが、敏雄の日記に記されていた不倫がもとでミホは精神を病み、穏やかだった家庭生活は一変。波乱の日々に突入していきます。

著者
島尾 敏雄
出版日
1981-01-27

「どうしてもね、これだけはわからないわ。あなた、あたしが好きだったの、どうだったの、はっきり教えてちょうだい」
「それは」効果のない空しさのなかで私は返事をする。「好きです」
「じゃ、どうしてあなたはあんなことをしたんでしょう。ほんとに好きならあんなことをするはずがない。あなた、ごまかさなくてもいいのよ。きらいなんでしょ。きらいならきらいだと言ってくださいな。きらいだっていいんですよ。それはあなたの自由ですもの」(『死の棘』より引用)

狂気に取り憑かれたミホは敏雄を許すことができず、ひたすら夫を責め続けます。彼女のセリフの殆どがひらがなで書かれていることが、気が狂ってしまうほどの彼女の悲しみを物語っているようです。

文庫版で500ページを超える長編小説である本作には、夫婦が激しくぶつかり合うシーンが全体を通して何度も繰り返し描かれています。そんな重苦しいシーンの連続のうちには、ある種の愛や執着、そして絆が垣間見え、手を取り合うことのできない2人の姿は読者にもどかしさを抱かせるとともに、愛とは何かを考えさせるでしょう。

時とともににおかしくなっていく2人。その果てに、彼らは何を見るのでしょうか。目を逸らさずに見届けたい、夫婦の愛の物語です。

在る夫婦の記録『島尾敏雄日記ー『死の棘』までの日々』

本書は上記に紹介した『死の棘』に至るまでの2人の姿を、島尾敏雄による日記を中心としてまとめた1冊です。奄美群島加計呂麻島で出会った2人が困難を乗り越えて結婚し、作家となるまでの日々が詳細に記録されています。

「昭和20年11月17日、寝テモ起キテモ、ミホノコトバカリ思フ――。」(『島尾敏雄日記ー『死の棘』までの日々』より引用)

個人的な日記の文面からは、ミホとの運命的な恋の熱が滲み出ているように感じられます。ここから『死の棘』に至るまでの経緯や心の動きは、読者の気になるところのはず。

著者
島尾 敏雄
出版日

この作品の刊行は2010年8月です。本書に収録された1946年から1951年までの日記は、2007年のミホの死後、大量の未発表原稿とともに発見されました。

『死の棘』における事のはじまりは、ご存知の通りミホが敏雄の日記を読み、不貞を知ってしまったことからです。ともに発見された1952年以降とおぼしき敏雄の日記はミホの手によって読み取れないほどに破壊されているために収録されていないそうですが、ミホによるその意図的な空白こそが、当時の2人の姿を生々しく想像させます。

愛に生きた2人の結婚生活のリアル。著者は何を見、何を食べ、どう生きたのか。本書は事実を伝えると同時に、名作『死の棘』をより深く味わうための道標となってくれます。
 

息を飲まされる小説集『出発は遂に訪れず』

1963年に刊行された本書は1947年に発表されたデビュー作「単独旅行者」やシュルレアリスム的な作品として知られる「夢の中での日常」など9編の作品が収録され、島尾敏雄文学を心ゆくまで堪能できる内容となっています。入門書としてもおすすめの1冊です。

表題作「出発は遂に訪れず」は、太平洋戦争中、彼が第十八震洋特攻隊の指揮官として奄美群島加計呂麻島で待機の日々を過ごしていた際、特攻の命令を受けての待機中に唐突に敗戦を知らされたことの記憶にもとづいて執筆された私小説であり、島尾敏雄を知る上では欠かせない作品とされています。
 

著者
島尾 敏雄
出版日

「重なり過ぎた日は、一つの目的のために準備され、生きてもどることの考えられない突入が、その最後の目的として与えられていた。それはまぬかれぬ運命と思い、その状態に合わせて行くための試みが日日を支えていたにはちがいないが、でも心の奥では、その遂行の日が、割けた海の壁のように目の前に黒々と立ちふさがり、近い日にその海の底に必ずのみこまれ、おそろしい虚無の中にまきこまれてしまうのだと思わぬ日とてなかった。でも今私を取りまくすべてのものの運行は、はたとその動きを止めてしまったように見える。」(『出発は遂に訪れず』より引用)

特攻の命令を待ち、死を覚悟して過ごす日々は、一体どんなだったのでしょうか。

重厚な文体で綴られる、出撃の直前でその歩みを止められたことに対する島尾敏雄の複雑な思い。それは戦争のない時代を生きる私達には味わうことのできないものであり、だからこそ静かながら迫力を持った彼の文章が読者の心を動かします。島尾敏雄にしか書けない作品。一読の価値があります。

戦争の記憶と夢『その夏の今は・夢の中での日常』

本書は島尾敏雄による戦時体験をもとにした記録的な作品と、彼が見た夢を文学として表したとされる超現実主義的な作品とが併録された1冊です。

前半には戦後文学賞を受賞した「出孤日記」や上に挙げた「出発は遂に訪れず」に加え「その夏の今は」が収録されています。

太平洋戦争中、出動命令を受けた彼は死を覚悟しますが、号令待機中に終戦を迎えることとなり、唐突に命が救われたことを知りました。その特異な体験を時系列に沿って書き表した本作では、彼の立場から見たリアルな戦争を知ることができます。全編を通して生と死の狭間で揺れ動く特攻隊長としての心情が非常に詳細に描写されており、読者の胸に迫る1作。

著者
島尾 敏雄
出版日
1988-08-04

後半にははいずれも彼が実際に見た夢をそのまま書き表したとされる現実主義的な作品「孤島夢」「夢の中での日常」「鬼禿げ」「島へ」の4作品が収録されています。中でも表題作である「夢の中での日常」はシュルレアリスムの観点から非常に高く評価されており、ぜひ読んでおきたい1作です。そのあらすじは以下の通り。

「私」がスラム街にある慈善事業団の建物に入っていくところから物語ははじまります。自分が小説家であると思い込んでいる、という少々奇妙な状態にある「私」はその建物の屋上で集団生活を営む不良少年たちの噂を耳にし、新たな小説の題材のために仲間として入団しようとするのです。そこで年若い少女に手を出すことを企む「私」は癇病を患う小学校時代の友人からゴム製品のようなもの――コンドームを買い求めます。

そこからは「他人の夢」としか言いようのないおかしな世界が脈絡なく繰り広げられ、それは言葉にすることがむずかしいほどの奇妙さで、巧みに読者を醒めない夢の世界へと連れて行きます。

特異な体験を持つ島尾敏雄の凄さを痛いほどに体感できる1作。ぜひ読んでみてください。

遺作にふさわしい小説集『魚雷艇学生』

野間文芸賞を受賞したことで知られる『魚雷艇学生』は、島尾敏雄が1943年に九州帝国大学を繰り上げ卒業したのちに海軍予備学生を志願し、訓練を受けて1945年に第十八震洋隊の指揮官として奄美群島加計呂麻島に赴任するまでの日々を時系列順に記した戦争記録文学作品です。

全7章から構成される本書は島田が6年にわたって発表した自伝的小説をまとめたものであり、1985年に刊行されています。彼はその翌年69歳で脳梗塞により逝去したため、これが事実上の遺作となりました。若い日の記憶を掘り起こすようにして綴られた渾身の1作です。

著者
島尾 敏雄
出版日
2011-07-08

「特攻隊などはるかな他人事であったのに、まさかまともに自分の頭上にふりかかってくるなど思ってもみないことであった。急に入江の海や周囲の山の姿、そして雑草や迷彩を施した学生舎の粗造りの木造の建物にまでへんないとしさを覚えた。」(『魚雷艇学生』より引用)

上の引用は本書に収録されている川端康成文学賞を受賞した短編小説「湾内の入江で」の一節ですが、魚雷艇学生が特攻隊に志願することが認められ、志願者を募ることが発表された日に抱いた島尾敏雄の心情が率直に描かれているように感じます。彼を含む学生らは不意に与えられた一日の休暇を落ち着かない気持ちで過ごし、就寝前に特攻隊への参加を志願するか否かを書き記した紙を提出しました。

特攻隊を志願することは若い死へとまっすぐに繋がってしまうものだと、訓練学生達は皆十分にわかっていました。彼らはそれぞれどんな面持ちで、戦争と向かい合っていたのでしょうか。太平洋戦争を生きた人々について知る上で、非常に意味のある1冊だと思います。

いかがでしたでしょうか。自身の体験にもとづいた島尾敏雄の作品郡は現代を生きる私たちに過去を伝え、切々と何かを訴えようとしているように感じられます。ぜひ、彼の作品に触れてみてください。きっと得るものがあるはずです。