執筆ジャンルはSFのみに留まらず、文学として非常に難解。前衛的で実験的。でも、文句なしに面白い!読者を弄ぶように展開する自由な発想の理論に時間を忘れて没頭してしまうこと間違いなしの、5作品をご紹介します。
円城塔は北海道札幌市に生まれ、東北大学で物理学を学んだ後、東京大学の大学院に進み博士の学位を取得した超理系の作家です。デビュー作は早川書房に持ち込みし刊行された『Self-Reference ENGINE』。以降SF小説家として多数の作品を発表するとともに、『烏有此譚』で野間文芸新人賞、『道化師の蝶』で芥川龍之介賞を受賞する他、いくつもの文学賞を受賞しています。
小学生の頃からファンタジー小説に親しみ、大学時代はSF研究会に所属していた円城塔の作風は、SF要素と物語上で展開する一風変わったフィクション的な理論、注釈や構成による巧妙な仕掛け、それに純文学的な美しい言語表現などが複雑に組み合わさったもはやジャンル分けすることのできない壮大な世界観を持ち、幅広い層の読者を魅了しています。
円城塔作品の最大の魅力は、読めば読むほど、考えれば考えるほど深みにハマる果てのない面白さ。実験的で難解な作品も多く、その作中で、私達読者は試されます。それは未知の読書体験となり、その世界観の虜になってしまうことに間違いはないでしょう。今回は時間をかけてじっくり読みたい、円城塔の世界を堪能できる5作品をご紹介します。
2013年のフィリップ・K・ディック賞に英訳版である『Terry Gallagher』がノミネートされ、日本語英訳作品では伊藤計劃に続いて日本人史上2人目のノミネートとなったことで再び脚光を浴びた円城塔著の長編SF作品『Self-Reference ENGINE』。
本作は小松左京賞の最終候補作となりましたが惜しくも受賞を逃し、その後早川書房に持ち込んだ際に当時SFマガジン編集長だった塩澤快浩の目にとまったことがきっかけとなって2007年に刊行された円城塔のデビュー作です。
プロローグを含め全21章からなる長編SF小説ですが、すべての章がそれぞれ独立してみえるような手法で書かれており、まるで連作短編集のような印象の1冊。
- 著者
- 円城 塔
- 出版日
- 2010-02-10
頭で理解できる小説だけが、ベストセラーになるわけではないと思います。
「全ての可能な文字列。全ての本はその中に含まれている。しかしとても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかるという保証は全くのところ全然存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在しているように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。」(『Self-Reference ENGINE』より引用)
上に記した引用はプロローグの冒頭部分ですが、自分の専門分野でない論文を読むときのようなわからなさと美しく整頓された表現技法とが化学反応を起こし、ある意味で幻想的にさえ感じられるはずです。一文読んだだけで読者は円城塔にしか持ち得ない特殊な才能に気付かされるでしょう。つかみどころのない魅力が読者を惹きつけて離しません。意外なセンテンスが連続し、すぐ先も読ませない、行き当たりばったりのようにも見える展開は読者を困惑させたまま次々にページを捲らせ、物語は先へと進みます。
おそらく誰にも、その内容をただしく説明することなんてできないでしょう。長い夢を見せられるような上等な文学。円城塔入門にオススメです。
芥川龍之介賞を受賞した『道化師の蝶』ですが、その内容はまさに蝶のようにひらひらと読者の手をすり抜けていってしまうよう。非常に難解、それだけに文学的な美しい描写が際立つ円城塔の名作です。
「蝶の姿でひらひらと飛ぶ着想を銀糸でできた捕虫網で捕まえること」を仕事にしているA・A・エイブラムス氏と「腕が三本ある人への打ち明け話」を読もうとするものの読み進めることができず、「旅の間にしか読めない本があるとよい」と思っている"わたし"が、ある日東京-シアトル間を結ぶ飛行機の中で繰り広げる会話から、物語ははじまります。
- 著者
- 円城 塔
- 出版日
- 2015-01-15
エイブラムス氏とわたしの出会いは、友幸友幸という多言語作家によって無活用ラテン語で創作された『猫の下で読むに限る』という小説でした。この友幸友幸は多数の謎に包まれた魅力的な作家であり、常に世界各地を点々としては独自の方法であらゆる言語を習得した後、滞在先のホテルに大量の原稿を残して移動していく実態の掴めない人物です。
本作には友幸友幸を巡る様々な物語が断片的に描き出されており、全て読みきった時にようやくなにかを掴みかけることができるようになっているようなのですが、おそらくそのかすかな実感さえも蝶のようにひらひらと私達のまわりを舞っているだけなのでしょう。
また円城塔は作中、その実験的な手法を用いて物語の着想についてをごく真面目に考察しているように思われます。非常に難解ですが高度な魅力に溢れ、読む価値のある1冊。ぜひご一読ください。
円城塔による初の「私小説」として刊行された本書は"プロローグ"という単語の意味通り、彼の小説がこの世に生み出されるにあたっての序文のような小説です。
--そう、あくまで小説です。創作に対する円城塔個人の価値観が示された私小説であることは本当ですが、しかし、私達の知る私小説らしくはありません。彼の役を背負わされた登場人物たちがあくまでこれを小説として、ある意味フィクション的な自由さで会話し、行動する--その中に円城塔個人の創作に対する価値観がまるでプログラミングするかのように織り交ぜられた文章の数々で構成された、私小説と呼ぶにはかなり変わった作品なのです。
- 著者
- 円城 塔
- 出版日
- 2015-11-24
文字のなりたちが論じられたかと思えば数々のプログラミング用語を用いての実験的な文章の作例が飛び出すなど、まるでビックリ箱のような内容の本書。これを読めば、読者は円城塔がいかに博識な作家であるかを、理解せざるを得ません。博識であるが故に考え至る創作に関する疑問や見解を読者に向けて彼の持ち味であるユーモアの効いた文体で示してくれているため、難解な内容ですが面白みのある、読みやすい作品だと思います。
当たり前のことではありますが、小説とは、無限の文字の組み合わせからなります。文字によって形成される円城塔の世界を、縁から身を乗り出して覗けるような1冊です。
『屍者の帝国』は34歳で逝去した伊藤計劃によって書かれた約30枚の未完の原稿を、彼と同時期にデビューしたことから深い交流のあった円城塔が引き継いで執筆、完結させ、2012年に刊行された長編SF小説です。
物語の舞台は19世紀末、フランケンシュタインによって屍体の蘇生技術が発達した世界。ロンドンの医学生ワトソンは政府の諜報機関「ウォルシンガム機関」に迎えられて国の諜報員となり、アフガニスタンでの諜報活動を行うこととなります。その目的は屍兵部隊を率いてロシア軍を脱走し「屍者の王国」を築いた男、カラマーゾクを追うことでした。
- 著者
- ["伊藤 計劃", "円城 塔"]
- 出版日
- 2014-11-06
ワトソンが世界中を駆け回り、屍者復活の技術の謎を解いていく様が重厚に描かれ、スリリングな展開に目が離せなくなる本作。日本を代表するSF作家、伊藤計劃と円城塔の豪華なコラボレーションによる、SF好きなら必読の1冊です。
ワトソンやハダリーなど、世界の有名な創作物に登場するキャラクターのほか歴史上の人物が多数登場するためSFを読み慣れていない方でも手を出しやすいと思います。嗜好を凝らした骨太なストーリーと19世紀ロンドンの風景、そして2人の著者の熱量に圧倒されること間違いなしの1冊です。
2010年に刊行された『後藤さんのこと』のハードカバーは真っ白な表紙の左下に「創造力の文学」と金字で印刷されています。これは本書を発売した早川書房の持つシリーズのひとつであり、ジャンルの枠に収まらない作品を多数刊行することで知られています。創造力の文学、という言葉はまさにこの本にぴったり。本作は6つの短編からなりますが、どれも一筋縄ではいかない難解な作品が揃っています。
もしあなたが一見難解な本を読むことを好きなら、この実験を楽しめるでしょう。円城塔に試されているように感じながらも、難解さを上回る面白さにページを捲ってしまうはずです。
- 著者
- 円城塔
- 出版日
- 2012-03-09
中でも表題作「後藤さんのこと」では、文字に色分けを施すことによってなにかが仕掛けられています。その仕掛けの目的は既存の言葉では説明し難く、じっくりと読み込まないことには到底理解できません。その実験的な手法による物語の展開は大変面白く、未知の世界へと読者を連れて行ってくれます。
「もしもですね。曲がり角からひょっくり未来の自分が出てきたら一体あなたはどうしますかと、会社の休憩時間に後藤さん一般と立ち話をしていたところ、向こう側で待ち構えているではないですか。見るからに後藤さん一般にしか見えないものが。ついでに自分にしか見えない人も。これはちょっとまずいのであり、いくらなんでも後藤さん一般といるときにそれはまずい。」(『後藤さんのこと』より引用)
ここからこの「後藤さん」についてのシュールな論理が壮大に展開していき、読者を引き付けます。円城塔の世界をどうにか「理解」したい方に、ぜひ挑戦してほしい作品です。
いかがでしたでしょうか。独自の理論でジャンルの枠を飛び越えた、自由な作品を発表し続ける円城塔。一度ハマると抜け出せません。ぜひ読んでみてくださいね。