大学院在学中に鮮烈なデビューを果たし、SFホラー・バイオホラーの先駆者として躍り出た瀬名秀明。その知識と哲学に彩られた小説4選をお届けします。
瀬名秀明は、1968年1月17日生まれの静岡県静岡市出身の小説家です。東北大学大学院の薬学研究科在学中に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞を受賞し、作家デビューしました。大学院修了後は、大学講師を経て、東北大学工学部の特任教授に就任。講義等は行わないながら、講演や科学雑誌等でのコラム執筆を中心に活動しています。
その後も1997年に『BRAIN VALLEY』で日本SF大賞を受賞し、日本SF作家クラブの会長を務めたことも(2017年現在は退任)。SFおよびバイオホラーを得意とし、作品は生化学とロボット工学に関するものがメインとなります。また、自他共に認めるドラえもんマニアで、史上初となるドラえもんのノベライズ作品『のび太と鉄人兵団』を2011年に発表しました。ドラえもんについて瀬名秀明自身は「SF作家になったきっかけと言っても過言ではない」と愛を語っています。
題材のせいもあるのか、作品はかなり難解な部分があり、特に『BRAIN VALLEY』では専門用語を連発し、多数の読者を混乱の渦に陥れました。『パラサイト・イヴ』や『虹の天球儀』などは比較的気軽に読むことができ、どれも名作なので、理系は苦手という方もぜひ頑張って読んでみて欲しいです。なお、2016年に双葉社から刊行された『この青い空で君をつつもう』では、出身地である静岡県静岡市を舞台に描き、作品自体も高い評価を受けました。
人間の細胞と共生しているはずのミトコンドリア(細胞小器官)の反乱を描いたSFホラー。発表された当時、読者に与えた衝撃は大きく、小説だけに留まらず映画化・ゲーム化・ラジオドラマ化とメディアミックスも数多く展開。映画は原作と違い、ラブストーリーとしての物語を前面に打ち出して別物ともいえる作品に仕上げた他、スクウェア(現スクウェア・エニックス)から発売されたゲーム「パラサイト・イヴ」「パラサイト・イヴ2」も世界中で大ヒットとなり、話題を呼びました。
- 著者
- 瀬名 秀明
- 出版日
- 2007-01-30
生化学者の主人公・永島利明は、事故死した妻・聖美の肝細胞を培養し、彼女を生き永らえさせていました。「Eve 1」と名付けられた聖美の肝細胞でしたが、ある日突然異常な増殖を始めます。時を同じくして、事故前に聖美から臓器提供を受けた少女・麻理子の身体にも異変が。全ては、自ら意思を持ち、新たな生命体へ進化しようとするミトコンドリアの恐るべき計画だったのです。
人類を支配しようと動き出すミトコンドリアの「イヴ」とヒトの生き残りを賭けた戦いを壮大なスケールで見せる本作。もちろん、その結末もあっと驚くものに。遺伝子を残すため、宿主に忍び寄るイヴが非常に不気味で、内側に潜む根源的な恐怖を感じさせます。
生化学の知識を用いながら謎解きやファンタジーの側面もあり、作者の得意分野が最大限に発揮された作品だといえるのではないでしょうか。難しい専門用語も多いですが、多くは巻末に解説が掲載されているので、肩肘張らず世界観に身を任せてみてもいいかも知れません。
機械と人間の共存を描いたオムニバス作品。単行本で発売された際のタイトルは『あしたのロボット』でしたが、文庫化にあたり『ハル』に改められました。これまでの作品のようなホラー要素は鳴りを潜めており、人間とロボットが織りなす感動のドラマが主軸となっています。
- 著者
- 瀬名 秀明
- 出版日
- 2005-10-07
収録作は、家庭用ペットロボットを描いた表題作「ハル」、ロボットに知性は存在するのかという謎に迫るミステリ作品「夏のロボット」、地雷除去ロボットとパートナーの犬の物語「見護るものたち」など。まるでこれから来る未来を描いたSF小説とも見てとれ、こんな世界がすぐそばまで来ているかも知れないと自然に感じさせてくれます。
舞台設定はアニメ『鉄腕アトム』を彷彿させ、ロボットに魂はあるのかという疑問が一貫して投げかけられているのも特徴。各ストーリーはどこかで微妙にリンクしているため、内容は連作中編の形式になっています。
かつてSF作家のアイザック・アシモフが提唱した「ロボット三原則」(ロボットは①人間に危害を加えてはならない ②人間の命令に従わなくてはならない ③自らの存在を護らなくてはならない)とはまた異なる解釈の新しいロボットのあり方が描かれており、私たち人類がどのように未来と向き合っていくか考えざるを得ません。現代社会でも、人間とロボットの共存が改めて問われているのではと認識させられる作品です。
こちらも作者のバイオホラーやSFホラーのイメージとは全く異なる長編小説。ある少年の夏休みの冒険を描く、ノスタルジックで懐かしさを覚える冒険譚です。小学生の少年・考古学者・小説家の3つの視点で物語が進行、そしてそれらがひとつに集約する時、意外な真実が明かされるという構成になっています。
- 著者
- 瀬名 秀明
- 出版日
- 2006-09-28
小学生最後の夏休み、6年生の少年・亨は偶然不思議な博物館に辿り着きます。そこで出会った黒猫を連れた少女・美宇に案内されるうち、亨はこの博物館が時間と空間を超えて様々な時代や国の博物館と繋がっているのを知ることに。ここは「ミュージアムを展示するためのミュージアム」だったのです。博物館の冒険を続ける亨と美宇は、やがて時を超え古代エジプトへと赴くのですが……。
最後の夏休みを駆け抜ける亨、小説の意味を問い続け苦悩する作家、エジプトに魅せられその遺品を後世に残したい考古学者。そんな3つの思いが交錯する本作は、SFでもありファンタジーでもあり、また冒険小説でもあります。時代考証などの下調べも入念で、決して読者に違和感を覚えさせない瀬名秀明の筆力は、何度でも作品を読み返したい気持ちにさせてくれるでしょう。
「物語」はなぜ存在するのか……そう問いかけ続ける小説家の姿は、小説と真摯に向き合う作者の姿を映し出しているようにも見えます。ラストまで読み終えた時、夏の終わりがもたらす少しの寂しさと、壮大な叙事詩が完結した時のような静けさの両方を与えてくれるエンターテインメント小説です。
本作は1997年に瀬名秀明が発表した、人間の脳を題材にしたSF小説。人間の永遠のテーマともいえる脳の解明を主軸に、人の意識や神の世界の起源など多岐にわたるテーマ設定が特徴です。脳科学や人工知能についての科学知識だけでなく、臨死体験なども盛り込まれているからそのスケールの大きさに驚きます。
瀬名秀明は「『ジュラシックパーク』のようにエンターテインメントという乗り物に乗せて科学の面白さを伝えたいと思った」と語り、本作がエンターテインメントであることも示唆しています。
- 著者
- 瀬名 秀明
- 出版日
主人公の脳科学者・孝岡護弘はある研究により、「ブレインテック」という研究所から主任にならないかと招待を受けます。そこは「ブレインヴァレー」とも呼ばれ、充実した設備を備えていましたが、孝岡は何か引っかかるところが。彼はブレインテックで研究に従事する中で、船笠鏡子という女性と知り合います。突然、鏡子と触れ合った瞬間、彼は脳に凄まじい衝撃を受け昏倒してしまいます。その日から、孝岡の周囲で怪現象が起こり始め……。
未だ解明しきれていない科学の謎を、瀬名秀明独自の解釈で定義している本作。やがて超常現象の領域へ踏み出し、新しい「神」や体外離脱などを科学で解決しようと試みる展開がとてもワクワクとした気分にさせてくれます。
宇宙人に拉致されるオカルト体験「エイリアンアブダクション」も作中では需要なポイントとなり、アブダクションのホラー描写も必見。上下巻と分かれていてもあっという間に読み進めてしまうことができます。
ブレインテックが計画するオメガ・プロジェクトの正体とは?船笠鏡子に秘められた驚異の能力とは。そしてやがて姿を現す「神」……科学で神の域に到達することは、果たして可能なのでしょうか。科学分野に興味のない人は、専門用語の量に面食らうかも知れませんが、ぜひ自分の中の知的好奇心を一生懸命呼び起こして読んでみて欲しい作品です。
科学・ロボット工学を専門とする作者ならではの専門用語の猛襲に、腰が引けてしまうのは非常にもったいない……そう思ったら一冊でも手に取って欲しい瀬名秀明作品です。