緻密で壮大な世界観を描き出すことで有名なSF作家、長谷敏司。彼の作品は、重厚でリアリティーがあり、格別な読書時間を体験することができます。ここでは、読者を魅了して止まない、長谷敏司のおすすめの小説をご紹介していきましょう。
長谷敏司は、1974年大阪府で生まれます。関西大学を卒業後、作家になることを目指して活動を続け、2001年に『戦略拠点32098 楽園』でスニーカー大賞金賞を受賞し、デビューを果たしました。
その後、2005年に発表された『円環少女』がヒットし、シリーズ化されるほどの人気作品となると、2009年には『あなたのための物語』が、日本SF大賞候補作品に選ばれます。その後、2012年『BEATLESS』が、再び日本SF大賞候補に挙げられるも惜しくも落選。2014年、『My Humanity』で、ついに念願の日本SF大賞を受賞し、2016年からは、同賞の選考委員を務めています。
4つの物語が収録されている短編集『My Humanity』は、科学技術が発達した未来の世界において、「人間性」の変容を奥深い視点で描いた作品です。
短編「地には豊穣」の世界では、脳内の情報をスキャンし、他人の脳内へ送ることで、簡単にその経験や文化を共有することができる「擬似神経制御言語ITP」が存在します。アメリカで開発されたこの装置は、英語圏文化を中心に作られているため、他の文化が衰退してしまうのでは、と批判されることも多い装置でした。
主人公のケンゾーは、日本文化用のITPを開発するグループに所属していますが、文化によって生まれる違いを大事にすることよりも、文化を平均化し、個々の差をなくしていく方が合理的なのでは、と考えていたのですが……。
- 著者
- 長谷 敏司
- 出版日
- 2014-02-21
あらゆることを、即座に体験したことにできてしまうとは、いったいどんな感覚なのでしょうか。読んでいて思わず想像力を働かせてみたくなってしまいます。どの物語にも、難解な専門用語が多く登場しますが、古き良き文化、犯罪者の心理、人工知能が統括する世界、家族について、とバラエティーに富んだ物語を、興味深く読むことができるでしょう。
テクノロジーが発達し、「人間性」はどのように変わっていくのか。何を愛し、何に苦悩するのか。登場人物たちの心情が丁寧に描写され、心を揺さぶられます。目を背けたくなるような描写が登場する短編もありますが、長谷敏司が「人間性」にとことん深く踏み込んで描き出した物語が、読後も長く心に残る作品です。
人の能力を遥かに超えた美少女アンドロイドと、ある1人の少年との関係を描いた長編小説『BEATLESS』は、心を持たない「モノ」と人間の関係性を、壮大な物語の中で探っていく、ボリューム満点のSF作品です。
時は22世紀。超高度AIが生み出した「人類未到産物」の登場によって、労働のほとんどをロボットに任せるようになり、人々の暮らしは豊かなものになっています。
17歳の主人公、遠藤アラトは、ある日謎の暴走アンドロイドに襲われそうになったところを、美少女アンドロイド「レイシア」に助けられます。レイシアはアラトに「自分のオーナーになってほしい」と要求し、アラトはこれを快諾。オーナー契約を結ぶことになりました。
親友の遼とケンゴには、「騙されている」と止められますが、アラトはレイシアの優しい笑顔にふれ、アンドロイドだとわかっていても、どうしようもなく心惹かれていってしまうのです。ですが、アラトとレイシアの出会いは、すべてレイシアの計画によるもので……。
- 著者
- 長谷 敏司
- 出版日
- 2012-10-11
アラトの恋の行方だけでなく、物語では様々な事件が勃発し、壮絶な戦いも繰り広げられます。長谷敏司の持ち味である難解な用語も多用され、スリリングで読み応えたっぷり。丁寧に創り上げられた重厚な世界観に、心を奪われることでしょう。
心を持たないアンドロイドたちが、まるで心があるかのように振る舞い、人間の心理を操る「アナログハック」という手段には、読んでいてこちらまで引っかかりそうになってしまいます。可愛らしいキャラクターを見て、愛情に似た感情が湧くのと同じことだという説明には深く納得させられ、今の時代の「モノ」と人間の関係性についても考えさせられるでしょう。
「モノ」と人間との新しい関係性について描かれたこの作品。絶妙の余韻が残る傑作になっていますから、興味のある方はぜひ読んでみていただければと思います。
余命わずかな女性の、死を迎えるまでの日々を克明に綴るSF小説『あなたのための物語』。長谷敏司の短編集『My Humanity』にも登場した、「ITP」の開発者を主人公とした物語で、人間が逃れることのできない「死」をテーマにした、悲しみの漂う作品です。
物語は、主人公のサマンサが死を迎えるところから始まります。痛みにもがき苦しみ、死ぬことに怯えながら、サマンサは壮絶な最期を遂げました。そして時間は過去へと遡っていきます。
西暦2083年、研究者のサマンサは、人間の経験や感情を即座に伝達させることができる言語「ITP」を開発しました。ITPを使えば、人間の脳内の考えを言語化することが可能です。サマンサは、ITPテキストの記述によって、仮想人格「wanna be」を創り出し、物語を書く知能を与える実験を試みていました。そんな中、サマンサの身体が病におかされ、余命半年であることが判明します。
- 著者
- 長谷 敏司
- 出版日
- 2011-06-10
作品内では、余命を宣告されてからのサマンサが、いかに絶望し、苦しみ、葛藤してきたのか、その心情がこれでもかと詳細に描かれ、徹底的に1人の人間の死と向き合いながらストーリーが展開されます。リアルな心理描写に、まるで自分が体験しているかのような感覚を味わうことでしょう。
人間と同じ思考を持ち、実験が終了すれば消されてしまう存在の架空人格「wanna be」の存在が、物語により一層の切なさを与え、肉体を持たない「wanna be」と、サマンサの交流には、なんとも言えない儚さを感じてしまいます。ヒトに人間性を与えるものとは何か?生とは?死とは?読んでいて明るい気持ちになるような小説ではありませんが、様々なことを考えさせられる素晴らしい作品です。
機械化された兵士と1人の少女の交流を綴る長編小説『戦略拠点32098 楽園』。美しい世界観の中で描かれたこの物語は、スニーカー大賞金賞を受賞し、長谷敏司のデビュー作となった作品です。
舞台は遥か未来。汎銀河同盟と人類連合による激しい戦争が、1000年にも渡って続けられているのです。人類連合が死力を尽くして守る、「楽園」と呼ばれる星の上では、今日も戦艦同士の戦闘が繰り広げられています。
そんな「楽園」に、ある日汎銀河同盟の兵士ヴァロワが降下してきます。彼は、脳を除く体のほとんどが機械化された強化兵士。不覚にも不時着してしまった、敵国の守るこの星で、ヴァロワはたった2人しかいない住人と出会うことになります。1人はガダルバという、心を持たない特殊強化兵士。そしてもう1人は、マリアという人間の少女です。ガダルバに殺されることを覚悟したヴァロワでしたが、ガダルバにはそんな気はない様子。こうして、3人の奇妙な共同生活がスタートしたのでした。
- 著者
- 長谷 敏司
- 出版日
- 2001-11-30
物語にはこの3人しか登場せず、静かで穏やかな共同生活が、淡々と描かれていきます。スマートに表現された「楽園」の様子はとても美しく、読んでいるだけでその景色が、鮮明に頭に浮かび上がってくるようです。
感情表現豊かで純真無垢なマリアの姿は眩しく、芽生える感情を「誤差」だと言いながら葛藤する、機械化された兵士の様子に胸が締め付けられてしまいます。時に対立しながらも、自分の境遇や戦う理由など、様々なことについて語り合う兵士たちから目が離せなくなるでしょう。
「楽園」に隠された秘密。マリアがこの星にいるわけ。2人の兵士が選ぶ道。全てが明らかになった結末はとにかく切なく、涙腺を刺激します。読後、様々な感情が湧き出してくる、上質なSF作品をぜひ読んでみてくださいね。
全13巻からなる人気シリーズ『円環少女』は、魔法使い達から「地獄」と恐れられている「地球」を舞台に、魔導師たちによるスリリングな戦いを描いた物語です。
様々な魔法世界が平行して存在し、それぞれの世界が独自の神と魔法を持つ中で、唯一例外となっているのが地球。地球には神も魔法も存在せず、地球の住民は皆「魔法消去」という力を持っているのです。地球人に観測された魔法は、魔炎とともに消滅してしまい、しかも地球人はそのことにはまったく気が付きません。故に地球人は、魔法使いたちから「悪鬼(デーモン)」と呼ばれ、悪鬼の住む地球を「地獄」と呼び忌み嫌っているのです。
そんな地獄には、重罪を犯したものたちが「刻印魔導師」として堕とされます。彼らの罪は、協会と敵対する魔導師を100人倒すまで赦されません。本作のヒロインである、「円環大系」の少女魔導師メイゼルもまた、そんな刻印魔導師の1人なのです。主人公の武原仁は、魔法消去の力を自在に操ることができ、メイゼルとともに敵対する魔導師たちとの戦いを繰り広げていきます。
- 著者
- 長谷 敏司
- 出版日
- 2005-08-31
何と言っても、作品の魅力的な設定に心惹かれてしまいます。たくさんの登場人物たちも、非常に個性豊かで面白く、練りに練られたストーリー展開にどんどん引き込まれていくことでしょう。
サディスティックな一面を持ち合わせた、若干12歳の少女メイゼルはもちろん、そんなメイゼルを守る青年、仁もとても魅力的に描かれています。敵対しているキャラクターたちも、ただの悪人というわけではなく、彼らなりの信念を持って行動しているため、とてもかっこいいのです。
そんな素敵なキャラクターたちが、時に壮絶に戦い、時に自身の過去を回想し、それぞれの運命に立ち向かっていくシリーズ構成は圧巻の一言。クライマックスとなる最終巻は迫力満点です。長いシリーズですが、1度読み出したらやめられなくなってしまうでしょう。
長谷敏司のおすすめ小説を5つ選んでご紹介しました。細部にまでこだわった、細やかな設定が本当に魅力的な作品ばかりです。SFに興味のない方も、1度挑戦してみてはいかがでしょう。