2017年7月に瑛太や深田恭子でドラマ化が決定した漫画『ハロー張りネズミ』。探偵ものですが血みどろのサスペンスを楽しむものではなく、読んでいて心があたたかくなるストーリーです。今回はそんな本作の名シーンをご紹介!ネタバレを含みますのでご注意ください。
東武東上線、下赤塚駅を降り、商店街を抜けて裏通りに入ったところにある探偵事務所、それが「あかつか探偵事務所」です。独身アラサー美人のかほる社長が取り仕切る探偵事務所です。主人公のハリネズミこと七瀬五郎は25歳。36歳独身のグレさんこと小暮久作と探偵として所属しています。
- 著者
- 弘兼 憲史
- 出版日
かほるは酒を飲んでいるか寝ているか。五郎とグレさんは事務所の裏側にある喫茶店・リバティでうだうだしているという暇な探偵事務所ですが、時々依頼も入ります。
しかしその依頼も特にハラハラするものではなく、ゆるーい依頼。五郎たちはそんな依頼をそれなりに一生懸命にこなしていきます。
そんな本作の魅力はなんといってもギャグと人情。日常の中に挟まれる笑いと人の優しさに心が緩んでいきます。今回はそんな本作の魅力が伝わる話をご紹介いたします。
いつものようにリバティで暇をつぶしている五郎とグレさん。ある日、そこのマスターに呼ばれ、窓際に座っている女性にアプローチしたいのだと明かされます。ふたりが目線をうつすとそこにいたのは午後の光を浴びながら優雅に読書するショートカットの知的美人。しかしマスターは自分で話しかける勇気はないので彼女のことを調べてほしいと頼んでくるのです。
そこでマスターを連れて事務所へ赴く五郎とグレさん。かほるは規定では1日2万もする調査料だと説明するかほるですが、そこはお世話になっている喫茶店のマスター。多少融通してもいいと言います。それにマスターはこう答えます。
出典:『ハロー張りネズミ』1巻
安すぎます。
しかしそこは暇な探偵事務所。何もしないで喫茶店で時間を潰しているよりはいいだろうということでマスターの依頼を受けることにしました。
五郎とグレさんはなんとか彼女の家を見つけ出しますが、なかなか思うような情報を手に入れることができません。そこで直接アプローチだ、とじゃんけんで勝った五郎が彼女を口説きにバーへいきます。難しいかと思いきや、なんと家に潜入することに成功!そのまま電気を消していい雰囲気になります……。
その途中で五郎は布団の中である奇妙なものを見つけます。それは芋と吊るし柿。なんで布団の中にそんなものがあるんだ?と考えふと嫌な予感がした五郎は立ち上がり、電気をつけます。するとそこにいたのはなんと男!五郎はパンツ一丁で彼女のアパートを逃げるように後にします。
翌朝、マスターにはとりあえず彼女の住所だけ渡し、真実を言おうとするのですが、マスターはさっさと彼女の家へ。そして数日後にはなんと彼女がリバティで働いているのです!
マスターから特別謝礼10万円をもらい、言うに言い出せなくなったふたりはそのままパンドラの箱を閉じます。
なんともおとぼけなドタバタ劇です。コーヒー券10枚で働いてくれる探偵などそういませんよね。そしてその分に見合った働きとして彼女が男だと言わずに済ますのです。
そしてまた暇な日常へと戻っていきます。ゆるーい日常のちょっとしたハプニングに笑ってしまう1話です。
いつも通り暇な五郎とグレさんは公園の芝生でお昼寝中。そんな時、ひとりのおばあさんにこの近くに探偵事務所はありませんか、と聞かれ、自分たちの事務所に連れていきます。
依頼内容を聞くと、東大に通っている息子に教えられた下宿先を訪ねたものの、そこに彼がおらず、どうにか探して欲しいとのことでした。
しかし東大に彼の学籍はなく、ターゲットの一郎が嘘をついていたことが分かります。情報が少なすぎる人物を見つけられる訳がないとあきらめかけたその時、偶然の力で(作者いわくページ数の関係で)あっけなく見つかります。五郎は彼になぜ嘘をついていたのかを聞きます。
一郎が嘘をついていた訳は実は母親のため。依頼人の彼の母親は70歳という高齢で、彼は遅い時期の子供でしたが、上の兄ふたりが亡くなってしまい、彼にかかるプレッシャーは大きくなっていったのです。東大に入れば安心だと思っている母親のために、そしてもう長くはないであろう彼女に余計な心配をかけさせないために、一郎は五郎に嘘をつき続けさせてくださいとお願いします。
心を動かされた五郎は協力することを決め、一郎は母親に嘘をついたまま彼女と再会、観光に連れていきます。自分の大学だということになっている東大、二重橋に新宿の超高層ビル、東京タワー。一郎は年老いた母親を心配しながらも田舎からきた彼女に様々なものを見せてあげるのです。嘘はついてはいるものの、母親を大事にしたいと言う気持ちが伝わってきます。
その翌日、事務所にお礼をしにきた一郎の母親。最後に東京大仏を見たいという彼女を五郎が案内することになります。
そこに案内され、大仏の前で長いこと真剣な表情でお願い事をする彼女。五郎が何を祈願してるのかと聞くと、一郎が来年こそは大学に合格しますようにと願ったのだと言います。驚く五郎に、彼女はこう続けます。
「最初からわかってましたよ(中略)
あの子はきっとあたしを安心させようとしてウソをついたんや…
昔からそういう性格の子やった…
探偵さん…あたしが気がついたということは内緒にしておいてください
あの子に余計な心配はかけとうないんです…」
そんな彼女の様子を見て、何と声をかけていいかわからなくなってしまった五郎はせめてもとお寺を降りる階段をおんぶさせてくれと申し出ます。遠慮する彼女を説得し、五郎は彼女をおぶって階段を降りていきます。
「長生きしろよ おばあちゃん」
そう五郎が語りかけた彼女の熱い涙が彼の首筋を濡らしていた頃、あかつき事務所ではお昼寝の時間に入っていました。
母を思う子の気持ちと、子を思う母の気持ちがねじれた状況でまっすぐに心に響いてきます。どちらも相手を大事に思うからこそ嘘をついていたのですね。そしてそんなじんわりと気持ちが暖かくなる話の終わり方も秀逸。くどくなりすぎず、あっさりと人情を描いた1話です。
- 著者
- 弘兼 憲史
- 出版日
この後もシャブ中のストリッパーから訳ありカップルまで様々な依頼人が登場します。すべて笑えて人情が沁みてと味わい深い話です。そのじんわりと癒される雰囲気は作品でしか味わえないもの。ぜひ本編でその世界観を楽しんでみてください。
コミックス版は全24巻、文庫版は全14巻で完結しているの一気読みもおすすめです!