読み手を独特の不思議時空に誘う井上洋介の絵。それはまるで理屈や道理では説明のつかない、子どもの頃にしか見えない風景が詰まっているのです。
井上洋介(1931~2016)は日本のイラストレーター、絵本作家です。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)西洋画科在学中から、新聞に投稿した漫画がたびたび掲載されるなど、若い頃から遺憾なくその才能を発揮。戦争を体験している彼の作品の根底には、誰にも癒やすことのできない戦争の傷跡が見え隠れすると言われています。
卒業後は独立漫画派に参加し、画家としての活動を活発にしていきます。活躍の場は絵本にとどまらず、漫画、タブロー、イラストレーションと多岐に渡り、創作活動は60年余りにおよびました。受賞は数知れず。
自分の作品を自ら解説することもなく、俺を分かれ! との押しつけもない。静かだけれど主張のある、味わい深いタッチが特長と言えます。
- 著者
- 神沢 利子
- 出版日
大ベストセラーとなったこの本は、1969年にポプラ社から発刊された児童文学作品です。文は神沢利子、絵は井上洋介によるこの作品を皮切りに、その後シリーズ化され9冊もの「ウーフ」短編集を生み出していきます。
絵本と言うにはあまりにも哲学的な内容で、子どもよりも読み聞かせする大人をうならせる深いものになっています。子どもは『くまの子ウーフ』がそんなに含蓄深いものだなんて思いもしないでしょう。その子が大人になったとき、これを読み返してみると、まるで玉手箱を開いたように一瞬にして作品の深さがわかるのです。
だからこそ、小学校の教科書に繰り返し使用され続けるのかもしれませんね。
子ども向けに見えるのはまさに井上洋介の描く「ウーフ」だから。子熊を描くたくさんの絵本作家がいたとしても、『くまの子ウーフ』が描けるのは井上洋介しかいないからです。絵本の中の「ウーフ」は抱っこされ過ぎてくたびれたクマのぬいぐるみのようでもあるし、「かわいらしい」という一言では片づけられない味のあるもの。「ブスかわいい」の原点と言っても過言ではないでしょう。
井上洋介を語る時に『くまの子ウーフ』は決して外すことのできない、絶対読むべき一冊と言えます。
- 著者
- 井上 洋介
- 出版日
井上洋介が好んで描くモチーフである「電車」。この本では不思議な電車が次から次へと登場します。カブトムシ電車、ドーナツ電車、おさんぽ電車・・・・・・想像を創造して目に見える形にする力のすごさに改めて感動してしまうような絵本です。
井上洋介は、子供の頃誰もが普通に想像していた事を、大人になってからいとも簡単に絵に描いてみせる、そんな人物です。奇をてらうふうもなく、よく見せようというこざかしさもなく、淡々と描いていく。根っからの職人なのでしょう。
不思議な電車に乗り込んだ乗客は皆、笑顔。楽しげな景色に「こんな でんしゃが あったら いいなあ」と添えられた文は、読み手のまなざしをしっかりと語ってくれています。その点も井上洋介の絵本の魅力と言えるでしょう。
奇想天外で馬鹿げた空想を描く「ナンセンス絵本」にカテゴライズされるこの本には、大人になると見えなくなってしまうものばかりが描かれているのかも知れません。
- 著者
- 井上 洋介
- 出版日
- 1999-09-30
「ひぐれのまちの まがりみち、なにがでるのか まがりみち」――――――絵本の一節はまるで呪文のように耳に聞こえるにちがいありません。普通なら、「まがりかど(曲がり角)」とするところを「まがりみち」とするのが井上洋介の味わい深さでもあります。
怖いはずなのに、なぜか怖くない不思議な出会いがそこにあります。大ガマガエルに毛虫、えんとつ男、迷い電車・・・・・・読み聞かせしながら、「まがりみち」の曲がった先に何があるのか想像の翼を無限に広げてみてはいかがでしょう。
作者の井上洋介は東京都出身。ここに描かれているなぜか懐かしい、不思議な街の「まがりみち」は、もしかしたら彼が幼い頃に見た景色なのかもしれません。そしてこれを見る自分にも、同様な原風景があることを気付かされるのです。
お子さまへの読み聞かせと言うよりも、この絵本は懐かしさから手に取る方も多いというのもなぜかわかりますね。
- 著者
- 井上 洋介
- 出版日
表紙の男の子は本を読んでいるのではありません。本のようにちょうつがいを開いて持っているのです。口元のにんまりとした笑顔が印象的。
『ちょうつがいのえほん』は「ちょうつがい」の魅力に取りつかれた揚げ句、何でもかんでも目に付く物に片っ端から「ちょうつがい」を取り付けてみるという、クレイジーなまでに「ちょうつがい」を愛好する本です。
なぜこんな所に! という突き抜けたナンセンスさ。どうして「ちょうつがい」なの? という疑問さえも愚に思えるほどのナンセンスさなのです。車はまだしも、犬やおばあさんに「ちょうつがい」を取り付けるなんて、一体誰がそんな馬鹿馬鹿しいことを思うでしょう?
井上洋介の魅力はまさにその点にあります。ナンセンスでありながらも、その発想の豊かさや広がりはほかの誰にもない。唯一無二なのです。
大人の多くは常識や他者からの批判などで、発想することすらもできなくなってしまうのに、井上洋介は自由闊達にこの絵本の中で「ちょうつがい」をレスペクトするのです。
- 著者
- 井上 洋介
- 出版日
- 2008-01-01
幼い頃の記憶は何ともおぼつかなく、曖昧模糊(あいまいもこ)としていることってありませんか?
井上洋介の描く不思議世界は、子どものこの夢かうつつか判然としない世界観に通じています。『ビックリえほん』は絵も文も井上が手がけた初の自作絵本になります。
どうして蛇は頭だけなのか? リズミカルな言葉で綴られる理由は大人には屁理屈なのだけれども、なぜか子どもには説得力があるので、納得してしまうのです。
絵がまた秀逸です。決して恐がらせようという意図はなく、かといって子ども受けするようなかわいらしさはみじんもない。まさに不思議な魅力なのです。幼い頃にこの本を手にした多くの人が「文は忘れたけれど、絵の不思議さで印象に残っている」と口をそろえるのもうなずけます。
2008年に復刊し、さらにファンを集めているのもこの絵の持つ不思議な魅力でしょう。今どきのキモカワイイというのでしょうか。怖い物見たさという独特な心理をつき、見た人をとりこにする不思議なものが、この『ビックリえほん』に余すところなく描かれています。
井上洋介の代表作をご紹介しました。ご紹介した本は彼の作品の奥深さを知るにはまだ序の口といってもいいでしょう。お子さまと純粋に彼の世界観を楽しんでもよし、幼い頃のノスタルジーに浸るのもよし、自由に作品に触れていただきたいと思います。