傲慢なまでの真摯さで野球と向き合う主人公『バッテリー』
ピッチャーとして天賦の才を持つ原田巧は中学入学間前の春休みに岡山に引っ越してきます。そこで出会ったのが野球大好きな永倉豪です。巧の球に魅せられた豪は彼とバッテリーを組むことを願います。
巧は卓越した才能だけでなく自らの野球哲学を持っており、新田東中に入学後もそれを貫き通そうとして、管理的な野球をする顧問の戸村や先輩の展西たちと衝突してしまいます。そして巧の強さは、やがて豪をも傷つけることになってしまうのです。
あさのあつこはこの作品について「少年の成長物語などと言わせるものか。友情物語などに貶めたりしない」と述べています。その言葉の通り、『バッテリー』は単なるビルドゥイングスロマンではありません。
巧は12歳にして野球に対する完成された感性を持っています。自分の思う野球をするためなら障害となるすべてのものを排除する強さがあるのです。彼の球に魅せられ、それを受けるキャッチャーでありたいと願う豪ですが、あまりの一途さに疑問を持つこともあります。しかし巧はそんな豪さえ許すことができないのです。
巧の真摯な姿に胸を打たれながらも、「凡人」の気持ちもよくわかるという読者も多いのではないでしょうか。例えば巧たちの先輩展西。彼は内申のためとはいえ、ずっと真面目に部活動としての野球に取り組んできました。しかし巧の出現によって歯車が狂っていき、最終的に問題を起こしてしまいます。彼のやり方はほめられるものではありませんが、そう動かざるを得ない状況に追い込まれていった気持ちを考えると、やるせないものがあります。
全6巻を通して巧の基本的な姿勢は変わることがありません。マウンドに立つのは独りです。負うものは大きい。それでも、その視線の先には必ず女房役がいます。そこに、この作品の光があります。
3巻以降にはライバル校横手二中の天才スラッガー門脇と幼馴染でショートを守る古典好きな瑞垣のコンビも出てきます。2組のコンビは互いに影響しあい、それぞれの道を模索していくのです。似たような環境にある2組ですが、行く道が違ってくるのが面白いです。
その他にも実は伝説の監督だった巧の祖父井岡洋三、体が弱いものの野球が好きな巧の弟青波、野球を愛するキャプテンで策士の海音寺など個性的な登場人物がたくさん出てきます。どんな年齢や性別の人が読んでも訴えるところのある作品です。
全力で走り抜ける青春『一瞬の風になれ』
サッカー選手としての将来を嘱望される兄健一の背中を追ってサッカーを続けてきた新二は、高校受験で兄の通う強豪校に落ちたのを機に、限界を感じていたサッカーをやめてしまいます。自分にもできる何かを探していた新二は、幼馴染の連と一緒に陸上部に入部することになります。実は連もまた、陸上界では有名な存在なのでした。
走ることに青春をかけた高校生たちの物語です。健一と連という2人の天才が近くにいながら、努力を重ねることのできる新二が眩しいです。そして、そんな新二の力を認め、ここぞというところで必要なアドバイスをくれる三輪先生の存在にも心が温まります。
2016年のリオ五輪で日本チームが銀メダルを獲得した時に、マスコミでリレーにおけるバトンワークの重要さが頻繁に取り上げられ、リレーとはただ4人が走るというだけではなく緻密な技が求められることが知られるようになりました。この本にもそうした技の部分で悩む部員たちの姿が描かれ、陸上が実は奥の深いものであることを教えてくれます。
三輪先生以外にも、天才の名をほしいままにしながらも挫折を味わう健一、連と新二を素直に認めるチームメイトの根岸、新二が密かに思いを寄せる谷口などたくさんの人の中で、新二は走り続けます。サッカーや野球に比べ、やや地味な印象の陸上ですが、実はドラマティックなところのある競技なのです。
記録が伸びていく喜びや競技前の緊張などはスポーツに限らず、何かに一生懸命に打ち込んだことのある人なら経験したことがあるでしょう。そんな瑞々しい気持ちを思い出させてくれる作品です。
襷と共に想いをつなぐ『あと少し、もう少し』
『あと少し、もう少し』は駅伝に出ることになった中学生たちの物語です。陸上部部長の柳井は駅伝大会の為、目をつけていたメンバーを勧誘し始めます。足は速いがいじめられっ子だった設楽、不良の太田、陽気で頼まれると嫌とはいえない性格のジロー、吹奏楽部でサックスを吹くクールな渡部、そして柳井を慕う後輩の俊介。
指導は厳しいが結果を出してきた満田先生が異動し、新しい顧問は陸上とは縁のない美術教師の上原先生です。ただ参加するだけではなく、勝って上の大会に出場したい柳井は、頼りない顧問と寄せ集めのチームで願いをかなえることができるのでしょうか。
中学男子の駅伝は6区間がありますが、章立てはそれに準じて1区~6区の6章で、その区間を走る選手を描くというスタイルをとっているのが面白いです。章を通じて6人が抱える悩みや思いの背景が明らかになっていきます。更に、それぞれが襷を渡す相手との間にあったわだかまりが、柔らかくほどけていくのが心地いいのです。
瀬尾まいこの作品の多くは、芯はあるもののふんわりした人物が登場し、いい抜け感が出ています。この作品でも顧問の上原先生がそんなキャラです。陸上に縁がなく応援すらも単調で、柳井のアドバイスをそのまま鵜呑みにしてしまうような天然ぶりですが、実は非常によく生徒たちをみていることがわかってきます。それでも、最終章で力尽きた柳井に「本当に貧血だったんだ」などと能天気なセリフを言ってしまうのが笑えます。
「あと少し、もう少し」早く走りたい、「あと少し、もう少し」みんなと走りたい。そんな登場人物たちの思いと共に、「あと少し、もう少し」この作品に浸っていたい……そんな風に思わせてくれる本です。