柴崎友香のおすすめ作品6選!『春の庭』で芥川賞を受賞した作家

更新:2021.12.20

2014年『春の庭』で芥川龍之介賞を受賞した柴崎友香。どこにでもいるような若者の日常を繊細な感性で描写した作品を発表し、女性から絶大な支持を集めている作家です。彼女の魅力が詰まったおすすめ5作品をご紹介します。

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繊細な感性で「日常」を描く芥川賞作家、柴崎友香

1973年に大阪で生まれた柴崎友香は高校時代から小説を書き始め、OLを経て1998年「トーキング・アバウト・ミー」で文藝賞の最終候補に。その翌年に短編小説「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が『文藝別冊 J文学ブック・チャートBEST200』に掲載されたことで作家としてのスタートを切りました。以降順調に作品を発表しており、繊細な感性で拾い上げられた日常の中の小さな奇跡や違和感を等身大に描き出す作風は若い女性読者を中心に絶大な支持を集め続けています。

またその表現力の高さから文学界での評価も非常に高く、代表作『きょうのできごと』では咲くやこの花賞、『寝ても覚めても』では野間文芸新人賞を受賞するなど活躍。また「その街の今は」「主題歌」「ハツルームにわたしはいない」で3度の芥川賞候補となりました。

2014年『春の庭』で遂に芥川龍之介賞を受賞し、その実力を世に知らしめた柴崎友香。ドラマティックな展開に頼らず、日常を淡々と描写する作風を貫く彼女の作品の魅力は、読んでみないとわかりません。今回ははじめて柴崎友香作品に触れる方にもおすすめの5作品をご紹介します。

芥川賞受賞作

最初にご紹介するのは、3度の芥川賞候補を経て受賞に至った柴崎友香の傑作です。現代文学を読み慣れていないと、ピンとこないかもしれませんが、現代文学好きは読んで損はないでしょう。

主人公は離婚を機に世田谷にある取り壊し間近の古アパート「ビューパレス・サエキⅢ」に越してきたばかりの元美容師・太郎。彼はある日窓の外に、同じアパートに住む女が塀を乗り越えて隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃します。彼女が気になっていたのはアパートの隣に建つ「水色の洋館」。太郎は彼女にあることを頼まれ、物語がはじまります。

著者
柴崎 友香
出版日
2017-04-07

この作品のモチーフとなり、タイトルにも使われているのは作中で登場する写真集『春の庭』です。この写真集の撮影場所は太郎が出会ったアパートの住人・西が執着する「水色の洋館」であり、本作の大半は太郎と西が古アパートに暮らしながら、水色の洋館に接触しようと試みる日常のようすが描かれています。

物語は始終淡々とした文体で綴られており、彼らの日常にドラマティックな事件は起こりませんし、2人が恋仲になる展開もありません。しかし柴崎友香特有の繊細な感性で描写される彼らの日常には味わい深い面白さがあり、読者はいつしか彼女が描く世田谷の風景に惹きつけられていきます。これこそが柴崎作品が一貫して持っている、言葉にし難い不思議な魅力。是非体感してみてください。彼女の作品世界にハマるきっかけになる1冊だと思います。

大阪生まれの柴崎友香によって描かれた力作

2006年に大阪文化の復興・発展を目指すことを目的として大阪を拠点に活動する優れた文化人に贈られる賞、咲くやこの花賞を受賞した本作。大阪出身の柴崎友香がその高い描写力で大阪の街の過去・現在それぞれの姿を意欲的に描いています。

物語の主人公は失業中の28歳、歌ちゃん。カフェでアルバイトをして暮らしている彼女は、最悪だった合コンの帰りに女友だちに連れられて行ったクラブで顔見知りの男の子・良太郎と再会します。

著者
柴崎 友香
出版日
2009-04-25

「ドアを開けた途端にアスファルトに溜まった熱が、エアコンで冷えた体の温度を一気に戻した。暑かったけれど太陽は随分と傾いていて、やっぱりもう夏じゃないんだと思った。店の前の鉢植えが一つ倒れていたので元に戻して立ち上がると、良太郎の乗った原付バイクが目の前に止まった。」(『その街の今は』より引用)

上記引用は歌ちゃんと良太郎の交流がはじまるシーンでの一段落ですが、日常の中で私たちがあえて言葉にしないまま通り過ぎてしまう感覚や些細な思い、意識せず行うような仕草を丁寧に描き出すことで、柴崎友香は物語にリアリティを持たせることに成功しています。この感覚の鋭さこそが、彼女の武器。率直な表現は私たちをすんなりと物語の世界に引き込みます。

この作品にも他の柴崎友香作品と同じく、ドラマティックな事件や展開はありません。しかし現代の大阪でそれぞれの日常を送る若い2人が自分たちの住む街・大阪ミナミの古い写真を通して交流する姿が丁寧に描かれた本作には著者の大阪愛が溢れており、読者を優しい気持ちにします。大阪を知る人はもちろん、訪れたことがない人もきっとその街を訪ねてみたくなるはず。是非読んでみてくださいね。

女性の生き方を考える

続いていく「日常」を描くことに長けた柴崎友香による傑作小説です。本作には30歳になった3人の女性の視点から見た、三者三様の1年間が記されています。

大学の学務課で働き、4つ年下の役者志望・準之助と同棲している本田かおり。母と2人で暮らすイラストレーターの水島珠子。結婚して3児の母となり、雑貨屋を始めた春日井夏美。彼女らは学生時代の友人であり、かおりと珠子が夏美の開いた雑貨屋「Wonder Three」を訪れるところから、物語ははじまります。

著者
柴崎 友香
出版日
2015-04-08

30歳、女性。3人に流れるそれぞれの時間。それぞれを取り巻く環境や、それぞれの立場。それぞれが抱える問題。それぞれの価値観。それぞれが、守ろうとするもの。多くの女性読者から支持を集める柴崎友香はそれらを丹念に観察し、織り交ぜ、この小説を書いたのでしょう。

女性が自由に生き方を選べる時代に、私たちは生きています。それは自分で幸せを選び、掴み取るチャンスがあるということ。この作品に登場する彼女たちは日常に起こる様々な出来事の中で「ちゃんとした大人になるには」と考え、日々悩んだり迷ったりしながらそれぞれの幸せに向かって自分の人生を生きようとしています。その姿は現実を生きる女性の背中をさりげなく押してくれているよう。現代を生きるすべての女性に読んでほしい1冊です。
 

遠距離恋愛の連作短編集

本作は遠距離恋愛をテーマにした連作短編集です。「大阪に住む女の子が東京にいる恋人を想う」という大筋は収録の4作品すべてに共通していますが、それぞれの物語は独立しています。

表題作「ショートカット」では大阪に住む小川奈津が合コンの席で知り合った「なかちゃん」に「なあ、おれ、ワープできんねんで。すごいやろ」と言われ、興味を惹かれます。というのも奈津は一月前から、表参道にいるらしい想い人・森川に会いに行きたいと思っていたからなのでした。

著者
柴崎 友香
出版日

遠距離恋愛ものと銘打ってはいますが、柴崎友香は収録の4作品すべてにおいて、甘やかで非日常的、所謂2人の世界的な恋愛模様を描いてはいません。彼女は軽やかな大阪弁の会話で展開していく日常がメインのストーリーに乗せて、「物理的な距離と心の距離がまったくのべつものであること」を等身大な表現で表しているようです。4人の女の子たちは、遠くにいる人をどんなふうに思い、どんな手段で距離を縮めたり、気持ちの整理をつけたりしていくのでしょうか。是非読んでみてください。

また全編を通して登場する「なかちゃん」がキーパーソンとなったこの連作短編集。読み進めるうちに天真爛漫な彼のキャラクターが浮かび上がってくるしくみになっているのも、読者を楽しませてくれると思います。テンポ良く進む大阪弁の会話が非常に面白く、柴崎友香作品をはじめて読む方にもおすすめの1冊です。

若者たちのロードノベル

柴崎友香の得意とするところである、若者の日常にフォーカスした中編小説2作で構成された本作。表題作では4人の若者が大阪から東京に向かう車中でのできごとが綴られています。

主人公は高校時代に写真集を出版して天才扱いされていた小林望。しかし現在は近所のレコード屋でアルバイトをしながら自由気ままに暮らしています。行き当たりばったりな性格の彼はある日、友人カップルである恵太とルリちゃんが計画する東京旅行に、後輩コロ助の告白を口実にムリヤリ便乗することに。長いドライブがはじまります。

著者
柴崎 友香
出版日
2006-03-04

「ぼくとコロ助はラーメンがまずくて楽しくなかったけれど、ルリちゃんと恵太はラーメンがまずくて楽しそうだ。」(『次の街まで、きみはどんな歌うたうの?』より引用)

本作は車内での4人の会話と道中でのできごとをメインに描いたロードノベルとなっていますが、主人公の望はその裏表のない素直さと破天荒な振る舞いで同乗者を振り回してばかりいます。しかし望を含め、車内全員が大阪人。言いたいことを言い合いながらストーリーは自然に展開していきます。大阪育ちの柴崎友香による大阪弁の飛び交う会話は大変面白く読むことができますが、物語のそこかしこに散りばめられた身に覚えのある嫉妬や他者への苛立ち、立ち行かない恋の描写はなんだかほろ苦く、読者の胸をちくりと刺します。

また併録の「エブリバディ・ラブズ・サンシャイン」は失恋をきっかけにすぐ眠ってしまう癖がついてしまった大学生の女の子が主人公の物語。どちらも鋭い感性をもって描かれた若者たちの姿から目を離せなくなること間違いなしの傑作です。是非読んでみてくださいね。

柴崎友香が描く、確からしさや虚ろさや危うさに満ちた人間世界

主人公の朝子は、女友達も男友達もいて一応働いている普通そうな20代の女性です。恋人との出会い、別れ、そして別の恋人ができたところでの元彼との再会。このストーリーの中で、朝子のつかみどころのない態度や大胆で意外な選択に一気に引き込まれます。結末にかけては、最後の1ページまでページをめくる手を止められなくなる展開に。

著者
柴崎 友香
出版日
2014-05-08

朝子の10年間に渡る恋心を描いていますが、いわゆる「恋愛小説」とは異なります。恋愛が主題なのではなく、朝子という1人の人間の心情や彼女が世界を見つめる視点に焦点が当てられているからです。

何気ない情景描写においても、平凡な日常に潜むちょっとした狂気や、秩序立って見えるものの裏側にある反動がさりげなく描かれており、この日常世界を見つめる柴崎友香の繊細な眼差しが感じられます。

いかがでしたでしょうか。繊細な感性と卓越した描写力で「日常」を描き、傑作を生み出す柴崎友香。是非手にとってみてくださいね。

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