権威ある文学賞を多数受賞し、日本文学の発展に貢献する偉大な歴史小説家、辻原登。初めて読む方にもおすすめの5作品をご紹介します。
1945年に和歌山県で生まれた辻原登。彼は文化学院文科を卒業後、1970年に中国関係の貿易会社に就職し、並行して執筆活動を行いました。1985年には中編小説『犬かけて』で作家デビューに至ります。
以降精力的に作品を発表し続けており、1990年には『村の名前』で芥川龍之介賞を受賞。1999年『飛べ麒麟』で読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞、2005年『枯葉の中の青い炎』で川端康成文学賞、2006年『花はさくら木』で大佛次郎賞、2012年 『韃靼の馬』で司馬遼太郎賞を受賞するなど権威ある文学賞を総舐めにし、現代日本を代表する偉大な作家となりました。
また2010年には大阪文学振興会会長に就任。2012年からは神奈川近代文学館館長・理事長を務めるほか、三島由紀夫賞や川端康成文学賞など多数の文学賞の選考委員を務め、日本文学の発展に尽力しています。
今回は初めて辻原登作品を読む方にもおすすめの入門5作品をご紹介します。
最初にご紹介するのは毎日新聞の朝刊で582回にわたって連載され、人気を博した『許されざる者』です。また同作は完結翌年の2010年に毎日芸術賞受賞しています。
本作の舞台は辻原登の出身地和歌山県にあるとされる架空の街、森宮。日露戦争突入直前の1903年3月、街の港に医師の槇隆光が帰郷してくるところから物語は始まります。彼は元森宮藩藩医の4男であり、海外で学位を取得した後に森宮の地で開業医となった通称「毒取ル(ドクトル)」。ドクトルはこの日、3年にわたってインドのボンベイ大学で取り組んだ脚気の研究成果を持って意気揚々と帰郷してきたのでした。
- 著者
- 辻原 登
- 出版日
- 2012-08-21
歴史小説や時代物というと難しいイメージを持たれる方も多いかと思いますが、この物語の核として描かれているのはドクトルと元森宮藩主の長男永野少佐の妻による、許されざる「ロマンス」です。辻原登の巧みな筆致により美しく描かれる不倫は読者を釘付けにするでしょう。
物語は激化する日露戦争を背景に、槇の姪である西千春をめぐる若者たちの闘争、ドクトルが結成した「差別なき医療奉仕団」で彼が森鴎外をモデルとした医師・森林太郎と繰り広げる脚気についての意見の対立などが克明に描かれ、ドラマティックに展開していきます。非常に読み易く面白い時代小説として、辻原登入門にも最適な1冊。是非読んでみてください。
大佛次郎賞を受賞した本作は、江戸時代の大阪を舞台に繰り広げられる波乱万丈な恋と冒険を描いた非常に娯楽性の高い時代伝奇小説です。
時は江戸時代中期、1761年。京・大坂では最後の女性天皇・後桜町となる智子内親王や幕商・鴻池家と手を組んで新たな金融秩序を作り出そうとしていた御側御用取次の田沼意次など、実在の人物が多数登場します。歴史の教科書でしか彼らを知らなかった読者は、辻原登によって再び命を吹き込まれた彼らの生き生きとした言動を目にし、たちまち作品世界へと引き込まれることでしょう。
- 著者
- 辻原 登
- 出版日
- 2009-09-04
本作は江戸中期の華々しい町人文化を背景にした豪華絢爛な物語ですが、そこに描かれる「恋」の美しさには特別眼を見張るものがあります。田沼意次は金融改革において鴻池家と手を組んでいた巨額の富を持つ海運業者・北風組を障害に感じ、信頼のおける青年武士・青井三保を派遣します。しかし彼はそこで北風家の美しい娘・菊姫と知り合い、たちまち恋に落ちてしまいました。
「あのひとが書いた字が、ここに、目の前にある。それを見ているだけで喜びがわき、彼を慕う気持ちがいっそうたかまってゆく。」
「青井は枕もとで、菊姫の寝顔をみつめた。好きな女の顔を、このように自由に、じっくりながめられるなんて!」(『花はさくら木』より引用)
人々の思惑が交錯し、政治的な駆け引きが繰り返される裏側で、少しずつ育まれてゆく2人の愛。波乱万丈な時代だからこそ瑞々しく描写される純粋な恋の喜びがいっそう際立ち、読者を楽しませます。
気になる2人の恋の行方。政治に関わる人々の思惑。時代は、どこに向かうのか。
時代小説の堅いイメージは辻原登の軽快な筆致によって覆され、非常に娯楽性の高い作品に仕上がっています。おすすめの1冊です。
2004年に刊行された辻原登の長編小説『ジャスミン』。1995年の中国と日本を舞台とし、ロマン溢れる壮大な大恋愛がたしかな筆力で描かれた辻原登の傑作です。
物語は主人公・彬彦が、新鑑真号に乗って神戸から上海へ渡ろうとするところからはじまります。飛行機で約3時間の距離を、彼があえて2泊3日の船旅で行こうとする理由はただ1つ「行方不明になった父を探しに行くのには船のほうが合っている」と、無性に思ったからでした。彼は上海の港で謎の中国美女・李杏と出会い、行動を共にするうちに恋心を抱きはじめます。
- 著者
- 辻原 登
- 出版日
- 2007-01-10
作中では彬彦と李杏による逃避行の様子がロマンたっぷりに描かれます。愛し合う2人。そこに民主活動家として指名手配されている李杏の恋人の存在や、死んだと思っていた彬彦の父の壮絶な過去など、様々な要素が複雑に絡み合いながら、ストーリーは進んでいきます。
中国で逃避行の末に別れた2人は5年の時を経て1995年、運命的な再会を果たすことになります。陶酔の時間も束の間、阪神淡路大震災が発生。震災時の神戸で再び巡り合った2人のドラマに、読者は目を離すことができなくなります。辻原登の実力を思い知らされる1冊です。
本作は川端康成文学賞を受賞した短編小説「枯葉の中の青い炎」を表題作とした短編作品集です。
表題作のほか、1ヶ月だけ愛人と同棲したいという夫とその望みを受け入れる妻を描いた「ちょっと歪んだわたしのブローチ」、雪山ロッジで起こった匂いにまつわる官能的な事件の記憶「水いらず」、1979年に大阪で起きた三菱銀行襲撃事件を題材とした「日付のある物語」、金魚とザーサイの逸話「ザーサイの甕」、野球の才能を持つかつての同級生を追憶する「野球王」の全6編が収録されており、どれも辻原登らしい魅力に溢れた珠玉の短編です。
- 著者
- 辻原 登
- 出版日
表題作「枯葉の中の青い炎」では戦時中を南洋にあるトラック諸島の水曜(トール)島で過ごしたススム・アイザワという男が主人公です。彼の母リサの父はトールの王ル・ファレ・アリィイであり、彼には不思議な力があります。終戦を迎え、日本国籍を持つススムとその父が日本に帰らなくてはならなくなった時、ル・アリィイはススムにあるお呪いを教えます。しかし彼はそれを島の外で使った場合、望みと同じほどの重さの災いがふりかかることをススムに教え、ススムは使わないことを誓います。
時は流れ1955年。ススムは野球選手となり、かつて日本プロ野球に1シーズンだけ存在した球団「トンボ」でロシア出身の名投手、スタルヒンが通算300勝達成を目前に苦戦するのを見ていました。ススムはお呪いを使い、スタルヒンの悲願を叶えます。果たしてそれは、どんな災いを呼ぶのでしょうか。
ファンタジックな世界観を持つ、非常に切ない作品です。辻原登によって巧みに描かれるススムの生い立ちや南洋にある島・トールの独特な世界に、読者は魅せられることでしょう。是非読んでみてくださいね。
2009年に東京大学大学院で開講された辻原登の講義「近現代小説」での内容をもとに構成された本書。世界文学に精通した辻原登によって『ドン・キホーテ』『ボヴァリー夫人』『白痴』など世界の名作が読み解かれ、小説の構造や手法などがわかりやすく解説されています。世界文学が好きな方はもちろん、まだ読んだことのない方はきっと読んでみたくなる魅力的な考察が多数掲載されており、世界文学を楽しむガイドとしても役に立つ1冊です。
- 著者
- 辻原 登
- 出版日
- 2013-03-19
「『小説』とは、街の噂話のことだった」「『もの』に『かた』を与えるために『物語』が生まれた」「西欧人は神を殺すことで近代小説を生み出した」「近代小説は『ドン・キホーテ』によって完成した」「『ボヴァリー夫人』の嫉妬こそ、すべてのドラマの原点である」「人は物語の中で死してこそ、永遠となる」「すべての近代小説は探偵小説である」「日本人はなぜ、『私小説』という独自の文学を生み出したのか?」「『悪魔の詩』の著者はなぜ死刑を宣告されたのか?」「小説こそ、世界を変えられる最高の手段である」
以上に挙げたのは辻原登により開講された講義「近現代小説」のテーマの1部です。非常に興味深いテーマが並んでおり、文学に馴染みのある方はつい没頭して読み耽ってしまいそう。また歴史小説作家辻原登の熱い文学愛が感じられるため、ファン必読の1冊とも言えます。ぜひ手にとってみてください。