文芸

小野正嗣のおすすめ代表作5選!『九年前の祈り』で芥川賞受賞

更新:2020.12.2 作成:2017.5.21

大分県で生まれた純文学作家、小野正嗣。芥川賞を受賞した『九年前の祈り』のほか、故郷をモデルに執筆された彼の作品は文学界で高い評価を得ています。代表作を含むおすすめの5作品をご紹介します。

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故郷をモデルにした小説を発表する芥川賞作家、小野正嗣

1970年生まれの作家、小野正嗣は2015年に故郷である大分県の、海辺の集落を舞台に執筆した作品『九年前の祈り』で芥川龍之介賞を受賞した純文学作家です。

東京大学を卒業後、2001年に『水に埋もれる墓』で朝日新人文学賞を受賞し、小説家としての活動を本格的にスタートしました。2002年には『にぎやかな湾に背負われた船』で三島由紀夫賞を受賞しています。

その後2003年には『水死人の帰還』、2008年には『マイクロバス』、2013年には『獅子渡り鼻』と3度にわたって芥川賞候補に名前が挙がりました。ついに2015年『九年前の祈り』で受賞に至ります。海辺の集落に住む人々の心情を巧みに描いた同作品は、文学界から非常に高い評価を得て、世間でも話題となりました。

また小野正嗣の作品には故郷をモデルに執筆されたものが他にも多数存在します。今回は、豊かな表現力で描かれた、彼の代表作を含むおすすめの5作品をご紹介します。

小野正嗣の芥川賞受賞作『九年前の祈り』

最初にご紹介するのは2015年に芥川龍之介賞を受賞した小野正嗣の代表作『九年前の祈り』。表題作のほか、短編作品「ウミガメの夜」「お見舞い」「悪の花」の3編が併録された作品集です。

いずれの作品も物語の舞台となっているのは著者の出身地である大分県の海辺の集落。作中では全編を通して複雑で美しい地形を持つリアス式海岸とその土地に暮らす人々の様子が、彼らが日常的に使う方言をまじえて情景豊かに描かれています。
著者
小野 正嗣
出版日
2014-12-16
表題作「九年前の祈り」の主人公は外国人の夫と離婚した、35歳になる女性のさなえ。彼女の美しい容姿を引き継いだ息子を連れて、故郷の集落に戻ってきました。さなえの息子・希敏には精神的に不安定なところがあり、感情的になると「引きちぎられたミミズのように」のたうち、大声で泣き叫んで周囲を驚かせてしまいます。さなえとその両親はその度に困り果て、できるだけ希敏を泣かせないようにと気を使って暮らしていました。

そんなある日、さなえは9年前ともにカナダを旅行した歳上の女性・みっちゃん姉の息子が病気で入院しているとの知らせを受け、見舞いに行くことにしました。

物語は現在のさなえと、カナダ旅行をした9年前の記憶がたびたび入れ替わるようにして語られ、どこか幻想的な雰囲気で進んでいきます。さなえは見舞いへ向かう道中、現在のさなえと同じように子育てに不安を抱えていたみっちゃん姉の過去に思いを馳せ、そこに自分を重ねるのです。

時を超えて交流する、海辺で生きる2人の女性。その姿は健気で強く、そんな彼女らの「祈り」に宿る切実さに、読者は胸を打たれるでしょう。

ご紹介した表題作の他、併録の短編作品も悩みながら生きる人々の様子とそこに見る希望を美しく巧みな比喩表現で、丁寧に描写した小野正嗣らしい作品です。優しい気持ちになれる1冊ですので、ぜひ読んでみてください。

小野正嗣のルーツを感じる傑作『にぎやかな湾に背負われた船』

次にご紹介する本の表題作「にぎやかな湾に背負われた船」は三島由紀夫賞を受賞しています。また、朝日新人文学賞を受賞した小野正嗣のデビュー作「水に埋もれる墓」を併録。両作品とも、著者の出身地である大分県の海辺の集落をモデルに執筆されています。そのため、巧みな比喩表現を用いた美しい筆致で高い評価を得ている芥川賞作家・小野正嗣のルーツを感じることができるでしょう。
著者
小野 正嗣
出版日
2015-02-02
「『浦』の駐在だったとき、お父さんは頭を悩ますことばかりだった。湾の上には誰のものでもない船が浮かんだままだったし、ミツグアザムイが浜にあるという屍体はどこにあるのかわからないままだった。男の子たちは相変わらずトシコ婆の家にロケット花火を打ち込んでいたし、わたしはわたしで中学で社会科を教えていた吉田先生と恋に落ちていた。」(『にぎやかな湾に背負われた船』より引用)

表題作「にぎやかな湾に背負われた船」は小さな湾に面した集落「浦」の漁村に、駐在の娘である「わたし」が引っ越してきた経緯を語るところから物語がはじまります。狭い集落で教師との禁断の恋に溺れている「わたし」、アルコール中毒の厄介者、ミツグアザムイ。どうしてか家にロケット花火を打ち込まれるトシコ婆、そして奇妙な昔語りをする老人たち。集落に暮らす人々の様子や関係が緻密に描き出されていく中、ある日湾に突如として現れたのは以前「浦」から沖へ出たまま行方不明になっていたいわくつきの漁船「第十八緑丸」でした。

この船が再び湾に姿を現した理由とは。「浦」に住む人々に秘められた過去とは。2つの謎を主軸にした物語は集落の人々によって過去のできごとと現在、また土地に伝わる伝説や噂話が複雑に入り混じりながら語られていき、徐々に輪郭を見せはじめます。

三島由紀夫賞の選考委員を務めた筒井康隆によって「ガルシア・マルケス+中上健次」と評された、構造主義的な小野正嗣の手法に驚かされること間違いなしの1作。一読の価値があります。

小野正嗣の文学愛を感じられる1冊『文学 (ヒューマニティーズ)』

次にご紹介するのは純文学作家、小野正嗣による「文学研究」という印象の1冊。彼が「文学とは何か」を自問自答し考察を繰り返した過程は本を読む人にとって大変興味深い内容となっており、今後の読書における有効な指針となってくれるかもしれません。またカフカやガルシア・マルケス、夏目漱石といった偉大な先人たちの作品や思想を引用しつつ大変楽しそうに語られた文学研究書でもあるため、小野正嗣の溢れる文学愛を感じられる本でもあります。
著者
小野 正嗣
出版日
2012-04-27
「一、文学はどのようにして生まれたのか」 「二、文学を学ぶことに意味はあるのか」「三、文学は社会の役に立つのか」「四、文学の未来はどうなるのか」「五、何を読むべきか」。本書は前述した全5章から構成されており、200ページに及ぶ考察が記されたボリュームのある1冊です。

まず「一、文学はどのようにして生まれたのか」で小野正嗣は「そもそも文学とはなにかよくわかっていない」ことを前提としてカフカの晩年の傑作「巣穴」を例に挙げ、書くことはどこにもないところに連れて行かれることなのではないかと論じます。彼はこの章の最後、このどこにもないところこそが文学の巣穴であるとして、巣穴を通過した者たちによって新しい文学が生み出され続けていると結論付け、言葉を結びました。純文学作家小野正嗣の文学に対する実直な姿勢が伺える考察だと言えるでしょう。

彼は全編を通して文学にも読者にも大変真摯な姿勢で臨んでおり、本書を読めばその人物にも好感が持てること間違いなしです。小野正嗣の小説に触れたことのある方には特におすすめの1冊。ぜひ読んでみてください。

不思議な連作短編集『夜よりも大きい』

本作は、様々な雑誌に不定期で掲載されていたあるテーマに関する短い物語を、リトルモアの真夜中ブックスが美しい装丁の1冊にまとめて刊行したものです。上でご紹介したような彼の故郷を舞台にした作品群とはまったく異なる世界観を持つ10編が収録されているため、良い意味で読者を驚かせてくれる衝撃作なのかもしれません。小野正嗣の新境地ともいえる連作短編集。ファン必読の1冊です。
著者
小野 正嗣
出版日
2010-09-29
説明が極端に少なく、あらゆる謎に包まれた、まったく明瞭でない、しかし読み進めれば酩酊したように物語の世界から抜け出すことが許されなくなってゆく。そんな、小野正嗣の文学にまんまと酔わされてしまうような、不思議な魅力を持った作品です。

時は「夜」であり、舞台は「森」であろうことが読み取れますが、詳細な時刻や場所を特定することはできません。森に身を潜める難民や施設に響き渡る、誰のものとも知れぬ泣き声。歪なかたちをした家族。フェンスに囲まれた強制収容所のようなバラック、行き場のない孤児。人の集まるところに垣間見られる差別や虐め。様々な人や要素が無秩序に登場し、絡み合い、ほの暗い物語を織りなしていきます。

独特の世界観を持った長い悪夢のような1冊。小野正嗣の才能を思い知らされます。ぜひ読んでみてください。

小野正嗣初のエッセイ『裏からマグノリアの庭へ』

小野正嗣初のエッセイ集『浦からマグノリアの庭へ』。故郷の大分県をモデルにした集落「浦」を舞台とした著作を多く持つ彼ですが、大学院の修士課程ではフランスの哲学者ミシェル・フーコーを研究していました。さらに、カリブ海の現代文学に魅せられて、パリに留学した経験があります。

「浦」を舞台にしたデビュー作「水に埋もれる墓」はその時に書かれたものであり、その後「にぎやかな湾に背負われた船」を書いたのはオルレアンのマグノリアの木のある庭。本書は郷里の「浦」から離れてフランスで創作活動を行った著者が当時の記憶を記した、自伝的要素の強い1冊となっています。
著者
小野 正嗣
出版日
2010-08-25
「このエッセイのタイトルにある、美しい花を咲かせるマグノリアの木が植えられた大きな庭は、フランスのオルレアンに住む、詩人で批評家のクロード・ムシャールさんとその妻のエレーヌさんの家の中庭である。僕は二人のところにほぼ五年間住ませてもらい、このマグノリアの木の下で、自分の故郷である大分県南部の海辺の集落についての小説を書いた。」(『浦からマグノリアの庭へ』より引用)

純文学作家、小野正嗣の素晴らしい作品群はいかにして生み出されたのか。本書はその秘密に迫ることのできる内容となっています。

またボルヘスやラブレー、大江健三郎や中上健次など国内外の著名な作家について論じた作家論や『狼たちの月』『ジーザス・サン』『ザ・ロード』などを取り上げ、的確なコメントで人気を博した読売新聞読書欄での書評も併録。小説家であると同時に、優れた文学研究者でもある小野正嗣の魅力を堪能できる大変豪華な1冊です。ぜひ手にとってみてくださいね。

いかがでしたでしょうか。芥川賞作家、小野正嗣の豊かな表現力で描かれる美しい故郷の物語と、興味をそそられる優れた文学論の数々。ぜひ触れてみてくださいね。