新田次郎のおすすめ文庫本6選!映画化された作品も

更新:2020.12.14 作成:2017.5.24

時代小説・山岳小説で名を挙げた直木賞作家、新田次郎。逝去した今も多くのファンを持つ山岳小説の先駆的作家です。緻密な構成とリアルな筆致で力強く描かれたおすすめ6作品をご紹介します。

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『強力伝』で直木賞を受賞した山岳小説家、新田次郎

1912年に長野県で生まれた新田次郎は、時代小説・山岳小説のジャンルで活躍し『強力伝』『武田信玄』『アラスカ物語』『聖職の碑』など多数の名作を生んだ昭和を代表する作家の1人です。

満州からの引き揚げ経験をもとに書かれたベストセラー『流れる星は生きている』の著者である藤原ていを妻に持ち、長く中央気象台で気象学者として活躍していた新田次郎。彼は1951年から兼業で作家活動をはじめ、1956年には『強力伝』で直木三十五賞を受賞しています。

現地取材を重ね、緻密な構成をもとに執筆された彼の作品は大衆の心を掴み、特に『八甲田山死の彷徨』『聖職の碑』は映画化されたことでも大きな反響を呼びました。今回は彼が逝去した今も多くの読者に愛され続けている、傑作小説5作品をご紹介します。

実在の登山家をモデルにした山岳青春小説『孤高の人』

最初にご紹介するのは1969年に刊行された新田次郎の代表作『孤高の人』です。山と渓谷社の山岳雑誌「山と渓谷」に連載されて人気を博し、山岳小説家の代表として著者の地位を確立した出世作でもあります。

また彼の死後2007年には本作を原案とした坂本眞一の作画による漫画版が発表され、文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したことで再び注目を集めました。新田次郎の山岳小説をはじめて読む方にもおすすめの1作です。
 

著者
新田 次郎
出版日
1973-03-01

本作のモデルとなったのは1905年に生まれ大正から昭和にかけて活躍した登山家・加藤文太郎です。彼は複数人でパーティーを作って登るという当時の山岳界の常識を覆し、何度も単独登山に挑戦。「不死身の加藤」と呼ばれ有名になりました。新田次郎は30歳の時に槍ヶ岳北鎌尾根で遭難死した加藤文太郎の遺稿集「単独行」をもとに敬意を込めて彼の人生を素晴らしい小説に仕立て、実話をもとにしたフィクションとしてこの作品を発表したのです。

作中、加藤文太郎は六甲山に登ったことをきっかけに縦走登山に熱中していきますが、彼は協調性に欠け、人並外れた体力と精神力を持つ、不器用で個性的な人物として描かれています。しかしそんな彼だからこそ単独行への思い入れは大変に深く、その心情に迫る描写は読者を惹きつけるのではないでしょうか。本作は山岳小説というだけではなく、彼の若い孤独や葛藤を切実に描いた、情感溢れる青春小説ともいえる1作なのです。

また本作には彼の他に何人かの登山家や彼の職場である神港造船所の人々、友人などが登場します。実在のモデルが存在する人物も多く、新田次郎の筆致により生き生きと描かれる彼らの言動は大変魅力的。山岳小説家、新田次郎の力作です。是非手に取ってみてくださいね。

山に魅せられたある男の物語『栄光の岩壁』

2番目にご紹介する『栄光の岩壁』も、ある登山家をモデルに描かれた新田次郎得意の山岳青春小説です。

主人公は男6人兄弟の5男として生まれた竹井岳彦。早生児だったため生まれてすぐに保育器に入れられますが、周囲の心配をよそに驚くほどの生命力を発揮して保育器の中で生き延びます。すやすやと眠っている赤ん坊の彼の顔が猿に似ていたために医師や看護師から「オサルサン」と呼ばれ、家でのあだ名は「サルヒコ」に。幼少期の彼はこの愛称をとても気に入り、ガキ大将としてすくすくと成長していきます。ここに描かれるエピソードには面白いものが多く、読者はまずサルヒコという人物に純粋な興味を抱くことでしょう。

著者
新田 次郎
出版日
1976-11-02

間も無くして日本は太平洋戦争に突入することとなり、物語の序盤では貧しい生活や学徒動員、東京大空襲、闇市など、当時の日本の様子がリアルに描かれます。激化する戦争を背景にたくましく生きる家族の姿。その中で彼は立派に家族を守り、少年時代を過ごしました。

彼が山への憧れを高め、登山家の道を歩き始める契機となったのは終戦後間も無くして行った丹沢山麓への買出しでした。彼は村で芋を買い、その足で山に向かったところ、復員姿にルックザックを背負ったある男に出会います。

「「生きて帰ったら、真直ぐに山へ登ろうと思っていたよ」男はひとりごとのように言った。戦場から生きて帰ってきたことをしみじみと味わっているような顔だった。男はルックザックの中から、パンを出した。電熱器出矢板自家製のパンであった。男は大きなのを岳彦に渡して言った。「どうする?」」(『栄光の岩壁』より引用)

彼は男について丹沢山に登り、頂で美しい眺望を望みます。そして男に、「君は立派なアルピニストになるだろう」と言われ、本当のアルピニストに不可欠な4つの条件を教わることとなるのでした。山に魅せられ登山をはじめた彼の山岳人生は、ここからドラマティックに展開していきます。

この作品は実在の登山家・芳野満彦をモデルに描かれています。彼は17歳の時に八ヶ岳の主峰赤岳で遭難し、凍傷によって両足指を失いますが、懸命なリハビリで登山を再開。数々の初登攀記録を打ち立て、日本人として初めて欧州アルプスの3大北壁を登攀した登山家として知られる方です。読者はこの作品を通して彼の人生に触れ、その山への愛に胸を突かれることとなるでしょう。おすすめの1作です。

宝永の大噴火に奔走した伊奈忠順の物語『怒る富士』

新田次郎は気象学者時代に富士山頂観測所に勤務した経験から、『富士山頂』『富士に死す』『芙蓉の人』など富士山を題材にした作品を多数執筆しました。今回ご紹介する『怒る富士』もそのうちの1つ。本作は1707年に富士山の7合目付近で起きた「宝永の大噴火」と呼ばれる噴火を背景に、被害を受けた麓の村に住む人々の救援とその後の復興に奔走した関東郡代伊奈忠順を主人公として描かれた物語です。

史実をもとにしたフィクション作品のため、架空の人物も登場しますし、事実とは異なる点もあります。しかし綿密な調査を重ねた著者の力筆により迫力のある物語に仕上げられた本作は、読者に凄まじい大噴火の様子と復興の大変さを大変リアルに想像させることでしょう。

著者
新田 次郎
出版日
2007-09-04

1707年11月23日に大噴火を起こした富士山は、その後16日間にわたって富士山東にあたる駿河国駿東郡と相模国足柄上郡と足柄下郡に大量の火山灰を降らし続け、麓の村に住む人々に甚大な被害をもたらしました。被害に遭った村の百姓たちは小田原藩に直訴し、小田原藩は当面の救済として2万俵の米を出しますが、それでは十分な救済にはなりませんでした。しかし、藩の財政状況が悪く、それ以上の救済措置がとられることもありません。

ここで代官に任命され、村人を救済しようとしたのが関東郡代伊奈忠順でした。彼は幕府に掛け合い、苦労して救済金を集めます。しかし幕府の財政状況も芳しくなく、またこの時期は綱吉政権の末期で政争の最中。噴火の被害者への救済がなかなか重要視されない中、彼は必死に救済の必要性を訴え、その場しのぎではありますがわずかずつ救済策の承認をとっていきます。

しかしその努力も虚しく、噴火4年後の1711年冬、駿東郡59ケ村の百姓全員が餓死するかもしれないという最大の危機に直面します。そこで彼は幕府の許可を得ずに米蔵から5千俵の米を運び出し、被害者に配給するという最終手段をとりました。彼の行いにより多くの村人が救われましたが、これはすぐに幕府の知るところとなり、彼はその全責任を負うとして切腹。非業の死を遂げました。

新田次郎は当時の文献をあたって綿密な調査を重ね、富士山の噴火から伊奈忠順の死までを非常に克明に描いています。また当時の複雑な政権争いも詳細に記述されており、この時代を知るのにも大変適した1作です。是非、読んでみてください。

フランク安田の英雄譚『アラスカ物語』

自らの生涯をイヌイットに捧げ、アメリカのアラスカ州に彼らのための新しい村をつくった日本人、フランク安田。エスキモーたちはその功績を湛えて彼を「ジャパニーズモーゼ」と呼び、彼はエスキモーの間で伝説として語り継がれる英雄となりました。

その名を聞いたことのなかった人も本書を読んで彼の功績を知れば誰もが「彼こそ日本が誇るべき英雄だ」と思うにちがいないはず。またフランク安田の生涯を紐解き、尊敬の念を込めて力筆した新田次郎の腕前はやはり本物だと改めて感じられることでしょう。

著者
新田 次郎
出版日
1980-11-27

フランク安田、本名安田恭輔は1868年、宮城県で医師・安田静娯の三男として生まれました。彼は15歳のときに両親を亡くし、生計を立てるために三菱社で働きます。

人生の転機が訪れたのは彼が22歳の時でした。アメリカ沿岸警備船「ベアー号」の乗組員になるためベアー号の雑用係の職を得た彼はその懸命な働きで船長の信頼を勝ち取ります。しかし船員は全員が白人であり、唯一の有色人種だった彼は人種差別に悩まされていました。

そんなある日、猛烈な寒波に襲われたベアー号はアラスカ海上で氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなってしまいます。氷が溶けるのは数カ月後。フランク安田はそれまで食料がmo
たないことがわかって動揺した乗組員たちにあらぬ疑いをかけられたことで命の危機を感じ、ある任務に志願します。それは1人で吹雪が吹き荒れ氷が張る大地を横断し、アラスカ最北にあるエスキモーの村、ポイントバローまで救助を求めに行くという大変危険な任務でした。

不屈の精神と幸運で無事ポイントバローに到着し任務を完了したフランク安田は、ベアー号を救った英雄として再び船に迎えられます。しかし彼はここで、ベアー号を降りる決断をするのでした。ポイントバローに移ったフランク安田はエスキモーと共に生肉を食べ、言葉や狩猟技術を学び、彼らの生活に馴染んでいきます。彼はこの後一度も故郷に帰らず、死ぬまでアラスカで暮らしました。

本作にはアラスカで家庭を持ち、人々を導いて新しい村をつくったフランク安田の軌跡が詳細に、ドラマティックに描かれています。全編を通して感じられるのは、何より彼の人の良さ。フランク安田は誰に対しても分け隔てなく接し、見返りを求めることなく人のために尽力しました。様々な困難を乗り越え、強くそして優しく生きた1人の英雄の物語です。

珠玉の山岳短編集『強力伝・孤島』

最後にご紹介するのは新田次郎の短編作品集『強力伝・孤島』です。本作は直木三十五賞を受賞した表題作「強力伝」のほか、生涯をかけて富士山頂に観測所の建設したある技師の物語「凍傷」、太平洋上の離島で気象観測に励む人々を描いた「孤島」、1902年に起きた史上最悪の遭難事故「八甲田雪中行軍遭難事件」を題材にした「八甲田山」、ともに山犬扱った民話調の作品「おとし穴」「山犬物語」の全6編が収められ、初期の新田次郎作品を堪能できる1冊となっています。

著者
新田 次郎
出版日
1965-07-30

本作品集のテーマは一貫して「山」。山岳小説家、新田次郎の山に対する思い入れの深さを思い知らされる、濃い作品が揃った1冊となっています。その中から今回ご紹介するのは表題作である「強力伝」。彼の処女作でもあるため、是非読んで頂きたい作品です。

「強力伝」の「強力」とは、重い荷物を背負って山を登る職業のことを指します。1941年、富士山麓の名強力、小宮正作がある大仕事を引き受けました。それは白馬岳山頂に風景指示盤を設置するため、50貫近くある花崗岩2個、重さにして約187キログラムを山頂まで運び上げるという大変難しい仕事。彼は名強力のプライドを賭けて、この大仕事に挑みます。

彼は道中様々なアクシデントに見舞われ、自然の脅威に手に汗握る展開が繰り広げられます。彼は無事この仕事を完遂することができるのでしょうか。山岳小説家、新田次郎の原点といえる作品です。是非読んでみてください。

新田次郎の代表作『劔岳<点の記>』

『劔岳<点の記>』は当時、前人未踏といわれた劔岳登頂に成功、山頂に三角点を設置した測量官の物語です。この「点の記」とは三角点設定の公式記録であり、設定年月日から使用品目、金額に至る細部まで記録されています。

柴崎芳太郎は1904年に陸軍の陸地測量士に任官され、その後、地図上の空白地域であり前人未到とされていた劔岳に三角点を設置し、地図を完成させるよう上官より指示を受けます。同時期に活動を開始していた日本山岳会が劔岳登山を目論んでおり、先を越されることは専門機関としてありえない、という判断も含まれていました。

柴崎は2年計画で測量計画を立案し、最初の年は周囲の観測と登山道の可能性を探る工程、翌年が本格的な測量の工程としたのです。

立山には古来より立山霊山信仰があり、信仰登山客の受け入れを行ってきました。立山霊山信仰では、劔岳は針の山で表現されており、死の山であったのです。「登れない山、登ってはならない山」として地元ではとらえらえれてきました。測量に際しては、人夫を出してもらえなかったり、妨害を受けたりすることもあったようです。

柴崎や案内人の長次郎達は、自然の厳しさや文化を守ってきた人々に抗しながらも、地図を作るために劔岳頂上を目指していきます。

著者
新田 次郎
出版日
2006-01-10

当時は趣味で登山をするといった概念はなく、ようやく山岳会ができた程度の時代です。それまでは地図を作る測量部が宗教以外の前人未到峰を攻略してきました。柴崎達は地図の空白を埋めるために登山を行うことを第一義としながら、山岳会の動きもプレッシャーとして感じ続けているのです。

静かな熱い想いを遂げていく柴崎のやり方は堅実です。そこには前人未踏峰へ挑戦するというロマンというよりも、なすべき仕事を達成させる決意のようなものを感じます。山岳会との劔岳初登頂争いを超えて前人未到峰に淡々と挑んでいく姿は、職務をこなす職人そのものです。当時の測量に関する技術や登山技術なども詳しく記載されており、その意味では本書そのものが立派な「点の記」として機能しています。

『劔岳<点の記>』では、挑戦者達の真剣な取り組みが、感情を制御した丁寧な表現で淡々と綴らていて、達成した偉業の大きさが感じられるのです。

いかがでしたでしょうか。素晴らしい時代小説や山岳小説を多数残し、今なお多くの読者を魅了する新田次郎。彼の力筆により描かれた何かに立ち向かう人の姿は、私たちに生きる勇気を与えてくれます。是非読んでみてください。