作家の佐藤春夫はとても多彩で、芸術全般に対して多くの考えを持っていました。そんな彼の作品から、代表作『田園の憂鬱』をはじめとする、おすすめの5作品を紹介していきます。
佐藤春夫は1892年、和歌山県にて生まれました。幼少期を和歌山で過ごした後に慶応義塾大学文学部に入学し、当時教授であった永井荷風に師事します。
その後、雑誌「スバル」「三田文学」で詩を発表し、叙情詩の代表格としても名を残しました。谷崎潤一郎、芥川龍之介など、当時の人気の文豪たちとの交流もある中、自身も小説や詩歌の作品集を出し、一躍名を残します。佐藤春夫は戦前、戦後ともに雑誌へ作品を発表しており、作品の数がとても多いです。
太宰治から芥川賞受賞への懇願の手紙を受け取っていたり、谷崎潤一郎の妻を譲り受けたりと、何かと話題になった人物でもあります。
小説家の主人公は、妻と犬、猫を連れて武蔵野のはずれの田舎へ安らぎを求めて移住します。のどかな風景が広がる武蔵野に住むことで、都会で疲れた心を癒そうとしますが……。
静かな田舎に響く虫の声や時計の音が、彼には幻聴のように響き渡るのです。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 1951-08-17
佐藤春夫は実際、妻と犬と猫と武蔵野へ移住します。当時は精神を病んでいたため、療養という意味も含めて田舎に暮らしたのですが、彼には暮らしが合わなかったようです。
田舎にあるのは草むら、そして大量の虫や動物がいます。田舎に癒されることを夢見て移住する人は大勢いますが、きっと現実はこんなものでしょう。
『田園の憂鬱』の主人公は、そんな春夫の姿を重ねられていたのでしょう。家に迷い込んできた虫や、セミのことをまるで自分のことのように考え、感情移入していく様子は、題名の通りまさに「憂鬱」な主人公の様子を表しています。
また、地元の人間の目にも主人公の様子が珍しく映ったためなのか、嫌煙されてしまいました。そのため、主人公の憂鬱はますます強くなっていきました。
この作品のいちばんの見どころは、主人公が大切にしていた薔薇の芽についての描写です。
「薔薇ならば花開かん」(『田園の憂鬱』より引用)
と言いながら、薔薇の様子をじっと眺めている様子が描かれます。
ある時、ついに主人公の妻が薔薇を摘んでしまいました。まあ、それもよしと思い、彼は薔薇の中身を見ます。綺麗な薔薇を想像していた主人公でしたが、なんとそこは虫でおおわれていたのです。
「おお、薔薇、汝病めり!」(『田園の憂鬱』より引用)
まるで自分のようなその姿に、そんな言葉を挙げるのです。
この作品は、もともと「病める薔薇」というタイトルで発売される予定でした。まさしくその名の通り、「病める薔薇」のお話なのです。
理想の町を作ろうと奮闘する「美しき町」、犬との散歩中、大きな西班牙(スペイン)犬がいる家を探し当てた「西班牙犬の家」、他6作品を収録している1冊です。
それぞれ異なる雰囲気と設定に、登場人物の国籍すらバラバラなことを特徴としています。こちらは、そんな短編を集め、佐藤春夫の多くの世界観を楽しめる作品です。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 1992-08-18
「美しき町」は、主人公である「私」とE氏は、子供時代の友達である川崎という男に出会いました。その際、川崎は父親の膨大な遺産を持ち、何かこのお金を使ってしたい、という想いを主人公たちに持ち掛けるのです。
その想いとは、隅田川の中洲に自分たちの理想を再現した村をつくるというものでした。平和で、のどかな村をつくるために3人は多くの月日をかけて夢を実現しようとします。
読んでいて、そんな夢、本当に実現できると思っているのかな?と思うほどの途方もない夢を持つ彼らは、とても楽しそうに町を作っていきました。自分にはできないような無鉄砲さが羨ましく感じられることでしょう。そして、そんなワクワクした気持ちを自分も思い出してしまうような作品です。
その他の作品についても少しずつ紹介します。「山妖海異」は、熊野地方に伝わる伝承を作者が論じていくエッセイです。随所に伝承が表されていて、昔話も楽しめる作品となっています。また、「星」は中国を舞台に、「F・O・U」はフランスを舞台にしたお話です。
この短編集は、ころころと変わる舞台や内容が魅力となっています。あらゆる分野、方面に興味を持っていた佐藤春夫ならではの作品群と言えるでしょう。
佐藤春夫が大正時代に執筆した日記やエッセイほとんど全てを凝縮した随筆集です。上下巻になっており、読み応えたっぷりの作品であること間違いなしです。
彼が子供だった頃の話から、自身の今の話、芸術について、文学についてなど、日々感じることなどを書き綴っており、彼が見ている風景を少しでも感じることが出来るでしょう。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
佐藤春夫の作品の魅力として、幅広い知識や感覚から描かれている、という点が挙げられます。このエッセイでは、まさに彼のそんな感覚はなぜ生まれているのかということや、彼が見ている景色の一部分を知ることが出来るでしょう。
佐藤春夫は、詩、文学、歌詞、建築など、あらゆる芸術に興味を示し、携わっている多彩な人物です。この作品の中でもまた、芸術とはなにか、という部分について語っています。
菊池寛らとともに「芸術とは何か」という討論をしたという内容の後、
「芸術の内容とは、題目を創作するに際して持つ作者の熱情である。」(『退屈読本』より引用)
と、芸術の内容と題目について自分の考えを語るのです。
全体的に言葉は難しく、理解しづらい部分も随所に見受けられますが、この文ですら芸術なのではないか?と思えるような、感覚的な文章で表されていることが分かります。佐藤春夫が芸術についてどのように考え、作品を発表しているのか、という部分を感じることが出来るでしょう。
こちらの作品はもちろんエッセイなのですが、佐藤の美しい言葉選びから、まるで詩を読んでいるかのような感覚に陥ります。
佐藤春夫の小説を読んで、作者自身が気になった方はぜひこちらも読んでみて下さい。
大正時代に刊行された、佐藤春夫のロマンチックな詩集です。古典的な言葉遣いを使用して現代の詩を歌うという、独特な方法からも有名な作品となっています。
春夫と言えば、なんと谷崎潤一郎の妻を譲り受けたことでも有名です。この作品にはその出来事を歌った詩も掲載されています。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 2003-01-25
「われは古風なる笛をとり出でていま路のべに來り哀歌す。節古びて心をさなくただに笑止なるわが笛の音に慌しき行路のひといかで泣くべしやは。」(『殉情詩集』より引用)
序章では、上記のようにあえて古典文で描かれています。そのことを「古風なる笛」と表現するところがなんとも心惹かれませんか?このように、繊細な文章が多く掲載されていて、どこを読んでも芸術の一部に触れたような、そんな感覚に陥ります。
特におすすめしたいのが、「水辺月夜の歌」です。こちらは、当時話題になった谷崎潤一郎の妻を譲り受けた事件の際に、譲り受けた千代子氏への恋心を歌ったものです。
「せつなき恋をするゆゑに 月かげさむく身にぞ沁む。もののあはれを知るゆゑに 水のひかりぞなげかるる。 身をうたかたとおもふとも うたかたならじわが思ひ。 げにいやしかるわれながら うれいひは清し、君ゆゑに。」(『殉情詩集』より引用)
古文が苦手な方にも、「せつなき恋」「憂いは清し」などの文は感じることができるのではないでしょうか。
本気でその方のことが好きで、それでも切ない恋をしているのだな、ということを感じ、とても切ない気持ちが湧いてきます。「水辺月夜の歌」という繊細な題名も心惹かれますね。
明治時代、春夫が子供の頃の体験を描いた長編小説です。和歌山県に生まれた少年は、友人と野山を駆け回り、文字の通りわんぱくな日々を過ごします。
やがて戦争や、「大逆事件」への反発にも触れ、初恋も経験して、少年が大人になっていきます。そんな様子をありありと描いた一冊です。
- 著者
- 佐藤 春夫
- 出版日
- 2010-10-09
戦争を乗り越え、初恋を経験し、大人になっていく主人公の姿をつい自分のことのように思う人は少なくないのではないでしょうか。そう思うほど、自然や子供の様子がリアルに描かれています。子供の頃、実際の戦争に影響されて始めた戦争ごっこなどは、まさしく時代を感じる内容です。
また、当時を知らない方でも、わんぱくってこういうことを言うのだな、と感じることが出来るでしょう。
そのなかでも大きく取り上げられるのは「大逆事件」です。子どもながらに、大逆を起こしたのは誰か、ということを語る口ぶりからは、作者自身の強い気持ちが伝わってきます。それはきっと、当時佐藤春夫自身が感じた気持ちなのでしょう。
初恋についても淡く描かれていて、とても繊細に感じます。
「君が瞳はつぶらにて 君が心は知りがたし 君をはなれて唯ひとり 月夜の海に石を投ぐ」(『わんぱく時代』より引用)
この詩からも相手への気持ちが深く伝わります。「石を投ぐ」という表現に、切なさが増すことでしょう。
また、この作品は、「野ゆき山ゆき海べゆき」というタイトルで映画化もされています。時代、舞台とも異なりますが、本作を原作にしたものなのでこちらもあわせてぜひご覧ください。
いかがでしょうか。佐藤春夫は、芸術なものなら何でもやっていたような、マルチに活動していた方でした。その分、知識や感覚が他の人より長けている部分だと言えます。文学、詩、随筆などの中には、きっとあなたの興味を引くものがあるはずです。文の美しさ、表現の豊かさをぜひ感じて下さい。