小説界のタランティーノともいわれ、エロ・グロ・バイオレンス満載の作品を次々と発表している樋口毅宏。サブカル要素も強く、コアなファンも多い氏ですが、何と2016年9月に作家引退を表明。今だからこそ読みたい樋口作品5選を集めました。
樋口毅宏は、1971年東京都豊島区の雑司ヶ谷生まれの小説家です。帝京大学文学部を卒業し、その後コアマガジンや白夜書房で雑誌の編集長を務めました。その時代にインタビューがきっかけで知り合った白石一文の紹介により、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。2011年には『民宿雪国』が山本周五郎賞候補、山田風太郎賞候補に、また2012年には『テロルのすべて』が大藪春彦賞候補に選出されています。
2015年、弁護士の三輪記子(みわふさこ)と結婚。出会いは何とツイッターだというから驚きです。何でも、自分の作品の書評を書いていたのを発見した樋口が、彼女に自分の小説を送ったことから交際に発展したのだとか。結婚当初は、樋口が家で家事をして子どもの世話をして寝かしつけてから執筆に取りかかるという忙しい日々を送っていたそうです。その上で樋口は子育てを「この世で一番ハードで、クリエイティブなワーク」とし、こんなに楽しいことを女性に独占させたくないと考えているのだとか。
2016年9月、著作の帯上で作家引退を表明。突然の発表にファンは驚かされました。樋口はその理由を「もう飽きたんだよ。作家なんて男子一生の仕事じゃねえんだよ」と語っていますが、周囲からは惜しむ声が多く聞こえ続けています。引退宣言は撤回されるのか、この後の展開にも注目です。
雑司ヶ谷生まれの主人公・太郎。彼女の祖母は政財界にも絶大な影響を持つ宗教団体の教祖。まるで雑司ヶ谷を支配する女帝である祖母の権力に反発し、太郎は不良になり中国へ行ってしまいます。時は経ち、5年ぶりに雑司ヶ谷に戻ってきた太郎でしたが、実は中国でとてつもない経験をしていました。そんな彼に、祖母の泰はある調査を命じます。
- 著者
- 樋口 毅宏
- 出版日
- 2012-01-28
2ヶ月前、下水管工事の作業員たちがゲリラ豪雨によって死亡した事故。泰によると、この事故は陰謀によって仕組まれたものであるらしいのです。しぶしぶ町へと出かけていく太郎。しかしここに、太郎の過去が大きく絡んできます。中国にいた頃、太郎は人身売買の目的で連れ去られた少女を取り戻そうとしていたことがありました。連れ去ったのは、島田芳一という男。太郎の親友・京介を殺し、彼が率いていたチームを乗っ取った男でした。
妙な古臭さがある独特の作風とノリ。全編に渡って、タランティーノ映画を彷彿とさせるバイオレンスな雰囲気に包まれています。映画や音楽などのカルチャー、様々なオマージュやパロディ、そしてサブカルを元ネタにした要素が盛り込まれ、漫画的で入り込みやすい作品。親友の敵を討つと誓う太郎と、芳一の戦いの行方は?また、本作には『雑司ヶ谷R.I.P.』という続編もありますので、ぜひ読破してみてください。
舞台は新潟県T町、そこにある「民宿雪国」。主の丹生雄武郎(にうゆうぶろう)は、97歳で亡くなった日本画家。彼はバブル期に突如として現れ、一躍脚光を浴びましたが、表舞台には出ようとせず、亡くなるまでT町で作品を描き続けました。実は彼の正体は殺人狂。民宿雪国で人を殺しながら絵を描いていたのです。
- 著者
- 樋口 毅宏
- 出版日
- 2013-10-11
導入部の1章では、吉良正和という男が民宿雪国を訪ねてくるところから物語が始まります。しかしなぜかヤクザが民宿を占拠していたり、押し入れに手足を縛られた警官がいたりと、異様な雰囲気が……。そしてもう1人を加え、8人のうち7人がこの1章で殺されてしまいます。やがて徐々に明らかになる雄武郎の過去。それを暴き出すことはできるのでしょうか。
本作で一番肝となる部分は、慰安婦問題や在日朝鮮人について描かれた表現ではないでしょうか。差別の助長を恐れた出版社が本の出版を見合わせたという逸話も。虚構と現実を織り混ぜた作風は、フィクションでありながら読み進めるうちにノンフィクションを読んでいるような錯覚を呼び起こします。実在の人物との絡め方が非常に面白く、架空の対談が挿入される演出は非常にユニーク。こうだ!と思った展開がことごとく裏切られ、誰も想像もつかないラストへと導かれます。
1986年に生まれた宇津木は、アメリカという国を心から嫌悪していました。日本に原爆を落としたアメリカに復讐したい……その一心で彼は「僕の将来の夢は、アメリカに原爆を落とすことです」と宣言。そのためにはテロルこそが最も有効な手段だと信じ、それを実行していきます。
- 著者
- 樋口 毅宏
- 出版日
- 2014-01-08
主人公の宇津木は、アメリカのボストン大学に籍を置く優秀な学生。そんな彼がアメリカに対して執拗な憎しみを見せ、原爆を落とそうと企むストーリーです。この時代にこのようなテーマを扱うことは各所に様々な衝撃を与えることと思われますが、それが逆に原爆問題への新しいアプローチ方法とも見て取れます。ネタとサブカル要素は今回も満載。オマージュに次ぐオマージュの連続で、重いテーマでありながら一気読みせざるを得ない作品となっています。
また、この小説は映画『太陽を盗んだ男』の長谷川和彦監督に捧げた作品であり、同作品へのオマージュも強く描かれています。これまでの作品とは路線が異なり、暴力描写などはほとんど含まれていません。若者がテロを起こすまでの道のりをエネルギーたっぷりに描いた、どこまでも過激で、しかし色々なことを考えさせられる作品です。
舞台は2019年。45歳で未婚、子どももいないフリーターのトリコは、人生に絶望して睡眠薬を服用し自殺を図ります。そのまま意識を失ったトリコでしたが、目が覚めると自分がいたのは、何とバブル期真っ只中の1989年の渋谷。トリコは30年前にタイムスリップしてしまったのです。
- 著者
- 樋口 毅宏
- 出版日
- 2015-10-15
バブル期はトリコの青春時代。彼女には当時好きだった「ドルフィン・ソング」というバンドがいました。ボーカルの島本田恋とギターの三沢夢二からなる2人組の音楽ユニットですが、彼らは三沢が島本田を殺害するという衝撃の理由によって活動を停止していたのです。タイムスリップしたことでかつて持っていた音楽熱を取り戻したトリコは、自分がこの時代に来た目的はドルフィン・ソングの解散を阻止することだと考え、それを実行に移すことにします。
タイムスリップを題材としたSFもの。樋口毅宏の引き出しの多さに驚かされます。これといった取り柄もなく、単調な毎日を送っていたトリコは今の時代に痛烈に刺さる人物像として写ります。ドルフィン・ソングが実在の「フリッパーズギター」というバンドをモデルにしていたり、バブル全盛期と現代との比較も面白いところで、80年代を知る人であればあるほど楽しんで読むことができます。トリコはドルフィン・ソングの解散を阻止し、文字通り「生き直す」ことができるのでしょうか。
「週刊SPA!」に連載されていた、プロレスがテーマの連作集を集めた小説。そして、樋口毅宏の「引退作」ともいえる作品です。フィクションとノンフィクションが絶妙に入り混じった新しいプロレス史。
- 著者
- 樋口 毅宏
- 出版日
- 2016-09-02
戦後最大のヒーローにして暴君の虐待に耐える青年を描いた「野心1963」、デビュー20年の落ちこぼれ中堅レスラーが後輩の引き立て役に挑む「人生リングアウト」をはじめ、全8編を収録。あの力道山が実名で描かれ、その他にもアントニオ猪木や長州力、前田日明ら有名レスラーを彷彿とさせるキャラクターも多数登場します。前半は事実をベースにした物語が多く、後半はオリジナル要素が満載。しかも実際のプロレスの歴史をほとんどなぞって描かれているため、プロレスファンであれば、誰のどのエピソードなのかすぐにわかるかも知れません。
事実を上手くフィクションと融合させ、リアルを凌駕する新しいプロレス史が作られています。プロレスの知識があればさらに作品を楽しむことができますが、もちろんプロレスを知らない人でも気軽に読むことのできるライトな作風。「プロレスが人生に似ているんじゃない。人生がプロレスに似ているんだ」という、作中にも引用された元・日テレアナウンサーの若林健治さんの言葉が心に刺さります。現代では「プ女子」と呼ばれるプロレス好きの女性が増えているようですが、彼女たちも含めて今こそ読んで欲しい作品です。
大量のオマージュとサブカル要素。そのマニアックさが魅力の樋口毅宏作品。頭を空っぽにして楽しんでみてください。