野坂昭如のおすすめ小説と死後刊行されたエッセイ集から5選

更新:2021.12.20

「火垂るの墓」の原作者・野坂昭如。彼は作詞家やシャンソン歌手、政治家など様々な顔を持ち、各界で活躍した才能に溢れる人物でした。ぜひ読んで頂きたいおすすめ5作品をご紹介します。

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「火垂るの墓」の原作者、野坂昭如

「火垂るの墓」の原作者として知られる野坂昭如。彼は1930年に鎌倉で生まれ、85歳で亡くなるまでに小説家、放送作家、シャンソン歌手、作詞家、漫才師、落語家、政治家など、多くの職業を経験し成功した才能に溢れる人物です。

太平洋戦争を背景に波乱万丈な学生時代を過ごした彼は、1950年、シャンソン歌手になるべく早稲田大学に入学しますが、紆余曲折あり、中退を経て1957年にテレビ工房の責任者となります。そこで放送作家としてのキャリアをスタートし、阿木由紀夫の筆名でコントを書き、作曲家のいずみたくと組んでCMソングの作詞を多数手掛けるなど活躍します。なお作詞家としての彼の代表作は吉岡治と共作した誰もが知る童謡「おもちゃのチャチャチャ」であり、これは1963年に日本レコード大賞童謡賞を受賞しました。

また彼はその頃から雑誌でコラムを発表しはじめ、1963年にポルノ映画のフィルムを収集・自宅上映した経験から書いた小説『エロ事師たち』を発表したことで小説家デビューに至ります。以降勢力的に作品を発表し、1967年には短編小説「火垂るの墓」「アメリカひじき」で直木賞を受賞。「火垂るの墓」は高畑勲監督・スタジオジブリ制作でアニメ映画化されたことで国民的な知名度を得ました。

才能に溢れ、生涯を通して各界で活躍した野坂昭如。今回は彼の作家としての一面に着目して選んだ、おすすめ5作品をご紹介します。

昭和のエロティシズムを描いた、野坂昭如の処女作

最初にご紹介する『エロ事師たち』は、1963年に雑誌「小説中央公論」で連載された野坂昭如の処女作です。

執筆当時、すでに作詞家として活躍していた野坂は33歳。彼は趣味兼アルバイトとしてブルーフィルムの収集・自宅上映を行なったり、ゲイバーでバーテンのアルバイトをしていたりした経験からこの物語を書いたそうです。昭和の風俗を題材とし、普段表に出ることのない「エロ」の裏社会をアイロニックに描いた本作は三島由紀夫や吉行淳之介に絶賛され、文学的にも大変高い評価を受けた作品となりました。

著者
野坂 昭如
出版日
1970-04-17

「いかにも今様の文化アパート、節穴だらけの床板の大仰なきしみひときわせわしく、つれて深く狎れきった女の喘鳴が、殷々とひびきわたる。ときおり一つ二つ、言葉がまじる。『な、何いうとんのやろ、もうちょいどないかならんか』」(『エロ事師たち』より引用)

主人公「スブやん」は床屋の2階に居候しており、アパートの住人たちの性行為を盗聴したテープやエロ写真を売ったり、売春を斡旋したりして生計を立てている「エロ事師」でした。彼はこの床屋の未亡人、お春と内縁関係にあり、お春には前の亭主との間にできた1人娘で高校生の恵子がいます。

物語はスブやんやお春、恵子やスブやんのエロ事師仲間である伴的をはじめとする風俗業の人々が複雑に絡み合い、展開していきます。「エロ」を題材としており、昭和に流行ったトルコ風呂(ソープランド)や白黒ショー(ストリップショー)など、ありとあらゆる昭和の風俗が登場しますが、ユーモアに溢れる大阪弁の会話と古典文学を思わせる独特な文体で描かれるのは、ただのエロではなくその観念。野坂昭如によって描かれるエロティシズムの物語は読み物として大変面白く、文学的な評価が高いことにも納得できます。

読み進めるほど「エロ」の深い世界観にハマってしまうこと間違いなしの名作。野坂昭如の凄さを思い知らされる1冊です。是非読んでみてください。

野坂昭如による珠玉の名作品集

次にご紹介するのはあの有名なジブリ映画「火垂るの墓」の原作小説を含む野坂昭如の名作短編集『アメリカひじき・火垂るの墓』です。表題作2編は直木賞を受賞し、世界各国で翻訳・出版されて現在でも広く読み継がれている大変有名な作品となりました。太平洋戦争を背景に少年時代を生きた著者の思いが凝縮された内容の6編が収録された本書は、野坂昭如作品を読む上では絶対に外せない1冊だと思います。

著者
野坂 昭如
出版日
1968-02-01

表題作「火垂るの墓」は少年時代に2人の妹を亡くした著者の戦争体験をもとにして書かれた自伝的要素のあるフィクション作品です。

終戦直後の混乱の中、神戸の三宮駅構内で浮浪児の清太が栄養失調で息を引き取るシーンから、物語は始まります。駅員が彼の腹巻きの中にドロップ缶を発見して暗がりに放り投げたところ、その衝撃で蛍が点滅して飛び交い、缶の蓋が開いて彼の妹・節子の遺骨が飛び出しました。そこで場面は転換し、神戸大空襲で母を失った兄妹が2人きりで必死に生きようとするものの、願いは届かず死に至るまでの回想が印象的に綴られていきます。

戦争が生んだ浮浪児の最期を描いた大変悲しい物語ですが、野坂昭如の筆は戦後復興した日本を生きる私たちに戦争があった時代の現実をリアルに想像させようとしているかように感じられます。

また同じく表題作となっている「アメリカひじき」は著者が体験した終戦後の焼跡闇市を題材にした短編作品です。少年時代に敗戦を経験した男がアメリカ占領軍に対する当時の思いを思い起こす物語であり、そこにはひもじさから米軍捕虜の補給物資をくすねて食べた紅茶の葉を「アメリカのひじき」だと勘違いしていた思い出などが綴られています。こちらも戦争をリアルに感じさせる、大変優れた物語です。

ご紹介した2編のほか、併録の「焼土層」「死児を育てる」「ラ・クンパルシータ」「プアボーイ」も野坂昭如の巧みな筆力で描かれた珠玉の短編となっています。彼の原点を感じる名作品集。ぜひ手に取ってみてください。

すべての人に読んでほしい戦争の話

本作は野坂昭如による戦争童話を集めた短編作品集です。「童話」と銘打っただけあり、子供にも理解できる優しい言葉で描いた「戦争」の話が12編収録されており、戦争がもたらしたことの悲惨さをすべての人に向けて訴えかけるような内容となっています。また収録作品の中には絵本やアニメになった作品も多数あり、上にご紹介した「火垂るの墓」と並んで野坂昭如の優れた戦争作品として大人から子供へと長く読み継がれています。
 

著者
野坂 昭如
出版日

収録作品はすべて、「昭和二十年、八月十五日」という書き出しではじまります。今回は本書に収録された12編の中から、黒田征太郎が絵を手掛けて絵本にもなった有名な作品「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」をご紹介しましょう。

「ひとりぽっちで、食っちゃ寝、起きちゃひねもす波にゆられ、また、ふと思いついて、どっかにぼくより大きい雌がいる、自分にふさわしい恋人が、さびしくこの海のどこかで、ぼくを待っていると、ふるい立って、やみくもに泳いでみたり。」(『戦争童話集』「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」より引用)

伊豆七島の南々東にある小さな島の沖合いに、1頭の大きくて孤独なクジラがいました。ある日、彼は偶然通りかかった日本海軍の潜水艦を自分の仲間だと思い込み、恋をしてしまうのです。終戦が近付く頃、潜水艦はアメリカと戦いますが、一方、クジラは恋人である潜水艦を守ろうとします。ものすごく一途でばかなクジラ。潜水艦とクジラの美しく悲しいラブストーリーは、読者を泣かせるのです。

本書には「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」のほか、風船爆弾を題材にした「八月の風船」や母が命懸けで子供を守ろうとする「凧になったお母さん」など、子供にもわかる言葉で書かれた戦争童話が収録されています。戦争の悲惨さを後世に伝える、優れた12の物語。価値ある1冊です。

13の東京の景色、またその行末

1988年から1989年にかけて「小説現代」で連載された野坂昭如の連作短編小説を1冊にまとめた『東京小説』。本作には東京に住まう人々が描かれた13編と、東京の行末を預言するように描かれた短編作品「山椒嫗」が収録されています。

野坂昭如独特の饒舌で淡々と描かれる「東京」の姿は、現代を生きる私たちに色を持って迫ってきます。その筆致によってまざまざと想像させられる、都市東京の過去の景色とそこに住んでいた人々の暮らし。読者はよく知る街の過去の姿に強く惹きつけられ、次々に先を読み進めてしまうことでしょう。

著者
野坂 昭如
出版日
2005-06-11

「私は野坂昭如である。昭和五年十月十日生まれ。これをしも西暦で申すならばイチキュウサンジュウジュウジュウとなって三ジュウレン、もうもうと煙を吐き出して山口県のどこかを走るロコモティブみたいなものだ。」(『東京小説』より引用)

上記引用はこの連作短編集の13個目にあたる「東京小説 私篇」の冒頭部分です。これは野坂昭如の「告白」的要素のある作品となっており、彼はここで少年時代にやらかした悪行を明かし、またその後作家として40年余を生きた現在の状況を面白み溢れる文章で述べています。これは他の野坂作品を読んだ読者には大変面白く、ニヤニヤしてしまうこと間違いなしの1編。

もちろんここに行きつくまでの12編も、それぞれに大変面白いです。ぜひ読んでみてください。昭和を代表する作家の1人、野坂昭如の持ち味が生きた名作です。

野坂昭如の死後刊行されたエッセイ集

最後にご紹介するのは野坂昭如最晩年のエッセイ集『絶筆』です。本作は2003年、彼が72歳の時に脳梗塞で倒れてから、2015年に急逝するまでの約12年間に綴った日記やエッセイをまとめたものとなっています。

野坂昭如は2015年12月9日の夜に息を引き取りましたが、本書の一番最後に掲載されている日記には彼が亡くなった当日の日付が記されています。彼が死の数時間前まで日記という「作品」に取り組んでいたことは、死後刊行された本書をまさに「絶筆」というタイトルにふさわしい、特別な意味を持つ1冊にしました。

著者
野坂 昭如
出版日
2016-01-22

戦争を経験し、作詞家としてヒットを生み出し、上にご紹介した小説『エロ事師たち』や短編「火垂るの墓」を書いて、シャンソン歌手や漫才師、落語家や政治家としても活動した経歴のある野坂昭如とは、一体どういう人だったのか。彼は長くその計り知れない才能によって、その素顔を覆い隠されていたように思います。しかし晩年に綴られた日記には、彼の人柄や素の姿が、如実に表されているような気がしてなりません。

彼が元タカラジェンヌの妻を心より大切に思い、愛したこと。彼女とのかわいいやりとり。ラグビーが好きで、お正月にやる大学対抗ラグビー戦を毎年楽しみにしていたこと。親交が深く、野坂昭如の葬儀では弔辞を読んだ作家・五木寛之のこと。また彼は政治家らしく、この国の政治や将来についても思うことを率直に言及しています。

彼を取り巻くあれこれが満載された最期の日々の日記とエッセイ。彼はそのすべてにおいて、ユーモアと遊び心を決して忘れませんでした。死の当日まで紡がれ続けた彼の言葉には、読者を笑わせ、泣かせ、考えさせ、そして励ますような響きが宿されています。野坂昭如をより深く知ることができる、ファン必読の1冊。ぜひ手にとってみてくださいね。

いかがでしたでしょうか。多彩な才能に溢れ、最期まで表現活動に没頭した偉大な作家、野坂昭如。その人生経験から書かれた物語には力があり、読者を惹きつけて止みません。是非読んでみてくださいね。

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