2005年に『夜市』で日本ホラー小説大賞を受賞し、作家デビューを果たした恒川光太郎。ノスタルジックでファンタジーな世界観は、恒川ワールドと呼ばれ、多くの読者を魅了しています。今回はそんな恒川作品からおすすめの5作をご紹介します!
恒川光太郎は2005年、『夜市』で作家デビューします。同作で日本ホラー小説大賞を受賞しました。また『夜市』は日本ホラー小説大賞と同年に、直木賞候補にも選ばれたため、異例のスピードが話題となり、デビュー1年目から大変な注目を集めました。
デビュー作以降も、山本周五郎賞や吉川英治文学新人賞など、有名な賞にノミネートされ、2014年には『金色機械』が日本推理作家協会賞を受賞しています。
また、今回ご紹介する5作品以外にも、2017年現在在住している沖縄の怪談を題材にした短編集『私はフーイー』や、「繰り返し」のホラーを描いた中編集『秋の牢獄』、怪談えほんシリーズの第4作目となる『ゆうれいのまち』など、魅力的な作品を多数生み出しています。
異世界を題材にした、ノスタルジックホラーやSFファンタジーの要素を含む物語が特徴です。一度読んだら抜け出せない、独創的で神秘的な世界観は、恒川作品でしか味わえないため、「恒川ワールド」にハマる人が続出しています。
ある日、大学生のいずみは、同級生の裕司に「夜市」に行かないかと誘われます。裕司に連れられるまま足を踏み入れた夜市とは、魔物達が集まる異世界の合流地点でした。そこで売られていたのは、なんでも切れる剣、不思議な薬、そして人間の生首。そしてそれを売っているのは、異形の者たち……。
いずみは、裕司と夜市を抜け出そうとしますが、夜市の中で迷い込んでしまいました。そこで裕司は、幼い頃、弟と共に「夜市」に来た事があると語り始めます。果たして、幼い少年は、そこで何を売り、それと引き換えに何を買ったのでしょうか。
そして「夜市」に入った者たちのルールとは一体……。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
- 2005-10-26
お祭りの夜に、異世界に迷い込む。考えただけで背筋がぞくぞくしてくるシチュエーションです。狂気をはらんだ店主におかしな客、不気味な商品の数々。それを包括するように漂うノスタルジックな世界観。癖になる美しさと、すーっと通り抜けていく不気味さが、なぜか快感です。
また、夜市には決まりごとがありますが、それがとても魅力的。めちゃくちゃな世界のようでいて、きちんと理にかなっているのです。しかし、私たちの世界の道理は通りません。その常識の齟齬(そご)が、夜市での居心地の悪さや、理屈の通らない恐怖を深めています。
デビュー作にして、恒川ワールドとはなんたるやを全て教えてくれる作品。初めて恒川作品を読む方にもおすすめです。
地図に載っていない村、穏(おん)。みなしごの少年は物心ついた頃から、この現実世界とは少しずれた村で、姉と共に育てられました。そこには、春夏秋冬の他に、どんな怪異が起こっても不思議ではないと言われる、雷の季節があるのです。
ある雷季に、少年の姉は姿を消してしまいます。時を同じくして、少年は、自分の中に何かが取り憑いたことに気がつきました。「物の怪憑きは忌み嫌われる。」そう思った少年は、その事実を隠して生きていこうとしますが、ある出来事をきっかけに穏を追われる身となって……。
村を出た少年に待ち受けていた運命とは。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
先ほど紹介した『夜市』よりもファンタジーや冒険といた要素が強くなった、長編小説です。穏に伝わる儀式や因習の設定は、古い民話のようで、『夜市』と変わらず怪談を彷彿させます。
また、単なるファンタジーに終わらず、人の中に潜む悪意や憎悪に焦点を当てたシーンも多いです。人間のドス黒い感情や、どうしようもなく嫌な部分をさらけだす描写が素晴らしく、読んでいると恐怖や怒りがふつふつと湧いてきて、感情を揺り動かされます。
初めは穏を見知らぬ遠い世界に感じますが、読み進めるうちに、穏と現実世界がどんどんリンクしていくのも圧巻。異世界でありながらも、我々の世界のすぐ傍に存在するような穏との距離感は、なんとも恒川光太郎らしい世界観を表現しているかのようです。
時は江戸。大遊廓の主人である熊悟朗は、人の悪意を見抜くことができる心眼の能力を持っています。
ある日、「自分を遊郭に売りたい」と、遥香という女が熊悟朗の元を訪れます。奉公に出たわけでも、売りに出されたわけでもなく、熊悟朗に会うために、自分を売りに来たという遥香。彼女もまた、思いのままに人の死を操れるという不思議な能力を持っていました。
「話を聞いてほしい」と遥香は熊悟朗に切り出したところから、複雑に結びついた二人の運命と、金色の機械との巡り合わせの物語が、幕を上げます。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
- 2016-05-10
舞台は江戸ですが、「金色様」と呼ばれる、不思議な機械が存在し、SFファンタジーの要素もあります。
それぞれの章で中心となる人物が異なり、それぞれの目線でストーリーが展開していきます。バラバラに思える登場人物たちが、「金色様」を通して繋がりあっていく……。読み進めるごとに壮大な物語の全貌がどんどん明らかになるので、思わず没頭して読み進めてしまうことでしょう。
登場人物たちは、みな、一概に良い人とも悪い人とも言えません。絶対的な悪もなく、また反対に完璧な善も登場しないのですが、それぞれの生を、懸命に生きています。色濃く描き出される、人の冷たさ、怖さ、残虐さ。そしてそれを覆す慈愛の暖かさ。人の善悪はどのように決まるのでしょうか。
終盤、繰り返される金色様の言葉。
「テキモミカタモ、イズレハマジリアイ、ソノコラハムツミアイ、アラタナヨヲツクルデショウ」(『金色機械』から引用)
この小説の本質を語る言葉で、きっと読了後、深く記憶に残ることでしょう。激動の人生を歩む登場人物たちに心を奪われる作品です。
各作品に登場するのは、異世界の草原で獣になってしまった友人、集落の神様になった少年、動物に転生する薬を開発した男など……。「美奥」という名の美しい村にまつわる短編集です。
登場人物たちは、離婚やいじめ、虐待など、様々な問題を抱えています。彼らが現世のしがらみに倦み疲れてしまったとき、苔むした水路の奥や、家々の間の細い路地のつきあたりで、美奥への道がそっと開かれます。
生きるとは何か、死ぬとは何か。美しい輪廻と運命の導きを、静穏な文体で描いた作品です。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
1つ1つのお話がとても美しく、読了後思わずため息をついてうっとりと余韻に浸ってしまうような短編集です。
見たことのない土地、美奥を想像すると、子どものころに戻ったような胸の高鳴りと、背筋がすっと冷えるような恐ろしさを同時に感じることでしょう。あまりにも描写が美しいので、迷い込んでしまうと分かっていても、「美奥に行ってみたい!」と思うこと間違いなし。この魔性の土地を作り上げてしまうのは、恒川光太郎ならではです。
物語に瑞々しい透明感と不思議な緊張感がずっと漂っていて、不思議とそれがとても心地よいのです。ふっと胸を駆け抜ける切なさはクセになってしまいそう。読んだ直後でも、思い返すとおぼろげに消えていきそうなほど繊細な物語たちは、きっと心に美しいまま留まり続けるでしょう。
くじ引きで1等賞を当てた、34歳で無職の女、斉藤夕月は訳も分からぬまま地球ではない惑星に飛ばされ、「スタープレイヤー」に選ばれたことを知らされます。
「スタープレイヤー」に選ばれたものは、多少のルールはあるものの、なんでも10個の願いが叶えられるという説明を聞いた夕月。それまでの生活で良いことがなかった彼女は、最初は自分の願いを叶え、それなりに満足するのですが、段々とその星の国家をまたぐ抗争に巻き込まれていき……。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
- 2014-08-30
今回紹介した5つの作品の中では、一番ポップな雰囲気を出していますが、単なるファンタジーに終わらないところが恒川作品の凄み。
10個の願いは地球を出ても現実的で、人々の闇や欲望を織り交ぜ、時には心の深淵をのぞき込むようなシーンも登場します。しかし、『雷の季節の終わりに』や『金色機械』で登場するほどの、眩暈がするほどの狂気はないので、安心して物語に入り込むことができるでしょう。
物語の序盤、中盤、終盤で、願うものの大きさが個人単位から国家単位まで変わってきて、予想外のスケールの大きさにわくわくが止まりません!読者は必ず、「自分が夕月と同じ立場になったら、どのように10個の願いを叶えるだろう」と想像してしまうでしょう。少年少女にもおすすめの作品です。
恒川光太郎作品、5つご紹介してみましたが、いかがでしたでしょうか。みなさまも、ぜひ恒川作品を読んで、めくるめく美しい幻想世界へ思いを巡らせてみませんか。きっと忘れられない異世界体験になることでしょう。