読書はあまり好きではない、という中学生は多いかもしれませんが、面白い小説に1冊でも出会えると、不思議なほどもっと本を読みたいと思えるようになるものです。ここでは、中学生にぜひ読んでいただきたい素敵な小説をご紹介していきましょう。
重松清による連作短編集『きみの友だち』は、人間関係に悩む小・中学生たちを主人公に、友だちにまつわる10の物語が綴られた作品です。
「あいあい傘」の主人公、恵美は、交通事故が原因で足に大怪我を負い、松葉杖がなければ歩けない身体になってしまいました。友だちとの些細なふざけ合いが事故の原因となったため、恵美はみんなに八つ当たりしてしまい、次第にクラスで孤立した存在になっていきます。誰も信じることができなくなった恵美でしたが、そんな彼女にたった1人だけ、とても大事な友だちができたのでした。
「ねじれの位置」の主人公は、恵美の弟ブンちゃんです。頭が良くてスポーツもできる優等生のブンちゃんは、クラスで一番の人気者。そんなブンちゃんの前に、自分よりもデキる厄介な転校生が現れます。
- 著者
- 重松 清
- 出版日
- 2008-06-30
物語は足の不自由な少女、恵美を軸として、1話ごとに主人公を変えながら、周囲の子供たちの様子を描いていきます。誰にも嫌われたくない一心で、みんなにいい顔をしてしまう女の子。人気者の後輩をひがむ気持ちを抑えられない先輩。過去にひどいいじめに遭ったことのある子など、それぞれに悩みを抱えた様々な子供たちが登場し、リアルな心理描写に思わず共感してしまいます。
学校という社会の中で、友だちとの関係に悩んだ経験のない人はいないでしょう。「友だちとは何か?」ということを深く考えさせられ、本当に大切にしなければいけないことに気づかされる作品です。徐々に成長していく子供たちの姿は本当に感動的で、切なさや悲しみが、温かい優しさに包まれていくような感覚に、どうしようもなく涙腺を刺激されてしまいます。
ある事情を抱えた家族の姿を描いた『ウェルカム・ホーム!』は、今は亡き鷺沢萠によって執筆された、心温まる2つの物語が収録された作品です。
「渡辺毅のウェルカム・ホーム」の主人公、毅は、小学生の憲弘が書いた作文に、複雑な思いを抱いています。その作文には「僕の家には、お父さんが二人いる。」と書かれていました。
毅はかつて、父親から継いだレストランを潰し、離婚し、路頭に迷っていたところを親友の英弘に助けられました。当時妻を亡くしたばかりで、仕事と子育ての両立に苦しんでいた英弘は、毅を家に住まわせ、家事全般を任せることにします。以来、「主夫」として家事や育児に奮闘してきた毅でしたが、憲弘の作文を読んで、少々自尊心を傷つけられたのでした。
- 著者
- 鷺沢 萠
- 出版日
- 2006-08-29
もう一編の「児島律子のウェルカム・ホーム」では、キャリアウーマンの主人公、律子と、離婚した男の連れ子だった聖奈との関係が、穏やかな文章で描かれています。
どちらの家族も、世間から見た「普通」とは少し違っているのかもしれませんが、温かい雰囲気が漂っている家族です。血は繋がっていなくても、お互いを思いやる、愛に溢れた日常を送る登場人物たちの姿に無性に感動してしまい、「普通っていったいなんだろう?」と考えさせられてしまいます。家族には本当に様々なかたちがあり、どんな状況でも、心を繋いでいくことは可能なのだと思わせてくれる作品です。
テンポの良い文章がとても読みやすく、読書に慣れていない中学生でも、情景を思い浮かべながら読むことができるでしょう。「おかえりなさい」と言える相手がいること、言ってくれる人がいるということが、とても素敵なことだと感じることができる、明るく優しい物語です。ぜひ1度読んでみてくださいね。
日本神話をモチーフに、神々の住む古代の日本を、壮大な世界観で描き出したファンタジー小説『空色勾玉』。人気作家、荻原規子のデビュー作となる本作は、日本児童文学者協会新人賞を受賞してたいへん話題になり、後に『白鳥異伝』『薄紅天女』と続くシリーズ作品となりました。
輝(かぐ)と闇(くら)が敵対する世界。幼い頃に山で拾われ、優しい養父母によって育てられてきた15歳の少女、狭也(さや)は、輝の大御神が治める地で平和に過ごしていました。ところがある日、自分が闇の一族の巫女姫「水の乙女」の生まれ変わりであることを告げられてしまいます。
そんな時、衝撃を受ける狭也のもとに、憧れの存在であった輝の一族の御子、月代王(つきしろのおおきみ)が現れ、輝の都に来るよう誘ってきたのです。自分が闇の一族であることを、どうしても受け入れられない狭也は、輝の一族が住む「まほろば」で暮らすことを決め、そこで末っ子の御子、稚羽也(ちはや)と出会ったことで、運命に翻弄されていくことになります。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-06-04
イザナギとイザナミの神話と言えば、聞いたことのある方もいるのではないでしょうか。闇でありながら光を愛する狭也と、輝でありながら闇に惹かれる稚羽也の存在が、有名な神話の世界観をより魅力的に演出し、ドラマチックな物語を紡ぎだしている作品です。悩み、苦しみ、葛藤しながら成長していく2人の姿から目が離せなくなることでしょう。
不老不死である輝と、死んで転生を繰り返す闇。全く違う価値観を持った2つの種族は、決して善と悪に分けられているわけではなく、すれ違いによって生じた対立の行方が、いったいどうなってしまうのかとハラハラせずにはいられません。少年少女の恋物語として読むこともでき、子供から大人まで楽しめる、美しく壮大な作品になっています。
古代中国を思わせる異世界を舞台に、懸命に生きる人々の姿を綴る、小野不由美によるファンタジー小説「十二国記」シリーズ。1991年に、「魔性の子」が刊行されたのをきっかけに、シリーズがはじまることとなります。以降、数々の作品が生まれ、2017年現在も継続している人気シリーズです。
第1作目となる『月の影 影の海』の主人公、中嶋陽子は、ごく平凡な女子高生。ここ最近毎晩のように同じ悪夢にうなされ睡眠不足だったこともあり、学校の授業中に寝入ってしまい、教師に呼び出され説教を受ける羽目になります。そんな中、職員室から出てきた陽子に「やっと見つけた……」という、見知らぬ若い男の声がかかりました。
その謎の金髪の男は「ケイキ」と名乗り、陽子を学校から連れ去ります。やがて異空間を抜け、たどり着いたのは異世界にある十二国です。知らぬ間にケイキはいなくなり、訳もわからぬまま1人取り残された陽子は、襲いかかる妖魔と戦い、出会う人々に裏切られながら、生き抜くために世界をさまようことになるのです。
- 著者
- 小野 不由美
- 出版日
- 2012-06-27
シリーズを通して共通の主人公が存在するのではなく、物語は各話ごとに主人公を変えて展開されていきます。12に分かれたそれぞれの国では、神獣の「麒麟」によって王が選ばれ、王と麒麟を中心として、登場人物たちが成長していく姿が描かれます。
確立された世界観がとにかく素晴らしく、1度読み始めたら止まらなくなってしまうシリーズです。どの物語の登場人物もとても魅力的で、巧みな心理描写と、臨場感たっぷりのストーリー展開をどの物語でも楽しむことができるでしょう。舞台は異世界ですが、リアルな人の姿が描かれ、ファンタジーが苦手な方でも作品の世界に入り込めるのではないでしょうか。
宗田理による青春小説『ぼくらの七日間戦争』は、理不尽な大人たちに果敢に反抗する中学生たちの姿を描いた作品です。1985年に刊行された本作ですが、時代が変わってもなお、たくさんの人から読まれ続けている不朽の名作となっています。
東京の下町にある中学校。1学期の終業式の日のこと、主人公の菊地英治をはじめ、1年2組の男子生徒たちが揃って姿を消してしまいました。親たちは懸命に子供たちを探しますが、一向に見つかりません。その頃英治たちは、荒川の河川敷にある廃工場を「解放区」として立てこもり、校則や体罰で生徒を縛りつける教師や、一方的な考えを押しつける親に抵抗するべく、FM発信機を使った「解放区放送」を開始したのでした。
ところが、男子全員参加の解放区計画に参加するはずだった、クラスメイトの柿沼直樹が、なんと参加前に身代金目的で誘拐されてしまいます。英治たちは、大人たちとの戦いと並行して、柿沼を救出するために奮闘していくことになります。
- 著者
- 宗田 理
- 出版日
- 2014-06-20
時代背景は多少今とは異なりますが、大人への反発心を抱く彼らの心情には、共感できるのではないでしょうか。大人からの管理から逃れたいと感じる子供の心は、いつの時代も変わらないものなのかもしれません。
暴力に訴えるのではなく、持っている知恵を振り絞って大人に対抗していく子供たちの姿には好感が持て、自分たちの世界を守るため、クラス一丸となって戦うその結束力に胸を打たれます。彼らが考える様々な仕掛けには思わず感心してしまい、痛快なストーリー展開にどんどん引き込まれてしまいます。中学生はもちろん、大人の方にも読んでいただきたいこの作品。読後には、晴れやかな爽快感を味わえることでしょう。
あさのあつこのベストセラー小説『バッテリー』は、天才ピッチャーの主人公と、彼とバッテリーを組むことになる少年の1年間の姿を、全6巻に渡って描いた感動の物語です。野間児童文芸賞を受賞しました。
主人公の原田巧は、4月から中学生。父親の転勤で、広島と岡山の県境にある新田市に引っ越してきました。弟の青波は生まれたときから体が弱く、青波の看病のため、巧は一時、祖父の洋三が住んでいるこの街で過ごしていた時期があるのです。
少年野球でずば抜けた才能を発揮してきた巧は、自分のプレイに絶対的な自信を持ち、ストイックに努力を重ね続ける天才です。知り合った何人かの野球少年たちは、皆巧のことを知っており、キャッチャーをしている永倉豪は、巧の球を受けてみたいとずっと思い続けてきたのでした。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2003-12-25
作品内では、それぞれの登場人物の心理描写が、1人1人本当に丁寧に描かれ、深く感情移入して読み進めることができるでしょう。時に周囲の人たちを傷つける、傲慢とも言えるような巧の態度には、思春期の少年が抱える言葉にできない苛立ちが、ひしひしと伝わってきます。
野球への熱い思い、家族との関係、大切な友情についてなどが鮮やかに綴られ、葛藤や挫折を経験しながら、たくましく成長していく彼らの姿に、幾度となく魅せられてしまいます。頭の中に鮮明に映像が浮かぶような、美しい風景描写にも心を奪われることでしょう。ぜひ多くの中学生に読んでいただきたい作品です。
水泳の飛び込み競技「ダイビング」で、オリンピック出場を目指し奮闘する少年たちの姿を綴ったスポーツ青春小説『DIVE!!』。魅力的な児童文学を生み出す森絵都によって執筆された本作は、小学館児童出版文化賞を受賞しました。
中学生の坂井知季が通っているミズキダイビングクラブは、赤字経営が続き、閉鎖の危機に陥っていました。そんな中、アメリカで指導者になるための勉強を積んだ、麻木夏陽子がクラブのコーチとしてやってきます。閉鎖を迫る親会社に、夏陽子は「次のオリンピックの日本代表をミズキダイビングクラブから出す」という条件を提案し、存続を説得したのでした。
知季は飛び込み歴6年。のんびり屋で、大会での成績は目立つものではありませんが、誰よりも柔軟な体と、優れた動体視力を持っていました。夏陽子の指導によって飛躍的な成長を遂げる知季は、元飛び込み選手を両親にもつ富士谷要一や、天才ダイバーの孫、沖津飛沫らと競い合いながら、オリンピックを目指し過酷な練習に挑んでいくのです。
- 著者
- 森 絵都
- 出版日
- 2006-05-25
あまり馴染みのないスポーツが題材になっていますが、本書を読むと、ダイビングがいかに魅力的なスポーツなのかを知ることができます。高さ10mの飛び込み台から、水面に向かってダイブする、その間わずか1.4秒。その1.4秒の演技を完璧なものにするため、青春の全てをかけて努力する少年たちの姿に、熱いものがこみ上げてきます。作り込まれたストーリー展開と、思春期の少年たちの等身大の姿に、どんどん引き込まれていくことでしょう。
飛び込む時の緊張感には本当にハラハラドキドキし、思わず体に力が入ってしまいます。オリンピック選考会を制するのはいったい誰か?文章はとても読みやすく、漫画のような感覚で楽しむことができるので、読書が苦手な中学生にもおすすめの作品です。
恩田陸の『夜のピクニック』は、「歩行祭」というイベントに参加する、高校生たちの姿を描いた作品です。吉川栄治文学新人賞および、本屋大賞を受賞しました。
北高の伝統行事である「歩行祭」では、生徒みんなで夜を徹し、80キロという距離を歩きます。3年生の甲田貴子は、高校最後となる歩行祭で、密かに心に決めていることがありました。1年生の頃から、ずっとお互いの存在を気にしていたにもかかわらず、一言も言葉を交わしたことがない男子、西脇融に話しかけるという、自分の中でだけの賭けをしたのです。
その思いは恋心ではなく、ある事情からくるものでしたが、クラスでは不自然なほど距離をとる2人が、実は付き合っているのではないかという噂が流れていました。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
生徒たちは、皆それぞれにいろいろな思いを秘めています。長い距離を共に歩いていく中で、様々な感情が交差し、ストーリーが動いていく様子から目が離せなくなるでしょう。夜の道をみんなで語り合いながら歩く、というただそれだけのことなのに、こんなにも素敵な青春物語が紡ぎ出されていることに感動してしまいます。
一晩中ひたすら歩き続けるのは、単純なことですが決して楽なことではないでしょう。時には痛む足を引きずりながら、仲間と共にゴールを目指す時間が、何にも変えられないかけがえのないものになっていくのです。そんな様子が、微笑ましくもあり羨ましくも感じる、爽やかさに溢れた1冊になっています。
数々の代表作を持つ作家、赤川次郎によって執筆されたファンタジー小説『ふたり』は、事故死した姉と、姉の声が聞こえるようになった妹の、不思議な関係を描いた物語です。
高校2年生の姉、千津子は、成績優秀でスポーツ万能。演劇部ではヒロインも務め、誰からも慕われている優等生です。そんな姉と同じ私立の女子校に通う、中学2年生の妹、実加は、勉強もスポーツも好きではなく、「お姉さんと似てないね。」と言われることもしょっちゅうでした。
そんな姉妹に、ある日の通学途中悲劇が襲いかかります。千津子が、トレーラーから落下した積荷の下敷きになり、実加の目の前で亡くなってしまったのです。千津子の死によって、母の精神は不安定になり、実加は「死んだのが私だったら良かった」と考える日々。ところがそんなある日、ある事件に遭遇した実加の頭の中に、突然千津子の声が聞こえて……。
- 著者
- 赤川 次郎
- 出版日
- 1991-11-28
物語は読みやすく軽快に描かれていますが、実加の周囲では次々と問題や事件が発生し、読んでいてつらくなってしまう場面もあるでしょう。それでも姉の声を頼りに、その試練に立ち向かっていく実加の姿はとてもたくましく、様々なことを乗り越えて、成長していく様子が印象深く心に残ります。
決して器用ではありませんが、徐々にいろいろな才能を開花させ、輝き出す実加の姿にはとても惹きつけられます。たくさんの出来事を経験し、死んでしまった姉の歳へと近づいていく中、実加と千津子の見えない関係は、どのように変化するのか。ぜひ最後まで見届けていただきたいと思います。
東京の街を舞台に、高校生の不器用で純粋な恋愛を描いた、濱野京子による青春小説『トーキョー・クロスロード』。坪田譲二文学賞を受賞した本作は、好きなのに素直になれない、主人公の淡く切ない恋心が爽やかな文体で綴られている作品です。
高校2年生の森下栞は、行動力がありクラスでも頼られる存在の優等生。そんな栞には、ある密かな趣味がありました。休日になると山手線の地図を壁に貼り、ダーツが当たった駅で降りて、適当にぶらぶらと歩くのです。優等生としての自分を解放し、ラフな格好のまま、1人きりでのんびりと孤独を楽しんでいたのでした。
ところがある日の休日、いつものように知らない街を歩いていた栞は、中学の時の同級生、月島耕也と再会します。そのことがきっかけで、栞と耕也は2人で一緒に街を歩くようになり、自分でも気がつかないうちに、彼に惹かれはじめるのですが……。
- 著者
- 濱野 京子
- 出版日
- 2010-03-09
誰かを強く想うことに戸惑いを感じ、どうしても素直になれない主人公の姿が切なく、胸がキュンと締め付けられてしまいます。気持ちを知って欲しいのに、知られるのが恐い。そんな思春期の少女の複雑な心情が、繊細に描き出されている作品です。
それぞれに様々な事情を抱えた、個性豊かな登場人物たちが、作品をより素敵に彩っています。湧き上がる自分の感情から目をそらし、恋や友情に翻弄され、それでも人との出会いを通して成長していく主人公の、ほろ苦い青春物語。一歩踏み出すことの大切さを知ることができる、感動的なラストが待っていますから、ぜひ1度読んでみてくださいね。
児童文学作家、上橋菜穂子が描くファンタジー小説『精霊の守り人』は、大人からも圧倒的な人気を誇る「守り人」シリーズの第1作目に当たる作品です。野間児童文芸新人賞を受賞しました。
舞台となるのは緑豊かな「新ヨゴ皇国」。短槍の達人である女用心棒のバルサは、ある時、川で溺れていた国の第2皇子、チャグムを助けます。その礼としてチャグムの母である二ノ妃の館、二ノ宮に呼ばれたバルサは、二ノ妃から、「命を狙われているチャグムを守って欲しい」と依頼されたのでした。
チャグムはその体に、水の精霊「ニュンガ・ロ・イム」の卵を宿しており、そのせいで父帝から命を狙われていました。そして同時に、ニュンガ・ロ・イムの卵を食らう魔物「ラルンガ」からも追われています。チャグムを連れて二ノ宮から逃げ出したバルサは、次々に襲ってくる追っ手と戦いながら、チャグムを守っていくことになるのです。
- 著者
- 上橋 菜穂子
- 出版日
- 2007-03-28
30代の女性が主人公という、ファンタジーには珍しい設定に、新鮮な気持ちで物語を楽しむことができます。親子ほど歳の離れたチャグムに、生きぬくために必要な様々なことを教え、ともに成長し絆を深めていく様子はとても感動的。バルサと幼馴染の薬草師タンダや、呪術師のトロガイなど、魅力的な登場人物たちが脇を固め、ドラマチックで読み応えのある冒険が繰り広げられていきます。
細部にいたるまで緻密に練られた、重厚な世界観が広がっているにもかかわらず、物語には複雑なところがなく、中学生でもすんなりと読書に入り込むことができるでしょう。迫力の戦闘シーンにはハラハラドキドキさせられ、思わず手に汗握ってしまいます。王道ファンタジーに興味のある方はもちろん、これまでファンタジー作品に触れてこなかった方にも、ぜひ手にとっていただきたい作品です。
伊坂幸太郎による『陽気なギャングが地球を回す』は、特殊な能力を持った4人組が、銀行強盗として登場する痛快長編サスペンスです。
人がつく嘘を完璧に見抜く事ができる成瀬。言葉で人を惹きつける演説の達人響野。天才的なスリの腕をもつ青年久遠。1秒たりともずれる事のない精巧な体内時計を持つ雪子。このちょっと変わった特殊能力を持つ4人は、誰も傷つける事なく速やかに現金を奪っていく銀行強盗犯です。
成功率は100%。そんな彼らが横浜の銀行を襲い、いつものように洗練された仕事をこなします。このまま今回も無事に終わるかと思われたその時、4人が乗る車に突然RV車が突っ込んできて……。
- 著者
- 幸太郎, 伊坂
- 出版日
銀行強盗犯4人のそれぞれの個性が、とても魅力的に描かれている作品です。彼らの会話はとにかくコミカルでテンポが良く、読んでいて頬を緩めずにはいられないでしょう。やっていることは立派な犯罪なのですが、凶悪さの欠片もないお洒落な仕事ぶりが清々しく、銀行強盗という仕事がついつい素敵に見えてきてしまいます。
二転三転するストーリー展開には心底わくわくさせられ、1度読み出したら止まらなくなってしまうことでしょう。ユーモアたっぷりの本作ですが、成瀬の愛する息子が自閉症だったり、中学生のいざこざが描かれていたりと、様々なテーマが盛り込まれ、それらすべてが集約されるラストは爽快感抜群です。楽しい気分で読書時間を過ごしたい中学生の方は、ぜひ読んでみてくださいね。
80分しか記憶のもたない「博士」と、家政婦の母子との交流を綴る愛の物語『博士の愛した数式』。小川洋子によって紡ぎ出された本作は、読売文学賞および、本屋大賞を受賞したいへん話題になりました。
家政婦として働くシングルマザーの「私」は、元数学者の男性の家に派遣されます。過去に巻き込まれた交通事故の影響で、特殊な記憶障害を抱えている彼のスーツには、様々なメモがクリップで付けられ、その中には「僕の記憶は80分しかもたない」というメモもありました。
数学にしか興味を示さない彼に、当初は戸惑っていた「私」でしたが、彼の勧めで、家に「私」の息子が来るようになってから、その関係が変化していきます。息子が初めて家を訪れたとき、彼は息子を優しく抱きしめて迎え、「ルート」という愛称を付けました。「ルート」は彼のことを「博士」と呼ぶようになり、こうして「博士」「私」「ルート」3人の、温かく穏やかな日々がスタートしたのです。
- 著者
- 小川 洋子
- 出版日
- 2005-11-26
作品内には終始優しさが漂い、その透明感に心が洗われるような感覚を味わいます。登場人物たちの純粋な思いが、まるで心に染み渡るように広がり、泣きたくなるほど綺麗な世界観の中で、切なさや悲しみ、喜びや愛おしさを感じることができるでしょう。きらきらと光る、大切な時間を過ごす3人の姿が、いつまでも心に残る傑作です。
一見難解な印象もある数学について、深く掘り下げられており、数々の数式が物語を素敵に彩っています。数学とはこんなにも美しく神秘的なものだったのかと気づくことができ、興味深く読むことができるでしょう。数学に苦手意識のある方も、本書をきっかけに好きになれるかもしれません。
綾崎隼のデビュー作『蒼空時雨』は、作品内に様々な伏線が張られた新感覚の恋愛小説です。「花鳥風月」シリーズの第1作目となる作品で、電撃小説大賞を受賞しました。
物語は男女4人の視点から描かれます。ある雨の日の夜、舞原零央が住むアパートの前に、1人の女性がずぶ濡れで倒れていました。譲原紗矢と名乗るその女性は、「帰る場所がない」と話し、そのまま彼の部屋に居候することになります。こうして、紗矢が来てから1カ月が過ぎようとする頃、彼女がアパートの前で倒れていた本当の理由が明らかになるのですが……。
- 著者
- 綾崎 隼
- 出版日
- 2010-01-25
一方、楠木風夏は、しつこい無言電話に悩まされていました。夫の浮気を疑った風夏は、悩んだ末に、探偵事務所を開いている高校時代の同級生、舞原零央のもとに相談にやってきます。
主人公を1話ごとに変えながら展開されるこの作品は、いたるところに巧妙な仕掛けが施されています。少しずつ明らかになる真実に驚かされ、先が気になり読む手が止まらなくなってしまうことでしょう。ミステリーを読むような感覚で読むこともでき、普通とは違った恋愛小説が読みたいという方には、ぴったりの1冊です。
登場人物それぞれに悩みや葛藤があり、その心情には心が痛む場面もありますが、友達、家族、初恋の相手など、様々な人への愛が綴られている、切なくも温かい物語になっています。とても読みやすい文章で綴られた作品なので、ぜひこの素敵な世界観に浸ってみてくださいね。
柴村仁によって描かれた『プシュケの涙』は、ある高校を舞台に、自殺した女生徒の死の真相を追う青春ミステリーです。切なく心に響く絶妙な構成が話題を呼び、後に「由良」シリーズとして続編も登場する人気作品となりました。
高校3年生の榎戸川は、夏休みの数学の補習中、衝撃の光景を目の当たりにしました。窓の外を女生徒が落下していったのです。死亡した女生徒は吉野彼方。警察はその死を自殺と断定しました。
榎戸川もクラスの生徒たちも、吉野の自殺についての話題を避けていましたが、ある日、由良と名乗る男子生徒が「自殺した理由を知りたいと思わないか?」と榎戸川に話しかけてきます。最初は気乗りしなかった榎戸川ですが、「彼女が自殺するはずがない」と話す由良のペースに徐々に巻き込まれていき、2人は吉野の死について調べていくことになります。
- 著者
- 柴村 仁
- 出版日
- 2010-02-25
全くタイプの違う由良と榎戸川の掛け合いは、とても読み応えがあり、序盤から物語の世界にどんどん引き込まれていくことでしょう。つかみどころのない自由奔放な由良のキャラクターが、とても魅力的に描かれています。第1部では、そんな由良を探偵役に、手に汗握るスリリングな謎解きが展開されていき、吉野彼方の死について驚きの真相が明らかになります。
そして圧巻なのは第2部。物語は時間を遡り、突如様相を変えます。この巧みな構成に驚かされるのと同時に、描かれたかけがえのない愛おしい日々に、胸がいっぱいになってしまう作品です。どうしようもない切なさが募り、読んでいて涙が止まらなくなってきてしまいます。最後まで読み終えたとき、心の中に刻まれる1冊となるのではないでしょうか。
中学生におすすめの小説をご紹介しましたがいかがでしたでしょう。面白くて読みやすい作品ばかりですから、気になった本が見つかった方はぜひ1度読んでみてくださいね。