グルメ漫画の台頭著しい昨今。その中には料理題材だけに、違う要素を「ちょい足し」した漫画もあります。今回は恋愛要素をちょい足ししたグルメ漫画ランキングベスト5をご紹介したいと思います。
主人公の佐々木幸子(ささきさちこ)は月刊文芸誌「さらら」の敏腕編集者。これまで男っ気のないサチコでしたが、3歳年上のイケメンと無事結婚……とはいきませんでした。披露宴の最中に新郎の「俊吾さん」が置き手紙を残して失踪してしまったのです。彼女は冷静に普段の有能さを発揮して、中断してしまった式の後始末をこなし、翌日には平然と出社。
表面上平静を保つサチコでしたが、業務はミスを連発し、上の空だということが窺えます。退社を命じられた彼女は、ようやく気付きました。俊吾に逃げられたことが心の底からショックなのだと。サチコは気持ちの整理がつかないまま、食堂に立ち寄ります。
傷心の彼女でしたが、なんの気なしに注文したサバ味噌定食を一口食べて一変。そのあまりの美味しさに彼女は感動しました。そして定食を平らげるまで、完全に俊吾のことを忘れていたのです。美味しいものが傷を癒やす! これがサチコの忘却の美食道の始まりでした。
- 著者
- 阿部 潤
- 出版日
- 2014-12-26
本作は2014年から「ビッグコミックスピリッツ」で連載中の阿部潤の作品。
嬉しいこと、楽しいことをしていると、人はそれに没頭して時間やしがらみを一時忘れるものです。そういったことは誰しもが経験したことがあるでしょう。
幸子ことサチコは、完全無欠の敏腕編集者。ほとんど機械的とも言えるほど完璧な仕事、規範に則った生活をしてきました。趣味らしい趣味もなく、鉄のように表情を固めて仕事一筋。食事も単なる栄養補給のように淡々と済ませるのみでした。
彼女を良くも悪くも変えたのは、失踪した彼氏、あるいは旦那なり損ないの俊吾です。旅先で出会い、サチコを口説き落とし、2年間の交際を通して彼女の心に入り込んだ男。読者には結婚式の最中で逃げた最低男としか思えませんが、それでも2年間の蓄積があるサチコはことあるごとに俊吾との幸せな思い出を回想します。
普段がマシーンのようなサチコであるだけに、その乙女チックな回想のギャップが可愛らしく、そして捨てられたという現実に心苦しくなります。
その幸せでつらい過去を忘れる唯一の手段。完璧人間サチコが没頭出来る、いや忘我の境地に至るただ1つの方法が美食です。日本各地の素朴な、時に豪華な食事を前に、美味しさに浸り、全てを忘れて食べるサチコ。その姿はどこかエロスすら醸し出しています。
サチコが忘却の美食を幸福に極めた時、ようやく「俊吾さん」のことを吹っ切ることが出来る……のでしょうか? 一途に想うサチコの姿を見ると、彼には戻ってきて欲しいようなそうでないような、複雑な気持ちになります。
早川一家は長男で高校3年生の律、中学1年生の調(しらべ)、小学6年生の奏(かなで)、そして母親の恭子の4人家族。他界した父の三回忌から一週間後、恭子が急病で入院してしまいます。弟、妹の面倒に、自分の受験まであって、慣れない生活に四苦八苦する律。
間もなく長男の律にだけ、母親の本当の病名が明かされ、彼は愕然としました。入院前に恭子が残してくれた作り置きの食事もなくなり、途方に暮れる律。同級生の倉科夕子の協力を得ながら、律は不慣れな料理に挑戦し、母親に代わって早川一家を支えていくようになります。
- 著者
- 小沢 真理
- 出版日
- 2011-02-10
本作は2010年から「Kiss」で連載されている小沢真理の作品。
早川律は家族から「早川の至宝」、級友から「プリンス」とも呼ばれるイケメン男子。おまけに成績優秀で性格も良い、と非の打ち所がない少年です。とても家族思いな一面もあり、育ち盛りの弟達のために料理を覚え、その楽しさに目覚めます。
その律に影ながらアドバイスを送るのが夕子。料理のいろはも知らない律に、料理を始めるきっかけを与えたのも彼女です。律が高校1年の時のクラスメイトで、それ以来ずっと夕子は想いを秘めてきました。
律子にとってはプリンスと親密になる絶好の機会ですが、律も彼女もこの手の関係には不器用で奥手なので、一向に仲は進展しません。それが歯痒くもあり、微笑ましくもあり。
妹の奏はちょっとませたところのある、アイドル志望の女の子。母親不在で家計が苦しいのを案じて、自分がアイドルになって楽をさせる、とスカウトされようと頑張る姿も描かれます。そうそう上手くは行きませんが、意地らしくて健気なところが愛らしいです。
弟の調は思春期だからか、奏とはしょっちゅう喧嘩をします。しかし根は素直で、律の料理に顔を綻ばせるところなどは年相応。家族も大事に思っていて、3人で一緒に料理することも。
律は生来の優しさと責任感からか、友人の誘いも断るようになり、志望する京都の大学への進学も諦めてしまいます。こう書いてしまうと悲壮に思えますが、律本人は特に不平不満もなく、家族に尽くすことに喜びを感じています。全編に渉って家族の絆、他人への思いやりが強調されるほのぼのとした漫画です。
頼子(よりこ)と巡(めぐる)は同棲中のカップルです。しかし、頼子はカフェの雇われ店長で、巡はアルバイトに勤しむフリーター。2人は1つ屋根の下に暮らしていながら、1週間のうちほとんどを離れ離れで生活しています。
そんな2人の休みが一致する日曜日は、彼らにとって大事な日です。大切な人と過ごす特別な日には、仲良く準備して燻製に挑戦します。まったりと出来上がりを待って、楽しい夕飯で乾杯。ちょっと大人な2人が過ごす、ちょっと贅沢な週末のひととき。
- 著者
- 大島千春
- 出版日
- 2014-08-20
本作はウェブコミックサイト「WEBコミックぜにょん」で連載されている大島千春の作品。
本作は同棲カップルの、なんでもない週末の過ごし方を描いた日常漫画です。ともすればダラダラ過ごしてしまいがちな休日ですが、頼子と巡にとっては2人でいられる貴重な時間。お互い大人と言うにはまだ若く、自由にならない身なので出費は抑えめに、それでも出来る限り工夫して楽しむところが微笑ましいです。
そういう2人のマイブームが自家製の燻製。燻製というと一見敷居が高く思えますが、実は中華鍋のような適当な深鍋と蓋、食材を載せる網とスモークチップがあれば簡単に出来るのです。専用器具ならその分手間も減ります。
なんでもないゆで卵や6Pチーズ、ソーセージが一手間加えるだけで極上のおつまみに大変身。余分な水分が抜けて味が濃縮され、チップの香ばしいにおいが移って、滋味深い味わいとなります。毎回趣向を凝らした食卓は実に目の毒で、思わず付録のお手軽レシピを片手に挑戦したくなること請け合いです。
燻製にはまった2人は美味しい晩ご飯を堪能するわけですが、楽しいのはそれだけではありません。2人にかかれば食材を乾かす時間、燻す時間など、本来煩わしい空き時間も嬉しいイチャイチャタイム。
頼子は26歳、巡は24歳という年の差カップル。性格も思考も年齢も違って、学生気分の甘々とは少し事情が異なります。それぞれお互いを思いやりつつ、まだ見えない先々についても考える微妙な時期。そんな関係性に注視するのも、本作を読む上で楽しみなことの1つです。
犬塚公平は半年前に妻に先立たれ、幼い娘のつむぎを男手1つで育てています。毎食の食事は出来合いの弁当や冷凍食品、外食に頼り切りでした。忙しさにかまけて何か大事なことを見落とす日々。
ある日、彼らが花見に出かけた時、1人の女子高生、飯田小鳥と出会いました。聞けば、彼女の母親、飯田恵は料理屋「恵」を営む料理研究家でした。公平はつむぎに美味しいものを食べさせたい一心で「恵」を訪れますが、あいにく店主の恵は留守。
小鳥がなんとか用意した土鍋ご飯を3人で分け、公平はようやく大事な気付きます。毎日忙殺されて、つむぎと一緒に温かい食事を食べることがなかったことを。自身も1人で食事することが多い小鳥は、これからも3人で一緒に料理を作って食べる料理会を設けようと持ちかけます。
- 著者
- 雨隠 ギド
- 出版日
- 2013-09-06
本作は2013年から「good!アフタヌーン」で連載されている雨隠ギドの作品。
大事な人が傍にいない、という共通点を持った3人がたまたま出会い、料理を通じて心を満たしていく物語です。
妻と死別した公平は高校教師で、学校と慣れない家事で大わらわ。悲しみに浸る暇もありません。だからこそつむぎの寂しさに気付いてやれませんでした。つむぎはまだ幼いながらも、自分なりに亡き母親のことをわかっている賢い子です。そのために公平が頑張っていることも察しており、寂しさを我慢していました。
犬塚親子にとって小鳥は他人ですが、彼女もまた似た境遇にあります。母親が忙しい母子家庭。料理研究家の母が作る料理は味覚としては美味しいけれど、食事に本当に必要なものが足りない。
同じ寂しさを抱える3人が、協力して料理に挑戦し、温かい食事を囲む姿は本当に幸せそう。食べ盛りのつむぎ、やや食い意地の張った小鳥が、口いっぱいに頬張るのが微笑ましいです。
その公平と小鳥ですが、実は同じ学校の教師と生徒という、傍目にはちょっと危険な立ち位置。もちろん学校ではこの関係は基本的に秘密です。小鳥も年頃の女子らしく、最初はなんでもなかったのが、徐々に公平を意識していきます。
コメディタッチで微笑ましいやり取りの中に、時々ハッとするようなシリアスが垣間見られます。料理で繋がった彼らの関係はこれからどう変化していくのでしょうか。
地理学の博士号を取得するも、折からの不況と売り込みの弱さで未だ就職出来ない男、高杉温巳(はるみ)31歳。温巳はある日、従妹の久留里(くるり)を引き取ることになります。久留里はまだ12歳の中学生。彼を娘の未成年後見人にする、というのが温巳の叔母、美哉の遺言でした。
手際の悪い鈍感な温巳と、無口で人見知りの久留里。初めはコミュニケーション不足ですれ違いますが、お互いを思い合った結果の手作り弁当をきっかけに打ち解けました。親子でもない、恋人でもない、年の差19歳の不格好な優しい家族。
- 著者
- 柳原 望
- 出版日
- 2010-01-23
本作は2009年から2015年まで「コミックフラッパー」で連載されていた柳原望の作品。
久留里は無口な少女ですが、無感情というわけではありません。笑ったり泣いたり喜んだり怒ったり、むしろ作中では感情豊かな姿が目白押しです。そこがまた本作の一番の見所でもあります。温巳に対しても当初はつっけんどんですが、単に口下手なだけ。彼女の無口さが災いして、温巳のフィルターを通して時々毒舌キャラが出ることも。無論、温巳の妄想ですが。
対する温巳は、人の良さが滲み出ているものの、常に要領が悪いです。特に他人の機微や気持ちを察するのが不得手。従妹とはいえ、年頃の少女と1つ屋根の下で暮らすことを重く考えており、良き保護者であろうと奮闘します。
久留里が賢明に作った1つのお弁当から、2人の関係はスタートします。それはお互いにとって思い出のある、美哉の得意なきんぴらでした。以後、まるで新婚夫婦のように2人は家事を分担し、夕食を美哉が作り、温巳がお弁当を担当するように。
心を許した後は、非常に甲斐甲斐しく振る舞う久留里。その幼妻のような姿には、温巳のみならず読者の心まで射貫きます。久留里の関心事はスーパーの特売と今晩の献立ばかり。たまに温巳の帰りが遅いと、気の毒なほどおどおど狼狽しだします。
家族以上、恋人未満。不器用な2人は少しずつ美味しいお弁当と、温かい関係を築いていきます。
いかがでしたか? 恋愛に付きものの様々な要素が、グルメ漫画の旨味、もとい面白味を一層引き立てます。悲しい涙の塩味か、笑顔の甘味、あなたはどちらがお好みでしょう?