火野葦平のおすすめ本5選!「兵隊3部作」が有名。芥川賞も受賞!

更新:2021.12.21

火野葦平は、自身の戦争体験をもとにして、戦争小説を描いた人物です。戦争とはいったい何なのか、という部分を追求し、戦争によってもたらされた平民の生活を描きます。今回はその中から5作紹介したいと思います。

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自身の戦争体験を世に伝えた作家火野葦平

火野葦平は1926年、福岡県に生まれました。本名は、玉井勝則と言います。

早稲田大に入学後、仲間と共に詩や小説を発表しました。しかし、兵役の義務によって戦争に召集されたのち、文学活動をやめて家業である港湾労働者の「玉井組」二代目として働き始めます。

その後再び文学活動を始めた時には、自身の戦争の経験をもとに「兵隊小説」を執筆しました。代表作は、芥川賞を受賞した『糞尿譚』です。
 

土まみれの兵隊、戦争中の麦畑

後に「兵隊三部作」と評されたうちの二つの作品をご紹介します。

「土と兵隊」は、上海事変後の中国で従軍した兵士たちの様子を、弟への日記という形で記したものです。「麦と兵隊」は、日中戦争開始後の翌年の、従軍旧日本軍の実情を描いた物語となっています。

火野の従軍の経験が元となり、執筆されました。
 

著者
火野 葦平
出版日

「土と兵隊」は、何も知らないまま戦場に放り出さられた兵士が、泥まみれになりながら戦い、生き抜いていく物語です。

作中で描かれているのは、兵士の日常と目の前で死んでいく仲間、そして中国の一般人でした。兵士の身なりや様子は悲惨で、このような貧しい中で国のために頑張っていたことを感じます。

最初は殺すことに嫌悪感を抱いていた日本兵も、感覚が麻痺していつの間にか人を殺すようになっていました。そんな様子を、リアルな話として綴っていくのです。

「麦と戦争」は、題名にもある通り、麦畑の印象が深い作品となっています。

報道のために従軍した火野は、広大に広がる麦畑を目撃しました。戦争中にも残る農村の平和な生活を身近に感じる火野の日記に、敵であった中国人が同じ人種として感じることができます。一体自分たちはなぜ戦っているのだろうか?という、火野の強い思いが伝わってくることでしょう。

戦争とは一体なんなのか?という、平和な現代では忘れがちな問いかけを再度自分にしてみませんか。
 

母親は花、父親は竜

1952年から1年間、読売新聞にて掲載された、火野葦平の長編小説です。

舞台は太平洋戦争のあと、火野の実の父である玉井金五郎と、母であり金五郎の妻であるマンが生きていく大河小説となっています。火野の父親が竜の入れ墨を入れていること、母親のマンの理想を花と例え、『花と竜』という題名をつけたと言われているのです。

金五郎は、船の荷物を積み下ろしする港湾労働者という職業についていました。その職業は身分的に最下層の労働者とされ、辛い環境で働いていたことがわかります。辛い環境の中でも支え合って生きていく2人の姿を描いていくのです。
 

著者
火野 葦平
出版日
2006-02-16

火野の父親は、港湾労働の請負をする『玉井組』の棟梁として働いていました。時には体を張り、敵対する相手と喧嘩することも珍しくはなかったことがわかります。

そのため、金五郎はとても豪快です。男気にあふれ、自分の仕事に誇りをもっていました。

その金五郎を支えたのは、妻のマンです。この小説全体から感じるマンの芯の強さは、金五郎を超えるのではないかと思えるほどでしょう。面白いエピソードを一つ挙げると、金五郎が浮気をしたことでしょうか。マンは実家に帰り、金五郎が迎えに行っても断固として帰らず追い返したそうです。

マンの姿はとてもかっこよく、強く生きる女性像が描かれていると感じます。

当時の理想の女性像は、男性をけなげに支えて数歩後を歩くというものでした。しかし、マンと金五郎は二人とも強く、強く支え合いながら生きていく様子が分かります。そして、そんな夫婦の様子を息子が描いているという所が、グッと感動する部分といえるでしょう。

日本の港湾業を知ることのできる作品は少ないです。まさに間近で職を感じ、自身も若頭として働いた火野しか書けない作品なのではないでしょうか。
 

弱肉強食の世界の中で生き抜く

「糞尿譚」の主人公小森彦太郎は、糞尿を運搬して農家に売るという商売を考え、「衛生屋」を開きます。周囲の人に笑われながら、儲けを確信して仕事に打ち込みますが、思うようにいきません。

周りに妨害されながらも仕事を行っていた彦太郎ですが、「衛生屋」を市に売り込み、買い取ってもらうことになりました。
 

著者
火野 葦平
出版日
2007-06-09

芥川賞受賞作品です。

彦太郎は権力がないなりに自分の夢をかなえようと奮闘しました。そのため、権力のある市が自分の事業を認めてくれ、買い取ってくれるということで上機嫌になってしまいます。

しかし、その取引は彦太郎を酔わせ、だまして行われてしまったのです。

なぜ、糞尿をテーマにしたのか、という部分を考えると非常に面白いのではないでしょうか。最後に彦太郎は、自分に嫌がらせをする地元の民に糞尿を巻き散らかします。

しかし、権力のある、そして自分をだました人たちにはそんなことできませんでした。

権力が弱い人間は、強い人間に負けてしまうことを、糞尿まみれになった彦太郎の姿から惨めに感じることが出来ます。どうにもならない無念さや、味方をしてくれると思った人からの裏切りから落ち込む彦太郎の姿に胸が痛みました。

題名から嫌悪感を抱く方もいらっしゃると思います。非常に奥が深い作品です。糞尿汲み取り業者というのは、職の中でも底辺に近い仕事であると言えるでしょう。当時の労働環境や、弱権力者の生きにくさを是非感じてほしいです。

3代続く軍人精神

軍人一家の精神を描いた物語です。

主人公である高木友之丞は、攘夷の思いから長州の奇兵隊に入隊しました。友之丞は家庭を持ち、息子をもうけます。そして、その息子も、軍人として成長していくのです。一家そろって軍人となった高木一家の精神を追います。

維新前から第二次世界大戦にかけて、作者の経験をもとに戦争と一家の末を語ります。
 

著者
火野 葦平
出版日

兵士たちの軍隊生活の視点から描かれているこの作品は、全2巻に及ぶ長編小説です。

火野葦平は、この作品で陸軍そのものを書くよりも、陸軍の精神の在りどころを確かめる、という意味合いを込めて執筆したともいわれています。

本書の中には、作者の想いが隅から隅まで散りばめられていることが印象的です。軍人の気質を作るものは、家系でもなく親でもなく、国家なのではないか、と考えさせられるでしょう。

召集され、いざ戦争に赴くときには一家で見送る姿や、武器の扱いの練習を重ねる兵士の姿に、ついその光景が思い浮かびます。現代では見ることのない場面ですが、過去の人物たちの「戦争」への思いが感じられるのです。

実際戦場に赴いたことのある火野葦平だからこそ、とてもリアリティのある状況描写になっています。現代では戦争のことを身近に感じる人はなかなかいませんが、当時は身近に戦争があったことを感じられるのかもしれません。

この作品は、戦時中に新聞に連載されました。多くの人が見ているだろうと考えられる新聞に、自分の思いと共に戦争のことを綴った当時の火野の心境はどのようなものだったのでしょうか。

戦争作家の後の人生

火野葦平の最後の作品となった『革命前後』は、まさに遺書と言っても過言ではなのかもしれません。

戦争の作品を多く描いてきた火野は、自身の作品や人生までも苦悩し、作品にしたためました。主人公の名前は異なりますが、火野自身が主人公の作品です。
 

著者
火野 葦平
出版日
2014-02-15

火野の作品の多くは、自身の戦場での経験をテーマにした作品です。それを評価した者はいたものの、中には、沢山の命を奪った戦争のことをネタにして書いた作者だという認識の者も多くいたと思われます。

作品は、実際の火野葦平の名前を使ってはいませんが、主人公はまさに火野と同じ人生を歩んでいきました。批判され、けなされた火野は、戦争責任に苦悩していたのだろうと伺えます。芥川賞まで獲得した火野の、人生最後の悩みがのぞく作品となっているのです。

「もちろん、感じとるでしょう。感じずに居られるわけがない。あんたはわしら兵隊の王様で、あんたほどええ目に会うた人はないからね。わしら兵隊は一銭五厘のハガキでなんぼでも集められる消耗品じゃったが、あんたは報道班員とやらで、戦地で文章書いて大金儲け、 『麦と兵隊』の印税で家を建てたとか、山林を買うたとか、大層景気のええ話じゃ。」(『革命前後』より引用)

以上は、主人公に向けられた視線が感じられるセリフです。戦争責任をどうとるのか、という怒りを向けられ、返事が出来ない主人公の姿が何ともせつなく感じます。

火野はそんなつもりはありませんでした。ただ、戦場を伝えようとして物語を執筆していたのですが、その気持ちは届くことはなかったのかもしれません。

この作品の後に、火野葦平は自殺を図ります。心中の理由は誰にもわかりませんが、戦争というむごたらしいものは、従軍記者であった火野の心さえもむしばむものであったのかもしれません。

5冊紹介してきた作品を読んでいくと、芥川賞を受賞した作品から、代表的な戦争作品、そして、それによって感じてきた「戦争責任」を感じることが出来ます。それと同時に戦争がもたらす悲惨さを感じられるのではないでしょうか。戦争が身近にない現代で、ぜひ読んでほしい作家さんです。

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