五十音・文庫の旅「マ行」松尾スズキ、目取真俊 etc.

五十音・文庫の旅「マ行」松尾スズキ、目取真俊 etc.

更新:2016.5.17

本を読みたいけれど何を読んだらいいかわからない。なにより今自分が何を読みたいのかわからない。なんて悩んでるあなたのための「五十音・文庫の旅」。己の直感・独断・偏見・本能でもって選んだア行からワ行までの作家さんの作品を己の直感・独断・偏見・本能でもってここへご紹介するという寸法だ。今回は「マ行」。なぜ文庫なのかというと安くて軽くて小さいからです。

小林要司プロフィール画像
バンド「Large House Satisfaction」Vo/Gt
小林要司
1987年7月20日、東京都大田区大森生まれ。AC/DCと時代劇をこよなく愛する少年時代を過ごした後、2005年頃、兄の賢司、兄の同級生だった田中秀作とともにLarge House Satisfactionを結成。結成当時はGtのみを担当していたが、諸事情でスタジオリハに来れなかったボーカルの代わりに歌ったところ、賢司・秀作がその才能に気づき、Voも兼任することに。年間100本近くのライブを行いつつも、酒と小説をこよなく愛する。2015年9月にミニアルバム『SHINE OR BUST』をリリースした。2016年10月からは、Large House Satisfaction × Yellow Studs × THE PINBALLS -SPLIT TOUR-【KERBEROS】を開催する。http://www.largehousesatisfaction.com/
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クワイエットルームにようこそ

著者
松尾 スズキ
出版日
「ま」松尾スズキ。
俳優、演出家、映画監督など多彩な顔をもつ松尾スズキだが、第一級の小説家でありまた第一級の変態でもあることを見せつけられる作品。
 
恋人との別れ話が発端で薬物を過剰摂取し精神病院の閉鎖病棟にぶち込まれた主人公・明日香は、そこで強烈な症状の患者や何やら事情を抱えたナースたちと出会う。正常と異常の細い境界を渡り歩き再生を願う十四日間が始まる。
 
冒頭の描写はかなりショッキングだけれど、変人気取りのいやらしさのない絶妙な筆致で描かれていて思わず唸った。物語としては粗筋だけでもかなりウェッティなのに蓋を開けるとかなりドライで読みやすい。しかし、このドライな読みやすさは万人受けを狙っての「優しさ」ではなく著者の「自然」な感じがする。そこに松尾スズキ流のポップがある。そのポップネスが重く扱われがちの精神病院や患者たちの様子をユニークに映し出している。

とはいえ、描写がしっかりしているのでリアリティによる重みと物哀しさが感じられ読み応えもある。十四日間という作中の時間と濃度のバランスが素晴らしく良い。あっという間でもなく長く感じさせることもない。そう言うと印象が薄い内容と捉えられるかもしれないがそうではなく、読んでいて心地の良いボリュームということ。そして特筆すべきなのは、男性作家が書いていると忘れさせるくらい完璧な女性視点の文章、描写。こんなのはもう、ド変態的なテクニックで、凄過ぎて笑える。
 
一人の人間がどん底から這い上がる再生の物語。正常と異常は紙一重ということを改めて思わせられる作品だった。とはいえ全体的に謎の爽快感が漂っていて、最後まで清々しく読める。冒頭の描写は賛否両論あるかもしれないが、個人的にはあれくらいパンチがあるとやっぱり嬉しい。オススメの一冊。

厭世フレーバー

著者
三羽 省吾
出版日
2008-08-05
「み」三羽省吾。
タイトルに惹かれて手に取った。父親が失踪し残された五人の家族のそれぞれの視点で物語を結んだ作品。読み始め、タイトルから感じた印象とはちょっとズレてはいたが、最終章の73歳の絶賛ボケ進行中の祖父の独白的な物語を読むと腑に落ちた。それぞれ複雑な事情を抱えた彼ら五人が日々抱いている気持ちにはその実、色は違えど同じ「厭世観」がある。互いに互いを罵倒し嘲ることもあるけれど、似た者同士の家族は同時に崩壊しまた再生する。
 
語り口が無理に今風で逆に野暮ったくなっているところを除けば、なかなかの良作。一つひとつの章が家族一人ひとりの独白的内容だが、こういった小説にありがちの解りやすいカタルシスのないのことが作品全体の雰囲気を作っていて、それが旨味のあるリアリティになり独特な爽快さのある読了感をもたらしてくれる。
 
読んでいて気づいたが、実はこの作品、単なる一家族の絆の話ではない。大きなテーマが隠されている。それは解説で角田光代女史が秀逸に説明しているので、もし手に取って読むことがあればそこまで読んで欲しい。ポップな割に読み応えのある一冊。

友情

著者
武者小路 実篤
出版日
2003-03-14
「む」武者小路実篤。
400万人が感動したという大失恋小説。女を見るたびに結婚を想像せずにはいられない、「オンナ」を知らない主人公・野島は友人の美人な妹・杉子に出会い即恋に落ちる。片想いに爆発しそうな胸の内をやっとこさ親友・大宮に打ち明けるが事態は好まざる方向へ……。
 
ネタバレというか、もう著者も冒頭で書いちゃってるくらいのことなので俺も書くが、これはストレートな大失恋劇。ここまで先が読めても途中で飽きずに読み進められるのは「いかに全身全霊で恋しても、やっぱり相手次第」という、悲しいんだけどなんだかおかしみもある確固たるテーマがあったからだろう。まるでトラブル頻発の恋愛漫画を読んでるような、そんな気分にさせられる。
 
とはいえまた著者の嫌味なまでの(この嫌味は読み手にではなく、登場人物に対しての)心象描写は重厚で、紛れもない「文学」がそこにはある。それがあったからこその読了後の感動。難しいことを考えずにグワッと感情移入できる。思い切りガックリきて思い切り泣いて思い切り喚いたあと全部振り切って明日からまた生きていくという決意もするけれど、やっぱり悲しいよな、失恋って。
 
これもまた失恋という崩壊からの再生の物語だった。名作だ。一読の価値あり。

水滴

著者
目取真 俊
出版日
「め」目取真俊。
め、が頭文字につく作家の少ないこと少ないこと。やっと探して見つけた目取真俊。沖縄発の芥川賞作家。代表作が収録された短編集「水滴」を手に取る。
 
ある日突然、主人公・徳正の右足が冬瓜(すぶい)のように腫れ親指の先から水が噴き出した。それから毎晩、徳正の親指から滴る水を飲みに五十年前の沖縄戦で壕に置き去りにされ死んでいった兵士たちが現れるようになる。その中に、徳正は友人であった石嶺の顔を見つける……。
 
沖縄戦体験者の苦悩を描いた作品。しかし決して押し付けがましいところはなく、そのユニークな発想と沖縄言葉を使った独特な文章のおかげで簡単に物語の世界に没入できる。主人公の妻・ウシや親戚の中年男・清裕など、登場人物は個性的で愛らしくもある。物語はシンプルだが虚構への自然な移行が著者の非凡な腕前を示している。足が腫れて指から水が滴りそれを兵士の亡霊が舐めに来る、なんて異常事態をさらっと描いてトンと目の前に置く。これだけで虜になった。もはやSF小説。そこへ沖縄の風土特有のあっけらかんとした雰囲気が相俟って独特な雰囲気を創り出している。
 
とはいえ、これは沖縄戦後小説。沖縄はただの「癒しの島」ではない。その一面だけで語られることの多い沖縄の真実の戦後を、併録の「風の音」とともに描き切っている。捻くれずに、一度は読んでみて欲しいと云える作品だ。
 
また、こちらも併録の「オキナワン・ブック・レビュー」という作品だが、まさかの展開に抱腹絶倒系、これがこの短編集に入っている意味はかなりある。久しぶりに虜になった作品だ。劇的にオススメしておきます。

生きてるだけで、愛

著者
本谷 有希子
出版日
2009-03-02
「も」本谷有希子。
かなり前から友人に勧められていた本谷有希子。すっかり忘れていて、読了後に気づく。いや、凄い小説家だ。
 
鬱由来の過眠症で引きこもり気味の主人公・寧子の無気力な日々に突然、同棲している恋人・津奈木の昔の女が現れ、寧子を追い出すため執拗に自立を迫る。また鬱の泥沼に頭からつっこむけれど、寧子は四苦八苦しながらも明確な愛を求め足掻く。
 
いや凄い。もっと早く読めばよかった。最初はメンヘラの自分よがりの自分語り系小説かなとちょっと引き気味だったけれど、その胸を駆け抜けて行くような勢いのある文章にいつの間にか心が掴まれていた。

劇団を主宰し作・演出を手掛ける著者らしい登場人物たちはいずれも強烈なわかりやすい個性を持つ。本気でイライラするし本気で笑える。凶暴な雰囲気が作品全体に漂っていて、ページを捲る手が止まらない。ラストの主人公・寧子の感情が爆発するシーンに平手打ちを喰らったような衝撃を覚えて、俺は呆然と感動していた。

心の底にある汚くて怖くて捨てたいけど、でも捨てられない感情から目を逸らさず握りしめて相手に投げつけて愛を叫ぶ、生真面目な恋愛小説。ぜひ一度手に取って読んで欲しい。

というわけで、マ行の五冊。
パワフルな作品が多かった。特に目取真俊の「水滴」に出会えたのは嬉しかった。これからも読み続けていく作家がまた増えた。来月はヤ行。次回は三冊にして、旅外編を二冊紹介するつもりです。ではまた。

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