クワイエットルームにようこそ
- 著者
- 松尾 スズキ
- 出版日
「ま」松尾スズキ。
俳優、演出家、映画監督など多彩な顔をもつ松尾スズキだが、第一級の小説家でありまた第一級の変態でもあることを見せつけられる作品。
恋人との別れ話が発端で薬物を過剰摂取し精神病院の閉鎖病棟にぶち込まれた主人公・明日香は、そこで強烈な症状の患者や何やら事情を抱えたナースたちと出会う。正常と異常の細い境界を渡り歩き再生を願う十四日間が始まる。
冒頭の描写はかなりショッキングだけれど、変人気取りのいやらしさのない絶妙な筆致で描かれていて思わず唸った。物語としては粗筋だけでもかなりウェッティなのに蓋を開けるとかなりドライで読みやすい。しかし、このドライな読みやすさは万人受けを狙っての「優しさ」ではなく著者の「自然」な感じがする。そこに松尾スズキ流のポップがある。そのポップネスが重く扱われがちの精神病院や患者たちの様子をユニークに映し出している。
とはいえ、描写がしっかりしているのでリアリティによる重みと物哀しさが感じられ読み応えもある。十四日間という作中の時間と濃度のバランスが素晴らしく良い。あっという間でもなく長く感じさせることもない。そう言うと印象が薄い内容と捉えられるかもしれないがそうではなく、読んでいて心地の良いボリュームということ。そして特筆すべきなのは、男性作家が書いていると忘れさせるくらい完璧な女性視点の文章、描写。こんなのはもう、ド変態的なテクニックで、凄過ぎて笑える。
一人の人間がどん底から這い上がる再生の物語。正常と異常は紙一重ということを改めて思わせられる作品だった。とはいえ全体的に謎の爽快感が漂っていて、最後まで清々しく読める。冒頭の描写は賛否両論あるかもしれないが、個人的にはあれくらいパンチがあるとやっぱり嬉しい。オススメの一冊。
厭世フレーバー
- 著者
- 三羽 省吾
- 出版日
- 2008-08-05
「み」三羽省吾。
タイトルに惹かれて手に取った。父親が失踪し残された五人の家族のそれぞれの視点で物語を結んだ作品。読み始め、タイトルから感じた印象とはちょっとズレてはいたが、最終章の73歳の絶賛ボケ進行中の祖父の独白的な物語を読むと腑に落ちた。それぞれ複雑な事情を抱えた彼ら五人が日々抱いている気持ちにはその実、色は違えど同じ「厭世観」がある。互いに互いを罵倒し嘲ることもあるけれど、似た者同士の家族は同時に崩壊しまた再生する。
語り口が無理に今風で逆に野暮ったくなっているところを除けば、なかなかの良作。一つひとつの章が家族一人ひとりの独白的内容だが、こういった小説にありがちの解りやすいカタルシスのないのことが作品全体の雰囲気を作っていて、それが旨味のあるリアリティになり独特な爽快さのある読了感をもたらしてくれる。
読んでいて気づいたが、実はこの作品、単なる一家族の絆の話ではない。大きなテーマが隠されている。それは解説で角田光代女史が秀逸に説明しているので、もし手に取って読むことがあればそこまで読んで欲しい。ポップな割に読み応えのある一冊。
友情
- 著者
- 武者小路 実篤
- 出版日
- 2003-03-14
「む」武者小路実篤。
400万人が感動したという大失恋小説。女を見るたびに結婚を想像せずにはいられない、「オンナ」を知らない主人公・野島は友人の美人な妹・杉子に出会い即恋に落ちる。片想いに爆発しそうな胸の内をやっとこさ親友・大宮に打ち明けるが事態は好まざる方向へ……。
ネタバレというか、もう著者も冒頭で書いちゃってるくらいのことなので俺も書くが、これはストレートな大失恋劇。ここまで先が読めても途中で飽きずに読み進められるのは「いかに全身全霊で恋しても、やっぱり相手次第」という、悲しいんだけどなんだかおかしみもある確固たるテーマがあったからだろう。まるでトラブル頻発の恋愛漫画を読んでるような、そんな気分にさせられる。
とはいえまた著者の嫌味なまでの(この嫌味は読み手にではなく、登場人物に対しての)心象描写は重厚で、紛れもない「文学」がそこにはある。それがあったからこその読了後の感動。難しいことを考えずにグワッと感情移入できる。思い切りガックリきて思い切り泣いて思い切り喚いたあと全部振り切って明日からまた生きていくという決意もするけれど、やっぱり悲しいよな、失恋って。
これもまた失恋という崩壊からの再生の物語だった。名作だ。一読の価値あり。