見えない音を見える絵にする天才、元永定正。彼の個性的な抽象画を使った絵本はかつて賛否両論がありましたが、現代ではその自由な画風で多くのファンを魅了しています。
元永定正は1922年三重県生まれ。中之島美術研究所(現・専門学校中の島美術学院)で学び漫画家を志しますが、1946年、洋画に転向しました。日本画のたらし込みの技法からヒントを得て、キャンヴァス上に絵具を流し込む絵画を作り、戦後の日本前衛美術の先駆けとなりました。国際的に活躍、米国での評価も高く、前衛画家として初めて紫綬褒章を受章します。
1970年代から絵本の制作を始め、1977年には谷川俊太郎が文を手がけた『もこ もこもこ』の挿絵をアクリルとエアブラシによる独特の画風でユーモラスに描き話題に。1983年には日本芸術大賞を受賞しました。
絵の具が垂れて弾けて絡み合うような独特な抽象画の絵本は、出版当初は反発も多く、「変な本を出すな」と親からの抗議の手紙が届いたり、館長が図書館で購入しようかどうか迷ったなどの逸話もあるほど。個性的な表現は賛否両論ありましたが、現代絵本挿絵の世界への起爆剤ともなりました。
言葉をそのまま絵にしたような、見ているだけでこちらの感覚を刺激してくる特徴的な元永定正の絵は、まだ言葉を話さない子供たちから言葉の表現に限界を感じている大人まで多くのファンを魅了しています。
『ころ ころ ころ』は、色とりどりの小さな玉がいろんな場所を転がっていくお話です。
茶、黄、紫、赤、緑。様々な色をした玉がころころころ、と転がっていきます。不規則なようでいて、実は微妙な間隔バランスを保ちながら一直線に進んでいくのです。階段上ってころころころ。上ったら下りてころころころ。どこまでも転がっていきます。
- 著者
- 定正, 元永
- 出版日
階段の幅がまちまちなところが、人工的でない山道の坂のようで気持ちよく感じられます。階段の角にある色玉は、今まさに下りる瞬間そのもの。眺めていると、色玉たちが動いているように見えてきて、とても不思議に感じられるでしょう。
赤い道では赤に染まって転がります。でこぼこ道や坂道もころころころと進み、滝からはキレイな放物線を描いて色とりどりに落ちて行きます。かと思うと嵐に吹き飛ばされ混沌状態に。滑り台から飛び出せば、不規則ですがバランスを保った間隔でバウンドするのです。
「ころころころ」と簡単な言葉の繰り返しなので、言葉を話す前のお子さんへの読み聞かせにもピッタリです。言葉を真似するのが楽しい時期のお子さんでしたら、一緒に声に出してもらいましょう。色玉の一つひとつを指さして動きを確認したり、色当てゲームをしたりと、シンプルな挿絵だけにいろいろな遊びができそうです。親子でお気に入りの読み方と遊び方を発見してほしい、どのページを開いてもワクワクする一冊になっています。
『もこもこもこ』は、静寂から「もこ」と「にょき」が生まれ、また静寂に戻るお話です。
「しーん」と一言書かれただけのページは青一面。その下、6分の1だけが紫色で、その部分から「もこ」と膨らみが出来て「もこもこ」と大きくなり、さらにその横に「にょき」が発生します。
全て簡単な擬音語とそれに伴うシンプルな挿絵なのに、なぜかそれ以上のドラマと感動が味わえる不思議な絵本です。
- 著者
- 谷川 俊太郎
- 出版日
- 1977-04-25
「もこ」は「もこもこ」から「もこもこもこ」へ。膨らみはどんどん大きく成長します。「にょき」も「にょきにょき」育ちますが、「にょきにょきにょき」になる前に、ぱくっと「もこもこもこ」に食べられてしまうのです。
「もぐもぐ」しながら真っ黄色に進化した「もこもこもこ」の先っちょに「つん」と出来物が出たかと思うと、次の瞬間それは「ぽろり」と落ちました。
ページをめくるたび、いったい何がどうなるか全く想像できないようなドキドキ感に満ちている作品になっています。
擬音語ばかりなので、言葉がわからない赤ちゃんから十分楽しめますし、そのシュールさで高学年の子供までも虜にしてしまうほど。学校の読み聞かせでも大人気の名作です。
『がちゃがちゃ どんどん』は、音を絵にしたような作品です。
ページをめくると「がちゃがちゃ」という音が本当に聞こえてきそうなLやW型の角ばった細長い物体の集まりに目を奪われるでしょう。ふたつの大きな丸い楕円は「どんどん」と飛び跳ね、尖った黄色い稲妻は「かーん」と光り、針状の棒の先は「ちん」と折れるのです。
- 著者
- 元永 定正
- 出版日
- 1990-04-10
聴覚を視覚に変換する手腕の見事さに圧倒されてしまうでしょう。
「りん」となる鈴は音を出す方向の輪郭が小刻みに波打ち、「どさん」と茶色い長い物体が画面の下に落ちます。
「ぐちゃぐちゃ」「ぽきん」の挿絵は比較的分かりやすいかもしれません。「とん」「ちん」「かん」に至っては、ダジャレ?と吹き出してしまいそうです。
「ちん」「ぱんぱん」「どかん」「じゃらじゃら」「とぽん」「ぴちゃ」「ぱちん」は同じページに描かれているので、絵を比較しながら、音の違いを楽しめます。
本を読んだ後は、「どろどろ」「わいわい」など他の擬音語を絵にするとどうなるだろうね?なんて親子でお絵かきクイズをしたくなるかもしれませんね。五感にインスピレーションをたくさんもらえる名作、ぜひ読んでみてください。
『いろながれ かたちうごいて ぱぴぷぺぽ』は、5・7・5調の言葉とその挿絵からなる絵本です。
表紙を開いてまず驚かされるのは、赤一色の表紙裏に並ぶ不思議な言葉の羅列。意味がわかるようなわからないような不思議な5・7・5調の文字の固まりが白抜きで並んでいて目立つのです。
ページを捲ると、元永定正が描く独特な抽象画がこれらの不思議な句と一緒に目に飛び込んでくる一冊です。
- 著者
- 元永 定正
- 出版日
- 1999-04-01
「いろいろと みどりながれて ははははは」(以下全て『いろながれ かたちうごいて ぱぴぷぺぽ』より引用)と緑の絵の具が大胆にたっぷり画面下に流れ、その上でクラゲのような物体が9匹浮かび漂います。
「ももいろに あみめかたちは はれほれほ」では、水分を多く含んだ5色の絵の具をぶつけて散らした紙の上で、すこしひしゃげた焼き網のような物体に、矢印やトンカチのような手足や尻尾がにょきにょきと生えてくっついています。
「ぴぴぴぴぴ どかんぱちぱち いろはなび」と書かれたページでは、何色もの絵の具がたっぷりと勢いよく画面にぶつかり豪快にどろどろと垂れています。
どれもただただ不思議な世界。言葉を真面目に考えていると混乱するかもしれません。単純に音だけに集中して読んだほうが、挿絵の雰囲気を理解しやすくなりそうです。
難しい文章はないし、5・7・5のリズムがとても気持ちが良いので、文字が読めるお子さんでしたら、お子さんに読んでもらっても楽しいかもしれません。視覚的にも聴覚的にも自由な感覚を親子で楽しめる一冊です。
『いろ いきてる!』は、絵の具の自由な動きを実況中継しているかのような楽しい絵本です。
「あ、いろ、いきてる!」と大量の真っ赤な絵の具が大胆に画面上から斜め下に流れ落ちます。水分を多く含ませた絵の具が互いに絡み合って「ついたり、きえたり」と、素敵な滲み具合になっているのです。
- 著者
- 谷川 俊太郎
- 出版日
- 2008-11-15
「ちっとも じっとしてない」と何色もの絵の具が混ざり合って飛び散ります。「どこへ いきたいの?」と空色の絵の具は勢いよく横へ下へと流れ出し、「なにに なりたいの?」と2色の絵の具は弾き合います。
絵の具への愛情が溢れ出ているコメントの数々に、これは単なる絵の具ではなく、本当に命ある生き物かもしれない、と錯覚しそうになるほど。色たちの実況中継の最後の文言は、「うまれてる いろの こどもたち」。どこまでも優しい眼差しで絵の具の動きが作り出す様を見つめて描かれています。
豊かな感性溢れる子供時代にこそ、親子で楽しんで欲しいオススメの一冊です。
絵本の常識を覆した元永定正。文字も挿絵もこんなに自由でいいのだ、と感動を覚えます。音が絵に、絵が音に、と感覚を柔らかくしてくれる不思議な作品の数々、是非親子で楽しんでくださいね。