日本の三大奇書を徹底紹介!読むと気が狂う!?

更新:2021.12.21

”読むと気が狂う”と言われる日本の三大奇書、『ドグラ・マグラ』、『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』。そして、4冊目の奇書として挙げられることも多い『匣の中の失楽』。読者をとらえて離さない4冊の魅力を紹介します。

ブックカルテ リンク

日本の三大奇書とは

日本の三大奇書とは、夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』の3冊を指す言葉です。日本における「奇書」という言葉は奇抜かつ幻惑的なアイディアや設定を取り入れたミステリ界の異端文学に対して使われます。ちなみに中国では、「奇書」は面白い、優れているといったニュアンスになります。

三大奇書に挙げられた3冊は、読者を惑わす内容もさることながら、作品としての魅力も大変強く、一部からの強い批判に晒されながらも高い評価を得ているものばかりです。また、後に発表された4冊目の奇書とされる竹本健治『匣の中の失楽』は3冊の構成を受け継いでおり、その後も第五の奇書を名乗る小説が現れるなど、ミステリ小説界に与えた影響力は計り知れないものでした。

今も多くのファンを惹きつけてやまない三大奇書と、4冊目の奇書と呼ばれる一冊についてご紹介します。

無限のループに陥って逃げられない、三大奇書の一つ『ドグラ・マグラ』

”私”と語る青年は、見知らぬ部屋で目覚め、若林教授と名乗る会ったことのない男から記憶喪失であることを教えられました。青年は精神病患者に関連した事件の重要なカギを握る人物であり、若林教授の研究を完成させるためにも青年の記憶が重要だと語られます。

連れていかれた研究室で青年は、彼の記憶に関わると言われるあらゆる資料を読まされることになります。しかし、彼は資料を読めば読むほど混乱していくのです。死んだはずの人物が目の前に現れ、事件の中枢にあると資料から読み取れる人物が自分自身であると思い始め、許嫁とされる謎の美少女の存在が絡み合い、徐々に青年は自分自身のことが分からなくなっていきます。

著者
夢野 久作
出版日

一度読んだだけでは多くの読者が理解できないと評される小説『ドグラ・マグラ』の魅力は、その構造にあります。長編小説の冒頭と終幕が繋がっており、まるで繰り返し再生される音楽のような、巧みな構成がなされています。

また、『ドグラ・マグラ』の小説内に、青年が読む資料のひとつとして「ドグラ・マグラ」という小説が出てくるのです。混乱してしまうような構造ですが、私たちが読む小説について、小説の中で紹介されているということです。

奇妙なループや入れ子構造の中で、読者は自分の読者としての視点を失ってしまい、終わった瞬間にまたはじめから読んでしまうことでしょう。

日本発の本格ゴシック・ロマンス『黒死館殺人事件』

黒死病の死者を擁した城に似ていることから通称”黒死館”と呼ばれる館。登場人物は、そこには館から一度も出たことのない弦楽四重奏団、その4人を幼少期に館に招き入れた今は亡き創設者、館に残された秘書、創設者を父に持ち妾の子である美少年などがいます。

弦楽四重奏団の一人が不可解な死を遂げたことがきっかけで、探偵である法水麟太郎(のりみず・りんたろう)は館の依頼を受け、捜査にあたります。法水は独自の視点から怪奇事件の真相に迫っていきますが、その間にも次々と死者が増えていくのです。

著者
小栗 虫太郎
出版日
2008-05-02

館で起こった謎の死に探偵が挑む、という構造はよく小説では見かけるものです。『黒死館殺人事件』が奇書として挙げられる理由は、推理の基軸が神秘主義や呪術、暗号学など決してロジカルではないもので埋め尽くされているからでしょう。

主人公である法水は膨大な知識を持っており、偏りのある深い知識から常人には想像もつかないような推理を次々と繰り出すのですが、その内容はゴシックで西洋的、かつロマンスに溢れたものばかりです。

館そのものにも、亡き妻を模した自動人形や奇書に溢れた図書室などの謎めいた舞台が用意されており、世界観は実にゴシック・ロマンスを感じられるものになっています。

読んでいると知識量と飛躍的な展開に酔ってしまうため、読者にめまいを及ぼす奇書と言えるでしょう。

小説そのものを懐疑するアンチ・ミステリの傑作『虚無への供物』

宝石商として大富豪の座を築き上げた氷沼家は、一族に不可解な死が絶えません。氷沼家の当主の従弟にあたる大学生・藍司(あいじ)は、主人公・奈々村(ななむら)に一族の不幸について話します。

奈々村は推理力を駆使して一族の過去の謎を解き明かす……のではなく、まだ起こっていない事件を推理する、という奇怪な推理ゲームを始めます。残された氷沼家の面々も、奈々村を中心にそれぞれが持つ知識をもとに推理合戦を繰り広げ、それを追うように事件は更なる事件を呼んでいくことに。

著者
中井 英夫
出版日

『虚無への供物』が奇書として挙げられる理由は、そもそも推理小説の根幹である「起こったことを推理する」というルールを崩したからです。

推理という行為は、起こった出来事の観察と洞察力によって正しい答えを導くところに醍醐味があり、読者もそれを期待します。しかし、『虚無への供物』に出てくる登場人物はそんな読者の期待を裏切り、登場人物たちの思い思いの突拍子もない推論や、まだ起こっていない事件の推理をゲームのように楽しみます。

そもそもミステリ小説の読者という存在は、推理を望んで物語を読むならば、そこで起こる殺人事件を期待しているとも言えるのではないでしょうか。そんな読者たちの身勝手な望みを知っている、と小説の中で生きる登場人物たちが冷静な視点で読者を捉えているところが『虚無への供物』の特徴です。

読者としての自分を意識しながら読む小説。むしろ、読者である自分すら登場人物として溶け込んでいるかのようにも感じられるかもしれません。それが、『虚無への供物』の奇書たる所以なのです。

三大奇書の魅力を色濃く受け継いだ、第四の奇書『匣の中の失楽』

推理小説が大好きな大学生たちが集まり、メンバーはゲームの一貫として自作の推理小説をもとにした推理合戦を楽しもうとするところでした。推理合戦のさなかに失踪していたメンバーのひとりが奇怪な死を遂げます。

その奇怪な死に対して推理合戦はなおも継続しますが、それは実は小説内で起こったこと。自作の小説にメンバーたちが実名で登場しているということだったのです。

小説内の出来事に対して登場人物たちが推理しているだけだったのか、と一息ついたところ、推理ゲームにいそしんでいた彼らのうちの一人が実際に殺され、やがて小説内と現実で起こる殺人事件は絡み合っていきます。

著者
竹本 健治
出版日
2015-12-15

三大奇書の読者に対して仕掛けられる展開を受け継ぎ、第四の奇書として挙げられることの多い竹本健治の『匣の中の失楽』。年代が他の三冊よりもやや新しいことと、仕掛けられる構造は『虚無への供物』と似たものであることから、三大奇書と並ぶというより三大奇書のオマージュといった印象の強い一冊です。

作中で、推理中に飛び交う登場人物たちの膨大な知識量は『黒死館殺人事件』、登場人物による推理合戦は『虚無への供物』、ループして読者を迷わせる構造は『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせます。そして、それら三冊のどれよりも読みやすく入りやすいところが『匣の中の失楽』の魅力と言えるでしょう。小説を読むこと自体に慣れていないけれど奇書に興味のある方は、本書から入るのも良いかもしれません。

日本の三大奇書はいずれも読者を引き込み、魔法をかけられたようにくらくらさせる作品ばかりです。本を読むという行為の奥深さを改めて感じさせてくれる名作揃いとも言えるでしょう。ある意味では刺激の強い三大奇書の魅力を、ぜひ感じてみてください。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る