ショーン・タンの作品には、子どもの頃に言葉にできなかった思いを、再び蘇らせてくれるような不思議な力があります。読み手の心をつかむ奇妙な世界や生き物たちも彼の作品の魅力です。幼かった自分を登場人物に重ねて、物語に浸れるオススメ作品を5つ紹介します。
ショーン・タンは1974年生まれ、オーストラリア出身の絵本作家で、イラストレーターとしても活躍しています。その作品の多くは物静かな寂寥感と切なさが混じり、シュールで恐怖すら感じさせる描写をすることもしばしば。作風は、マレーシアから西オーストラリアに移住したショーン・タンの父親の経歴が深く関わっていると言われています。
移民として過ごした父の背中を見つめ続けた少年が絵本作家となり、その複雑な心の内を世界中の人が心打たれるような美しい絵画とストーリーで表現しているのです。代表作『アライバル』は世界幻想文学大賞アーティスト部門で賞を受賞したほか、アングレーム国際コミック・フェスティバル最優秀作品賞を受賞するなど華々しい功績を築いています。
この絵本には文章がありませんが、128ページにも渡って壮大なストーリーが描かれています。そこには主人公の男性を取り巻く家族や親切な人々、そして奇妙な世界が広がっているのです。
一家の大黒柱であるその男性が荷造りを始め、家族に惜しまれながら家を出ていくシーンからこの作品は始まります。男性は、今暮らしている場所が住みにくくなったのか、家族を残して一人異国に旅立つのです。家族のために異国で仕事を見つけ、生活の基盤を築こうとする男性ですが、彼から見たその新しい世界は、何もかもが目新しく異様で、男性はその世界に根を下ろすために努力を重ねます。
文章がないのに、男性の心情が絵から滲み出してくるような作品です。大人になってから新しい環境に順応しなくてはならなかった男性の心細い気持ちや戸惑いなどが、絵を通じて伝わってきます。
- 著者
- ショーン・タン
- 出版日
- 2011-03-16
表紙の絵の男性は、見たこともない異形の動物に戸惑っているよう。この奇妙な生き物は、異国の地で奮闘する彼の家に住んでいて、彼の心を支えてくれる存在になります。
物語の途中では、ビルよりも大きな男たちが巨大な掃除機のようなもので人々を吸い上げようとする恐ろしいシーンも登場します。文章がないのでそれらの解釈は個人に任されることになりますが、あの掃除機は移民たちに対する言葉に表せない圧力を具現化したものかもしれません。
しかしながら、言葉が通じない世界へ踏み込んだ男性を取り巻く人々は皆親切で、ページをめくるたびに見ている側までホッとします。住み慣れた場所を離れなければならない人の気持ちを知り、切なくも温かくなる作品です。
小さくて可愛らしい、少し不思議な生き物であるエリックは、この作品の主人公である語り部の家にやってきた交換留学生です。語り部は親しみを込めたまなざしでエリックを見守ります。
語り部の家族はエリックのために空き部屋のペンキを塗りなおして過ごしやすいように部屋を整えましたが、エリックはなぜか台所の戸棚で寝泊まりを始めます。家族はエリックの個性をおおらかに認めながら、彼と一緒にいろんな場所へ出かけ、たくさんのものを見せてあげるのです。
エリックが突然帰って行った日、残された家族は喪失感に包まれながらエリックが出て行った理由を話し合いました。しかし、エリックのいた戸棚からあるものが出てくると、家族は皆、笑顔に包まれるのです。
- 著者
- ショーン・タン
- 出版日
- 2012-10-17
小さなエリックを見守る語り部の目線がとても温かく、ほんわかした雰囲気に包まれているこの作品。エリックの姿がとても可愛らしく描かれていて、荷物鞄の代わりに下げている落花生やくるみもキュートです。
エリックが不可解な行動をとるたび、お母さんが「きっとお国がらね」と広い心で受け入れる言葉をつぶやくのを見ると、家族の優しさが伝わってくるでしょう。
この作品は、作者の父親が移民だったことに影響を受けていると言われています。人種や生まれ育った環境の違う人同士が温かく交流するヒントを掴めそうな作品です。
この本には、ショーン・タンの15の作品が収録されています。人気作品の「エリック」や「水牛」に、日本人の登場する「壊れたおもちゃ」など。日本にいながらにして、別の世界・別の時代に起きた出来事や生きていた人たちに直に触れられるような素晴らしい体験ができる物語ばかりです。
「水牛」は、終始穏やかな雰囲気で描かれている作品です。主人公が子どもの頃住んでいた町のはずれにいた水牛は、無口でありながら人間の言葉がわかるという不思議な存在でした。何か問題が発生すると人間は水牛に助けを求め、どの方向に進むべきか助言を求めます。水牛は尖ったヒヅメで人間たちの行く先を指示してくれるのです。
水牛の背中はとても大きくて、どこかもの悲しい雰囲気を漂わせています。絵本の中に描かれた水牛は筆者が思い描いた実在の誰かなのか、読み終わった後に想像を巡らせてみたくなる作品です。
- 著者
- ショーン タン
- 出版日
- 2011-10-14
収録されている作品ごとにイラストのタッチや世界観、雰囲気までもガラリと変わるので、読み手を飽きさせないのがこの作品の魅力でもあります。
目を引くような鮮やかな色合いというよりは、落ち着いた風合いのイラストが奇妙な世界に現実味を醸し出しています。作中に登場する奇妙な生き物たちも読み手をひきつける独特な何かを持っているのではないでしょうか。本物にとても近い夢を見ているような感覚に陥ることができる作品の数々は、ショーン・タンの世界に浸りたいファンにおすすめです。
ルールというと子どもたちを押さえつける窮屈なものというイメージがありますが、この作品におけるルールは、なんと子どもたちが作ったものなのです。
大人からしてみれば一見意味不明にも感じるルールの数々。
「裏のドアを開けっぱなしたまま寝ないこと」
「夏の最後の一日を見逃さないこと」
(『夏のルール』からの引用)
幼い兄弟が作ったこれらのルールは、失敗ばかりで兄を困らせる弟のおかげでできたものばかりです。
やんちゃな弟が兄と喧嘩して一人はぐれてしまうと、世界は途端に色を失い、弟の不安がその絵からにじみ出てくるように感じられます。大人にとっては子どもの頃に過ごした夏の日を思い出すような作品です。
- 著者
- ショーン タン
- 出版日
- 2014-07-23
文章の量は少なくて、ひとつひとつのページに描かれた絵がまるで芸術作品のように美しいのがこの作品の魅力です。
夏休みはいつだって開放的で楽しい事ばかりが起きます。子どもにとって夏休みとはそんなイメージなのかもしれませんが、この作品を読むとそれまで夏休みに対して抱いていたイメージが覆されるかもしれません。
赤い靴下を片方だけぶら下げておくと現れる巨大な赤いウサギや、裏口の戸を開けっ放しにしたまま寝てしまうと入ってくる恐ろしい何か。夏の暑い夜をひんやりとさせてくれるような恐怖も、この絵本では味わうことができるでしょう。
少年が砂浜で出会った不思議な生き物は、タコが金属のカバーをかぶったような不思議な風貌をしていますが、ボール遊びが大好きな生き物でした。
少年はその生き物が迷子だと思い、帰る場所を探してあげますが、町の人々はその生き物に気づかないのです。気づかないふりをしているのか、本当に見えていないのか、不思議なその生き物のために彼の居場所を探す少年が行きついた先は……。
- 著者
- ショーン タン
- 出版日
- 2012-06-23
不思議な生き物と少年の友情を描いたストーリー。機械のようにも見えて、タコのような軟体動物のようにも見えて、でもその正体はわかりません。それでもその生き物には不思議と愛着が湧き、大きいのに守ってあげたいと思える人が多いのではないでしょうか。
挿絵の背景に物理や数学の教科書の一部のようなイラストが紛れ込んでいるので、それを探すのも一つの楽しみです。シュールで摩訶不思議な世界観に引きずり込まれる楽しい時間をぜひ過ごしてみてください。
ショーン・タンの生み出す不思議な世界はいかがでしたか?同じ絵本でも、子どもと大人では感じ方に大きな違いがあるかもしれません。どこか切ない気持ちを呼び覚ます物語が多いのもショーン・タンの作品の特徴ですが、切ない気持ちを払拭するほどシュールでノスタルジックな世界観は多くファンの心を鷲掴みにして離さないのではないでしょうか。