伊藤整のおすすめ文庫作品5選!詩や評論など幅広い活躍を見せた作家

更新:2017.6.22 作成:2017.6.22

1900年代を代表する日本近代小説家の1人、伊藤整。詩から始まり評論、小説の論理化、更に翻訳と、文学に対して彼の与えた影響は大きいものです。伊藤整の生き様や考えを感じることのできる作品5冊を紹介します。

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詩人、小説家、評論家……様々な顔をもつ”伊藤整”とは

伊藤整は1900年代の小説家であり、詩人、評論家、翻訳家としても有名です。小説作品を数多く残す一方、小説そのものの体型化にも深く携わっており、評論作品として『日本文壇史』や『小説の方法』などを執筆しました。

特に、自身の体験に根差した作品を理論化することに重きを置いており、そのための様々な試行が自身の小説に現れています。語学に関しても知識の深かった伊藤ですが、翻訳した作品の過激な性的表現が原因で起訴されたことも。

文学作品とリアルな人間に起こる出来事の折り合いについて考え続けた作家と言えるでしょう。

老人の性を描いた『変容』

老いた日本画家、龍田北冥は妻にも先立たれ、余命わずかと覚悟していいます。若かりし頃、誘いを受けて体の関係を築いた咲子という踊りの女性師匠と、60歳を越えて再び体を重ねることに。老いてもなお美しい咲子との関係を通じて、龍田はありのままの美しさに惹かれます。

更に、かつて愛人として関係を築いていた歌子とも龍田は関係を戻します。彼女は銀座のバーで働いており、40歳を越える頃。熟した魅力に龍田は溺れます。龍田は2人の女性との関係から、自分の求めるものに体をゆだね、やがて築いてきた名声や関わってきた社会から昇華されていく自分自身と向き合うのです。

著者
伊藤 整
出版日
2002-07-09

『変容』は老人の性を描いた作品と説明できますが、その頃の多くの類似テーマの作品は、若い女性を老人が擁するといった構造をしていました。伊藤整が描くのは、老いた女性にある美しさと、それを受け止めて愛する男性老人の目です。

女性が読むと都合の良い展開に疑問を持つかもしれませんが、伊藤整が描きたかったのはおそらく展開の機微ではなく、人生のタイムリミットが見えた者だからこそ築ける心情や美しさだったのでしょう。若かりし頃の性や愛といったものがどのように”変容”するのか、生々しくもいやらしくない表現で感じることのできる一冊です。

渦巻く愛欲と嘘と秘密『氾濫』

接着剤の研究を続けてき真田は、50歳の年齢を間近に控えていました。戦後復興に沸く日本で、自身の論文が画期的なものとして脚光を浴び、瞬く間に企業の取締役に抜擢されます。地位と名声を得た真田ですが、その金で妻や子供が突然豪奢になったことで、幸福を感じられなくなっていきます。

真田の周囲にいる大学時代の友人や、後輩にあたる研究者の男たちも様々な野望を持ち、地位を求めて躍起になる、女との関係を深めるなどの動きが絡まりあいます。やがて、つつましやかに生きていた頃とは全く違う嘘や秘密を持ってしまう登場人物たち。はたして彼らの歪んだ関係は巻き戻るのでしょうか。

著者
伊藤 整
出版日

『氾濫』は金、愛欲、性といった人間の深く滾る部分を生々しく描いた心理的要素の強い一冊です。言葉には出さないけれど、お互いの欲をどのように叶えるかという駆け引きをしている人間たちの描写が、読んでいてぞくぞくするシーンも多々あります。

嘘や秘密にまみれる登場人物たちは決して応援したくなる人物像ではないかもしれませんが、このほうが現実にいる人間そのものに近いのかもしれない、と妙に納得してしまう所も。冷めた視点で描かれる人々の心理を読むことで、自分も少し落ち着いて欲望と向き合えるかもしれませんね。

若かりし頃の伊藤整を感じる青春小説『若い詩人の肖像』

”私”は十七歳の春、小樽の高等商業学校に入学します。ふるさとから旅立ち、束縛する大人たちのコミュニティから解放された”私”。そこには、自由な新しい楽しみ方と学び方が溢れていました。

”私”は詩人になることを目指しながら、真面目に学校に通い続けます。汽車で学校に通う途中では、女学生との出会いも。そして、”私”は体を重ねあう恋人との関係を深め、一方で手にした恋愛という存在を客体化していきます。学び、愛し、時に働きながら”私”が本当の大人になっていくまでの六年間は、長いようであっという間に過ぎていくのでした。

著者
伊藤 整
出版日
1998-09-10

伊藤整は現在の小樽商科大学にて学んでおり、その当時の体験をもとに描かれたのが『若い詩人の肖像』です。自伝小説のジャンルに入るのでしょうが、主観的な表現に溺れるところはほとんどないため、フィクションの青春小説のような印象が強くなっています。

特に恋愛に対する考え方を綴った所には、伊藤の他の作品にも見られる独特の恋愛観がにじみ出ています。愛憎心奪われるというよりは、その美しさに対する賞賛のような形で相手を愛する、という愛し方。

伊藤が50代の時に描かれた自伝小説ですが、その目線は若かりし日そのものです。青春の一コマを楽しみたい方へおすすめします。

実験的構成で描かれた『鳴海仙吉』

鳴海仙吉は北海道の小地主として村に住む男。妻子は東京に住んでいるため、自分は母親と弟家族とともに暮らしています。札幌で大学講師をしながら東京の出版社に原稿を送りつつ、知識人としてのプライドと現状に葛藤する鳴海。

そんな鳴海の頭を廻るのは、2人の幼馴染の女性の思い出です。かつて彼女たちを想って詩を綴ったほど、彼女たちは大きな存在でした。派手で天真爛漫なマリ子と、おとなしくひっそりとした美しいユリ子。対照的な2人への想いをはせつつ、その想いは物語としてだけでなく、評論や詩を織り交ぜて表現されていきます。

著者
伊藤 整
出版日
2006-07-14

『鳴海仙吉』は伊藤整の自伝的作品と言われていますが、一方で実験的構成が為されています。小説、評論、詩といった本来別の作品として取り上げられるものが一つの作品の中に混ざり合っており、読者に一種の知識とリテラシーを求めているのです。

鳴海の思考はとても知識人らしく、時に読者がムッとするような鼻につく印象すら与えます。それはもしかすると、知識豊かに語る伊藤の化身なのかもしれませんし、相手の気持ちに沿わせることのない自分に対する反省と少しの嘲笑も含まれるのかもしれません。

残念ながら、上記のような理由で”難しい”と一般の読者からは評される一冊ですが、伊藤の脳内をそのまま感じることのできる本ですので、読書好きの方にぜひトライしてほしいです。

あるひとりの女性の肖像『典子の生きかた』

典子は父は死別、母にも捨てられた孤児。育て親の叔父のもと成長しながら、共に住む親せきの速雄に恋心を抱きます。しかし、速雄は肺炎で若くして亡くなってしまうのです。典子は何かを変えようと叔父の家を出てひとり喫茶店で働く生活を始めます。

それでも生きる軸を見出せなかった典子を変えたのは、一冊の本。トルストイの短編小説が典子にもたらしたのは、思想とアイデンティティでした。

そして、生きがいを見出す生き方を模索しはじめる典子は、喫茶店での仕事に疑問を持ち始めます。やがて家庭教師という新たな道が拓けた典子は、かすかな希望と生きがいをかみしめるのでした。

著者
伊藤 整
出版日

『典子の生きかた』は、等身大の女性の想いの変化や自我の形成が美しく描き出された一冊です。恋、仕事、家族といった人生誰でも向き合うテーマが詰め込まれつつ、それらは繊細に、典子の目から見たそのままの姿で描かれます。

生きがいをもって生きるということは、言葉にすると簡単ですがなかなか難しいこと。典子はそのもやもやとした何かに対して、考え、行動を起こし、結果を手に入れていきます。しかし、単なるサクセスストーリーというわけではなく、そこでは当然失敗や手に入らないものもたくさんあるのです。ぜひ女性に読んでほしい、人生をそのまま描いた写真のような一冊です。私小説の理論化を志してきた伊藤の渾身の一作と言えるでしょう。

人間の人生や思いをそのまま描き出すことを志した文豪、伊藤整。深い知識と観察眼から描かれる彼の作品は、時に読者に大きな課題を出すこともありますが、読後には深い思いを残してくれます。ぜひ今回おすすめの5冊に触れてみてください。