元保育士、ミュージシャン、絵本作家、カフェオーナー、シンガーソングライター、詩人、ラジオDJ……と多方面で活躍し、ピーマンの愛称で知られる中川ひろたか。今回は、絵本作家としての彼の姿とその作品をご紹介します。
シンガーソングライター、ミュージシャン、詩人、カフェオーナー、絵本作家……あまりにも多才すぎて数多くの肩書きを持つがゆえ、逆に正体が判りにくいという、ピーマンこと中川ひろたか。実は日本で初めて保育士資格を取得した男性という、類い希な経歴の持ち主です。
彼が保育士になったのは、まだ男性の保育士が認められていなかった1976年。所属した保育園では、書類上用務員として雇用されていたそうです。翌年、法改正で、男性でも保母資格を取得できるようになり、即資格を取得。日本初の男性保育士となったのです。
当時はまだ、保育士は女性の仕事という固定観念が強かった時代。しかも、男女雇用機会均等法すら施行される前です。それにも関わらず、女性ばかりの職場に切り込んでいくというのは、相当大変だったと考えられます。
異色過ぎる経歴を持つ中川ひろたかですが、多くの肩書きにおいて、一貫している点が一つあります。それは、「子どものためであること」。
彼は音楽活動も行なっていますが、保育士時代のあそびうたをはじめ、発表している楽曲は子どもたちが歌うことを想定されたものばかり。小学校の音楽の教科書に採用された歌もあります。
そんな、子どもたちへの愛でいっぱいの中川ひろたかの絵本から、今回は5冊をピックアップしてご紹介します。
子どもはよく大人に怒られます。それはもう、怒られることが仕事であるかのように、無意識のうちに親を怒らせるようなことをやってのけるのです。怒られるのは子どもも嫌ですし、親だって、怒ると疲れるし、悲しいし、嫌なことに変わりはないでしょう。
――では、なぜ怒るのでしょうか?
この絵本は、「怒る」という気持ちと真っ直ぐ向き合って描かれ、思わず考えさせられる作品です。
- 著者
- 中川 ひろたか
- 出版日
- 2008-09-01
この作品、実は毎日放送(MBS)のドキュメンタリー番組「情熱大陸」での取材がきっかけとなって誕生した絵本なのです。もちろん、番組の取材中に絵本にしてみようという運びとなったので、一冊の絵本が完成するまでのすべてが、しっかり番組として記録されました。
絵を担当したのは長谷川義史。中川とは野球仲間でもあるそうで、多忙な中、中川の原稿を見て快諾されたとか。
改めて絵の依頼で中川が長谷川の下を訪れた際、2人は「怒る」という気持ちについての話で盛り上がります。大の大人が、普段考えもしないような「怒ること」と真剣に向き合い、語り合い、そうしてこの絵本がまとまったのです。
実は、この絵本の最後は、元々「ひとは なんで おこるんだろう」と疑問形で終わっていました。しかし、実際に刊行されたものは、その一文が全く違う文に書き換えられています。中川が絵本の製作過程で様々な人と「怒る」について語り合い、「怒る」という感情にとことん向かい合った結果が、その最後の一文なのです。
どうか皆さんも、この絵本を通して「怒る」ことについて考えてみてください。
「にらめっこしましょ あっぷっぷ!!」さあ、にらめっこの始まり始まり。次は誰が出てくるのでしょう? どんな顔を見せてくれるのでしょう?
大きな版で、まるで絵本の中と本当ににらめっこしているような気分になれ、読んであげている内に、赤ちゃんとも自然とにらめっこで遊べるような楽しい絵本です。
- 著者
- 中川 ひろたか
- 出版日
- 2003-05-01
本作で絵を担当するのは、中川ひろたかとは名コンビの村上康成。中川のデビュー作『さつまのおいも』以来、村上康成は数多くの中川作品の絵を担当しています。『さつまのおいも』や下記でご紹介している『おおきくなるっていうことは』を含む連作、「ピーマン村の絵本」シリーズの名前にもある「村」は、村上の姓からきているのです。
先に紹介した『おこる』に対して、こちらの絵本は笑顔が強く印象に残ります。にらめっこした後の、みんなの笑顔がそれぞれ個性的で、ついつい読者もつられて笑顔になってしまうでしょう。
大人でも普段から考えないようなことをテーマに、大人も唸らせるような内容の絵本を書いたかと思えば、こういったシンプルに子どもを笑顔にさせる絵本も書けるのが中川ひろたか。ぶれずに先ず何よりも子どものためを思って描いているからこそ、できることなのかもしれません。
中川ひろたかの代表作「ピーマン村の絵本」シリーズは、全12巻を通して保育園での一年間の生活が描かれています。今回ご紹介する『おおきくなるっていうことは』は、4月の入園式、始業式のお話になっており、「成長」をテーマにした一冊となっています。
「大きくなる」とはどういうことでしょう? 身体が大きくなること、できることが増えること、色々なことが考えられるようになること……。色々と成長の指標はあれど、一言で表現するのはとても難しいことです。
そんな疑問を、中川は丁寧に噛み砕き、様々な例を挙げながら、子どもたちに説明してくれます。
- 著者
- 中川 ひろたか
- 出版日
- 1999-01-25
中川の経歴を聞いた上でこの本を読んでみると、まるで彼の保育士時代を見せてもらっているような気分になるでしょう。それは、ピーマン村の保育園の園長先生が、子どもたちにお話しているという設定で書かれているからです。
優しく子どもたちに語り掛ける園長先生の言葉は、子どもたちでもわかるように、難しい言葉は一つも出てきません。なのに、大人が読んでも「うんうん」と頷いてしまうほど、「おおきくなるっていうこと」をしっかり捉えています。
そのお話に合わせて村上の描く子どもたちがまた可愛くて、実に子どもらしいやんちゃさ、おてんばさが滲み出ているのです。
普段はあまり意識することのない、「成長する」ということ。子どもたちの進学、進級のタイミングや、弟や妹ができた時、お誕生日などの節目節目だけでなく、大人が行き詰ったと感じた時も、何度も何度も繰り返し読みたくなる絵本です。
わにのスワニーとシマフクロウのしまぶくろさん、仲良しの2人の楽しい毎日を描く面白おかしい3篇のお話。上でご紹介した『あっぷっぷ』のように、徹底的に子どもたちを楽しませるために描かれたような絵本です。
かと言って、まったくテーマ性が皆無かと言うと、そうでもありません。仲良しで毎日一緒に遊ぶスワニーとしまぶくろさん。2人の日記は、同じことをしているのに全く違います。同じことでも、人それぞれ感じ方が違うこと、みんな違うけど仲良くなれるということ、生活の中で子どもたちが極々自然に身に着けている多様性を、自然と描いているのです。
- 著者
- 中川 ひろたか
- 出版日
- 2016-07-23
本作を語る上で避けて通れないのは、「しまぶくろさん」の強烈なキャラクター性でしょう。名前からして、しまふくろうの「しまぶくろさん」ですから、既に大人は「しょうもない」と思いつつもクスリとやられてしまいます。
そんなしまぶくろさんですが、スワニーからかかってきた電話に「しもぶくれです」と出たり、とにかく細かく丁寧なぐらいにふざけて見せてくれるのです。そんなしまぶくろさんのかますネタに素直に乗っかるスワニーのおかげで、しまぶくろさんの面白さが増幅され、キャラクターが際立ちます。
加えて、特筆すべきはあべ弘士の絵でしょう。動物が主役の絵本を数多く手がけるあべ弘士は、名作『あらしのよるに』の絵を担当したことでも有名です。そんなあべ弘士は、本作では中川の思い描く、すっとぼけたような作品の雰囲気を見事に絵で再現。可愛さの中にもナンセンスさを秘めた、ひょうきんな動物を描き出しています。一度読んだ後に絵だけを流し読みしてみても、何だか笑いが込み上げてくるような描写なのです。
子どもを楽しませるために、真剣な姿勢をとる中川にしっかりと応えたあべ。2人の強力なコラボレーションで送るオモシロ絵本です。ぜひ、皆さんも読んで笑顔をもらってください。
最後にご紹介するのは、日本に生まれた我々にとって、忘れてはならないあの夏の一日、広島に原爆が落とされた日のことを絵本にした作品です。
中川は叔父を原爆で亡くし、母も被爆を経験しています。その事実が、孫まで授かった中川に、本作を書く決意をさせたと言います。
彼のように、子どもと向き合う仕事をしていると、子どもたちの笑顔が普通に見られるような平和な日々がいつまでも続くように、自然とそんな気持ちが芽生えてくるのでしょう。
この絵本は、中川の母の視点から描かれますが、中川の母もまた、投下後一週間たった街に入り、被爆しています。それでも生き延び、自分を産んでくれた、自分の孫まで至る命を繋いでくれた母の気持ちを何とかして多くの人に伝えたい……その想いが形になったのが、この絵本なのです。
- 著者
- 中川 ひろたか
- 出版日
- 2011-07-15
本作は、最初に取り上げた『おこる』と同じ、長谷川義史が絵を担当しています。中川は、アメリカ旅行の帰りの飛行機の中で、長谷川にこの絵本の話を語り、絵をお願いできないかと依頼しました。それに対し、長谷川も即応じ、飛行機から降りてすぐ、出版社に電話して「自分に描かせてほしい」と頼んだそう。このエピソードだけでも、2人のこの作品に対する熱く真剣な想いを感じていただけるのではないでしょうか。
また、本作には英文も掲載されていますが、これはどうしても世界中の人に触れてもらいたいという中川の希望によるものです。
8月6日のことですから、内容は生々しいかもしれません。読むのが辛くなってくることもあるかもしれません。しかしそれは、中川と長谷川両名が、原爆体験者と真摯に向き合い、その想いをなるべくそのまま伝えようと真剣に取り組んだ結果なのです。
未来を生きる子どもたちのため、二度と同じ悲劇を繰り返さぬよう、戦争の悲惨さを真摯に描ききった作品です。
子どもと過ごしていると、大人でも頭を抱えるような、教えることや伝えることが難しいと感じる物事がたくさんあるでしょう。
そんな時、中川ひろたかの絵本は、一つの答えをそっと提示してくれます。それは押し付けではなく、「こんな答えもあるよ」という優しい言葉です。子どもに寄り添い続けてきた彼だからこその言葉なのかもしれません。
皆さんもぜひ、この機会に中川ひろたかの描く世界に触れていただけたら幸いです。