有名な脚本家である山田太一は、小説家としても、名作を生み出しています。忘れがたいストーリーと、繊細で巧みな描写が特徴です。映画『異人たちとの夏』の原作者でもある彼の、おすすめ作品をご紹介します。
山田太一は、1934年東京の浅草に生まれました。松竹大船撮影所という映画スタジオに就職したのち、映画をテレビドラマに脚色する仕事を始めます。
1965年に退社後、フリーの脚本家となり、テレビドラマの脚本を手がけました。代表作は、自身の小説を脚本化した『岸辺のアルバム』、『ふぞろいの林檎たち』などです。
脚本家として有名な山田太一ですが、小説の分野でも、活躍しています。『異人たちとの夏』では、山本周五郎賞を受賞し、名声を高めました。自身の作品を脚本化し、その映像化にも一役買っています。
主人公であるシナリオライターの原田は、妻子と別れたばかり。恋人になれそうな若い女性、ケイとも知り合いますが、どこか孤独です。
そんな彼が出会ったのは、幼い頃に亡くした父母にそっくりな、若夫婦でした。
「死んだ両親と驚くほど似ている二人が、父と母としか思えない優しさで、私を受け入れ、慰めたり喜んだりしてくれたのだ。」(『異人たちとの夏』から引用)
危ういものを感じながらも、原田は彼らの元へと通います。胸にこみ上げるのは、懐かしさと喜び、そして微かな不安でした。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 1991-11-28
原田は、若夫婦の元へ通ううちに、衰弱していきます。それを、恋人になったケイや周りから指摘され、交流をやめるべきだと思うのですが……。
主人公の、親を慕う気持ちが、とても繊細に描かれています。両親との団欒の場にあるのは、他にはない安らぎです。気を緩め、心からくつろぐという幸福感。誰しも子どもの頃、そんな気持ちに浸ったことが、あるのではないでしょうか?
原田が、危険と分かった上で、若夫婦の元へ足を運んでしまう気持ちに、つい共感してしまうでしょう。別れのシーンには、胸が締め付けられるような切なさがあります。
死者との交流が、不気味でありながらも、懐かしく美しいと感じられる作品です。ただ切ないだけではない、思いがけない展開も待っています。この驚きを是非、味わってみて下さい。
単なるホラーでも、感動ものでもない、山田太一のおすすめ作品、ぜひ読んでみて下さい。
草介は、特別養護老人ホームでヘルパーをしていましたが、ある時老婆を死なせてしまいます。老人ホームを辞めた草介に、ケア・マネージャーの女性、重光が紹介してくれたのは、個人的な在宅の介護でした。
草介を雇った、吉崎という老人は変わり者です。気前よく、高級な出前をご馳走するかと思えば、草介の事情にずけずけと踏み込んできます。草介は介護をしながらも、振り回されるのでした。
あるとき吉崎老人は、急に草介を京都へ旅立たせます。六波羅蜜寺にある、「空也上人の木像」を見るように指示され、草介はその通りにするのですが……。
- 著者
- 山田太一
- 出版日
- 2014-04-08
主人公の草介に、老婆を死なせてしまった悔恨の念があるように、吉崎老人にも、過去の過ちがありました。
初めは、訳も分からず翻弄される草介でしたが、徐々に打ち解けていきます。いつしか、吉崎老人との間には、風変わりな友情が芽生えました。二人のやりとりには、心が和むものがあります。
また吉崎老人は、ケア・マネージャーの重光に、想いを寄せているのです。その重光は、若くて不器用な草介に惹かれており、おかしな三角関係が生まれます。吉崎老人の奇矯な行動を通して、恋の尊さについても、考えさせられるはずです。
傷ついても、強く生きていくための、心の拠り所とは何なのでしょうか。重いテーマを、さらりと爽やかに描いた作品です。
主人公の田浦は、生活に疲れ果てた中年男性です。彼が怪我のため入院した病院で、睦子という老女と出会うことから、物語は始まります。
二度目に会った時、睦子は田浦と同じくらいの年齢にまで、若返っていました。彼女の美しさと謎めいた雰囲気に、田浦は強く心を惹かれていくのです。
不思議な現象を信じられないまま、田浦は睦子と逢瀬を重ねます。現れるたびに、若くなっていく睦子。止められない若返りに、二人は、この逢瀬の終わりを予感するのでした……。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2013-05-08
この不思議な物語は、終始、田浦の視点から語られます。田浦は睦子に惹かれ、彼女に寄り添うため、家庭も仕事も放り出して、必死に追っていくのです。
一方で睦子は、若返りという数奇な現象に翻弄されています。そんな彼女にとって、自分を受け入れてくれる田浦は、救いだったのでしょう。
睦子は、いつまでも大人ではいられません。後半には、田浦が幼児となった睦子を抱きしめます。そのシーンは、2人の辛い心境もあって、読者には眩しいものに感じられるでしょう。この作品の魅力は、山田太一らしい、細やかで巧みな描写です。
読み進めると、まるで二人が過ごした時間を、一緒に駆け抜けるように感じるかもしれません。ロマンチックながらも甘すぎない、大人の方向けの物語です。
河沿いに立つ、一軒家が舞台です。そこで暮らすのは、ごく平穏に見える4人家族でした。しかし水面下では、それぞれ悩みや思惑を抱えています。
夫の謙作は、会社の不振と激務に苛まれていました。妻の則子は魔が差し、男と会い始めます。長女の律子は、恋人に裏切られたことを隠しているのです。そして、末っ子の繁は、受験と、母親の浮気との板挟みになってしまいます。
ぎりぎりで均衡を保っていた生活ですが、ヒビが入るのは、則子の浮気からでした。いち早く気付いた繁は、何とか家庭内の平和を守ろうとするのですが……。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2006-04-12
はっきりと言って、この作品は、甘くはありません。
絵に描いたような平和な家庭が、少しずつ壊れていく様子は、目を逸らしたくなるほどリアルです。それぞれに思いやりや愛情もあるのに、すれ違っていきます。読んでいて、辛いところもあるかもしれません。
しかし、もちろんただ辛いだけではありません。読み切った最後には、きっとこの一家を応援したくなる、そんな爽快感があるはずです。
家庭は、決して、平穏であたたかいだけのものではありません。家族の幸福とは、一体何なのでしょう?この本を手に、考えてみるのはいかがでしょうか。
ある朝、家の周りが雑木林に一変していました……。主人公太一とその家族は、突然、昭和19年にタイムスリップしてしまいます。
時は、太平洋戦争末期です。そこにあったのは、食糧難、断続的な空襲、周囲との意識のズレ。一家の前には、あまりにも大きな時代のギャップが立ちはだかります。
太一だけは、幼少期に戦争を経験していますが、若い妻と子どもたちは戦後生まれです。おぼろげな記憶を頼りにしながら、彼は、一家揃って生き抜こうとします。
- 著者
- 山田 太一
- 出版日
- 2013-06-06
タイムスリップから始まる、SFのような設定の物語となっています。しかしその中で描かれるのは、とても現実的な問題ばかりです。
一家は必死に生き延びます。生活の厳しさに消耗しながらも、太一は、歴史を知る自分がこの時代に来た意味を、見つけようとするのでした。そして、空襲での被害を減らせないか、行動を起こそうとします。
非情な現実と、どんな場所でも、希望を持って生きようとする人間の強さが闘う本作。最後には、平和の儚さを暗示するような、驚きの結末が待っているのです。
空気すら伝わって来そうなほど、鮮明な戦時下の光景が、描かれています。読み終えた時、それまで戦争に抱いていた印象が、変わるかもしれません。
フィクションでありながら、戦争の恐ろしさを肌で感じられる作品です。
以上、5作品をご紹介しました。ファンタジーのような設定でも、ストーリーが非常にリアルなので、のめり込んでしまうものばかりです。予想外な結末にも、驚いてしまうでしょう。是非、挑戦してみて下さい。