島崎藤村、田島花袋と並んで自然主義の代表作家として名高い徳田秋声。川端康成など多くの文壇界の著名人から高く評価され、自身の経験に基づいた作品を現実的に描き出した徳田の魅力的な作品をご紹介します。
徳田秋声は島崎藤村、田山花袋とともに自然主義文学の代表作家と言われる作家です。川端康成には”日本の小説”を代表する作家として名を挙げられており、かの夏目漱石よりも高い評価を得ています。
明治4年に生まれた徳田は、元々生まれが貧しく体も貧弱であったことから不遇の幼少期を送りました。読書に目覚め文筆家を目指してからは尾崎紅葉の門下に入り、その後は文壇界の人に広く愛されながら様々な作品を発表します。
妻の死後、若い女性とのいざこざがあってからは一時作品の筆が止まるも、周囲の声援やサポートが手厚かったため、再び晩年には作品を生み出しました。終生まで日常や人生をありのままに描ききることをやめなかった、日本を代表する作家のひとりといっても過言ではないでしょう。
小説家の笹村は、お銀という家事手伝いの女性と流れで同居することになり、特に愛情をはぐくむことなく体の関係を築きます。体の関係の結果、笹村は銀との間に子供を授かりました。ゆえに結婚という流れになるのですが、笹村とお銀は些細なことで喧嘩をしてしまうことが多々あり、そのたびに笹村は別れを考えるので上手くいきません。
しかし、笹村はお銀と別れる決断はせず、苦笑いを浮かべながらもそういった日常をやりすごします。引っ越し、自身の小説の師匠が死ぬなど人生の分岐点を迎えますが、お銀とは人生を共にしていくのでした。やがてお銀との関係性は、いつのまにか喧嘩の少ない穏やかなものへと変容していきます。
- 著者
- 徳田 秋声
- 出版日
徳田自身の妻との関係性を描いたとされる私小説です。笹村とお銀の間には常に「萎え」などの消極的な感情が生じており、「黴くさい」押し入れなどの物に囲まれてなんてことない淡々とした日々が続いています。時に織り成される徳田独特の表現や擬音語の使い方が特徴的で、蔓延する怠慢な雰囲気とは裏腹に子供に対して向けられた観察眼や好奇心の目も印象的です。
作品全体に漂う湿気のある雰囲気が本作品の魅力であり、ストーリーの起伏はほとんどありません。問題解決やピークなどを望んでいる読者にとっては、少し印象が薄い可能性もあります。また、読者の中には、妻にこれでもかというほど冷静な目線を持つ主人公の描写に違和感を持つ方もいるようです。それでも作品を成立させる徳田秋声の表現力の高さが伺える、自然主義作品の代表作と言えます。
お島は、幼いころ裕福な家に養女としてもらわれた勝気な女性。様々な芸を教え込まれ、年ごろになって縁談の話が持ち出されますが、相手が嫌いなお島はこれを断固拒否し、育ててくれた裕福な家を飛び出します。
貧困な実家に戻って別の男と結婚したお島は、今度は相手の浮気が原因で別れを告げることに。更に別の男を頼って洋服屋になろうと目指すも、これもなかなか上手くいかず、お島は何とか自力で幸せをつかみとろうと奮闘するのです。
お島は人生の岐路に立つたび、周囲に勧められる最善の道を自身の天秤で測り、たとえ周囲の意見に背いてでも自分の意見を通すことを選択していきます。お島は果たして幸福になれるのでしょうか。
- 著者
- 徳田 秋声
- 出版日
- 2006-07-11
何度も幸せをつかみかけては、己の意志を貫くことで不幸な道へと入ってしまうお島の姿が印象的な、徳田の代表作です。自然主義の作品の頂とも言われ、後に徳田の後援会が作った機関誌の名にもなっているタイトルは有名なのではないでしょうか。
自分の意志を持って人生を決めていく女性の姿を描いた小説は数ありますが、『あらくれ』の主人公であるお島は、それによって等価交換のごとく幸せを逃します。そのバランスが、リアルな人生そのものを表現しているところが高く評価されているのですね。フィクションに求めるご都合主義なハッピーエンドは望めませんが、お島の生き方に背筋の伸びる一冊です。
庸三は長年連れ添った妻を亡くした中年作家。ある日、若く美しく、ドラマティックな若い美女・葉子と出会い、心惹かれてしまいます。関東大震災直後の近代化に伴い激変する東京の中で、葉子は娯楽に身を任せる現代的な女性です。
庸三は葉子との関係を通じて自分の知っていた東京が変容していくことを感じますが、何とか時代の変化に乗り遅れないよう必死でついていきます。妻との閉じられた関係しか知らなかった庸三は、葉子を通じて快楽に身を投じようとしますが、やがて葉子には別の男性が現れるのでした。それでも彼女との関係をあきらめきれない庸三の心は乱されていきます。
- 著者
- 徳田 秋声
- 出版日
『仮装人物』は仮の姿を装わなければ生きていくことのできない中年男の、葛藤や不器用さをリアルに描いた作品です。
妻を病で亡くした徳田自身の私小説としての立ち位置で本作は語られます。徳田は山田順子という若く魅力的な女性に熱を入れ、一時期は順子をテーマとした作品ばかりを発表して世間をにぎわせました。
その集大成とも言われるのが本作です。実際に作中では仮装した庸三が仮装の扱いに慣れない中、仮装している自分としていない自分、どちらが本当の自分なのかわからなくなるというシーンがあります。愛に溺れながらも戸惑いを隠せない心情の吐露が印象的な一冊です。
貧しく芸者屋に売られた銀子は、人気芸者としてキャリアを積みながら愛する医者に身請けしてもらうことを夢見ています。しかしその夢は叶わず、嫌悪している芸者屋の主人から言い寄られ、何とか逃げ出そうと貧しい実父に買い戻してもらいました。
帰ったふるさとで大金持ちの男に見初められますが、身分の差ゆえに相手方の家族から結婚が認められません。とうとう男は別の令嬢と結婚させられてしまい、銀子は泣く泣くふるさとを後にします。時を同じくして、銀子は重い病を患い、追い打ちをかけるように妹を病で亡くしてしまうのです。妹と自分の人生を比較しつつも、銀子は再び芸者として働き始めるのでした。
- 著者
- 徳田 秋声
- 出版日
『縮図』は一人の女の人生の宿命を「縮図」として描いています。晩年になって徳田が出会った小林政子という女性の人生がテーマになっており、徳田が描こうとしていた客観的な人生の描写の集大成として名高い一冊です。一時低迷期を迎えた徳田が再び筆をとってから描かれた作品で、より達観した彼の表現が光ります。
当時新聞に連載されていましたが内容が芸者を扱ったものという理由で連載が中止され、未完のまま徳田は亡くなりました。描かれる銀子が果たして幸せになれるのか……それは、この『縮図』を読んだ読者自身が人生にどんな答えを得たいのかに委ねられるのでしょう。
徳田秋声の描く作品がフォーカスするのは、激動の人生ではなく淡々とした日常です。通常であれば人生の分岐点として大きく描かれるポイントはさらりと流れていき、連綿と続く日々の中に漂う雰囲気を描くことに終始します。徳田の作品は、まるで長く繊細な絵画を見ているような読後感をもたらすことでしょう。興味のある方はぜひ、今回のおすすめ本からチェックしてみてくださいね。