津島佑子のおすすめ作品5選!太宰治の血を受け継ぐ作家

更新:2021.11.7

津島佑子は、多彩な手法によって人間の命と営みを鋭く描いた現代小説家です。父である太宰治を幼い頃に亡くしたことはもちろん、病気で亡くした兄のことなどもその作品に大きく影響しています。特に長篇小説は津島の本領が発揮されていて、おすすめです。

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人間の生を鋭く見つめた作家、津島佑子

津島佑子は1947年、太宰治の次女として東京で生まれ、大学在学中から執筆活動を開始。1972年に『狐を孕む』で芥川賞候補になった時は、受賞を熱望しながらも機を得なかった父を引き合いに出し、話題となりました。

自身の経験などをもとにしつつ、妊娠、出産など家族や家庭を深くえぐる作品や、アイヌ伝承など民族や言語をテーマにしたハードな作品で多くの文学賞の栄誉に輝きます。また様々な賞の選考委員も務めました。

津島佑子としては、父の思い出があまりないにも関わらず、ことあるごとに引き合いに出されることに大変な苦労があったようです。2015年に肺がんが発覚、満を持して父について執筆することを決めたそうですが、惜しくも翌年の2016年に亡くなりました。

津島佑子が人類愛を見つめ直す

主人公は、アイヌ人の母と日本人の父との間に生まれ、幼くして孤児となった少女チカップ。彼女はキリシタンの一行と出会います。

神父になることを志す少年、ジュリアンを兄のように慕い、迫害が強まるなか彼らとアマカウ(マカオ)を目指して海に出ます。当時の航海は命がけで、その旅のなか、チカップは数奇な運命に翻弄されることになるのです。

不慮の事故で息子を失い、思い出の地アバシリを再訪した「わたし」の物語と、時を交差させながら浮かび上がる、人間愛の物語です。

著者
津島 佑子
出版日
2016-05-02

イエズス会の神父たち、夫と子供の後を追うカタリナ、幼いころ捕虜として朝鮮から連れてこられたペトロ、イタリア人船夫が日本人に産ませたガスパルなど、航海は多彩なルーツを持つ人物と共に進みます。

チカップは仲間たちの宗教に惹かれながらも、自分のルーツであるアイヌにもこだわりを持っていて、それが原因で幾度もすれ違いが起きてしまうのです。

彼らはみなそれぞれに迫害を受け苦しんでいます。バックグラウンドが珍しいというだけで、多数派におもねることを強いられることに、読者は再考を迫られます。

チカップの物語を、津島佑子を思わせる「わたし」の物語が包み、波の音やアイヌの歌が静かに寄り添う、切なくも優しい1冊です。

家とは何かを改めて問う物語

パリに住むパトリス・勇平は3カ月前に父を亡くしました。父を看取った母はまだ元気がありません。そんな2人のもとに、勇平の祖父である有森勇太郎がアメリカで書き溜めていた、とても長い「記録」や古い日記が届きます。

タイトルにある「火の山」とは、富士山のこと。勇太郎の「記録」をもとに、有森家の祖先がはじめて甲府に住んだときから、富士山に寄り添うようにして命を紡いできた長い物語が紐解かれていきます。

著者
津島 佑子
出版日
2006-01-13

勇平が「記録」を手に入れ、それまでほとんど未知であった家の歴史が少しずつ明らかになっていく様子は、仕掛けの効いた構造で、秘密の宝箱を開くようにわくわくさせられます。

語り手は勇太郎ですが、有森家の中でその存在が大きいのはむしろ女性たち。徹底的に家に尽くし男性の立場を立てますが、その結果家の運命をコントロールしていたのは、弱いようであまりにもパワフルだった女性たちだと言えそうです。

それぞれが様々な事情を抱えつつ、誕生と死を繰り返して家が続き、住む場所や言葉が変わっても結びつきが消えない有森家を通して、改めて家族とは何かを考えさせられます。

津島佑子が描く3.11後の物語

アメリカ兵を父親とする混血孤児たちのホームに預けられた2人の赤ちゃんは、道夫と和夫と名付けられ、ミッチ、カズと呼ばれます。幼馴染のヨン子を加えた3人は、いつも一緒に育ちます。

ある日、同じく孤児のミキが、池に落ちて亡くなりました。ミキが池のそばにいて、近所のター坊が近づき、次の瞬間ミキは池に落ち、オレンジのスカートと長い髪が水面に広がる……この様子を一緒に見ていた3人はター坊を疑う気持ちが拭えませんが、真相がはっきりしません。

著者
津島 佑子
出版日
2013-05-24

3.11後に執筆され、話題となった作品です。震災が起き、ミッチが日本に住み続けていたヨン子に連絡を取るところから物語が始まります。

ミッチ、カズ、ヨン子の3人は、池での事件の真相を知らないまま成長していきますが、その後も数年ごとにオレンジの服を着た女性が殺害される事件が続いていました。淡々と進む生活をよそに、目に見えない恐怖が忍び寄り増幅していきます。夢とも想像ともつかない幻想的なイメージをはさみつつ、それとは裏腹に物語は現実味を持っていきます。

各地に散った混血孤児たちが経験した震災に加えて、原爆、ベトナム戦争、チェルノブイリ原発事故などを通し、人間の業と本当の幸せについて厳しく迫る作品です。

不思議な旅で心を通わせる2人の物語

戦後の混乱期、みつおは父親と共に雑司ヶ谷霊園で野宿をして暮らしていました。母親の記憶はありません。ある日みつおは、墓地で死んでいる3人の男女を見つけます。

それから5年後、みつおは死んだ男の娘であるゆき子に会いにいきました。ゆき子は父の記憶を持っておらず、みつおも事件後に父を亡くし、身よりがありません。みつおとゆき子は連れ立って、そのまま東北へ向かいました。みつおが17歳、ゆき子が12歳の時でした。

著者
津島 佑子
出版日

何も持たない2人の子どもが、逃避行をするように旅へ出ます。列車が北へ南へと移動するごとに、物語も時空を超えて、過去と現在を走ります。さらに命を落としては蘇り、その過程でカタルシスを得ていくような、不思議な旅です。

ゆき子もみつおを慕っていて、2人は短くも永遠のような時を過ごしますが、周囲の人から見ると、若い男が少女を誘拐した事件でしかありません。ついに警察に見つかり2人が引き離されるとき、みつおの目はまるでオオカミのようでした。

混沌とした時代のなかで生きる2人の列車の旅からは、誇りのようなものが感じられ、圧倒的な魅力があります。

津島佑子が静かに問う、差別意識

物語は、時間を行ったり来たりしながら進んでいきます。

主人公の絵美子には3つ上の兄、耕一郎がいましたが、ダウン症で、絵美子が12歳のときに亡くなりました。まだ兄が生きていたころ、絵美子は従兄妹から「フテキカクシャ」という言葉をぶつけられます。後にその意味を知ったとき、絵美子は恐れおののくのです。

絵美子の母カズミは、まだナチスの意味もわからないくらい幼いころ、来日したヒトラー・ユーゲントを見に駅へ出かけます。そこでカズミにとって忘れられない出来事が起こりました。

著者
津島 佑子
出版日
2016-08-05

彼女らを取り巻く差別意識や、自らの中にある卑屈な意識と、長い時間をかけて対峙することになった母娘。弱者とその関係者に対する侮蔑は、見えづらくとも今もなお生き続けていることを考えさせられます。

たとえ悪意がなかったとしても、ふとしたきっかけで差別をする側に回ってしまう危険性があることも、物語は示唆しています。

著者の津島佑子自身がダウン症の兄をもっていて、絵美子と同じ年齢で兄を亡くしていました。本作は津島が亡くなる数日前まで推敲を重ねていたもので、彼女自身が世の中へ強く問いたい何かがあったのだろうと思わせます。

津島作品の中で、通常であれば漢字で書くところをひらがなにしたり、またその逆で表記してあることは、その都度意図を感じさせます。津島はかつて、世界各地で生まれた様々な言語は人間を豊かにしてきた、言葉こそ人間に与えられた恵みである、と語りました。そんな彼女の思いにも作品を通してぜひ触れてみてください。

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