笑えるコメディ作品、風刺の効いた作品、パロディを織り込んだ作品など、様々な作風で多数の賞を受賞している小林信彦。ユーモアがあってブラックな作品の中から、おすすめの5作をご紹介します。
小林信彦は、1932年12月12日東京都に生まれ、早稲田大学第一文学部英文科を卒業しました。「中原弓彦」や「ウィリアム・C・フラナガン」など、数々のペンネームを使って作品を発表しています。小説の他、評論家やコラムニストとしても活躍の場を広げました。
デビュー作は『喜劇の王様たち』。1958年、短編集『消えた動機』が雑誌「宝石」に掲載され、注目を浴びます。本作はその後、テレビドラマ化や映画化もされました。
小学生の頃になりたかった職業は、上野動物園の園長と落語家だったそうです。幼少時から浅草で映画や演劇に親しみ、学校では同級生を前に落語を披露していたとか。かつては雑誌「ヒッチコックマガジン」の編集長も務め、テレビやラジオに出演するマルチタレントとして活動していた経験もあります。
エンタメ小説やミステリー作品を多く発表していましたが、やがて笑いを封印して業界小説や自伝的作品などに移行していきます。2006年には『うらなり』で菊池寛賞も受賞し、「元祖おたく作家」とも評されました。
ヤクザ社会をパロディ満載に仕立てた異色の任侠小説で、全編に渡ってギャグ満載の連作短編集です。ブラックユーモア溢れるコメディを10編収録しています。
刑務所から出所した、「不死身の哲」こと主人公の黒田。事務所へ戻ると、なぜか組員たちが社内報を作っていました。そして次から次へと、大親分の思いつきで様々なことに巻き込まれる黒田たち。社内報に始まり、報道番組・歌手デビューなど、何でもありです。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 1981-03-27
西日本を牛耳る暴力団「須磨組」と、その傘下の「二階堂組」。須磨組の大親分・須磨義輝は「ヤクザはもう古い」と宣言し、あの手この手で流行りを取り入れようとします。ヤクザもライフスタイルを改め、シティヤクザに生まれ変わるべし、と目標を掲げ、バカバカしくも笑えるコメディが展開していきます。
作中、登場人物のひとりであるダーク荒巻が社内報の原稿に書いた「新マザーグース」なるものが登場します。
「だれが駒鳥いてもうた?
わいや、と雀が吐きよった
私家(うっとこ)にある弓と矢で
わいがいてもた、あの駒鳥(がき)を」
(『唐獅子株式会社』より引用)
小林信彦のセンスに脱帽です。作者自身、本作について「喜劇的創造力をどこまでエスカレートさせ得るかという、ぼくなりのささやかな試みであった。」と語っており、まさにその笑いのセンスを極限まで詰め込んだ作品になっているのです。
また、本作には様々なパロディネタが仕込まれています。TV番組のパロディや替え歌だけでなく、『スター・ウォーズ』や『スーパーマン』のパロディまでもが盛り込まれ、軽快すぎる関西弁のやりとりが痛快です。何よりヤクザがまじめに奇想天外なことをする、そのギャップに笑いが止まりません。時事ネタも多く、少し風刺が効いているのもポイントです。
「オヨヨ大統領」シリーズの第1作目となる作品で、元々は子ども向けに執筆されています。内容はドタバタの冒険活劇ですが、パロディや風刺も効いており、大人が読んでも十分に楽しめる作品になっています。
小学5年生の大沢ルミ。学校の帰り道、彼女はニコライとニコラスという変な外国人2人組に誘拐されかけます。その場は何とか逃げ出したルミでしたが、次の日、何と父親が連れ去られてしまいます。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
70年代に流行したものが盛り込まれ、ナンセンスなギャグと笑いに溢れています。キャラクターたちもそれぞれに強烈な個性を持っていて、どうしても悪者になりきれないオヨヨ大統領を筆頭としたオヨヨ一味は、敵ながら非常にいい味を出しています。
文章のテンポが速く、畳みかけるようにギャグを飛ばしてくるかと思えば、パロディや風刺でブラックな笑いを振りまいてくる……子ども向けにしておくにはもったいないと思えるほどのハチャメチャぶりは、疲れた時に読むと元気をもらえるかも知れません。
ルミは、無人島で暮らしている祖父の源之進の助力を得るべく会いに行きますが、源之進の家は何者かに爆破されていました。世界征服を目論むという謎の「オヨヨ大統領」の存在。ルミの一家を狙う秘密組織とは?オヨヨ島で待ち受けるおかしな冒険を描いたユーモア冒険小説です。
夏目漱石の『坊っちゃん』に登場する「うらなり」を主人公として『坊っちゃん』のその後を描く異色の小説です。『坊っちゃん』のスピンオフ小説的な作品です。菊池寛賞を受賞しました。
東京から赴任してきて松山で英語教師をしていた「うらなり」こと古賀。許嫁を「赤シャツ」に奪われ、延岡に転任を余儀なくされました。本作では、彼のその後を描いています。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 2009-11-10
古賀は同じ中学の数学教師だった堀田と30年ぶりに東京で再会するところから物語が始まります。そんな中で古賀は、松山にいた時代を回想していました。しかし古賀は隠居生活、かたや堀田は自分が書いた参考書が売れ、生活には困っていませんでした。
「他人に対して、私は必要以上に腰が低い。
はっきり言えば、態度が卑屈だというのである。」
(『うらなり』より引用)
亡き妻に自身についてそう評されたことのある古賀は、飄々としては見えますが、どこか厭世的な雰囲気を纏っているようにも感じられます。
「他人は私が〈善人すぎて騙される〉と言っていたようだが―まあ、そういう傾向が皆無とは言わないが―腰を低くしておけば間違いなかろうと考えたのは事実である。」
(『うらなり』より引用)
と、古賀のモノローグを見ていると、やはり気難しそうな印象を受けてしまうのですが、これは小林信彦なりの「うらなり」の個性付けであるのかも知れません。この感覚が原作である夏目漱石の『坊っちゃん』とのリンクを強め、主人公としては陰の薄い「うらなり」の個性を強めているのではないでしょうか。
「うらなり」の視点から見た、松山と坊っちゃん。その裏にはどこかうら悲しい雰囲気と、時代の変容がありました。あの時古賀が何を感じていたのか、その背景にあるドラマを感じさせます。ぜひ『坊っちゃん』と併せて読んでみて欲しい作品です。
コン・ゲーム(信用詐欺)を題材としたエンターテインメント小説です。信用詐欺とは、相手を信用させて詐欺をはたらくやり方で、コン・ゲームといえばこの作品といえるのではないでしょうか。
時は1978年。ひょんなことから大金が必要になった3人が、詐欺師たちと手を組んでコン・ゲームを開始することになります。20年前のスキャンダルを暴露されて失職、妻とも離婚したTVディレクターの寺尾。同じく金に困っている寺尾の知人で、芸能プロダクション社長の旗本。三流役者の清水など、いずれも腹に何事かを抱えたキャラクターたちが登場します。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
旗本の芸能プロダクションで事務をしている中本紀子には、名うてとされる詐欺師の父親がいました。それがある時旗本たちの知るところとなり、彼らは紀子に相談を持ち掛けます。しかし紀子の父親に会いに行った先で待っていたのは、コン・ゲームに挑戦するための厳しいテストでした。
「もし、若い読者(あなた)が、時間の裂け目に落ちて、一九四七年(昭和二十二年)の東京のどこかに、急にあらわれたとしたら、そこが地球上のどこであるのか、見当がつけにくいに違いない。」
(『紳士同盟』より引用)
作品は、読者に問いかけるような書き出しで始められています。そこから当時の日本の様子が事細かに描写され、それだけで舞台に没頭するには十分なほどの準備をさせてくれます。「いんちき臭くなければ生きていけない」と書かれているとおり、その後バブル時代、そして現代へと繋がる世相をそのまま反映しているようにも見えます。現代から見て、昔の日本はもはや異次元です。
紀子の父親が与える華麗なテクニック。それを思憑かない様子で3人が実践し、次々とコン・ゲームを仕掛けていく展開は非常にスリル満点です。ラストでは、意外などんでん返しも。目標は2億円……詐欺師たちはコン・ゲームに勝利し、大金を手に入れることができるのでしょうか。
本作は、突然アイドルになった少女のシンデレラストーリーとして、かつて朝日新聞に連載されていました。。普通の女の子だった20歳の朝倉利奈は、ポルノ雑誌でアルバイトをしていましたが、ある日失業をしてしまいます。困っていたところ、突然ニューヨーク行きの話が舞い込んできます。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 2016-03-25
利奈に提示されたのは、ブロードウェイに行き、舞台を見てそのリポートを東京へ送るだけという仕事でした。彼女はそこに採用され、ニューヨークに向かうことになります。彼女の身に起こることとは?そして、原発安全キャンペーンの仕事を、利奈は受けることになるのでしょうか。
「原発は信用できない」―今であれば即座に多くの反響を受けそうな言葉です。しかし、主人公のリナはそれを口にし、原発広報の仕事に対して疑問を持っています。ですがこれは嫌がったということを言いふらし、リナの悪いイメージを業界に植え付けようとする商売敵の計画でした。
自分たちで育てるアイドル像は、現代ではそれほど珍しくありません。しかし、現代を象徴するその存在を既に生み出していた小林信彦の先見の明に感嘆を覚えます。本作は30年前に描かれたとは思えないほど現代とリンクし、改めて問題提起をしてくれます。秋元康がモデルのキャラクターも登場するなど、テンポの良い文体で業界の裏側もリアルに描かれており、色褪せない名作のひとつとなっています。
意外な発想と着眼点で、独自の作品を生み出し続ける小林信彦。どれも一度は読んでみて欲しい作品ばかりです。