田中英光のおすすめ本4選!太宰治に師事した作家

更新:2021.11.7

田中英光は、無頼派の一人として知られる小説家です。漕艇でオリンピックに出場した経験もあるアスリートであると同時に、太宰治に見込まれ弟子となり、数々の名作を世に送り出した、多才な人物です。波乱万丈な彼の人生を投影した作風が特徴となっています。

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様々な一面を持つ小説家、田中英光とは

田中英光は、戦前から戦後までの激動の時代を駆け抜けた小説家です。無頼派の一人であり、坂口安吾や太宰治などと共に、一時代を築き上げた人物でもあります。

1913年、当時の東京府に含まれた田中英光は、母の実家に移り、幼少期を鎌倉で過ごしました。その後早稲田大学に入学し、政治経済を学びます。体格に恵まれ、アスリートとしての才能も持っていたことから、在学中に開催されたロサンゼルスオリンピックには、漕艇選手としての出場を果たしました。

1935年に同人雑誌への寄稿を開始します。残念ながら、その同人誌はすぐに廃刊になってしまいますが、廃刊する一号前に掲載した作品『空吹く風』を読み、涙して手紙を送ってきた作家がいました。それが、当時既に小説家として歩み始めていた、太宰治です。

この手紙をきっかけとして、太宰の弟子となり、傾倒していきます。田中英光の代表作である『オリンポスの果実』は、二人が初めて対面する際、田中が持参した作品を、太宰がタイトルを変更させて文学誌に紹介したものでした。師の手引きにより、世に送り出され、多くの読者と賞賛を呼んだのです。

このように、田中英光の作家生活に欠かせない存在であった太宰治。彼の自殺時には、田中はショックのあまり、師の墓前で手首を切り、自殺未遂を起こしたほどでした。

田中英光の人間味溢れる作風は、その波乱万丈で人間的な生活の影響を、深く受けたものだと言えます。1937年に結婚し、ほどなくして子宝にも恵まれましたが、1947年には、静岡に妻子を残したまま東京に移り住み、当時売春婦をしていた愛人との生活を開始。太宰治の死をきっかけに、アルコールに溺れ、薬物中毒に陥り、愛人に刃物を向けたこともあります。

会社員時代は、駐在員として朝鮮で暮らしました。異国の地では、野戦病院に入ることもあり、こういった常人とは一線を画した人生のひとつひとつが、無頼な独自の文学性を育てていったのです。

そんな唯一無二の世界観を持つ田中英光の作品群において、特に手にとっておきたい傑作をピックアップして紹介しましょう。

田中英光の人生を映しこんだ、出世作にして代表作

田中英光が、後に師となる太宰治に会う際に、『杏の実』として持参した、代表作です。初出は、由緒ある文学誌「文學界」で、本作は掲載同年に池谷新三郎賞を受賞しました。

舞台は、ロサンゼルスに向かう客船上。主人公は、これからオリンピックに出場するボートの選手です。同じ選手団の陸上選手に恋をしますが、周囲のからかいや様々な擦れ違いから、想いを伝えるには至りません。

この作品は、田中の実体験をもとに書かれた私小説です。彼の作品が衰退期を迎えた時期でも、根強く手に取られ続けた一冊と言えます。

著者
田中 英光
出版日

田中英光が、自身の淡く苦い恋の思い出を、訥々とした語り口で綴った私小説です。二人の間には、激しいロマンスも、熱いやり取りも生まれることなく、読後はどこか寂しい想いを抱かされる人も多いでしょう。

この作品により、彼の小説家としての人生が開かれ始めた、田中英光の自己紹介ともなる一冊だと言えるかもしれません。主人公はもちろん、彼が片思いをするヒロインにも、実在のモデルとなった選手がいます。物語の中から、彼の後悔や切なさがひしひしと伝わってくる仕上がりになっており、主人公がヒロインに送ったラブレターを読むというスタイルと相まって、読者の心に深く響くことでしょう。

ナイーブで繊細な大男……ちぐはぐな彼の愛を知る一冊

田中英光は、高い背丈や強固な肉体を持ち、筋肉質でアスリートとしては非常に恵まれた身体を持っていました。本戦進出こそ叶わなかったものの、その肉体の力強さは、オリンピックの出場をはじめ、随所に見いだされます。

一方で、彼の強固な肉体に似つかわしくないと言えるほど、その精神は繊細で、心はとても傷つきやすいものでした。非常に儚い魂を持ち、小説家としての道を歩み始めた初期の秀作『桜』や、彼がまだ名を挙げていない時期から連れ添った妻との、結婚までの淡い愛の日々を描いた『愛と青春と生活』を読むことができる、至宝の一冊です。

著者
田中 英光
出版日
1992-09-03

戦前から戦後までの、激動の時代を生き抜くにふさわしい、猛々しい肉体を持っていた田中英光。そんな彼の肉体には、ある意味ちぐはぐなほどに優しく壊れやすい精神が宿っていました。

初期秀作の「桜」には、洗練された美しさこそないものの、ありのままの真っ直ぐで無邪気な、彼そのものの生き様が、刻々と書き出されています。

「愛と青春の日々」には、若くして結ばれ、やがて道が違えてしまう妻と結ばれるまでの、瑞々しい日々が描かれています。時代は変われど、田中英光の生きた世界を、生々しく鮮やかに知ることが出来るでしょう。

田中英光の太宰治を想う文章があふれる

田中英光の、生涯の師匠である太宰治。この一冊は、田中が師匠を追慕する八つの文章をまとめたものです。様々な雑誌に寄稿されていた作品たちを、田中英光の死後、一冊にまとめ、多くの読者が手に取りました。

太宰治は、多くの文学ファンの知る通り、自殺によってその一生を終えています。その死にざまは、太宰によって小説家としての道を切り開かれた田中英光の人生を、大きく変えることになりました。師を想い追いかけ、その墓前で死を決したほどの弟子が、感謝や問いかけなど、様々な言葉を師に投げかける一冊です。

著者
田中英光
出版日
1994-07-01

太宰治は、「田中君は、私などに較べて、ずつと上品な、氣の弱い、しかも誰よりも正直な人間であります。」と記しています。田中にとって太宰が、強い肉体に宿った誰よりも繊細な彼の心をどこまでも理解し、背中を押してくれていた、重大な人物であったことがわかります。

その太宰の死後、田中英光の人生は、否応なしに急変しました。どんどん退廃的な生活に陥っていく中で綴った師への想いは、深く刺さるものがあるはずです。

田中英光の小説家としての歩みを感じ取れる傑作集

タイトルの通り、田中英光の傑作を、贅沢に集めた極上の一冊です。収録されている作品は、どれもが自身の体験をもとに書きあげられた私小説であり、出世作の『オリンポスの果実』から、晩年の崩れゆく生活の中で書き上げられた『さようなら』など、彼の人生そのものを追いかけるような仕上がりになっています。

著者
田中 英光
出版日
2015-10-24

この傑作集を編集したのは、田中英光の文学世界に傾倒していた芥川賞作家、西村賢太です。書き手の作家性を深く理解した上での、素晴らしいラインナップとなっています。西村作品を読んだことがある方は、文体などから随所に似通った部分を感じることができるでしょう。

初期の明るく胸に迫る青春作品から、晩年の廃れていく陰鬱な作品まで、田中英光の私小説作家としての人生をまとめたような一冊です。無頼派ならではの迫りくる筆舌は、初めて田中作品を読む人のことも、きっと虜にしてくれることでしょう。

いかがでしたか?田中英光の作品は、自らの人生を色濃く反映した、活き活きとした世界観が特徴です。

決してただ明るく幸せな作品ばかりではありませんが、唯一無二の読後感を味わうことが出来るでしょう。その多様な人生を取り入れた魅力的な作品たちに、ぜひ触れてみてください。

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